山田祥平のRe:config.sys

LINEには国民的インターネットインフラを提供する覚悟が足りないけれど、国にそのことを言う資格はあるのか

 LINEの個人情報管理の不備を理由に、総務省が行政サービス利用をストップする考えを示した。電気通信サービスを安心して利用できる環境を確保する観点から運用を停止する予定であると武田総務大臣がコメントした。今回は、その問題について考えてみる。

LINEを裏から考える

 LINEのやってきたことを否定するつもりはない。でも、個人的にはLINEの熱心なユーザーではなかった。手元にはLINEアプリをインストールできる端末はいくつもあるが、入れているのはiPhoneだけだ。常用しているAndroid端末にはインストールしていない。

 そもそもLINEは複数の端末に入れておいてデバイスをまたいで使うことができない。iPhoneは肌身離さず持ち歩いているわけではないので、仮に、LINEにトークなどでメッセージが届いても反応できるのは、その日の夜、最悪の場合は数日後といった場合もある。

 かろうじて、PC用のUWPアプリやChrome拡張によるアプリは何台にでもインストールできるのが救いと言えば救いだが完全な代替にはなり得ない。

 iPhoneだけにインストールしているのは、iPhoneだけが機種変更時や端末の入れ替えに旧端末のLINEデータを丸ごと移行できるからだ。Android端末では気が遠くなるほどの手順が必要になる。

 こんなクラウドの時代に、紛失するかもしれない、故障するかもしれない、盗難に遭うかもしれないデバイスに、唯一無二のデータを委ねなければならないのは理解に苦しむ。LINEをメインのコミュニケーション手段にできないのは、そんな理由によるものだ。それが当たり前だと思っているのだとしたら思い切り情弱だし、それが当たり前だと思わせたLINEの罪は深い。

 たぶん、LINEは携帯電話というモデルのもっとも悪いところをうらやましいと思っていたのだと思う。だから、端末、電話番号とアカウントを密接に紐付け、その呪縛をユーザーに課した。OTT(Over the Top)というくらいなのだからトップを頭越しに超えてほしかったのだが、その志は低かったということだ。

そもそも行政はそのサービスを私企業に頼りすぎていないか

 かねがね、LINEを国民的インフラととらえ、各種行政サービスが、その利用を進めてきたことを個人的には快く思ってこなかった。

 たとえば外務省。この記事の執筆時点では、一時停止中だがビジネストラック、レジデンストラック・全世界を対象とした新規入国にさいして、LINEアプリのインストールを義務づけ、帰国後14日間は同アプリで健康状態の報告をする必要がある。これは外国人についても同様だ。

 また、福岡市はLINEで粗大ゴミ収集の申し込みができる。さらに福岡市全域でLINE Payで支払いが完結するという。

 こうした事例は全国各地にあって、LINEでもその行政活用をまとめたページを公開している

 国民的インフラだから、誰もが使っている。LINEがそうであることを前提にした行政サービスだ。誰もが電話、携帯電話を持っているとか、誰にも日本国内に住所があって郵便が届くことを前提にするのとあまり違わない。

 1985年に電気通信事業法が改正されて通信事業が民間企業に解放されたり、2007年に郵政民営化関連法ができたときから、いつかはこんなことになるのはわかっていたはずだ。でも、本当にそれでよしとしてきたのだろうか。

 LINEだけが当事者じゃない。Twitterだって行政サービスに積極的に利用されている。もっともTwitterは、ほぼ一方通行の利用なのでそれほど大きな問題を抱え込んでいるわけではない。

 でもLINEは双方向のコミュニケーションインフラだから、いろいろと問題が出てくる。そんな大事なコミュニケーションを、いくら国民の多くが使っているからと言って、行政が安易に利用してしまうことに危惧を感じる。

 端末が壊れたらすべてが失われる脆弱なインフラを積極活用する行政のデジタルリテラシーに、大きな失望感を感じていた。もちろん、行政公開する文書のフォーマットにPDFを使うとか、WordやExcelを使うというのも似たようなものだ。そこまで回避するのは不可能だろう。

 だが、MicrosoftにしてもAdobeにしても、インフラを担う覚悟がある。行政は独自アプリの配布にAppleのApp StoreやGoogle Playを使っていることを考えれば、ほころびはこれからもいろいろと見つかるだろう。

行政のデジタルリテラシーに感じるもどかしさ

 いずれにしても、今回の個人情報管理の不備を理由に、LINEの行政利用は激減することになるだろう。だが、代替がない。

 2020年の6月、LINEはサービスインから10周年を迎えた。2020年3月末時点の月間アクティブユーザー数は国内8,400万人で、まさに国民的にインフラの名に恥じない。

 LINEではコミュニケーションデータを保持していないことになっていて、それがクラウド経由のデータ同期ができないことの免罪符になっているが、あれだけAIを熱心に取り組んでいる企業が、これまで蓄積したビッグデータを活用していないわけがない。かけがえのない会話や写真などの10年分のコミュニケーションデータを、サービス利用者のために解放する姿勢がほしかった。

 10年間でここまでサービスを成長させることができたLINEには、心から敬意を表したいが、そこまで成長する様子を行政が指をくわえて見ていただけというのがはがゆい。

 それに負けないインフラを国が総力を挙げて構築し、国民に解放するくらいの動きがあってもよかったのではないか。何も国民すべてのコミュニケーションを担うサービスインフラを作れと言っているわけではないのだ。行政サービスを提供するためのシンプルでわかりやすく、行政が提供するサービスごとに独自にならないものであればそれでいい。税金はそういうことに使ってほしい。

 新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)などは、国がやってもああいうことになるわけで、この国のデジタル行政の将来に不安を覚えるが、ここは1つ気を引き締め、めげずに取り組みを続けてほしい。

 今回の事件を機に、そうした方向の動きが出てくることを祈りたいし、LINEはLINEで、国民のインフラとしての自覚を持ち、サービスのあり方を再考してくれることを願いたい。政府の個人情報保護委員会による「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(外国にある第三者への提供編)」などを、今さらながら読んでいるのだが、その時代錯誤感にもクラクラしてくる。