福田昭のセミコン業界最前線

次世代半導体の信頼性を支える技術がIRPS 2023に集結

IRPS(国際信頼性物理シンポジウム)の基本説明

 半導体デバイスの信頼性技術に関する世界最大の国際会議「国際信頼性物理シンポジウム(IRPS.jpg
IEEE International Reliability Physics Symposium)」が2023年3月26日~30日に米国カリフォルニア州モントレーで開催される。5nmノード以降の半導体ロジックや最先端DRAM、不揮発性メモリ、パワーデバイス、高周波デバイス、パッケージなどの信頼性を支える要素技術の研究成果が数多く登場する。

 今年のIRPS(IRPS 2023)は、前年に続いてリアルイベントとバーチャル(オンデマンド)のハイブリッド開催となる。バーチャル開催は、昨年(2022年)前半まではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)に対する海外渡航制限を反映したものだったが、現在では極端に高価な航空運賃が渡航制限要因となったことへの救済措置の意味合いが強くなりつつある。筆者も予算不足で現地取材を断念し、バーチャルでの参加となる。

 IRPSの基本的なスケジュールは5日間で、日曜日から木曜日までとなる。始めの2日間は技術講座(チュートリアル)とイヤーインレビュー(前年の技術的な進展を振り返る講演)で構成される。今年は28件と最近では最も多くのチュートリアルを用意した(過去10年で最も多かったのは2014年と2013年で、いずれも28件)。

IRPS 2023の開催概要

 メインイベントである技術講演会は火曜日から木曜日までとなる。今年は4件の基調講演、112件の口頭発表講演(招待講演を含む)、82件のポスター発表を予定する。近年の中では口頭発表件数とポスター発表件数とも、今年はかなり多い。口頭発表は2018年の120件、ポスター発表は2014年の94件が過去10年で最も多く、2023年はいずれもこれらに次ぐ件数となった。

IRPS 2023の全体スケジュール

Intel、NVIDIA、AMD、Ampereがキーノートで講演

 それでは口頭発表講演の概要を見ていこう。初めは基調講演である。4件のキーノート講演を予定する。技術講演会の初日である28日の午前に2件のキーノート講演がある。まずIntelでエグゼクティブバイスプレジデント兼技術開発ゼネラルマネージャを務めるAnn B. Kelleher氏が、「On the Advance of Moore’s Law and Resulting Trends in Reliability(ムーアの法則を進化させる信頼性の動向)」と題してムーアの法則を進める半導体技術と信頼性技術の将来を展望する。

 続いてNVIDIAでシニアバイスプレジデントを務めるGary Hicok氏が「Transforming Industries with Trustworthy Cloud-to-Edge Compute Platforms(クラウドからエッジにまたがる高信頼のコンピューティングが産業を変換)」と題し、複雑化するコンピューティングプラットフォームの信頼性を維持するためのさまざまな手法を述べる。

 29日の午前には、1件の基調講演がある。AMDで技術・製品エンジニアリング担当シニアバイスプレジデントを務めるMark Fuselier氏が「Reliability Challenges for the Next Decade of High-Performance Computing(次世代の高性能コンピューティングが抱える信頼性の課題)」と題し、信頼性の課題を解決するために今後10年間に必要とされるイノベーションを解説する。

 最終日である30日の午前にも1件の基調講演がある。クラウド用メニイコアプロセッサ開発企業のAmpere Computingでエグゼクティブバイスプレジデント兼最高エンジニアリング・製造責任者(CEMO.jpg
Chief Engineering & Manufacturing Officer)を務めるRohit Vidwans氏が「Building Reliability into the Modern Cloud(最新のクラウドで信頼性を構築する)」と題してメニイコアプロセッサ・システムにおける信頼性の重要性や大規模システムのテスト手法などを述べる。

基調講演(キーノート講演)のタイトル一覧

次世代トランジスタ「GAA(Gate All Around)」の信頼性技術

 続いて注目すべき技術講演をテーマ別に紹介しよう。始めは次世代トランジスタに関する技術発表を取り上げる。GAA(Gate All Around)と呼ばれるナノワイヤ構造やナノシート構造、フォークシート構造などの信頼性に関する研究成果をimec、Intel、IBM、Samsung Electronicsなどが発表する。

次世代トランジスタに関する主な発表

 imecとKU Leuvenは共同で、ナノワイヤ構造とナノシート構造、フォークシート構造のFETでホットキャリアをTCADシミュレーションで評価した結果を報告する(発表番号2A.1、招待講演)。ホットキャリアによる欠陥準位の発生やキャリアの捕獲などによる電流電圧特性への影響をモデル化し、ナノワイヤ構造FETの実測値と比較した。

