大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

消費増税とWindows 7サポート終了の駆け込み需要に対応する島根富士通を追う

島根県出雲市の島根富士通

 島根富士通が、ノートPCの増産体制を敷いている。2019年10月の消費増税前の駆け込み需要をピークとした形で生産体制を強化。2020年1月に訪れるWindows 7のサポート終了にあわせた更新需要も積極的に取り込む考えだ。

 2019年9月には、島根富士通では、過去最大となる月産35万台を計画している。また、ノートPCおよびタブレットの組み立てラインに、検査用ロボットの試験導入を開始。その成果を見て、ロボットの導入を促進することになる。2021年度以降、組み立てラインの自動化率を50%以上に引き上げる考えだ。島根富士通の生産現場のいまを追った。

需要のピークに合わせて増産体制を敷く

 島根富士通は、富士通クライアントコンピューティングのノートPCの生産拠点であり、世界最軽量のノートPC「LIFEBOOK UHシリーズ」などを生産。1台ごとに仕様が異なる生産を行なったり、天板に自由なデザインの印刷が可能なサービスを行なったりするなど、カスタマイズにも対応できる生産拠点だ。

 神奈川県川崎市の開発部門と緊密に連携をしながら、生産の仕組みを進化。国内生産ならではの強みを発揮している。2019年5月には、国内のPC生産拠点として初めて累計生産が4,000万台に到達。2020年には操業30周年を迎えることになる。

累計4,000万台を生産した島根富士通。歴代の記念モデルが並ぶ
カスタマイズにも対応。写真は特別生産の川崎フロンターレ優勝記念オリジナルPC

 島根富士通では、国内におけるPC需要の拡大にあわせて、増産体制を敷いている。

 国内PC市場は、2019年10月の消費増税前の駆け込み需要と、2020年1月のWindows 7のサポート終了にあわせた買い替え需要によって、出荷台数が増加。業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会によると、2019年4月には、前年同期比40.3%増、5月も同47.1%増、6月には同23.9%増という高い伸びを維持している。

 島根富士通でも、2019年4月以降、前年同月に比べて、4割増という生産台数に増加。2019月6月には、月産20万台規模にまで生産台数を引き上げている。

 さらに、7月以降も増産体制を拡大。2009年9月には、月産35万台の生産を予定しているという。

 島根富士通の神門明社長は、「2019年10月の消費増税前の駆け込み需要が、2019年度における最大のピークになると予想している。9月には、島根富士通としては過去最大となる月産35万台を生産することになる。また、10月以降も、2020年1月のWindows 7のサポート終了までは増産体制を維持することになる」と語る。

島根富士通の神門明社長

 増産に向けては、現在、21本あるノートPCの生産ラインのうち、5本の生産ラインを24時間体制で稼働。それを稼働させるために従業員も雇用した。

 「現時点では、最軽量のモデルを含むUHシリーズの増産を行なっているが、今後は、スタンダードノートPCのAHシリーズの増産に取り組むことになる」という。

 さらに、従来から24時間体制で稼働している基板実装ラインも、新規設備の導入計画を前倒して、1本ラインを増やして6本体制とし、増産に対応できるようにした。もともとは置き換えを想定した導入計画であったが、需要に対応するために一時的に増設する形で稼働させ、2020年度以降、既存の設備を撤去することになる。

 富士通グループでは、2020年前半までに、ドイツ・アウクスブルクにあるデスクトップPCの生産工場を閉鎖することを発表しており、今後、欧州向けに生産するデスクトップPCの生産体制および基板製造についても、見直しをする必要がある。デスクトップPC向けの基盤製造については、すでに、その一部を島根富士通で試験的に生産を開始しており、これも基板製実装ラインでの増産につながっている。今後、島根富士通におけるデスクトップPC向け基板の本格的な生産体制の確立は検討をしていくことになる。

効率化に向けた継続的な取り組みも

 このほかにも島根富士通では、継続的な生産性の向上や効率化に向けた取り組みを行なっており、その成果も増産体制の実現につながっている。

 タブレットの生産ラインにおいては、液晶パネルのトラッキングにカメラと画像認識技術を活用。異なるサイズや異なるメーカーの液晶パネルが流れているラインにおいて、画像認識で、液晶パネルのバーコードを読みとり、トラッキングすることで効率化と正確性を実現。

 また、AIを活用して、ケーブルが正しくコネクタに挿入されているかどうかを画像で判断する装置では、正常と異常を識別するための検査アルゴリズムを自動生成し、これを検査プログラムに活用することで挿入状態を良否判定する。AIの活用により、従来の画像認識技術では不可能だった良否判定が可能になったという。

 また、1つの治具で、3種類の基板に対応した部品取り付け作業を可能にする治具を導入したり、VST(Visual Sound Tester)と呼ぶインライン型の試験装置では、画質やスピーカーの確認、ラベル貼付位置やキーボードのキートップの文字印刷が適正に行なわれていることを自動的に検査。自動ネジ締め機も、今後、すべての生産ラインに導入を図ることで、ネジ締め作業の効率化を図る。

