CESを前に考える、2011年、モバイルの時代



 コンシューマ向けエレクトロニクス製品の分野において、今年(2011年)はモバイルの年となるだろう。テクノロジ業界の人たちは、“昨年(2010年)こそがモバイルの年だったのでは”と言うかもしれない。実際にはその通りだが、さまざまな動きがまとまり、大きなうねりとして顕在化し始めるのは今年だと思う。

 今年はモバイルコンピューティングの定義が大きく変化し、もはやPCと携帯電話の境目はほとんどなくなるに違いない。PC、携帯電話、スマートフォン、タブレット端末、デジタル家電。その間には境目など見えず、さまざまな商品を並べて俯瞰すると、ひたすらに滑らかなグラデーションのように連続したコンセプトの製品に見えるかもしれない。

 今週、米ラスベガスで2011 International CESが始まる。そこには“モバイルの年”を彩るさまざまな製品が展示される。モバイルをキーワードに投資が集まり、多様な製品、多様なサービスが展開されそうだ。

●モバイルの時代を創り出す原動力

 かつてPC業界が急速に発展した時代、PCは他のエレクトロニクス製品市場を浸食していった。たとえばCESの歴史にも、その徴候は見られる。過去において、CESは隆盛と衰退を繰り返してきたが、特に1990年代はCESが衰退した時期だった。この間、衆目を集めたのは、今はなきPC業界の総合展示会であるCOMDEXだった。

 PCは単なる計算機の枠を超え、能力を高めるに従って急速にその適応範囲を拡げ、大衆の注目を家電業界から奪った。常に新しいアプリケーションが生まれ、処理能力が向上し続ける事で、さらに新たな用途の提案を呼び込んだ。

 しかし、21世紀を迎えるようになると、今度はPCで育ったデジタルメディア文化が、家電のデジタル化とともに他のエレクトロニクス製品へと注入されるようになり、デジタル家電の時代になった。何よりこの時期、世界中のほとんどの家庭で使われるTVのデジタル化、薄型化という大きな波があったことも、PCと家電のシーソーゲームの演出で大きなウェイトを占めた(無論、日本では地デジ移行という話題もあったが、それは業界全体の動きの一部でしかない)。

 しかし、これも過去の話になろうとしている。現実を見ると、TVという商材は相変わらずキャッシュフローが大きく重要な位置は示しており、継続的に進化を遂げていく見込みだが、今の時代を象徴するエレクトロニクス製品はPCでも、デジタル家電でもない。モバイル製品が、人々の注目と期待を一気に集める“モバイルの時代”となっている。

 “モバイルの時代”というとやや曖昧だが、いくつかのトレンドが一体となり、モバイルの時代を創り出している。例として挙げると、次のようなトレンドだ。

・携帯電話のネットワークが3Gとなり、HSDPA、HSUPAと進歩してデータ通信回線としての実力を増し、WANを使ったネットワークアプリケーションが発展
・より高速なWANの整備が進みつつある
・半導体技術の進歩で小型ハンドセットの処理能力が向上
・GPUとその応用が進んだことで、省電力にわかりやすいGUIを構築可能に
・クラウド型サービスが発展し、ネットを通じたストレージ、計算能力利用のコストが大幅に下落。ハードウェアとサービスを一体化した商品設計が容易に
・ネットワークサービスを専用アプリケーションというフィルタを通して利用するアプリケーションの作り方、利用方法が定着
・高性能なタッチパネルと、それを前提にしたユーザーインターフェイス技術の定着

 これらの要因が重なり、かつてPCと家電の間が曖昧になったように、携帯電話と家電、PCの間を埋めてきている。携帯電話はPC・デジタル家電的になり、PCやデジタル家電が携帯電話的になろうとしている。

●スマートフォン隆盛にチャンスを伺う

 本連載を読んでいる方々にとっては、何を今更だろうが、日本のフィーチャーフォン、一般に言うところのガラケーが携帯電話の枠組みから、データ通信帯域の拡大とともに機能を増やしてきたのに対して、スマートフォンはPCによるインターネット利用の世界を“携帯電話的”なパッケージに収めたものだ。

