笠原一輝のユビキタス情報局

「LIFEBOOK UH-X/C3」が実現した、たかが50g、されど50g

富士通クライアントコンピューティング株式会社 開発本部 第一開発センター 第三技術部 マネージャー 松下真也氏(左)、富士通クライアントコンピューティング株式会社 開発本部 第一開発センター 第二技術部 マネージャー 河野晃伸氏(右)

 富士通クライアントコンピューティング株式会社(以下FCCL)から発表された「LIFEBOOK UH-X/C3」は、13.3型液晶を搭載したPCとしては世界最軽量の698gを実現していることがポイントだ。従来の最軽量だった、同社の「LIFEBOOK UH90/B3」の748gからじつに50gも削減されているわけだから、大きな驚きだ。

 と、一言でいうと「50gダイエット成功! 」で終わってしまう話なのだが、748gしかないものからさらに50gだ。その背後にはFCCLの開発陣による地道な努力があるのだ。

 今回は、富士通クライアントコンピューティング株式会社 開発本部 第一開発センター 第二技術部 マネージャー 河野晃伸氏、富士通クライアントコンピューティング株式会社 開発本部 第一開発センター 第三技術部 マネージャー 松下真也氏のお二人にLIFEBOOK UH-X/C3が50gダイエットに成功した秘密を伺ってきた。

UH9シリーズ後期モデルの748gからさらに50gの削減を実現したLIFEBOOK UH-X/C3の698g

 河野氏は今回FCCLがLIFEBOOK UH-X/C3を開発するに至った経緯を以下のように説明する。

 「今回のモデルを開発するにあたり、筐体を含めて完全にリフレッシュすることになった。そのときに、2017年1月に現在のUHをリリース時に777gと発表した後、NECパーソナルコンピュータさんからLAVIE Hybrid Zeroが769gとして発表されて、その後こちらも761gと発表し直すなど、いたちごっこを演じてしまった。そこで、今回のUH-Xでは誰もついて来れない領域として、698gを最初からターゲットに掲げて設計した」。

LIFEBOOK UH-X/C3(左)が698g、右のレッドモデルは747gのUH75/C3のガーネットレッドモデル

 「いたちごっこ」というのは、2017年の1月にLIFEBOOK UH90/B1を発表した時点では777gと、13.3型液晶を搭載したノートPCとして世界最軽量を謳って発表したのだが、その1カ月後にNEC PCが「LAVIE Hybrid Zero」を769gとして発表したため、富士通(当時)側がスペックを再度見直し、出荷時には761gとスペックを「修正」して出荷を開始ししたこと。結局のところ出荷時の重量ではLIFEBOOK UH90/Bが世界最軽量の座を獲得したことになったのだが、「モヤモヤ」感が残ったのは事実だろう。

 そこで、今回のLIFEBOOK UH-X/C3では誰もついて来れないだろう重量として698gという重量が設定され、それを目指して設計が開始されたのだ。UH9シリーズでは後期モデルで748gという重さだったので、そこから50gの削減ということになる。

 だが、2kgのノートPCを50g削減するのと、750gから50kgを削減するのでは全然意味合いが違う。比率にすれば前者は2.5%、後者は約6.7%と、約2.68倍になるからだ。ほとんど絞りきった雑巾からさらに水を取り出すような努力になるというのは目に見えている。

 だが、それでも「チリも積もれば山となる」(河野氏)的な手法で、少しずつ軽量化を進めていった、それが今回のUH-Xシリーズになる。もちろん、強度などの重要な指標は前モデルと何も変えずに、だ。

50gの内訳は筐体設計の見直しが60%、液晶とキーボードが35%、基盤設計などで5%

 河野氏によれば、削減された50gの内訳は、ざっくりいうと60%近くを筐体設計で、35%を液晶とキーボードで、そして残り5%を基板設計の見直しなどで行なっているという。

 その要となる筐体設計だが、50gの60%近くというのだから、約30gという計算になる。 松下氏は「この30g近くを削減できた最大の要因は、Cカバー、Dカバーの素材をマグネシウムからマグネシウムリチウムへと変更したため」と説明する。

