笠原一輝のユビキタス情報局

熱くて厚いゲーミングノートがMax-Qで変わる。新設計を提案するNVIDIAの狙い

NVIDIAの「Max-Q」に対応したASUSのZEPHYRUS。GeForce GTX 1080を搭載していながら薄さ17.9mmと39dBaという静粛性を実現。実際現地で確認すると、冷却ファンの音はほとんどしていなかった(ASUSのブースで「ROG Zephyrus」をじっくり観察する参照)

 NVIDIAはCOMPUTEX TAIPEI 2017の初日となる5月30日(現地時間)に、AIに関するイベントを開催し、同社 創始者 兼 CEOのジェンスン・フアン氏が登壇して今後の戦略などに関して説明を行なった。

 その内容は5月10日(現地時間)にサンノゼで行なわれたGTC 2017の基調講演と同じものだったが、ほぼ唯一の違いとして、ゲーミングノートPC向けの設計となる「Max-Q」が発表された(NVIDIA、18mm厚でGeForce GTX 1080搭載ゲーミングノートを実現する「Max-Q」参照)。

 NVIDIAはMax-Qにもとづく新しい熱設計と電源回路設計をOEMメーカーに提供し、GPUをもっとも電力効率がよい設定で動作させることで、従来のゲーミングノートPCに比べて画期的に薄く、かつファンノイズを抑えられるようにする。

5年前に比べて9倍と急成長を遂げるゲーミングノートPC市場。しかし「デカイ・熱い・厚い」の悪評も……

 NVIDIA ノートPC向けGeForce マーケティング担当 ガウラフ・アガーワル氏によれば、「ゲーミングノートPCの市場は成長を続け、2016年には2,000万台規模の市場になっている。これは2011年と比較して9倍だ」とのことで、ゲーミングノートPC市場の急成長を示唆する。

 日本ではさほどではないが、世界的にはゲーミングPC市場は急速に成長しており、Dellが5月30日に台北で行なった記者会見で、同社 上級副社長 兼 コンシューマ&スモールビジネス製品事業部 事業部長 レイモンド・ワー氏も「ゲーミングPCは毎年20億ドルの成長を遂げている」と説明する(AMDのリサ・スーCEOも登壇したDellのRyzen搭載デスクトップ発表会参照)。

 また、Core Xシリーズ・プロセッサの記事(AMDのRyzen ThreadripperがIntelの危機感に火をつけた参照)でも触れたとおり、IntelのXプロセッサ、Kプロセッサも年率20%で市場が拡大しているなど、デスクトップPCも含めたゲーミングPCは、停滞しているPC全体の市場のなかでは、成長著しい市場と言ってよい。

 しかし、ゲーミングノートPCと言えば、デカイ、熱い、厚いというのが多くのユーザーの印象ではないだろうか。CPUもGPUも高い処理能力/描画性能を持つが、その分熱設計を大規模なものにしなければいけないため、大型のファンなどにより爆音のノイズが響き渡る……それがゲーミングノートPCへの正直な印象だったと言っていいだろう。

 だが、その印象も過去の話しとなる可能性がある。その鍵はNVIDIAが導入した「Max-Q」という新しいノートPCのデザインにある。

GPUは従来とまったく同じGeForce GTX 10シリーズを使うが、電源設計と熱設計の考え方を大きく変える

 ただ、誤解なきように先に言っておくと、NVIDIAがMax-Qなる新しいGPUのブランドを発表したわけではない。Max-Qに使われているGPUは、以下の別記事で説明しているGeForce GTX 10シリーズのGPUであって、ハードウェアとしての半導体には一切変更は行なわれていないとアガーワル氏は説明する。

Max-Qの要素技術

 違いは、GeForce GTX 10シリーズのGPUを実装するさいの基板設計、GPUから発生する熱を放熱する熱設計、そしてそれらをカバーするソフトウェアなどだ。NVIDIAはそうした設計手法やソフトウェアをまとめて「Max-Q」と呼んでいる。

 Max-Qに対応したゲーミングノートPCを設計するにあたり、NVIDIAからOEMメーカーに対しては次の2つが提供される。

  • (1)新しい熱設計ソリューション
  • (2)新しい電源回路設計

 とくに肝となっているのは、2つ目の新しい電源回路設計だ。アガーワル氏は「半導体には電力を供給すればするほど性能は上がっていくか、ある地点を境にしてそれ以上は得られる性能上昇は小さくなっていくポイントがある」と説明する。

