WWDC基調講演に思う、計画的陳腐化時代の終わり



 今週、もっとも大きな話題と言えば、AppleがWWDC(Worldwide Developers Conference) 2009の基調講演で発表した一連の技術および製品であろう。それぞれの製品については、今後、さまざまなレポートが掲載されると思う。筆者も、そのうちのいくつかにはコラムで触れることになるかも知れない。

 しかし、一連の発表で最も印象的だったのは、それらの製品よりもAppleの長期的な商品戦略の見事さだ。製品個々の優劣をここで論じるつもりはないが(なにしろ試す製品も手元にはない)、大量消費時代の常識だった、自社の前モデルを否定する“計画的陳腐化戦略”とは真逆を行くAppleの手法は、コンシューマエレクトロニクス産業全体が進む方向をも示唆しているように思う。

●計画的陳腐化時代
iPhone 3G S

 たとえば携帯電話。半年に1度はモデルチェンジを繰り返す携帯電話は、メーカーが繰り出す新機能や新デザイン、新メカニズムが組み込まれると同時に、携帯電話会社がアップデートする新サービスに対応させることで、短いサイクルで過去の製品を陳腐化させてきた。

 短いサイクルでモデルチェンジを繰り返し、そのたびにサービスをアップデートし、ユーザーに買い換え意欲を向上させるという手法だ。筆者はこれを悪いとは思わない。製品やサービスを進歩させていくには、1歩ずつ着実に進む必要がある。うまく仕組みが機能している限り、メーカー、ネットワークオペレータ、ユーザーの3者にとって良い面の方が大きいだろう。

 ただ、膨らみ続けるように思えるニーズもいつかは飽和する。2008年後半ぐらいから、携帯電話の新機種に対する注目度がめっきり減ってきたと、とある新聞社の産業部記者が話していたが、そろそろメーカーと携帯電話会社による計画的陳腐化戦略が破綻してきているのではないだろうか。

 たとえば先日、世界最大の自動車メーカーだったゼネラル・モーターズ(GM)が連邦破産法第11条(チャプター11)を受けた。直接的には時代に合わなくなった企業戦略からの転換が遅れたことと、世界的大不況の両方が重なったことが原因と言われている。

 しかしGMと言えば、他品種の自動車を定期的にモデルチェンジし、計画的に自社がかつて売っていた車を古くさいものに仕立て上げていく、計画的陳腐化戦略を最初に始めた企業だ。大量消費時代にもっとも適した製品戦略と言われ、日本メーカーも追随してきた手法も、そろそろ終わりの時ということだろうか。

iPhone 3G

 手元にあるiPhone 3Gは、もちろん新発表のiPhone 3G Sより非力ではある。何しろ発表によると2倍ぐらいの速度差があるというのだから。しかし、iPhone 3Gが1年近く前の発売日に比べて古くさい電話機に感じるかというと、そうは思わない。

 まだ所有していない人がどう感じるかはわからないが、1ユーザーとして“S”の付かないiPhone 3Gを古くさいとは感じないのだ。理由はiPhone自身はアプリケーションを走らせるプラットフォームに専念し、すべての機能をソフトウェアで構築しているからだろう。世界中のソフトウェア開発者がAppStoreを舞台にさまざまなアイディアを披露し、それらはすべて古いiPhoneでも利用できる。

 新しいiPhoneに関しても、確かにカメラユニットは変更され、内蔵されているLSIも最新のものに置き換えられ、新たに磁気センサーも加えられた。しかし外観は変更無く、ユーザーインターフェイス要素も不変だ。いずれは外観やインターフェイスにも手が加わるに違いないが、それも新たな分野のソフトウェアを開拓するためのツールとしてプラットフォームに組み込まれるものであって、一時的な機能を実現するためのギミックにはならないだろう。

●計画的長寿命化時代

 iPhone 3Gが日本で発売された時、筆者は「1年に1回程度、新たなハードウェアを発売しながら同時にiPhone Softwareをアップデートし、少なくとも2世代分のハードウェアを新しいバージョンのiPhone Softwareでサポートするだろう」と書いた。

 これはiPhoneが多くの国において、携帯電話会社との2年契約で販売していることから予想したことだった。購入から2年経過して縛りが無くなれば、その時点で新しいハードウェアに更新してもらうことで最新の機能を利用できる。ユーザーもこれなら大きな不満は持たないはずだと考えた。

