笠原一輝のユビキタス情報局

Photoshop、Aero、Illustratorという3つのiPad用アプリが示すAdobeソフトの方向性

iPad用Photoshop、Aero

 米Adobeは11月4日(現地時間)から、クリエイター向け年次イベント「Adobe MAX」を、米国カリフォルニア州ロサンゼルスにあるロサンゼルスコンベンションセンター(LACC)において開催している。11月4日には基調講演などが行なわれる予定になっており、それに合わせて同日午前6時に「Adobe Creative Cloud」に関する各種の発表が行なわれた。

 それらの発表概要に関しては別記事を参照していただくとして、本コラムはそうしたAdobe Creative Cloudの最新版で提供が開始された2つのiPadアプリとなる「Adobe Aero」、「Adobe Photoshop for iPad」の2つ、そして2020年に提供開始が予定されているIllustratorのiPad版という製品についての意味を考えていきたい。

Photoshop for iPad、Aeroという2つのアプリをiPad向けに投入

Adobeが発表したPhotoshop for iPadの概要

 今回Adobeはいくつかの新しいアプリケーションを、Creative Cloud向けに提供していくと発表した。もっとも大きなものは昨年のAdobe MAXで発表されていた2つのiPad向け「Photoshop for iPad(Photoshop iPad版)」と、昨年のAdobe MAXでは「Project Aero」というコードネームで呼ばれてきたAdobe Aeroの2製品だ。

 Photoshop for iPad、その名の通りPhotoshopのiPad版となる。最終的にはPC版のPhotoshopと同じ機能を実装することを目指しているアプリケーションになる。奨励動作環境は表1の通りだ。

【表1】Photoshop for iPadの動作環境
サポートされているiPadiPad Pro(現行12.9型/11型)
iPad Pro(第1世代/第2世代)
iPad Pro(10.5型)
iPad Pro(9.7型)
iPad(第5世代)
iPad Mini4
iPad Air 2
サポートされているOSiPadOS 13.1
サポートされるペンApple Pencil(Gen2)
Apple Pencil(Gen1)

 あくまで「奨励」環境なので、もっと古いiPadなどでも動作する可能性があるが、稼働保証はされない。Apple Pencilは現行の第2世代にも、1世代前の第1世代にも対応している。

PC版のPhotoshopと同じようにレイヤーを重ねることができる、150個まで開いてみたが開けたし、それ以上もいけるようだ
Photoshopの特徴であるフィルターの機能も実装されている、ただし現状ではぼかしなど一部にとどまっている

 Photoshop for iPadは、PC版のPhotoshopでサポートされている機能をiPad上で再現したものとなる。従来のAdobeのモバイル向けPhotoshopは、Photoshop Fix、Photoshop Mixなどと機能によって細分化されて提供されており、限定的な機能しか提供されてこなかった。しかし、今回のPhotoshop for iPadではユーザーインターフェイスこそ、iPadOSの特徴であるタッチUIなどに最適化されているが、基本的にこれまでPC版のPhotoshopで利用できた機能が、そのままiPad版でも利用することができる。

一部の機能はこのようにメニューはあるがまだ未実装、だが将来的には実装される計画があるということだ
PC版のPhotoshopにあってPhotoshop for iPadにはない機能一覧

 ただ、「基本的に」と書いたことからもわかるように、すべての機能が現時点で実装されている訳ではない。たとえば、カスタムブラシの機能、Adobe Fontsの機能などはまだ実装されていない。ただ、将来バージョンアップを続けて行くなかでじょじょに実装される計画だ。

 もう1つの大きな変更点としては、新しいPhotoshopのファイルフォーマットとなるPSD-Cに対応していることだ。CはCloudの頭文字で、クラウド版PSDとなる。ユーザーがこのPSD-Cを選択すると、ファイルは自動でCreative Cloudが提供するクラウドストレージに格納される。

 つねに差分だけがクラウドとやりとりされ、ファイルの更新は自動で行なわれる。そのさい、回線への圧迫も最小限に留めることができる。同時に提供開始されたバージョン2020のPC版Photoshopでも利用できるようになっているので、出先ではiPadで作業し、自宅や事務所などに帰ってきたらPCで続きを作業するという使い方も可能になる。

