福田昭のセミコン業界最前線

光子1個を検出する超高感度イメージセンサーをソニーとキヤノンが開発中

光を検出する感度の究極は「1個の光子(フォトン)」

 「光」が波であり、粒子でもあることは、良く知られている。いわゆる「光の波動性と粒子性」である。普段の生活で意識するのは、光が波であることだろう。例えば目に見える光(可視光)の波長は、おおよそ400nm~700nmである。CDの記録と読み取りには波長が780nmの近赤外光を、DVDの記録と読み出しには波長が650nmの赤色光を、BDの記録と読み出しには波長が405nmの青紫色光を使う。

 光が粒子であることは、普段はあまり意識しない。ただし光を計測するイメージングやセンシングなどの世界では、高い感度を追求していくと光の粒子性に突き当たる。光の強度は、単位時間に単位面積を通過する光の粒子の数で決まるからだ。

 光の粒子は「光子(フォトン)」と呼ばれる。1個のフォトンのエネルギーは「プランク定数」と呼ぶ物理定数と、光の振動数(あるいは「光速/波長」)の積(掛け算)になる。例えば波長が620nm(赤色光)のフォトンは3.204✕10のマイナス19乗ジュール(2.0eV)のエネルギーを有する。極めて微弱なエネルギーだ。

 そして光のエネルギーは1個のフォトンが最小であり、フォトン未満にはならない。光を検出する感度の究極は、フォトン1個を検出することにある、とも言える。

光を検出する半導体素子の高感度化

 光を電流あるいは電圧に変換する半導体素子(半導体受光素子)は、古くから存在する。最も代表的かつ一般的な半導体受光素子は、「フォトダイオード(PD : Photo Diode)」だろう。光を受け取ったダイオードが発生する電流(電子と正孔)を電気信号として検出する。

半導体受光素子の主な例(ダイオード構造のみ)

 スマートフォンやデジタルカメラなどが内蔵するイメージセンサーは、フォトダイオードのアレイ(行列状のマトリクスアレイ)によって光を電流に変換する。紙の文書を読み取るスキャナは、フォトダイオードを直線状に並べたアレイ(ラインセンサーあるいはリニアセンサーと呼ぶ)と発光源を内蔵する。読み取り対象を光で走査して反射光をフォトダイオードによって電流に変換することで、文書(文字や図面など)を読み取る。

半導体受光素子の主な例(その2)。フォトダイオード(PD)の概要

 フォトダイオードは高速かつ高感度ではあるものの、特に微弱な光を検出する用途には適していない。微弱光の検出には、「APD(Avalanche Photo Diode、アバランシェフォトダイオード)」と呼ぶ、特に感度を高めた構造のフォトダイオードを使う。APDは光を受け取ったダイオードが発生する電子を高い電界によって半導体結晶の格子(原子)に衝突させることで電子を急激に増やす。この機能を「アバランシェ増倍(なだれ増倍)」と呼ぶ。

半導体受光素子の主な例(その3)。アバランシェフォトダイオード(APD)の概要

 APDは感度が非常に高いものの、1個のフォトンを検出するまでの感度は備えていない。1個のフォトンを検出する半導体受光素子は、「SPAD(Single Photon Avalanche Diode、エスパッド)」と呼ぶ。SPADとAPDの違いは、ダイオードの構造とバイアス電圧(動作電圧)にある。

 APDもSPADも「アバランシェ増倍領域」と呼ぶ電子を急激に増やす領域をダイオード内部に備える。PDを含めたこれらダイオード構造の半導体受光素子は、逆方向のバイアス電圧(逆バイアス電圧)を印加して使う。逆バイアスを加えたダイオードは通常、電流が流れない。光を検出すると、電流が流れる。

半導体受光素子の主な例(その4)。SPADの概要

 逆バイアス電圧を加えるということは、ある程度以上の高い電圧になると絶縁が壊れて電流が流れてしまうことを意味する。この電圧を「降伏電圧」あるいは「ブレークダウン電圧」と呼ぶ。ブレークダウン電圧を表す記号は通常、「VBD(BDは下付き文字)」である。PDの逆バイアス電圧はブレークダウン電圧よりもはるかに低く、APDの逆バイアス電圧はPDよりもずっと高いがブレークダウン電圧よりは低い。

APDとSPADの違い

 SPADの逆バイアス電圧は、ブレークダウン電圧よりも少し高い。このバイアス電圧だと光に対する感度がさらに高まり、理論的にはアバランシェ増倍の比率が無限大になる。1個のフォトンからでも、十分に大きな電流を得られる。ただしブレークダウン電圧を超えても光が入射しないときには電流が流れない構造と、フォトンの検出によって発生した電流を即座に止める工夫が欠かせない。

 SPADの動作は以下のようになる。初期状態(光が入射していない状態)では、SPADをブレークダウン電圧よりも数V高い電圧(過剰エクセスバイアス電圧、エクセスバイアス電圧、オーバー電圧などと呼ぶ)の逆バイアス電圧を印加しておく。ここでフォトンがSPADに入射して電子が生成するとアバランシェ増倍によって急激に電子の数が増加し、電流が急増する。

 アバランシェ増倍によって大きな電流が発生するとSPADのバイアス電圧が低下する。具体的には、あらかじめSPADと直列に抵抗素子(pMOS FETを使うことが多い)を追加しておき、抵抗✕電流による電圧降下を利用してバイアス電圧を下げる。