 さらに、部品組み付けの試験エラーが起こったさいには、組立ラインの作業においてなにが問題だったのかを確認するために、作業者の映像データを活用して、組立ラインでの課題が発見できるようにしている。

 世界最軽量を謳う主力のUHシリーズでは、キーボードの剛性と強度を実現するために、キーボード部分だけで67本のネジで固定しているが、この作業を行なうための専用の自動ネジ締め機を独自に開発。2018年12月には、6台体制であったものを、2019年4月には8台にまで増やして、増産に対応。「UHシリーズは、大学生協での取扱量が増加しており、これも増産の背景にある」という。

 そのほかにも、部品倉庫においては、部品をピッキングする作業者の動線を、データをもとに可視化。使用頻度の高い棚などは位置を変更したり、追加で棚を用意するといった改善も図っているほか、腕時計型のRFIDスキャナを利用して、部品を正しくピッキングすることを支援している。このピッキングシステムは外販も行なっており、すでに3社への納入実績があるという。

ロボットと人が協働する生産ライン

 2019年8月5日から新たに稼働させたのが、AGV(自動搬送機)を活用した搬送体制の強化だ。

 これまでは、A棟とB棟の2階をつないで、往復させていたが、新たな仕組みではA棟とB棟を周回。5分に1回の割合でポイントを通過するAGVに、部品や梱包材、完成品などを自由に乗せて搬送させるようにした。荷台は、自由に乗せかえられる仕組みとしているため、AGVが走行しているエリアごとに搭載するモノが異なっていても搭載が可能だ。汎用的にモノが搭載できるように出し入れ可能な車輪付きの荷台を活用している。

 今後、稼働率の測定や、運んだ部品および完成品などの滞留なども検証しながら、改善を加え、従来に比べて約3割の生産性向上を目指すという。

8月から稼働させたAGV(自動搬送機)
さまざまなものを運ぶことができるような車輪のついた荷台にしている

 もう1つの新たな取り組みといえるのが、組立ラインにおける外観検査ロボットの導入だ。2019年4月から運用を開始しているものの、まだ試験導入の段階。だが、島根富士通が目指す「人と機械の協調生産」の取り組みにおいて、大きな一歩と位置づけているものだ。

 6軸の多関節ロボットの先端部に、LED照明付きのカメラを装着。これを動かすとともに、下方向からもカメラで撮影。ガラス台においたタブレットのロゴシールの位置や、筐体とコネクタの位置の正確性など、6項目、13部品を検査することができる。

 これまで人が目視で行なっていた外観検査の作業を、外観検査ロボットに移行することにより、省人化と検査の正確性、人によるばらつきといったものがなくなるメリットがある。

 現時点では、外観のキズの検査はできないが、今後、そのあたりも視野に入れた形で進化を検討するという。

 この外観検査ロボットは、省人化や正確性の向上のほかに、先に触れた「人と機械の協調生産」の実現という大きな狙いがある。

 外観検査ロボットは1つのタブレットの検査が終了するまでに約50秒かかる。これは人が行なう目視での検査作業が約30秒で終了するのに比べると、大幅に時間がかかることになる。

 「ロボットの動きはもっと早くできる。しかし、人がぶつかったときには、すぐに停止したり、怪我をさせたりしないという速度に設定した。これはかなり遅い速度であり、そのため、50秒間という時間がかかっている」と、島根富士通の山根淳執行役員は説明する。

島根富士通の山根淳執行役員

 現在、アームロボットを生産ラインに設置した場合、その多くは安全柵で囲われた場所で稼働している。人が作業を行なう場所とは完全に隔離されているのだ。

 今回、島根富士通が導入した外観検査ロボットの設置環境を見ると、安全柵などがなく、人が作業する場所にアームロボットが設置されている。人とロボットが1つの生産ラインのなかで、動いているのだ。島根富士通にとっても、人とロボットが柵で区切られずに、一緒に働くのは、今回が初めての取り組みとなる。

外観検査ロボットの動作の様子
外観検査ロボットにタブレットをセットする様子。外観検査ロボットには安全柵などがない

 人とロボットと協調して生産するさいの効率性、生産性とともに、安全性についても検証をしている。

 現在は、タブレットの外観検査にだけ利用されているが、今後はノートPCの外観検査においても活用できるように進化させたり、現時点のような生産ラインから取り出して、タブレットを設置するという作業ではなく、より効率化を目指して、インライン化するための小型化などにも取り組んでいくという。

 さらに、ロボットが必要な治具を取り出したり、部品をイランに供給するといった形で、組立ラインで、人とロボットが入りまじりながら作業を行なう環境の実現にも取り組むことになる。

 安全柵などで囲まれていない外観検査ロボットの成果は、今後の組み立てラインにおける自動化に大きな意味を持つことになる。

 同社では、2021年度以降に組立ラインにおける自動化率を50%以上に引き上げる計画を掲げている。

 基板実装ラインでは、2015年度に外観検査や基板分割の工程にロボットを導入し、完全自動化を実現。部品カセットのセットや段取り替え以外は、24時間の生産を無人で行なえるようにしている。