LIFEBOOK UH-Xシリーズの天板と基盤。天板(Aカバー)は従来からマグネシウムリチウムだったが、今回はCカバーとDカバーもマグネシウムリチウムに

 ノートPCの筐体は業界用語で、ディスプレイ裏の天板をAカバー、ディスプレイ面をBカバー、キーボード面をCカバー、底面をDカバーと呼んでいる。従来モデルのUH9シリーズでは、Aカバーはマグネシウムリチウムになっていたが、Cカバー、Dカバーはマグネシウムになっていた(なおBカバーはGFRP)。NEC PCがLAVIE Zシリーズで初めてノートPCに利用して以来、有名になったマグネシウムリチウム合金は、マグネシウムに比べて同じ剛性であればより質量を減らすことができる特徴がある。

 その代わりに素材コストはあがり、成形時の手間もかかるという課題もある。河野氏によれば「確かにコストは上がっているが、製法にはこだわって、コストを抑えることができる設計にしている。たとえば、Dカバーは低コストなプレスで製造しており、比較的コストを抑えている。そのままだと強度が問題になるので、Cカバーは鍛造(叩いて成型していく加工法)で製造しており、周囲に立ち壁を持たせて、それとDカバーを組み合わせることで強度を出している」とのことだ。要するにCカバーはバスタブのような構造になっていて、それにDカバーで蓋をするようなかたちセットとして強度を出している。

上がUH-X、下が従来モデル。従来モデルはCカバーとDカバーが中央部で圧着されていることがわかるが、UH-Xの方は立ち壁になっている

 従来のUH90シリーズでは、CカバーとDカバーがどちらもバスタブ構造になっていて、側面の中央付近で合体するかたちになっていた。このため、UH90シリーズでは端子の中央あたりに線が入っていたが、今回のUH-Xシリーズではそれがなくなり、見栄えがよりすっきりしている。「デザイン部門が出してきたデザインを筐体設計に落とし込むという設計手法が通常だが、今回は筐体設計が先にあり、それからデザイナーと協力してできるだけデザイナーの要望に応えるというかたちで設計が行なわれた」(松下氏)とのとおりで、デザイン部門も50g減を実現するために最大限の協力をした。

LCDメーカーも協力して液晶パネルからも軽量化

 今回のモデルではディスプレイ周りに関しても、軽量化が進められた。FCCLはセットメーカーであり、液晶ディスプレイデバイスなどのデバイスメーカーではない。そこで、外部の液晶ディスプレイデバイスメーカーと協業というかたちで軽量化が進められた。今回のモデルでも液晶ディスプレイのパネルは「IGZO」であることが明らかにされており、つまりはシャープだ。

 河野氏は「UHシリーズでは古くからIGZO搭載を謳ってきており、液晶ベンダー様と協業でやってきている。今回のモデルではガラス厚、フレームの形状などに関して一緒に削れるところはないか検討してきた」とのことで、液晶ディスプレイデバイスに関しても吊るしのモノを売ってもらうのではなく、一緒に開発してきたのだという。

 だが、液晶側を薄くすると、今度はAカバーの強度を強くしなければ、従来モデルと同じような強度を実現できなくなる。それだけでなく、FCCLの島根工場で組み立てるときに割ってしまったりという問題が発生したりもする。そのせめぎ合いでギリギリのところを狙って開発した。

 開発時には200枚の開発用のデバイスを用意し、割って弱いところがどこなのかを探っていくテストをしていたら、テスト用のデバイスがなくなってしまうという笑えないトラブルもあったとか。

 弱い部分が具体的にどこなのかというのは企業秘密ということで教えてもらえなかったのだが、河野氏によれば「LCDのガラスには弱い部分があり、それをユニット内部で補強してもらっている。たとえば詰め物をするようなイメージで圧力を吸収する仕組みになっている」とのことで、重量物であるガラスを薄くしても割れないように工夫をしている、というイメージが近いのかもしれない。