 逆バイアス電圧が低下するとアバランシェ増倍が弱まり、発生電流が減少する。逆バイアス電圧がブレークダウン電圧に到達すると電流が止まる。この動作をクエンチング、先述のバイアス電圧降下用抵抗をクエンチング抵抗と呼ぶ。電流が止まるとクエンチング抵抗による電圧降下がなくなり、SPADが再充電されてバイアス電圧は初期状態に戻る。この動作をリチャージと呼ぶ。

SPADセンサーの動作(電流-電圧特性)。図面はソニーが2021年2月18日に発表したニュースリリース「業界初 SPAD画素を用いた車載LiDAR向け積層型直接 Time of Flight方式の測距センサーを開発」から。図面下の説明は筆者が作成(ソニーのリリースとは無関係)

 SPADの動作で注目すべき特性は、出力電流が光の強度(フォトンの数)によらず、十分に大きくかつ一定(飽和電流)であることだ。1個のフォトンを検出しただけで、飽和電流を発生する。動作は極めて高速で、おおよそ100ps~300ps(0.1ns~0.3ns)の時間分解能を有する。

ソニーとキヤノンが最新の開発成果をIEDM2021で披露

 SPADセンサーが検出可能な光の波長は、半導体材料(エネルギーバンドギャップ)によって決まる。最近になって注目を集めているのは、受光素子の材料にシリコン(Si)を使ったシリコンSPAD(Si SPAD)だ。シリコンの受光素子は感度が可視光から近赤外にあり、高感度かつ高速、高ダイナミックレンジ、高解像度のイメージセンサーや3次元距離測定センサーなどを原理的には実現できる。

 もちろん課題は少なくない。画素のピッチを狭くしづらい(画素数を増やしにくい)、開口率が小さい、光の検出効率が低い、動作速度(時間分解能)の向上と検出効率がトレードオフ関係にある、雑音(暗電流)の抑制と検出効率がトレードオフ関係にある、バイアス電圧が高い、などの弱点を抱える。

 それでも理論的な性能限界はフォトダイオードアレイを使う従来のイメージセンサー(CMOSイメージセンサーとCCDイメージセンサー)よりも高い。このことから、国内外の企業や大学、研究機関がSPADの研究開発に携わっている。

 昨年(2021年)12月に米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催された半導体デバイス技術に関する国際学会IEDM2021では、日本のイメージセンサー開発企業であるソニーグループとキヤノンがそれぞれ、SPADセンサーの研究成果を発表した。

ソニーグループとキヤノンによる最近のSPAD開発成果。筆者の調べによる。すべてを網羅しているとは限らない

ソニー : 車載用深さセンサーの測定距離延長と距離分解能の向上を両立

 ソニーグループは、車載用の3次元距離測定センサー(直接ToF方式のLiDAR)を想定したシリコンSPADアレイセンサーを開発してきた。2020年12月に国際学会IEDM2020で画素ピッチが10μmと狭いSPADアレイ技術を発表した(論文番号16.6)。

 2021年2月には半導体回路の国際学会ISSCC2021でこのSPADアレイ技術を組み込んだ3次元距離測定センサー(直接ToF方式のLiDAR)のモジュールを試作して性能を評価した(論文番号7.3)。

 そして2021年12月にはIEDM2021で、画素ピッチを6μmに縮めたSPADアレイ技術を発表した(論文番号20-1)。

ソニーグループによる最近のSPAD開発(その1)。2020年12月に画素ピッチが10μmと短いSPADアレイセンサー技術を国際学会IEDM2020で発表
ソニーグループによる最近のSPAD開発(その2)。2021年2月に画素ピッチが10μmのSPADアレイセンサーを内蔵する車載用深さ(3次元距離)測定センサーモジュールを試作し、国際学会ISSCC2021でその概要を発表
ソニーグループによる最近のSPAD開発(その3)。2021年12月に画素ピッチが6μmと狭いSPADアレイセンサー技術を国際学会IEDM2021で発表。過去にCMOSイメージセンサーで開発した要素技術「PSD(Pyramid Surface for Diffraction)」を採用して検出効率を高めた

キヤノン : 超高感度カメラ用センサーの解像度を向上

 キヤノンは、高感度かつ高解像度のカメラ用イメージセンサーを想定したシリコンSPADアレイセンサーを開発してきた。

 2020年6月に100万画素のイメージセンサーを開発したと報道機関向けに発表したほか、同月にはSPAD研究に関する国際学会ISSWで画素の開口率を100%に高める技術を発表した。2021年12月にはIEDM2021で、画素数が320万画素と極めて多いイメージセンサーを発表した(論文番号20-2)。

キヤノンによる最近のSPAD開発(その1)。2020年6月24日に100万画素のSPADイメージセンサーを開発したと報道機関向けに発表(ニュースリリース)
キヤノンによる最近のSPAD開発(その2)。2021年12月15日に320万画素のSPADイメージセンサーを開発した成果を国際学会IEDM2021で発表

 ソニーグループとキヤノンのほか、パナソニック、STMicroelectronics、onsemi、Elmos SemiconductorなどもSPADを開発中である。今後の進展を期待したい。