笠原一輝のユビキタス情報局

AMDのRyzen ThreadripperがIntelの危機感に火をつけた

~Intelの18コアのSkylake-X急遽投入の背景にあること

Intelが発表したCore i9-7980XEのダイ写真(提供:Intel)

 Intelは、“Basin Fall”(ベイスンフォール)の開発コードネームで知られるハイエンド向け製品「Intel Core Xシリーズ・プロセッサ」、「Intel X299 チップセット」をCOMPUTEX TAIPEIの基調講演の中で発表した(製品の詳細などは別記事を参照)。

 この中でIntelは、元々の予定にはなかった18コアのCore i9-7980XEを発表し、PC業界に衝撃を与えている。IntelのオリジナルのプランではSkylake-Xの最上位製品は12コアまでとなるはずだったのが、突然このプランが浮上しCOMPUTEX TAIPEIで発表されることになったのだ。

 その背景には、AMDがRyzenで自作PC市場にショックを与え、マーケットを奪っているということがある。特にゲーミングPC向けとされているハイエンド市場では、その影響が小さくなく、Intelとしても何らかの対抗策を投じる必要に迫られていた。その答えが、18コアの製品を急遽投入という新しい戦略だ。これは、AMDが5月に行なわれたアナリスト向けミーティングで、今夏に16コアの「Ryzen Threadripper」を発表する予定であると説明したことへのカウンターでもある。

ゲーミングPCやオーバークロッカー向けのデスクトップPC市場は成長中

 実は、日本以外の市場ではデスクトップPCが再び注目を集めている。そのデスクトップPCの復権を後押ししているのがゲーミングPCだ。Intelによれば、同社が販売しているCPUのクロック倍率がアンロックされているKプロセッサとXプロセッサは、2015年と2016年の比較で20%も出荷数が増えているという。PC市場全体がフラットか微減であるという現状を考えれば、20%の成長というのは驚異的な成長率と言ってよい。もちろん、KプロセッサやXプロセッサのすべてがゲーミング向けというわけではないが、オーバークロッカーやゲーミングPCがユーザーの中心であると考えられるので、これはデスクトップPCの復権と言っても過言ではない。

IntelによればXプロセッサとKプロセッサの市場は15年~16年にかけて20%の成長をみせた(出典:Intel)

 このため、Lenovo、HP、DellといったグローバルにPCを展開するメーカーは現在ゲーミングPC事業に力を入れており、古くから買収したAlienwareブランドでゲーミングPCを展開してきたDellだけでなく、HPは"OMEN"、Lenovoは"LEGION"というブランドを設定し、ノートブックPCとデスクトップPCのゲーミングPCを展開し、実際に各メーカーともビジネスを拡大している状況だ。

 これまでのところ、そうしたデスクトップPC市場ではIntelのXシリーズプロセッサないしはSプロセッサと、NVIDIAのGeForceという組み合わせが主流で、具体的なマーケットシェアは公開されていないが、市場の大部分はこの組み合わせに占められていたのは業界の常識だった。

無風だったハイエンドデスクトップPC向けCPUの市場に、Ryzen旋風が吹き荒れている

 ところが、成長はしているが競争はなく無風だった市場に、徐々に新しい風が吹き始めている。その風が、AMDが今年の3月に発表したRyzenだ。

 率直に言って、2011年にAMDがBulldozerコアのFXプロセッサをリリースして以降、AMDが性能でIntelにマッチしたことはなかったと言ってよい。Bulldozerコアはその設計思想からするに、メインに据えていたのはAPUを含めたメインストリーム向けであることは明らかで、ハイエンドデスクトップPCやサーバーではIntelのそれに敵わないという状態がずっと続いていた。

 それが明白に現れていたのが、性能でしか評価されないサーバー市場だ。AMDが徐々にシェアを失っていき、今やx86のサーバー市場でIntelは独占状態と言ってもよい状況になってしまっている。IntelのXプロセッサに競合するFXプロセッサにしても同様で、ピーク性能ではXプロセッサには敵わないという状況がここ数年続いてしまっていた。ハイエンドデスクトップ市場も、やはり性能だけが評価される市場であるため、ここでもAMDの苦しい状況は続いていた。

 しかし、Ryzenが登場したことで状況は一変した。既に弊誌でも何度かRyzenのレビューをお届けしているが、3月にAMDが発表したRyzen 7の最上位グレードとなるRyzen 7 1800Xは、IntelのXプロセッサに負けないような性能を発揮しており、高い評価を得ているのは別記事[AMD「Ryzen 7 1800X」はIntelの牙城を崩せるか?]をお読み頂ければわかるだろう。しかも、Ryzenはコストパフォーマンスにも優れており、Intelの同クラスの製品と同じ性能を実現しながら、かつ安い価格に設定されている。それがユーザーに受け入れられており、特に自作PCの市場などではRyzenの存在感が高まっている。