 だが、柔軟なカスタマイズへの対応など、多品種少量生産を行なっている組立ラインの自動化はこれからが本番だ。

 これまでにも、タブレット向けのポートリプリケータの組み立てを完全自動化した実績もあるが、多品種少量生産のPCの組立ラインの自動化はハードルが高い。いまは、ネジ締めの一部や検査工程、梱包工程などでの自動化を図っている。

 「液晶パネルの組み立てにおいて、完全自動化に挑戦したが、液晶パネルのシールをはがすといった作業の自動化が難しく、その点では手作業が適しているという結果となった。無理に自動化を目指してもコストがかかるだけという結果になりかねない。開発部門と連携しながら、できるところから自動化に取り組みたい」(島根富士通の山根執行役員)とする。

 じつは、タブレット向けのポートリプリケータの組み立て自動化も、第1世代では、一部で手作業が残っていた。だが、第2世代では、開発段階から完全自動化を視野に入れた設計を行ない、その結果、完全自動化を実現した。これと同様に、組立ラインでの自動化を進めるには、開発部門との緊密な連携が欠かせない。その点で、神奈川県川崎市にある開発部門と、島根富士通が、ともに日本にあるという強みは見逃せない。

 「ロボットの進化やセンサー技術の進化なども自動化に貢献する。しかし、工場と開発部門が距離的に近いことから、何度も繰り返した取り組みが可能になり、それによって、早期の自動化比率向上につなげることができる。開発部門との連携は、島根富士通の自動化比率を高める上でもっとも欠かせない要素の1つだ」(島根富士通の神門社長)とする。

 今後、島根富士通の組立ラインにおける自動化を促進する上で、ノートPCの設計段階から踏み込んだ取り組みが進めることになる。

液晶パネルのトラッキングにカメラと画像認識技術を活用
作業者の動きを確認するためにカメラを導入
画質やスピーカー、ラベル貼付位置などを確認するVST(Visual Sound Tester)
基板実装ラインでは自動化が進んでいる

最新の実装機によって実現した世界最軽量

 富士通クライアントコンピューティングでは、13.3型ノートPCにおいて、世界最軽量の座を維持し続けている。

 現行モデルである「LIFEBOOK UH-X/C3」は、698gという軽量化を実現しているが、富士通クライアントコンピューティング 開発本部第一開発センターの小中陽介センター長は、「さらに最軽量のノートPCを出す」と意気込む。

 同社では、2019年7月10日に、ペン内蔵2in1ノートPCとして世界最軽量となる868gの「LIFEBOOK UH95/D2」を発表しているが、この基板などの中核部品は、「LIFEBOOK UH-X/C3」と同じものを採用。それが同モデルの軽量化の実現に大きく貢献している。

 「いまは、クラムシェル型で世界軽量を追求し、そのノウハウを2in1ノートPCに展開するという手法が軽量化を追求する上では最適だと考えている。まずはクラムシェル型で世界最軽量の更新を目指す」とする。

 また、小中センター長は、「世界最軽量を更新するための要素はいくつかある」とし、素材の選定や設計の見直しなど、複数の要素から軽量化が図れることを示すが、その要素の1つとして、島根富士通との連携もあげてみせる。

 「基板には、0.4×0.2mmという最小サイズの部品が搭載されているが、最新の実装機では、これを数多く利用することができる。小さな部品を数多く搭載できるようになることは、基板サイズの小型化につながり、軽量化には大きなメリットがある」とする。

島根富士通が新たに導入する実装機によって、基板の小型化を図った設計が可能になるというわけだ。

 つまり、世界最軽量の維持には、島根富士通の機器導入が貢献し、その一方で、島根富士通の自動化には、川崎の開発部門が貢献するという、双方の強い連携による相乗効果が生まれている。

生産ラインの可視化

 では、2019年下期以降、島根富士通はどんなことに取り組むのだろうか。

 島根富士通の神門社長は、島根富士通のすべての機器をつなぐことで、データを収集。可視化することで、予兆保全などに活用したいと語る。

 現在、1階の基板実装ラインでは約200台の機器が稼働しており、2階の組み立てラインでは、治具を含めて約400台の機器が利用されている。合計で600台の機器をつなぎ、あらゆるデータを収集する考えだという。

 これにより、機器の安定稼働に向けた取り組みや、より効率的で、生産性の高い運用が可能になる。

 さらに、サプライヤーや物流、倉庫など、サプライチェーン全体と結びつけることで、成果の範囲を広げることができるとも見込んでいる。

 「IoTの活用ではいくつかの取り組みを行なってきたが、それを活用して、成果につなげることにこだわりたい」とする。

 増産体制を敷くなかで、新たなことに挑戦を行なっている島根富士通。今後、データをもとにどんな成果が生まれ、それによって、島根富士通がどう変化するのかにも注目したい。