 一般的に半導体は、電圧を上げればより高いクロックで動かすことができる。ただし、半導体が消費する電力は電圧の2乗に比例して増えるのだが、電力を増やしてもある地点からはたいして伸びない。だったらその地点より上は捨てて、その地点までで動くようにすれば、電力効率を最大化できるのではないか、それがMax-Qの基本的な考え方になる。

ある地点(ピーク時の90%程度の性能)を超えると、それ以上に電力を供給しても性能はあまり上がらない
緑で囲っている地点がもっとも効率のよい地点、そこに合わせて電源回路と熱設計を行なう

 アガワール氏によれば、その地点より上では動作しないようにしても「性能としてはおおむね90%を実現できる」とのことなので、性能へのインパクトは大きくないのに、電力効率を最大化できるということだ。

 もちろん、eSportsプレイヤー向けの製品として、その10%を切り捨てず従来の設計で製造することも可能だ。

同じ18mm厚の製品をGeForce GTX 1060/Max-QなしとGeForce GTX GTX 1080/Max-Qありで比較した場合の性能比較。

 その最適な地点はどのように定義するのか? 半導体は同じように作っても、どうしても電気的な属性には偏りが出て、高い周波数まで動くものとそうではいものが出てきてしまう(だから、半導体メーカーはSKUを作って高い周波数で動くものに高い価格を、そうではないものに安い価格をつけて販売している)。当然その効率のよい地点というのも、チップ1つ1つで異なっていておかしくない。

 アガワール氏は「ソフトウェアがそのポイントを常にチェックして設定している」とのこと。それがドライバなのか、ファームウェアなのかはわからないが、それによって半導体の特性のばらつきを吸収できるため、この仕組みが実現できるということだ。

冷却ファンの回転をおさえるWhisperMode

 さらにMax-Qではカジュアルゲーマー向けのユニークな仕組みを導入している。その名も「WhisperMode(ウィスパーモード)」、日本語にすれば”ささやき設定”とでも呼ぶべき機能だ。

WhisperMode(ウィスパーモード)

 WhisperModeでは、GPUがフレームレートを自動調整することで、消費電力の上昇を抑える。これはゲームごとにプレイに十分なフレームレートを確保できるプロファイルが設定される。

 現状で400を超えるゲームがプロファイルとして登録されており、これをオンにすると、ファンが過剰に回らないようにできる。ただ、フレームレート命のeSportsプレイヤーなどにとっては必要のないモードとも言えるため、アガワール氏は「標準ではオフになっており、ユーザーが必要に応じてオンにして使う」としている。

WhisperMode(ウィスパーモード)の特徴

 カジュアルゲーマーにとってはフレームレートはそこまで高い必要はない。フレームレートを必要に応じて抑えることで、無駄な電力消費を抑制し、ノイズも減らすことができる、それがWhisperModeだ。

 今月末に登場する新しいGeForce EXPERIENCEにおいてサポートされる予定だ。

今後はビジネス向けノートPCにも波及に期待

 今回NVIDIAは、同社が会場に隣接するホテルで行なっているプライベートな展示会で、MaxーQに対応したゲーミングノートPCを展示した。

 ASUSの「ZEPHYRUS」はGeForce GTX 1080を搭載していながら17.9mmで39dBを実現している。40dBがだいたい図書館の静かさとされているので、39dBはなかなか衝撃的だ。このほかにも、Clevoの「P950」はGeForce GTX 1070を搭載していながら19mm、MSIの「GS63」はGeForce GTX 1070を搭載していながら18mmを実現している。

 いずれも従来のゲーミングノートPCの“厚い”、“熱い”の2つの悪評を払拭しており、現代のモダンなクラムシェルノートPCといってよいデザインになっている。

Max-Qに対応したASUSのZEPHYRUS、GeForce GTX 1080搭載
Max-Qに対応したMSIのGS63。GeForce GTX 1070搭載
Max-Qに対応したClevoのP950、GeForce GTX 1070搭載

 なお、この技術は別にゲーミング用途だけでなく、Surface Bookのように、Optimusを利用したデュアルGPUを実現しているビジネス向けのノートブックPCでも十分有効である可能性が高い。

 たとえば、Adobe PremiereのエンコードでdGPUを使いたいというニーズや、PhotoshopやLightroomでdGPUを使いたいというニーズがあると思うが、これまでGeForce GTX 10シリーズはそうしたビジネス向けの薄型ノートPCに入れるのはほぼ難しいとされてきた。しかし、Max-Qによってこれを実現できる可能性が出てきた。NVIDIAの今後の展開に注目したいところだ。