イベントレポート
【IEDM 2017】スマホの虹彩認識用CMOSセンサーをソニーが開発
~赤外線の感度向上と製造コスト上昇の抑制を両立
2017年12月22日 11:44
人間の眼に見えない赤外線をモバイル機器の生体認証に導入
スマートフォン(スマホ)やメディアタブレットの虹彩認識や顔認識、ゲームの全身動作認識などには、赤外線を使うことが多い。対象物に赤外線を照射し、反射光をイメージセンサーで検出する。赤外線を使うのは、人間の視覚が検知しない(ユーザーがわずらわしく感じない)波長だからだ。
ただし、可視光検知を主体とするシリコンのCMOSイメージセンサーは、赤外線に対する感度があまり高くない。このため、CMOSイメージセンサーに赤外線の認識機能を付加するためには、高出力の赤外線発光ダイオード(赤外線LED)を採用する、あるいは赤外線の感度を上げるためにシリコンの光吸収層を厚くしたCMOSイメージセンサーを採用する、といった対策が必要とされてきた。
こういった対策は、部品コストの増加につながる。たとえばスマートフォンに搭載可能な小型で高出力の赤外線LEDが製品化されたのは、最近のことだ。当然ながら標準的な赤外線LEDに比べると、価格は上昇する。またシリコンの光吸収層を厚くしたCMOSイメージセンサーは、製造工程で不純物イオンを打ち込む距離が長くなるので、製造装置であるイオン打ち込み装置が高価なものになる。したがって製造コストが上昇する。
シリコンの光吸収層の厚みを従来のCMOSイメージセンサーと同等に維持しながら、赤外線の感度を向上できれば、赤外線LEDに要求される出力が減るとともに、CMOSイメージセンサーの製造工程で従来のイオン打ち込み装置がそのまま利用できる。赤外線LEDの部品コストが低下するとともに、CMOSイメージセンサーの製造コストを増やさずに済む。
CMOSイメージセンサーの大手ベンダーであるソニーセミコンダクタソリューションズ(以降はソニーと表記)はこのようなCMOSイメージセンサーを開発し、12月に米国サンフランシスコで開催された国際学会IEDM 2017で、その技術概要を発表した(講演番号16.4)。
回折格子の作り込みで赤外線の感度を向上
シリコンの光吸収層の厚みを従来と同等に維持しながら、赤外線領域(波長700nm~1,000nmの近赤外線領域)の感度を上げるため、ソニーは光吸収層の光路長(光が通過する長さ)を伸ばすことにした。具体的には、光の入射面付近をピラミッド形に加工して回折格子を設け、光を斜めに曲げた。この構造をソニーは「PSD(pyramid surface for diffraction)」と呼んでいる。PSDの導入によって700~1,200nmの近赤外線領域における感度は、同じ厚みの光吸収層で50%も向上した。
ただし、ピラミッド形の加工によってシリコン結晶の(111)面が露出する。従来の構造ではシリコン結晶の(100)面が露出していた。界面準位の密度で比較すると(111)面はシリコン原子のダングリングボンド(未結合手)が多く、界面準位の密度が増加すると発表論文は述べている。すると暗電流が増加するという問題が生じる。そこで界面準位を減らす処理を施し、暗電流を従来構造並みに抑制した。界面準位を減らす処理の内容は、具体的には示さなかった。
深い溝による画素分離で分解能を維持
回折格子によって光が斜めに走行するということは、隣接する画素に光が侵入する確率が高まるということを意味する。つまり、クロストークが増大する。クロストークの増大は分解能の低下を招く。
対策としてソニーは、画素の周囲に深い溝を掘ることで、画素間を分離した。この構造を「DTI(deep trench isolation)」と呼んでいる。なお、DTIによって画素を分離すること自体は、イメージセンサーではすでに知られている技術である。
回折格子によって斜めに曲げられた光は、DTIによって反射され、隣接する画素に漏れることなく、戻ってくる。こうして分解能の低下を防いだ。
200万画素のCMOSイメージセンサーを開発
ソニーはIEDMの講演で、実際に赤外線で撮影した画像の違いを披露した。従来構造に比べるとPSDだけを導入した構造は画像が明るくなるものの、輪郭が少しぼやけてくる。PSDとDTIの両方を導入した構造は、画像が明るくなるとともに、輪郭のぼやけがない。感度の向上と分解能の維持を両立できていることがわかる。
なおソニーは、開発したCMOSイメージセンサーをすでに製品化しているとみられる。開発初期の段階では画素の寸法は1.2μmだったが、製品では画素の寸法を1.12μmに縮めている。撮像画素数は約200万画素である。可視光と近赤外光の両方の波長領域に対応する。