 Intelは先端技術ノードのトランジスタと回路の経年変化を統合して扱える劣化モデルを構築し、高い精度の寿命予測を可能にした(発表番号4B.2)。IBMはナノシート構造pチャンネルFETのNBTI(負バイアス温度不安定性)をアニール手法で比較した(発表番号5B.2)。高誘電率ゲート絶縁膜の成膜直後のアニール、スパイクアニール、レーザーアニールでしきい電圧変化を測定した。アニール条件の最適化によってキャリア移動度とゲートリークを劣化させることなく、NBTIを改善した。

Intelが開発した統合劣化モデルによるシミュレーション結果と試作シリコンの測定結果(発表番号4B.2)。左と中央はインバータ回路の動作周波数が経時劣化する様子、右はNAND回路とNOR回路の動作周波数が経時劣化する様子。IRPS 2023のWebサイトから

 Samsung Electronics(以降はSamsungと表記)は、3nm世代のロジック用GAA FETの信頼性を4nm/8nm世代のFinFETと比較した(発表番号8A.1)。ゲート酸化膜のTDDB(経時的絶縁破壊)寿命は4nm/8nm世代と同じ。自己発熱によるHCI(ホットキャリア注入)特性は4nm世代と近いが、最大Gm(伝達コンダクタンス)の低下がみられるとした。

3nm世代のロジック用GAA FET(MBC FET)と4nm/8nm世代のロジック用FinFETを比較(発表番号8A.1)。左(Figure1)はBTI(バイアス温度不安定性)によるしきい電圧の変化。右(Figure4)は自己発熱による温度上昇(a)とHCI(ホットキャリア注入)特性(b)。IRPS 2023のWebサイトから

次世代のコンタクトと配線の絶縁膜寿命を推定

 次は相互接続(コンタクトと配線)に関する技術発表である。IntelとIBM Research、imecなどからそれぞれ興味深い講演がある。

 Intelは、「Intel 4」プロセスでMOL(Middle Of Line)絶縁膜の寿命を推定するための信頼性モデルを構築した(発表番号4C.1、招待講演)。プロセスのばらつきがTDDB寿命に与える複数の要因を解析してみせる。

 University of IllinoisとIBM Researchの共同研究チームは、製造プロセスのばらつきによるBEOL(Back End Of Line)とMOLの絶縁膜寿命分布をモデル化する機械学習フレームワークを開発した(発表番号4C.4、レイトニュース)。絶縁膜の厚み変動とパーコレーションのモデルを含むパラメータを、セマンティック自己符号化器によってモデル化する。入力に時間ゼロのリーク電流を含めると、モデルの精度が向上するという。

 imecなどの共同研究グループは、サーモマイグレーション(温度勾配によって金属イオンが移動する現象:TM)によるボイドが銅配線に形成される現象を評価した(発表番号11B.2)。熱膨張係数の不整合による初期のストレスマイグレーションに比べると、TMはイオンの移動速度が6倍以上になると推定した(銅配線の幅は1μm)。

相互接続(コンタクトと配線)に関する主な発表

FinFETベースのSRAMでソフトエラーの特性を把握

 続いてソフトエラー(シングルイベント)に関する主な口頭講演を説明しよう。半導体エネルギー研究所、TSMC、Broadcom、Samsungの研究開発成果に注目したい。

 半導体エネルギー研究所などの共同研究グループは、放射線による不良が起こりにくいメモリを試作した(発表番号7C.1)。CAAC-OS(c軸配向結晶性酸化物半導体)をベースとするFETとキャパシタをメモリセル(3T1Cセル)とする。メモリの記憶容量は228KB。X線照射によるハードエラー耐性と重イオン照射によるソフトエラー耐性を評価し、宇宙環境で使用できることを確認した。

 Vanderbilt UniversityとTSMCの共同研究チームは、3nmノードのバルクFinFET回路が地上で中性子線ソフトエラーを起こす確率を放射線シミュレータ「Geant(GEometry ANd Tracking)4」と過去の実績(7nm FinFETと5nm FinFETの実験データ)から予測した(発表番号7C.2)。Broadcomは、FinFETベースのSRAMソフトエラー(アルファ線ソフトエラーと中性子線ソフトエラー)発生率を7nmノードと5nmノードで比較した(発表番号7C.3)。5nmノードではビット当たりのエラー発生率とマルチセルエラーの比率が増加する。プロセスコーナー解析ではスローに比べてファストではエラー率が2倍に高くなる。

