福田昭のセミコン業界最前線
次世代半導体「酸化ガリウム」開発の旗手「FLOSFIA」を訪ねる
2020年3月19日 06:00
半導体材料「酸化ガリウム(Ga2O3)」が、次世代パワーデバイスの有力候補として急速に注目を集めている(「酸化ガリウム」からはじまる日本の半導体産業“大復活”参照)。シリコン(Si)のパワーデバイスはもちろんのこと、新世代のパワーデバイス用半導体である炭化シリコン(SiC)と窒化ガリウム(GaN)を超える性能を理論的には実現できるからだ。
パワーデバイスの理論的な性能を評価する指標として良く使われている「バリガの性能指数」で比較すると、酸化ガリウムの性能指数はシリコンの3,000倍、炭化シリコンの6倍、窒化ガリウムの3倍と高い。「究極のパワーデバイス」となるポテンシャルを備えている。この性能の高さが、酸化ガリウムの魅力だ。
酸化ガリウムが注目を集めている理由はほかにもある。製造コストをシリコンのパワーデバイスに近い水準まで、低減できそうなこと。それから、デバイスや基板(ウェハ)などの研究開発で日本が先行していること。さらに開発を主導しているのは、大手のパワー半導体メーカーでも大手のパワーエレクトロニクスメーカーでもない。研究開発を牽引しているのはベンチャー企業と大学、研究開発法人である。
パワーデバイスを想定した酸化ガリウムの研究開発の歴史は、約10年とかなり短い。国立研究開発法人の情報通信研究機構(NICT : National Institute of Information and Communications Technology)とタムラ製作所、京都大学(工学部電気電子工学科の藤田研究室)の3者によって2010年~2011年に研究がはじまった。
その後、NICTとタムラ製作所からはベンチャー企業「株式会社ノベルクリスタルテクノロジー」(埼玉県狭山市)が、京都大学からはベンチャー企業「株式会社FLOSFIA(フロスフィア)」(京都府京都市西京区)が誕生した。このベンチャー企業2社が、日本における研究開発の中核企業だと言える。
ノベルクリスタルテクノロジーとFLOSFIAの概要は、以前に本コラムでご紹介した(「オールジャパン」で実用化を急ぐ「酸化ガリウム」の研究開発参照)。ノベルクリスタルテクノロジーは酸化ガリウムのウェハ開発とデバイス開発、FLOSFIAは酸化ガリウムのデバイス開発に取り組んでいる。
筆者はごく最近になって、FLOSFIAの本社オフィスを訪ねる機会を得た。同社のキーパーソンとディスカッションしていくつかの知見を得たので、同社における最新の開発状況をご説明したい。
JR京都駅からFLOSFIA本社オフィスまでの道のり
FLOSFIAの本社オフィスは、京都大学の桂キャンパスに位置する。JR京都駅からは、約1時間の道のりだ。京都市営地下鉄烏丸線で京都駅から国際会館行きに乗り、2つ目の四条駅で下車。ここで阪急電鉄京都本線に乗り換える。歩いてすぐに同線の烏丸駅に着く。大阪方面行き(通常は大阪梅田行き)の準急で4つ目、特急で1つ目の桂駅で下車し、西口のバスターミナルに出る。
バスターミナルには3つの停留所が並んでおり、先頭の停留所でバスを待つ。目的のバス(京都市営バスあるいは京阪京都交通バス)は「桂坂中央ゆき」である。およそ10分ごとに出発するので、かなり使いやすい。バスの精算方式は後払い方式。「後部から乗車して整理券を取る、あるいは交通系ICカード(SuicaやICOCAなど)をリーダに読ませる。降りるときに先頭部(運転席付近)で現金あるいは交通系ICカードで精算」という方式である。基本的に「釣り銭」がなく、小銭がないときは運転席付近の両替機で千円札を両替して支払う。千円札がないと両替ができないので、注意されたい。
バスは出発するとしばらくは平坦な道を走る。途中から急カーブのある坂道をぐいぐいと登りはじめると、すぐに目的の「桂イノベーションパーク」停留所に到着する。所要時間は道路が空いていると10分ほどと、かなり短い。バスの停留所から目的のFLOSFIAまでは、坂道を下り、つぎに交差点で右に曲がって坂道を登る。しばらくすると右手に3階建のビルが見えてくる。これがFLOSFIAの本社だ。バス停からはゆっくり歩いて2分ほどで到着する。
FLOSFIAが備える3つの優位性
FLOSFIAの本社オフィスで応対していただいたのは、取締役CTO(最高技術責任者)兼パワーデバイス事業本部長をつとめる四戸 孝(しのへ たかし)氏と、営業部長をつとめる井川 拓人(いがわ たくと)氏である。技術と製品の両面から、お話をうかがった。
