特集
スライダー式になった5.5型Windowsゲーミング機「GPD WIN 3」の全貌
2020年12月11日 06:55
深センGPDは8日、スライダー方式でキーボードが隠れる5.5型Windowsゲーミング機「GPD WIN 3」の詳細について、WeChat上で詳しい情報を公開。これにほぼあわせるかたちで、PC Watchでは同社のWade社長にインタビューを行なった。この記事では、明らかになったWIN 3の全貌をお伝えしたい。
スライダーという新しいチャレンジ
今回のGPD WIN 3は、これまでの「GPD WIN」初代と「GPD WIN 2」とは異なり、クラムシェルではなくスライダーによって液晶が隠れる仕組みを採用した。このギミックを見た途端、シャープ製スマートフォン「W-ZERO3」や、ソニーのUMPC「VAIO type U(VGN-UX50など)」などを思い出すユーザーも少なくないだろう。
Wade氏によると、今回のギミックの採用の裏には「GPD WIN/WIN 2とは異なる、なにか新しいギミックがほしかった」という自身の思いがあったと語る。
「ポータブルゲーム機は、ニンテンドーDSのようなクラムシェルと、PS Vitaのようなスレートの2種類の形態が考えられます。しかしPS Vitaのようなスレートタイプは、そのままではパームトップのWindows機に向きません。スクリーンキーボードでは画面の大半をキーボードが覆ってしまって、ユーザー体験が下がるし、物理的なキーボードをそのままつけてしまうと(フットプリントが)大きくなるからです。PS Vitaのようなスレート形状を残しながらキーボードも活かせることを考えた結果、スライダーになりました」という。
ただ、このスライダー機構自体も、Ultrabook最盛期(2013年前後)ではパソコンでの採用例があったし、先述のW-ZERO3を代表とするスマートフォンでも多様されていた。ところが、時代とともにすっかり廃れてしまっていったということは、そもそもそういったニーズがなかったのではないか、とWade氏に問うと、同氏はこう分析する。
「一般的なWindowsノートでは、ヒンジ機構のほうがシンプルで、しまうときにディスプレイが中向きになり保護できるという合理的な機構のみならず、結果的にスライダー機構では使い勝手が良くなかった、ということでしょう。一方でスマートフォンに関しては、大半のユーザーがスクリーンキーボードに慣れていったため必然的に消えたのではなかったのでしょうか。しかしGPD WINシリーズにおいてキーボードはそもそもパスワードやチャットといった、短い文章の入力装置という位置づけで、使用頻度はそこまで高くない。それならスライダーも採用できると考えました」。
もっとも、ディスプレイのスライダー機構自体も、ほぼ廃れてしまった、今無き技術である。「ほぼ10年前に廃れてしまった技術を再度拾い上げるというのはなかなか大変で、われわれにとってそれ自体が1つのプロジェクトです。今回のスライドレールも社内で設計し、メーカーに特注したものとなっています。5.5型ディスプレイは、それなりの重量を支える必要があって苦労しました」とWade氏は語る。
クラムシェルからスライダーへの変化というのは、事実上フォームファクタの変更だ。WIN 2がWIN初代を“全面否定”して開発したように、WIN 3もWIN 2を全面否定して生まれたものだろうか。
「いいえ、今回は全面否定ではないですね。WIN 2のクラムシェル形態は、われわれにとって1つ成功した例だと言えます。スライダーはわれわれにとって新たなチャレンジで、そこから市場とユーザーの反応を見てつぎに繋げたい。つまり、WIN 4ではクラムシェルでもスライダーでもありえるということです」。
じつはWIN Maxの兄弟機
WIN 3の発表は、WIN 2からじつに3年が経過した。その間にKaby LakeからAmber Lakeへのマイナーチェンジこそ果たしたが、メジャーバージョンアップとしては、かなり時間を要したと言ってもいいだろう。
「じつは2019年1月には、もうWIN 3外観の設計は終わっていました。そして、ほぼ同時期にWIN Maxの外観設計も終わりました。なので、じつはWIN 3はWIN Maxの兄弟機として出そうと思ったのです。ただ、WIN Maxの基板開発に先に着手していました」。
ご存知のとおり、WIN Maxは当初Ryzenを搭載する予定だったが、納得行くクオリティにできずに、後から急遽Ice Lakeに切り替えられた経緯がある。その遅れがWIN 3の遅れにもつながっている。
「WIN Maxの基板設計が終わってからWIN 3の開発に着手しようと思いましたが、すでにTiger Lakeの登場が予告されていたので、もういっそのことTiger Lakeまで待つことにしました。なのでIce Lakeをスキップしたのです。2020年3~4月頃から基板設計をはじめ、今に至ります。もちろん、その間に新たに取り入れた要素もあります--L2/R2のアナログトリガー部分ですね--ここも時間がかかりました」。
ゲーマーのためにTiger Lake-U採用
WIN 2ではYプロセッサを採用していたが、WIN 3ではいわゆるUプロセッサを採用している。現時点で2つのモデルを用意していて、下位にはCore i5-1135G7、上位にはCore i7-1165G7を採用。フレームの色はCore i5がシルバー、Corei 7がブラックだ。
なお、Core i5とi7ではCPUクロック(2.4~4.2GHz対2.8~4.7GHz)とキャッシュ容量(8MB対12MB)の違い加え、GPUも同じ“G7”を冠していながらにして異なる。Core i5はEU数が80基で最大クロックが1,050MHzであるのに対し、Core i7はEU数が96基で1,300MHz。描画性能としては、現代的なゲームでCore i5とi7では十数fpsの違いが生じるが、いずれも現代的なゲームを現実的な性能でプレイできる。