 さらに、AMDが行なったアナリスト向けの説明会の中で、16コア/32スレッドのRyzen Threadripperを今夏にリリースする予定であることを明らかにしている(別記事AMD、16コアのデスクトップ向けCPU「Ryzen Threadripper」を夏に投入]参照)。Ryzen ThreadripperについてAMDは詳細を明らかにしていないが、現在のZenコアのCPUは最大で8コア構成であるので、それを2つMCMの形で搭載するとみられる。

 サーバー向けの「EPYC」では、1つのソケットで4つのCPUを1つのインターポーザー上に実装することで32コアという製品を実現すると明らかにしているが、Ryzen Threadripperはそれを2つまでとした製品だと考えることができる。

直前までロードマップには無かった14~18コア製品、急遽投入が決定された

 こうした市場環境の中で、迎えたのが今回のIntel Core Xシリーズ・プロセッサ/Intel X299 チップセットだ。PC業界では、18コアのCore i9-7980XE、16コアのCore i9-7980X、14コアのCore i9-7940Xの3製品が発表されたことを驚きをもって迎えている。じつはIntelがOEMメーカーに説明しているロードマップにはこの製品はなく、Intel Core Xシリーズ・プロセッサ/Intel X299 チップセットの最上位製品は、12コアのCore i9-7920Xになるはずだったからだ。IntelのOEMメーカー筋の情報によれば、これらの3製品が追加されたのは実はかなりギリギリで、直前までOEMメーカーが入手していたロードマップにはこれら3製品はなかったという。

Core i9-7980XE、Intelのクライアント向けプロセッサとしては始めて1TFLOPS超えとなる(出典:Intel)

 では、そんな発表直前になって、新しい製品を追加することは可能なのだろうか? じつは、Xプロセッサに関しては可能だ。というのも、IntelのXプロセッサは、本来はコードネームの末尾に“EP”がつけられるデュアルソケットのサーバー向けプロセッサの派生版であることはよく知られている。今回のSkylake-X/Kaby Lake-Xは本来はSkylake-EPとして開発してきたCPUダイを、デスクトップPC向けに置き換えて使ってきた。このため、CPUソケットもSocket H(LGA1156など)ではなく、Socket R(LGA2011、今回からLGA2066)が採用されてきた。

 従って、今回のSkylake-X/Kaby LakeーXも、今後リリースが予定されているSkylake-EPの派生版なのだが、逆に言えば、Skylake-EPにある製品はいつでもSkylake-Xとしても展開できることを意味する。現時点ではSkylake-EPがどんな構成であるのか、発表前であるためIntelは発表していないが、OEMメーカー筋の情報によれば最大で32コアになる見通しで、それ以下の構成は十分可能だ。

 では32コアまでの構成が可能なのに、なぜIntelは12コアを最高構成にしていたのかと言えば、シンプルに言えば競争上それで問題ないと思っていたからだろう。既に述べた通り、ハイエンドデスクトップPCの市場は“無風”だったからだ。ところが、AMDのRyzenが思ったより高い評価を得ており、Intelはそこに危機感を持っている、そこで、18/16/14コアを急遽投入することを決めたわけだ。だからこそ、18/16/14コアのスペックはまだ未定(実は12コアも)として発表されていないが、それも本当に未定だというのが真相なのかしれない。

Athlon 64 FXのリリース直前にPentium 4 XEを投入したときと同じようなことが起きている

 Intelがそうした挙にでるのは今回が初めてではない。2003年にAMDがAthlon 64という強力な製品を投入した時にも、Intelの社内では非常に危機感を持っており、その対抗策が考えられ、サーバー向けの製品だった“Gallatin”(ギャラティン、開発コードネーム)をPentium 4 Extreme Editionとして急遽投入することになった(別記事[Intel、L3キャッシュ2MBのPentium 4 Extreme Edition 3.20GHz]参照)。今回は、まさにそれの再来だと言ってもいいだろう。

 今回の事態が証明しているのは、“競争こそユーザーのメリット”、それに尽きるのではないだろうか。もちろん、今回発表された製品は、いずれも1,999ドルなど、PC用プロセッサとしては破格の価格設定となっている。だが、それもAMDがRyzen Threadripperをいくらに設定するか次第で大きく変わってくる可能性がある。

 この記事で筆者が言いたいことは、AMDもっと頑張れ、もっともっともっとIntelにプレッシャーを与えて欲しい、それに尽きる。今までが、無風過ぎたのだから……。