 しかし、実際のiPhone Software 3.0は2世代前の初代を含む3世代のハードウェアで動作し、ユーザーは無償でアップデートできる。次の世代でも初代がサポートされるかどうかはわからないが、少なくとも3世代分は動作を保証してくれそうだ。

 ハードウェアを機能面で陳腐化させるのではなく、純粋にハードウェアプラットフォームの性能の違いからユーザー自身が買い換えのタイミングを判断できるような仕組みを提供しようというのだ。もちろん、一部にはハードウェアの制限による機能差はあるが、基本的な機能(本来、その製品に実装されていた種類の機能)に関しては、いつでも最新となる。このような“進化する携帯電話”はかつて存在しなかった。

 消費者もバカではない。携帯電話を買い換えつつも、“買わされている”側面があることには、これまでも薄々気付きながらも、新製品へと買い換えを続けてきた。そんな中にあって、“ハードウェアの計画的長寿命化”を軸とするiPhoneの製品戦略は、多くの人にとって新鮮に感じられるのではないだろうか。

 これはiPhoneだけでなく、MacBook、MacBook Pro、MacBook Air、Mac Pro、iMacなどにも言える。この10年近く、ジョブズ氏が加わって後、製品計画を同氏がコントロールした成果が出始めて以降、Appleは筐体デザインやユーザーインターフェイスを大きくは変更せず、ひたすらにソフトウェアを動かす道具、プラットフォームとしての付加価値を高める方向で製品をリリースしてきた。特に近年はその傾向が強い。

 たとえばユニボディを採用していない、前世代のMacBook Proを見返して、古くさいハードウェアだと感じるだろうか? 何しろIntelプロセッサを採用する前、PowerBook G4時代から使い続けてきたデザインだ。古く、陳腐なハードウェアに思えて当然だが、実際には今でも充分な新鮮さがある。

 モノとしての所有感や機能性、飽きの来ないデザインなどに充分コストをかけ、ハードウェアプラットフォームを長く使う、計画的長寿命化戦略は、Macにおいては以前から行なわれていたわけだ。これは“コンピュータ業界でマイノリティのMac OSマシン”という宿命が生んだ製品戦略とも言えるが、それが徐々に現在の市場環境にピタリとはまってきたのかもしれない

●これから何ができるのか?

 すべてではないにしろ、多くの日本製PCは、どちらかと言えば計画的陳腐化戦略に沿った製品が多い。数年前から、いくつかの大手PCベンダーの幹部と話をする際に「必要もないデザインやプラットフォームなどの変更を、義務のように短期のモデルチェンジで繰り返すのは不毛ではないか」と話してきた。

 そのたびに「スペックを高めるだけでなく、デザインも変えていかないと、消費者は新製品として見てくれない」と返されていたのだが、そろそろ、考え方を変えていかなければならない。幸か不幸か、今は大不況の時代で大量にモノを消費する戦略は通用しなくなってきている。ネットブックが新規ユーザーを開拓しているとは言うものの、ネットブックで満足しているユーザーに、フル機能のPCを訴求することは、おそらく想像以上に難しい。計画的陳腐化など考えていたら、新しい世代でのPCの存在感はさらに小さくなっていく。

 計画的長寿命化は、OSやサービスの基盤を持たない純粋なPCメーカーには採用できない手法という意見をもらうことは多いが、きちんと差異化された製品を提供しているメーカーもある。たとえばパナソニックのLet'snoteだ。

 Let'snoteは長いスパンで使える、コンセプトのハッキリしたハードウェアプラットフォームを複数作り、それをマイナーチェンジしながら提供している。マイナーチェンジを受けたからといって、すぐに陳腐化しない作り方、マーケティングを行なっている。LenovoのThinkPadシリーズも、IBM時代から同様の手法を貫いてきた。

 NECや富士通といった幅広いラインナップを持つメーカーは、すべての分野で同じ事は出来ないかも知れないが、それでも分野を限定すれば同様のプレミアム性を持たせた製品シリーズの構築に挑戦できると思う。

 「あれはAppleだからできるのであって、我々は立場が違う」と言うのは簡単だが、今から何ができるのか、何を変えられるのかを考えなければ、いつかはGMと同じ運命をたどるのではないだろうか。

 市場環境の変化に対し、座して行く末を待つだけでは、過去の貯金を減らしていくだけだ。新しい環境への適応に必要なことは、ドラスティックな戦略変更ではない。ちょっとした考え方、製品作りの方向の微調整を繰り返すことが求められている。

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(2009年 6月 10日)

[Text by本田 雅一]