 キーボードに関しては、じつはキートップの配列はUH90と変わっていないという。好評を博したUH90の後期版をベースにして、キートップに関しては同じものを利用しているからだ。違いは2点あって、強度とかに影響がないレベルでフレーム部分に穴を開けていること、そしてキーを受けるメンブレンを薄くすることで、従来よりも軽量になっているという。ただし、打鍵感は変わらないように、一定荷重で押しても同じようなフィーリングになるように調整してあるとのこと。

基板面積は15%小さく。細かなところではコネクタを極限まで減らす

 軽量化への執念はそれだけではない。残り5%は基板やネジ1つ1つを見直すことで実現しているのだという。松下氏によれば「基板は面積を15%ほど小さくしている。かつ、メモリをオンボードだけにして、Wi-Fiのモジュールを取り付けるM.2のコネクタをなくして、Wi-Fiもオンボードとしている。これにより基板のバリエーションは増えてしまうが、島根の工場と連携することで実現している」。

 従来のUH90シリーズでは、オンボード上にSO-DIMMのメモリソケットが用意されており、M.2のコネクタは2つ用意されていた。SO-DIMMソケットは、後からユーザーがメモリを増設するためではなく、島根工場でCTOモデルを生産するときに利用されていた。

上が従来モデルのマザーボード、下がUH-Xのマザーボード。従来モデルのマザーボードにはSO-DIMMソケットが用意されている

 なお、698gモデル向けマザーボードではLTEモデム用M.2ソケットもなしで、企業向けCTOモデル用のマザーボードなどだけに搭載と、こちらもまさにチリが積もれば……を地で行く構造になっている。

Wi-Fi/BTモジュールは基盤に直付けになっている

 しかし、こうした構造を取ると、CTO向けには複数のマザーボードを用意する必要がある。このため、マザーボードの在庫管理などが煩雑になってしまうので、島根工場側の協力がどうしても必要だったとのことだった。こうした要請には、ODMメーカーの工場なら断わられたりするところだが、FCCLの場合は自社工場の島根工場で組み立てているため、こうした無理も利くわけだ。

マザーボードのコネクタ部、USB Type-Cが2ポートになっている

 従来のUH90シリーズは、1つしか搭載されていなかったUSB Type-Cは、このUH-Xでは2つに増やされている(1つはUSB 3.1 Gen2、もう1つはUSB 3.1 Gen1に対応)。河野氏によれば「お客様の声として充電ともう1つを同時に使いたいという声があったため増やした」とのことで、これにより重量は増えているという。

 それならば、USB PDのアダプタで充電するようにそちらを添付して、ACアダプタのポートはなくしてしまえばいいと思うのだが、やはり企業系のユーザーから従来のACアダプタも使いたいというニーズも根強く、そこは残した。

CPUファンの位置も見直し

 非常に細かいコトなのだが、今回のUH-Xでは、従来のUH90シリーズとはCPUファンの場所が異なっている。

 従来のモデルでは裏面から見て右側にCPUファンがあったのだが、新モデルではCPUファンが左側に来ている。ブロワーファンは、ブレードの進行方向にある方がより強い風が出る特性がある。そこが熱源に近いほうが効率よく排熱できるため、若干のファンのスピードを落とせる。これによって従来モデルよりも静音性が改善されているという。

 また、ファンそのものの底面積も若干大きくなっており、ファンのサイズも若干大きくなっているという。これにより風量を落としても同じ廃熱を実現できることが可能になっているという。

上が新モデル、下が旧モデル、CPUファンの位置が反対になっている

 河野氏によれば、じつは最終段階の試作でも698gは実現できていなかったという。そこで、CPUを放熱している板金を見直したり、ネジ1本1本を見直したりして、最終的に698gという重量を実現できたという。

 スペックで「50g軽くなりました」というのは本当に一言で終わってしまうのだが、その背後にはエンジニア達の努力の積み重ねがあるのだ。本体が50g軽くなった分、ユーザーはマウスを持ち運んだり、軽量なUSB Type-CのACアダプタを追加したりと、さまざまな恩恵が考えられる。いずれにせよ、タブレットと同じような重量で、4コア/8スレッドのCPUを搭載したPCをカバンに入れて持って行けることは、十分に歓迎していいのではないだろうか。