 Samsungは、プロセス技術、フィン数、フィンピッチの異なる4種類のFinFET SRAMでアルファ線ソフトエラー発生率を照射試験とシミュレーションで評価した(発表番号9B.2)。7nmプロセスから4nmプロセスへの変更でソフトエラーの発生率は33%増加する。

ソフトエラーに関する主な発表

Samsungが10nm世代DRAMの信頼性技術を大量に発表

 ここからは半導体メモリに注目したい。まずDRAMでは、20nm未満の技術世代で開発したDRAMの信頼性技術をSamsungが数多く発表する。プロセス技術の世代が定量的に示されている発表だけで18nmノード、17nmノード、14nmノードのDRAMがある。20nm未満の第4世代DRAM(1α世代)と世代を明記した発表も予定する。

DRAM/SRAMに関する主な発表。すべてSamsung Electronicsの研究開発成果である
DRAM/SRAMに関する主な発表(続き)。こちらもすべてSamsung Electronicsの研究開発成果である

書き換え寿命が10の10乗サイクルと長いSTT-MRAM

 続いて不揮発性メモリである。始めは磁気メモリ(MRAM)の主な発表を紹介したい。Samsung、TSMC、IBMが技術講演を予定する。

 Samsungは、スピントルク注入型磁気メモリ(STT-MRAM)の寿命を、絶縁破壊電圧に適切な加速係数を加えることで予測できることを8Mビットダイで実証した(発表番号6A.4)。またCMOSイメージセンサ向け44Mビットマクロを試作して10の10乗サイクルの書き換え寿命を有することを確認した。

 imecは、スピン軌道トルク型磁気メモリ(SOT-MRAM)の磁気トンネル接合(MTJ)で不良が発生する現象を調査した(発表番号6A.3)。書き込み電流による自己加熱がMTJで金属の拡散を発生させ、不良となる。さらに、ゲート電圧を印加するとMTJが絶縁破壊に至る。これらの不良発生モデルを構築し、寿命を予測した。

 IBM Researchは、スピン注入メモリ(STT-MRAM)の書き込み誤り率低減と製品仕様(性能)を両立させる技術を解説する(発表番号3A.1、招待講演)。

磁気メモリ(MRAM)に関する主な発表

 磁気メモリ以外の不揮発性メモリ技術では、TSMCが発表するクロスポイントメモリのセレクタ技術と、キオクシアが発表する強誘電体トランジスタ(FeFET)技術、同じくキオクシアが発表する窒化シリコン(SiN)膜の正孔捕獲特性(3D NANDフラッシュのメモリセルを想定しているものとみられる)が注目される。

不揮発性メモリに関する主な発表

 このほか次世代不揮発性メモリの応用として人工知能を想定したコンピューティングインメモリ(CiM)に関する発表が興味深い。次世代不揮発性メモリはデータの値を抵抗値に対応させているので、抵抗値の変動があるとメモリでは不良に、ニューラルネットワークでは推論精度の低下に結びつく。

 特に面白いのは、東京大学の研究成果だ。CiM向け抵抗変化メモリ(ReRAM)の抵抗変動を畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)で分類する試みである(発表番号2B.2)。CNNには合成したデータセットをあらかじめ学習させておく。

コンピューティングインメモリ(CiM)に関する主な発表
東京大学が開発したCNNベースの抵抗変動分類器(発表番号2B.2)。左(a)はCNN(Convolutional Neural Network)の学習手順、右(b)はメモリセルの抵抗変動(電流変動の測定値)をCNNによって6種類に分類した結果。IRPS 2023のWebサイトから

バスタブ曲線の有効性を再検討する

 ここからは回路とシステムの信頼性に関する発表に目を転じよう。Intel、imec、京都工芸繊維大学、KU Leuven、富山県立大学などから注目すべき講演がある。

回路とシステムに関する主な発表

 Intelは、回路やシステムなどのハードウェアで不良率の経年変化を代表する曲線である「バスタブ曲線」の実用性を最新の半導体デバイス技術で再検討する(発表番号5C.1、招待講演)。最新のデバイス技術とプロセス技術がどのような影響を与えているのか。興味深い講演だ。

 imecはCMOS回路で従来使われていた独立配線のエレクトロマイグレーション(EM)寿命測定ではなく、電源ネットワークの冗長性を考慮したEM寿命モデルを提案する(発表番号5C.2)。京都工芸繊維大学とルネサス エレクトロニクスは共同で、7nm技術で試作したリング発振器のBTI劣化を5カ月にわたって測定(温度125℃、電源電圧0.75V)してみせた(発表番号7A.1)。発振周波数は時間のn乗に比例して低下した。

