福田昭のセミコン業界最前線
「TSMC狂騒曲」第2楽章
2021年12月24日 06:16
日本進出の概要をTSMCが正式に公表
今年(2021年)の始めから日本の半導体業界を騒がせていた、台湾の最大手半導体ファウンダリ企業TSMCが日本に建設する工場の概要がこのほど正式に公表された。2021年11月9日にTSMCと、日本の半導体ベンダーであるソニーセミコンダクタソリューションズは共同で、日本の熊本県に半導体ファウンダリサービスを担う生産工場(前工程ライン)を建設すると発表した。本コラムで11月4日に報じたように、TSMCは今年10月14日に四半期業績の説明会で日本工場の建設計画を公式に認めたものの、詳細はほとんど明らかにしていなかった。
11月9日の発表では、日本工場の概要がある程度、明らかになった。工場の予定地は熊本県である。生産ラインは28nm世代および22nm世代のスペシャルティプロセス、300mm(12インチ)ウェハの前工程ライン。生産能力は300mmウェハで4万5,000枚/月とかなり大きい。2022年中に着工し、2024年末までに製品の生産を始めるとする。工場が雇用する従業員は、約1,500名に上る。
なお11月9日付けの発表リリースは工場の所在地を熊本県としており、より詳しい情報は述べていない。しかし以前から、熊本県菊陽町にあるソニーグループの半導体工場の隣接地になるとの推測が報じられている。この推測でほぼ間違いないようだ。
生産子会社の名称は「JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing, Inc.)」である。出資比率はTSMCが80%以上、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)が20%未満となる予定。なおSSSは約5億米ドルを出資する。TSMCの出資額は同社取締役会の報告書によると、最大で21億2,340万米ドルである(注:本稿では「台湾ドル」と区別するため、「米ドル」と表記する)。TSMCが海外に工場を建設する場合、現地の生産子会社は100%出資を原則としており、合弁企業は極めて珍しい。なお10月14日の業績説明会でTSMCは「重要な顧客を含めた民間企業との合弁は今後も選択肢となるが、政府組織との合弁は考えていない」と質疑応答で述べている。
設備投資額は当初、約70億米ドル(約8,000億円)を予定する。この金額は、日本政府による強力な支援策を前提としたものだと発表リリースは記述している。日本政府の強い支援を前提とした工場進出であることが伺える。政府支援を必要とした理由は後ほど説明しよう。
販売額でトップ3、微細加工技術でトップに位置するTSMC
世界最大の半導体ファウンダリ事業(半導体製造受託事業)会社として知られるTSMCは、半導体事業会社としての販売額でも世界のトップ3に付ける。2021年に四半期売上高が100億米ドルを超えた半導体企業は、米国のIntel、韓国のSamsung Electronics(以降はSamsungと表記)、台湾のTSMCしかない。
さらに、TSMCは半導体製造の要である微細加工技術の開発でトップに付ける。同社がCMOSロジック向けに量産中の最先端加工技術は5nm世代である。5nm世代の半導体製品を量産しているのは、TSMC以外にはSamsungしかない。ボストンコンサルティンググループ(BCG)と米国半導体工業会(SIA)が共同で2021年4月に公表した調査報告書「Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era」によると、10nm未満の微細加工技術によるロジック製造能力を備えている地域は台湾と韓国だけであり、台湾が92%、韓国が8%を占める。ここで台湾とはTSMCを、韓国とはSamsungを事実上は意味する。
売り上げの大半を最先端製品が稼ぐTSMC
そのTSMCは四半期の売上高比率を微細加工の技術世代別に公表してきた。2021年第3四半期(7~9月期)の売上高に占める10nm未満の加工技術の割合は52%であり、すでに半分を超える。内訳は5nm世代が18%、7nm世代が34%である。1年前の2020年第3四半期は5nm世代が8%、7nm世代が35%であり、10nm未満の合計は43%だった。1年間で10nm未満のプロセスによる売り上げの比率は、9ポイント上昇したことになる。
製造技術世代別の売り上げを多い順番に見ていくと、トップが7nm世代で34%、次が5nm世代で18%、その次が16nm世代で13%、さらにその後が28nm世代で10%と続く。この技術世代までで売り上げ全体の75%を占める。