まとめると、FLOSFIAは3つの優位性を備えていることが理解できた。1つは、「酸化ガリウム」がパワーデバイスとしてほかの材料に比べて理論的に高い性能を備えること。もう1つは、酸化ガリウムのなかでもとくに高い性能を理論的に実現できる、α相(アルファ相)の酸化ガリウムを選んでいること。最後は、原料の溶液を霧(ミスト)状にして反応させる独自の成膜技術「ミストCVD法」を開発したことである。
これら3つの優位性のなかで、後者の2つは密接につながっている。ミストCVD法は成長させる薄膜の結晶構造が、基板(ウェハ)の結晶構造と同じになる。ウェハにはアルファ相のアルミナ(Al2O3)、すなわちサファイアを使う。サファイアの結晶構造は「コランダム構造」と呼ばれる。サファイアのウェハにミストCVD法で成長させた薄膜も、「コランダム構造」となる。酸化ガリウム(Ga2O3)も、コランダム構造であるアルファ相が成長する。ベータ相は成長しない。
サファイアのウェハは、コストが低いという特長を備える。シリコンウェハに比べるとやや高いものの、炭化シリコンウェハと窒化ガリウムウェハに比べるとずっと低い。しかもミストCVD法ではウェハを再利用するので、ウェハの実質的なコストはさらに下がる。製造コストではシリコンのパワーデバイスに近い水準を狙える。
ショットキーバリアダイオード(SBD)から製品を量産へ
半導体のビジネスには大別すると、特定顧客向けのカスタム品を開発する事業、顧客を特定しない市販品を開発する事業、設計や製造などを請け負う受託事業などがある。ベンチャー企業は知名度が低いことが多い。3つの事業モデルのなかではカスタム事業と受託事業が、どちらかと言えばハードルが低い。ベンチャー企業が入りやすい事業モデルと言える。
FLOSFIAは、顧客を特定しない市販品を手掛ける。ベンチャー企業としては難度が高い事業モデルである。国内市場については、電子デバイス商社の伯東と協栄産業を販売代理店とした。海外市場については検討中である。まずは国内市場で顧客の反応を見る、ということだろう。
半導体デバイスの顧客にとっては、同じシリコンの半導体デバイスでも、新しいベンダーの製品を採用することはそれほど簡単ではない。ましてや新しい材料となると、よほどの理由がないかぎり、採用は難しい。たとえば炭化シリコンのパワーデバイスは今でこそ採用が進んでいるものの、顧客による扱いは当初は厳しいものだった。「2000年頃は、電源メーカーが炭化シリコンデバイスを評価すらしてくれない状況だった。それから10年くらいかけて市場が立ち上がってきた」(四戸氏)。
意外なことに、こういった苦労は酸化ガリウムのパワーデバイスでは、あまり見られないという。「国内の顧客企業による期待は高い」(井川氏)。その大きな理由に、顧客企業は炭化シリコンパワーデバイスの採用を通じて新材料の評価方法や試験方法などの経験を積んだことがあるという。この経験は現在でも生きており、以前に比べると新材料の採用に対するハードルが低くなっている。これはFLOSFIAにとって幸いな状況だろう。
FLOSFIAが量産をはじめる最初の製品は、ショットキーバリアダイオード(SBD)である。民生用で耐電圧600V、電流10Aの中耐圧品を販売する。定格電力だと数百W~1kWの領域だ。サーバーやエアコンなどの電源ユニット、それも力率改善(PFC)回路を狙う。SiCよりも高い性能と低いコストが強みだ。今年(2020年)の年内には、量産をはじめる予定である。
外部企業を活用して設備投資を抑制
酸化ガリウムSBDは現在、直径2インチ(約50mm)のサファイアウェハで製造している。量産では、直径3インチ(約75mm)のサファイアウェハに切り換えてスループットを高めるとともに、製造コストを下げる。
量産時点での製造ラインは外部企業を活用した、いわゆる「ファブライト」方式となる予定である。ミストCVD法による酸化ガリウム薄膜の成長といったコアとなるプロセスはFLOSFIAで実施する。それ以外の前工程(ウェハ処理工程)と、後工程(パッケージング工程)は外部企業に委託する。外部企業の活用によって製造設備への投資金額を抑制する。なお製造ラインの見学は許可されなかった。少々残念だ。
じつは今回の訪問では当初、代表取締役CEOの人羅俊実氏へのインタビューを予定していた。しかし人羅氏の体調が良くなかったことで、インタビューは当日になって中止された(前日の株主総会が影響したのかもしれない)。その代わりに、売上高の見通しに関するコメントをいただいた。それは「2030年に1,000億円」という非常にアグレッシブなものだ。
市場調査会社の富士経済が2019年6月5日に発表した市場予測では、酸化ガリウム系パワーデバイスの市場規模は2030年に1,542億円に達するという。この予測が正しければ、1,000億円というのはFLOSFIAが市場シェアで約3分の2を占めるという未来を意味する。実際にそのようなバラ色の未来が実現するのかどうか。行方を見守っていきたい。