 前者は携帯電話で使える帯域を考慮しながら機能や用途を開発するが、後者は完全な放任主義。積極的な帯域の管理は行なわず、空いている帯域はみんなで分け合うベストエフォートの世界だ。ベストエフォートの世界は自由と希望に満ちた世界だが、管理されていないので、当然、急激なデータ通信量の増加にアップアップしているのが現状だろう。

 これはiPhoneによるトラフィック増加にあえぐソフトバンクモバイルだけの問題でなく、世界中の全ての携帯電話ネットワーク事業者が抱える問題でもある。だが、それでも人々は自由を求め、有象無象のネットワークサービスを活用する道具としてスマートフォンへとなだれ込んでいる。

 日本の場合、前者の機能がFeliCaの活用をはじめ、社会インフラと密接に結びついているため、スマートフォンへの移行は当初緩やかだったが、それも今年前半にはかなり整備が進む。モバイルSuicaのスマートフォン向けサービスがスタートすれば、状況は一気に変化するに違いない。

 こうして、みんなが携帯電話のネットワークを通常のインターネットと同じように使い始めると、どんなに強固なインフラを持つ回線事業者も混雑は避けられない。次の世代、すなわちもっと効率的に電波を利用するための世代交代へと投資も加速する。問題はデータ通信帯域だけだから、携帯電話としての機能は不要。ということで、KDDIはWiMAX回線にトラフィックを逃がすようになる(KDDIの田中社長自身がそうした考えを表明している)。

 いずれにしろ、今年後半からはスマートフォンは特別な存在ではなく、誰もが当たり前に選ぶ存在になっていくだろう。高機能/高性能のスマートフォンだけでなく、多様なスマートフォンが登場するはずだ。

 と、そんな状況の中、PCに関連した企業がコンシューマ市場で息を吹き返すのではないかと予想している(スマートフォンでもっとも成功している企業であるアップルはパソコンの会社だから、すでにそうなっているとも言えるが)。

 スマートフォンの隆盛は、PCと携帯電話の境目を曖昧にしたが、これはPC関連企業にとっても大きなチャンスになっている。

 そのためか、今年のCESはPC関連企業の元気がいい。

・Intelが新世代のプロセッサを、このCESのタイミングで正式発表し、搭載製品が一堂に会す
・Android搭載製品の充実(単に数が増えているだけでなく、搭載製品のバリエーションが拡大している)
・Windows Phone 7、それにそのタブレット向けバージョンについての言及が見込まれている
・GPUベンダーのモバイル向けチップセットへの進出

 スマートフォンによって、PC業界からもモバイルの時代を彩る役者が生まれてきている。誰がどんな役割を目指して集まってくるのか。今年は面白いコラボレーションを見ることができるはずだ。

●それぞれの分野における“モバイルの時代”

 もっとも、モバイルの時代をどう捉え、変化していくかは、製品カテゴリや対象としている顧客層の違いにも依存する。もう少し掘り下げて、キーワードごとに今年のトレンドを予想してみよう。

・PC

アップルの「Macbook Air」

 PCという製品は、広い画面と使いやすいキーボード、ポインティングデバイスを前提にして商品全体が設計されているため、その基本的なハードウェアの形は大きく変化しないものだ。小さなPCは持ち運びやすいが、小さな画面に向いたユーザーインターフェイスをPC用OSは持っていない。

 しかし、アップルは従来より小さな画面でも使いやすくなるように、次のLionと呼ばれるMac OS Xで、ユーザーインターフェイスに改良を加えてくるだろう。アップル純正アプリケーションの全画面ユーザーインターフェイス対応、Mac OS X版のApp Storeといった仕掛けは、そのための布石と考えられる。

 同時にスマートフォンに対してPCが圧倒的に劣っていた部分(待機時のバッテリ消費やインスタントオン)に対しては新型MacBook Airで手当をし、これを発展させていく事でモバイルの時代に対応しようとしている。あとはWANに関するソリューションを提供するだけだが、地域ごとにカスタマイズが必要な部分でもあり、アップル自身はそこにはあまり興味を持っていないかもしれない。

 一方、マイクロソフトはWindows 8をタブレット型端末などにも対応できるものとし、さらにインスタントオン/オールウェイズコネクトといった要素、それにアプリケーションのマーケットプレイスを導入するなど、モバイル寄りのコンセプトにしているようだ。Windows 8はまだ先の事だが、まずはアップルがLionでどのようなトレンドセットを行なうかが注目される。