また2021年第3四半期(7~9月期)の売上高を世界の各地域別に見ると、北米が65%で圧倒的に大きい。次がアジア太平洋で13%、その次が中国で11%と続く。残りはEMEA(欧州・中東・アフリカ)が6%、日本が5%である。日本での売り上げは5%とあまり多くはない。
売り上げは最先端技術、利益は枯れた技術
TSMCの日本進出は、日本政府の強力な誘致活動による決定だとされる。11月9日付けの発表リリースには「日本政府からの強力な支援を受けることを前提」とした場合に当初の設備投資額が70億米ドル(約8,000億円)になる見込みとの記述がある。
また日本の半導体業界の一部は、TSMCの日本進出を大きく歓迎しているようだ。半導体製造装置・材料のベンダーが歓迎するのは理解できるものの、調達先が日本のベンダーとは限らない点には、留意しておく必要がある。約1,500名という大きな雇用機会は、半導体業界というよりも、地元である熊本県にとって歓迎すべき出来事だろう。
一方ですでに一部で指摘されているように、生産子会社「JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)」にはいくつかの疑問点がある。最大の疑問点は「28nm世代のスペシャルティプロセス」だということだろう。この製造プロセスはTSMCにとっては成熟した技術だ。28nm世代のCMOSロジックは約10年前の技術であり、TSMCが量産を始めたのは2011年のことだ。
半導体業界では常識なのだが、新しく構築した生産ラインの製造コスト(ウェハ当たり)は操業開始時点では極めて高い。用地買収、建屋の建設、半導体製造用インフラ(クリーンルームやガス供給系、ウェハカセットの搬送系など)の整備、製造装置の導入など、生産ラインの構築には膨大な費用がかかる。最先端プロセスの場合は開発コストも上乗せされる。しかし操業してから3年~5年を経過すると、製造歩留まりがほぼ100%に近くなるとともに固定資産の償却が進み、製造コスト(ウェハ当たり)は操業当初に比べると大幅に低下する。いわゆる「枯れた技術」、「成熟した技術」と呼ばれる製造技術となり、作れば作るほど利益が出る生産ラインとなる。
TSMCに限らず、半導体ファウンダリ大手にとって28nm世代は「枯れた技術」であり、現時点での製造コストは極めて低い。10nm未満の最先端プロセスは売り上げでは半分を超えるものの、利益に占める比率が半分を超えることはまずないだろう。TSMCは製造技術世代ごとの利益は公表していないので詳細は不明だが、半導体製造の一般論を当てはめれば、利益の半分以上を占めるのは、16nm世代以前のプロセスだとみられる。
28nm世代の工場を新たに建設することの意味
言い換えると、現時点で28nm世代の生産ラインを建屋から建設することは、「無謀に近い行為」と言える。なぜなら、製造コストでは既存の28nmラインよりもはるかに高いものになるからだ。半導体ファウンダリ大手が提供している28nm世代の製造受託サービスと同じ水準の価格では、コスト割れになることは明らかだ。
TSMCは2021年第3四半期の粗利益率を51.3%と報告しており、10月14日の業績説明会では50%以上の粗利益率を今後も維持すると、質疑応答で繰り返し述べている。粗利益率を下げる行為は許容できない。何らかの手段によって製造コストを下げる必要がある。
そこで日本政府が繰り出したのが、設備投資の半分を上限とする補助金(あるいは補助金に相当する助成)である。しかし外資100%の企業に補助金を出すことは、国益に適うかどうかとの懸念が生じる。そこでソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)が出資して合弁企業とすることで、体裁を整えた。ただしSSSの出資比率は20%未満と低く、日本工場(JASM)を実質的に支配するのはTSMCになる。
2021年12月20日、令和3年度の補正予算が政府案通りに成立した。その中で経済安全保障を目的とした具体策として「先端半導体の国内生産拠点」を確保するため、6,170億円を投じることが決まった。
この「先端半導体の国内生産拠点の確保」が、TSMCとSSSが合弁で建設する工場への補助金になるとされる。6,170億円という予算は、設備投資額の約8,000億円の半分に相当する4,000億円を上回る。また関係法制も整備された。これらの政府や地方自治体などの動向は、機会を改めて詳しく述べたい。