Aero
ARのコンテンツを配置するサーフェスを作成し、ARのコンテンツを配置するだけであっと言う間に完成
Universal Sense Description(.usdz)形式でも保存が可能に

 Adobe Aeroは、ARコンテンツをPhotoshopのPSDファイルのデータなどを利用して作るためのツールだ。従来、ARコンテンツを作るにはプログラミングの知識が必要になっていた。しかしAeroを使うと、Photoshopを使いこなす程度の知識があれば、コンテンツを置いていくだけで簡単にARコンテンツを作れる。

 Photoshopのレイヤーを利用して、3D ARオブジェクトを簡単に作成したりでき。作成したコンテンツは、Adobe独自のAero Experience形式のほか、AppleとAdobeなどが策定した共通ファイルフォーマットのUniversal Sense Description(.usdz)にして保存できるので、Aeroを持っていないユーザーでもiPadで再生できる。

 AeroはまずはiPad版から登場。iPad版が先行するのは、今年8月にリリースされたAdobe Frescoについて2例目となる。なお、Frescoについては今回のAdobe MAXにあわせ、Windows版の提供が開始された。今後、同じようにAeroに関しても、他のプラットフォーム向けの製品が登場してくる可能性は高いと言える。

Illustrator for iPadの開発意向を表明、2020年に投入へ

Illustrator for iPadの開発意向を表明

 そして今回Adobeはもう1つの大きな発表を行なった。それが「Illustrator for iPad (Illustrator iPad版)」の開発意向表明だ。IllustratorはAdobeのCreative Cloudのなかで、Photoshopと並ぶメジャーなアプリケーションの1つだ。

Illustrator for iPadが動作する様子の動画

 iPad版Illustratorは、今後、ベータテストなどが開始され、2020年までに提供開始。Photoshop for iPadが昨年のAdobe MAXで開発意向表明が行なわれ今年のAdobe MAXで正式に投入だったように、Illustrator for iPadも1年後のAdobe MAXで正式に投入という運びになるのではないだろうか。

 これにより、Adobeの主要なアプリケーションのクロスプラットフォームでの対応状況は次のようになる。

【表2】 Adobeの主要なアプリケーションのクロスプラットフォーム対応
製品名製品特性コード作成方法WindowsmacOSiOS(iPhone)iOS(iPad)Android
Phtoshopビットマップ画像編集ツールクラウドネイティブコード
Illustratorベクターイメージ編集ツールクラシックコード2020年
Lightroom Classic写真管理・編集ツールクラシックコード
Lightroom写真管理・編集ツールクラウドネイティブコード
Premiere動画編集ツールクラシックコード
Premiere Rush動画編集ツールクラウドネイティブコード

 写真や動画ツールに関しては、Lightroom Classic CCからLightroom CC、PremiereからPremiere Rushへと徐々に移行が図られている。これらの新世代のアプリケーションでは「角が取れたアイコン」になっている。

 本誌の読者には何度かこのことを紹介しているが、この「角が取れたアイコン」には実は大きな意味がある。スクエアなアイコンが従来型の開発環境で開発した旧来型のアプリケーションであるのに対して、角が取れたアイコンは、Adobeが機械学習(マシンラーニング)ベースのAIプラットフォームとして提供しているAdobe Sensei、クラウドストレージなどをよりよく使えるクラウドファーストの開発環境を活用していることを意味している。

 このクラウドファーストの開発環境では、クロスプラットフォームでの展開が容易にできるよう考慮されており、新世代Lightroom、Premiere Rushなどのアプリケーションは展開時(若干の前後はあるが)から、Windows版、macOS版、iOS/iPad OS版、Android版と複数のプラットフォーム向けのバージョンが提供されており、異なるプラットフォームでも同じ機能が利用できるようになっている。

 もちろん若干の調整(機能の取捨選択やOSの違いによるファイルシステムのサポートなど)は必要だが、基本的には1つのコードから、コンパイル時にターゲットプラットフォームを選ぶだけで、簡単にクロスプラットフォームへ展開できるようになっているのだ。