・Android

 Android搭載端末は、バージョン2.2で完成度が大幅に高まったこともあり、開発はさらに加速している。単にスマートフォン用として使われるだけでなく、タブレット型端末、ノートPC型端末をはじめ、思いつく限りのたくさんの製品が生まれる見込みだ。

 ノートPC型の端末(クラムシェル型の携帯電話端末ではなくネットブック的なもの)には、東芝のdynabook AZがあったが、今年はAndroidマーケットなどにも対応し、GPSやモーションセンサーなども搭載したフル機能のAndroid端末が登場する。

 Google自身は、Androidをスマートフォン以外で利用することに対し、十分に最適化されていないとのコメントを発しているが、メーカー自身が独自に改良を加える事に対して否定しているわけではない。スマートフォンやタブレット型端末以外の形状でも、Googleの認証を得ることはできる。

 また、日本では“ガラケー”の機能を取り込んだもの、海外メーカーがグローバルに展開する低価格端末などが増加し、低価格の小型ディスプレイ搭載機も解像度が向上して日本語での実用度を増していくだろう。

 こうした多様性は、単一のハードウェアを世界中で販売するアップルの戦略とは好対照で、早晩、iOS搭載機に対して多数派に転じると考えられる。

Googleの「Nexus S」東芝の「dynabook AZ」

・Chrome OS

 Chrome OSを搭載したネットブックも、今年のトピックの1つになるだろう。3Gネットワークにも対応し、モバイルでの利用も想定している。海外では高い評価と可能性について論じられているが、個人的にはまだ発展の過程にあると感じている。

 Chrome OSは、クラウド型のネットワークを利用するためだけにある、といっても過言ではないOSで、従来は当たり前だった使い方ができなくなる側面がある。将来、ネットワークサービス同士の相互連携がもっとも深くなっていけば話は別だろうが、現状では既存情報ツールとの親和性が悪い。

 今年は~という文脈で話すならば、まだ時期尚早かもしれない。

・Windows Phone 7

Windows Phone 7搭載の「HTC 7 Trophy」

 この原稿を執筆している時点では、マイクロソフト・スティーブバルマー氏の基調講演は行なわれておらず、タブレット型端末に対するマイクロソフトの成果がどのようなものかはわかっていない。

 しかし、昨年発売されたWindows Phone 7は、従来のマイクロソフト製携帯電話用ソフトウェアがどんなに不完全なものだったかを、簡単に忘れさせてしまうほど出来がいい。今年の早い時期には日本を含め、全世界で展開をしていく見込みだ。

 海外では、主にマイクロソフト製品を採用している企業向けのイメージが強いそうだが、.NETベースの開発者が世界中に多数いることを考えると、コンシューマ向けの展開もかなりあるのではないだろうか。特に日本はWindows Mobileの採用実績を持つメーカーも少なくない。

 また1対1で結合されているわけではないものの、Windows Liveが大幅な改良を経て、非常に使いやすいサービスになってきていることも、Windows Phone 7の魅力を高める要因になるだろう。

・iPhone

iPhone 4

 iPhoneとAndroidは、アジアの都市で言えばシンガポールと香港のようなものだ。どちらも華僑の街だが、前者は徹底して管理された美しさと利便性を備え、後者は雑多で混沌としているが、それ故の自由な空気がある。

 日本での発売以来、ドッとiPhoneへと流れ込んだデジタル製品のアーリーアダプタ層も、より自由を感じるプラットフォームへと流れそうだ。その背景には、携帯電話事業者を自分で選べないというストレスも含まれているように思える。

 iPhoneのコンセプトは今年も不変だろうが、iPhoneを特定事業者でのみ販売する時代から、事業者を選べる時代にはなるだろう。そうでなければシェアを落とし、存在感を落とす原因になりかねない。ただ、SIMフリー版の販売にアップルが踏み切るのか、それとも他事業者からの販売となるのかはわからない。

  ドコモもKDDIも、Android端末の日本語化に非常に熱心で、グローバルで統一仕様のiPhoneに対して、今のタイミングでどう対応できるのかは予想し辛い。例年通りのタイミング(毎年6月)でiPhoneが更新されるなら、春頃には動向も明らかになってくるはずだ。

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(2011年 1月 5日)

[Text by本田 雅一]