 KU Leuvenとimecは共同で、市販の28nmバルクCMOS回路設計ツールが備える劣化シミュレーションと、試作したリング発振器の測定値を比較した(発表番号7A.2)。デバイスの測定値から、BTIによるキャリア移動度の低下が回路の経年劣化を起こすモデルを構築した。

 富山県立大学などの共同研究グループは、シリコン面積のオーバーヘッドがほとんどない、放射線耐性を備えた13ビットのSAR(逐次比較)方式アナログデジタル(AD)変換器回路を開発した(発表番号9B.3)。放射線検出器のペアを内蔵しており、放射線を検出すると回路を動的に変更して誤り訂正を実行する。

ミリ波5Gとサブテラヘルツ波6Gの信頼性を脅かす課題

 高周波デバイス、特にサブ6GHzからミリ波、サブテラヘルツ波の領域では、GLOBALFOUNDRIESによる2件の発表講演が目立つ。1件は招待講演(発表番号8C.1)で、ミリ波5G移動体通信とサブテラヘルツ波6G移動体通信の信頼性に関する課題とシリコンCMOSの性能などについて展望する。もう1件は22nmのFD-SOI CMOS技術で製造したWiFi用パワーアンプの長期信頼性に関する発表である(発表番号8C.3)。

RF/mm波/サブTHz波デバイスに関する主な発表

SiCとGaNがパワーデバイスでSiと同等の信頼性を確保

 化合物半導体デバイスの信頼性に関する研究開発は近年、非常に活発になってきた。中心となっているのは炭化シリコン(SiC)と窒化ガリウム(GaN)である。

 SiCデバイスでは、MOS FETの信頼性に関する研究発表が続出した。Infineon Technologies(以降はInfineonと表記)、onsemi、ABBから口頭発表がある。

SiCデバイスに関する主な発表
SiC MOS FETの安全動作領域(SOA)を決めるストレス時間、電界、温度の関係(onsemiの研究成果、発表番号11A.2)。左(Figure3)は電圧ストレスと動作時間、不良率の関係(a)。温度は175℃。その右(b)はワイブルプロット。右(Figure6)は安全動作領域(SOA)。点線は不良率5ppm、実線は不良率63%となる条件(縦軸は時間、横軸はゲートソース電圧)。IRPS 2023のWebサイトから

 GaNデバイスでは、豊田中央研究所グループ、Infineonグループ、STMicroelectronicsなどから口頭発表がある。豊田中央研究所グループは縦型MOS FET(発表番号2C.1、招待講演)、Infineonは横型HEMT(発表番号2C.2)、STMicroelectronicsはMOS-cHEMT(発表番号7B.1、招待講演)を扱う。

GaNデバイスに関する主な発表

パッケージング前にボンディングパッドの寿命を予測

 最後はパッケージングに関する主な発表である。Purdue UniversityとNXP Semiconductorsの共同研究チーム(発表番号3C.1)、GLOBALFOUNDRIESとTU Dresdenの共同研究チーム(発表番号3C.2)、TSMC(発表番号6B.2、招待講演)による講演概要を紹介する。

パッケージングに関する主な発表

 特に興味深いのはPurdue UniversityとNXP Semiconductorsが共同発表する、シリコンダイのアルミニウム(Al)ボンディングパッドとモールド樹脂の界面で発生する腐食(による寿命)をパッケージ組み立て前に評価する手法だ。テストのために、シリコンダイをボンディング接続して樹脂封止する手間が不要になる。

Purdue UniversityとNXP Semiconductorsが共同開発した、アルミニウム(Al)ボンディングパッドの腐食による寿命をパッケージング前に評価する手法の模式図(発表番号3C.1)。左(a)はパッケージの小型薄型化トレンド、(b)と(c)はモールド樹脂内のイオンが移動してボンディングパッドを腐食させるメカニズム。中央から右の図は、EMC(エポキシモールディングコンパウンド)とAlボンディングパッドの電気化学反応から寿命を予測する実験のセットアップと実験結果。IRPS 2023のWebサイトから

 このほかにも興味深い発表が少なくない。IRPS 2023開催後のレポートに期待されたい。