PC版Photohopもクラウドネイティブなアプリであることを示す角が取れたアイコンに

PC版Photoshopがバージョンアップされ、バージョン2020に

 実は今回AdobeはPC版のPhotoshopのアイコンが角が丸くなったアイコンに変わっている。つまり、これが意味するところは、Photoshopの最新バージョンとなるPhotoshop 2020のバイナリは、新しい開発環境で開発されており、1つのコードからWindows版、macOS版、iPad OS版が展開されているということだ。

新しいPhotoshopのスプラッシュロゴ、アイコンの角が取れたものに変わっている
macOS版Photoshop、従来の機能は変わらず搭載され、新しい機能が追加される

 AdobeのPhotoshopは主力製品であり、新しいコードに移行するからといって、機能を減らせないない製品だ。たとえばLightroomに関しては、新しい開発環境で開発されたクラウド版のLightroomをLightroom、そして旧来のバージョンをLightroom Classicと呼んで平行して提供しているが、現状としてはまだまだLightroom Classicの方がユーザーが多く、乗り換えはAdobeが考えてたようにはうまくいっていないという現状もある。

 そうしたことを意識してか、今回のPhotoshop 2020では、旧来のバージョンでサポートされていた機能をすべて搭載し、クラウドネイティブの機能を追加した新バージョンにしか見えないように、つまりシームレスに移行できるように配慮して投入されている。多くのユーザーは、そうしたAdobe側の開発環境が変わったことには気がつかないだろう。Lightroomの移行の時に両方のバージョンを残して移行を目指したため、結果的に移行が思ったようにはいっていないという現実を見つめた判断だと言えるだろう。

 しかし、この結果として、PC版のPhotoshopとiPad版のPhotoshopは同じコードから少しの調整で作ることが可能になるため、PC版とiPad版の機能差は今後はどんどん減り、新機能が提供されるまでのタイムラグも減っていくだろう。今後は、iPadだろうが、Windowsタブレットだろうが、macOSだろうが、同じ機能を使うことが可能になる。これが今回の角が取れたアイコンの「Photoshop」が登場した大きなメリットだと言える。

 そして同じ事はIllustratorにも言える。今年、Photoshop for iPadと同じタイミングでアイコンの角が取れたPhotoshopが登場したのと同じように、おそらく来年にIllustrator for iPadが登場したときには、同じようにアイコンの角が取れたPC版のIllustratorが登場するだろう。

Arm版Windowsへの対応も容易に

Fresco for Windows版がMAXで発表された

 そしてこのことはもう1つ別の重要な事を示唆している。現在AdobeはArm64ベースのWindowsである、Arm版Windows 10(Windows 10 on Arm、WoA)で使えるPhotoshop、Illustrator、Lightroom、Premiereなどのアプリケーションの提供を行なっていない。

 WoAでは、32bit x86(IA32、x86-32、X32などと呼ばれる)バイナリをバイナリトランスレーション(動的にIAの命令セットをArmの命令セットに変換して実行すること)して動作させることができる。

 ところが、WoAでは64bit x86(AMD64、x86-64、Intel64、x64などと呼ばれる)バイナリをArm命令セットにバイナリトランスレーションする機能は用意されていない。つまり64bit x86アプリケーションをWoA上では実行することができないのだ。

 このため、Microsoftが10月にニューヨークで発表したSurface Pro XのようなWoAデバイスでは、今のところ旧バージョンの32bit版こそ使うことができるが、Illustratorも、Lightroomも、Premiereも使うことができない。これらのアプリケーションのArmネイティブ版をAdobeが提供するのを待つ必要があるのだ。

 しかし、おそらくWindowsに関しては、コンパイルする段階で、IA32向け、AMD64向け、Arm64向けとオプションから選ぶだけだで完成する。ソフトウェアには、長い時間の評価、検証が必要になる。おそらく今後1年程度かけベータテストなどが行なわれ、来年のCreative Cloudで提供、そうしたことをAdobeが想定しているのだと筆者は確信している。

 このAdobe MAXの会期中となる11月5日から米国ではSurface Pro Xの販売が開始される。つまりユーザーがベータテストを行なう環境は既に整いつつあるからだ。