ただ、WIN 3ではなぜ、これまでのYプロセッサから一転してUプロセッサを採用しているのだろうか。
「競合ではYプロセッサを採用しているところもあり、それについては低消費電力志向であるということで否定はしません。ただ、ゲーマーはつねにプロセッサが持つ性能の最後の一滴まで絞り出そうとしています。その声に応えるかたちでUプロセッサを採用しました。じつは、当初はCore i5を主力にし、Core i7をスペシャルエディションにしようと考えましたが、リリース以降の反応を見るとCore i7のほうにニーズがあるようです。よって、実際にはCore i7モデルを主力に置くかもしれません。
また、YプロセッサとUプロセッサでは、得意とするTDP範囲が異なるんです。YでもConfigurable TDPの上限は15Wなのですが、7~9Wで電力効率比のピークを迎え、15Wまで引き上げてもその消費電力に見合うほどの性能向上は見られないんです。一方でUプロセッサは当初より15~28Wの範囲の動作に最適化していて、TDPをそのなかで引き上げても、性能が相応に引き上げられるんです。
WIN 3ではユーザーが好きなように、BIOS上でTDPの範囲を選択できます。15Wの性能で十分だというユーザーはそれに設定すればいいし、最大限の性能が必要であれば28Wを設定できるようにしています」。
ちなみに、Core i5/i7モデルはともに16GBメモリと、1TBのPCIe SSDを装備するとのこと。PCIe SSDは一般的なM.2 2280モジュールとなっていて、ユーザーによる換装は可能だ。
アルプス製ジョイスティックの新モデル採用は「世界初」
今回採用しているアナログジョイスティックはアルプス製のもの。従来はスティックの上部がキーボード面とフラットになるよう、沈下式となっていたが、今回は筐体より突出したかたちとなっている。このため可動範囲が広くなり、バネの力がやや弱まっている。反応速度は犠牲になったが、より正確な操作が可能になったという。
さらに、WIN Maxのスティック押下によるL3/R3の実現は、ジョイスティック下部に別基板でボタンを設けることで実現していたが、今回はスイッチ自体がネイティブで押下に対応した。Wade氏によれば、今回のアルプス製スイッチは「まったく新しいモデル」であるといい、その量産は2021年1月から。よって、WIN 3での採用は世界初だとしている。一方、アナログトリガーとなったL2/R2ボタンは、構造を自社設計して実現したという。
今回新たに明らかになった要素が、背面のプログラマブルボタンだ。手にしたさいにちょうど中指に来る位置にあり、独自ユーティリティによって、任意のキーやジョイスティックのボタンでさえも割り振り可能だという。
Wade氏は、「一部ゲームでどうしてもキーボードの1つのキーを使うシーンが生じるかもしれないが、そのさいにキーボードを引き出さなくても操作できるようにした。また、4つのキーのコンビネーションや、一連のキーのマクロを設定することも可能にする予定」といい、ゲーム内で便利に使えることを目指したという。
また、バイブレータも「復活した」。WIN 2では、初期ロットにバイブレータを搭載したが、途中のマイナーチェンジで省略された経緯がある。Wade氏によれば「WIN 2のバイブレータは感触があまり良くないという声が多く、また故障率も高かったので途中で省いた。しかしWIN 3ではより感触の良い、信頼性の高いバイブレータを採用できた」述べた。
キーボードだが、今回、静電容量方式によるタッチ入力に対応したものであることが明らかにされた。Wade氏は「スクリーンキーボードは画面の邪魔となるが、ユーザーはタッチ入力に慣れていないわけではない。画面表示邪魔とならないように独立させただけとも言える。静電容量方式では大きな力を加えずに入力できるし、内部の空間をより広くして、その分バッテリや基板のスペースが増える、さらにスイッチ機構がない分軽量化できるといったメリットがある。この仕様で市場の反応や評価を見てみたい」とする。
ちなみに筆者もWIN Maxを半年近くファイナルファンタジーXIVのプレイで毎日1時間以上は使っているのだが、キーボードを使うタイミングはパスワード入力と、ゲーム内のチャットで定型文入力に使う程度だ。もちろん、WIN Maxでは普段遣いでもさほど困らないキーボードではあるのだが、ゲームに特化して使うなら静電容量方式のキーボードもアリだとは思う。
また、今回別売りでドッキングステーションも用意されているのだが、とくにオフィス用途で使うことは想定しておらず、「ただクールな機能を提供したかった」というのがWade氏の狙い。もちろんプレゼンテーションや大画面でのゲームプレイも想定できるが、充電ドック+α程度に捉えたほうが良いかもしれない。
WIN 4とその先へ
最後にWIN 3への期待についてWade氏に訊ねたところ、「WIN 3は小さいパソコンだが、GPD史上最高の性能を実現していて、現代的なゲームのほとんどをプレイできる。その一方でフォームファクタの変化という大きなチャレンジが、どのように受け入れられるか、市場のフィードバックに期待したい」と語った。
ただ、これだけ高い完成度を誇るWIN 3を持ってしても、Wade氏の小型パソコンへの飽くなき欲求は尽きない。
「WIN初代とWIN 2では軽い3Dゲームがプレイできる程度だったが、WIN 3のTiger Lakeでは現代的なPCゲームをプレイできるという意味では満足している。しかし、28Wという消費電力には納得できない。今世代と同じ性能が、3~5W程度の電力で実現できるのであれば、機械をより軽く、小さく、薄くできる。そのときこそが私の理想として求めているパソコンを実現するのではないでしょうか」。