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日本初のIBM製「ゲート型商用量子コンピュータ」が新川崎で稼働。アメリカ、ドイツに次いで世界で3番目
2021年7月27日 14:59
日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM)は7月27日、日本初となるゲート型商用量子コンピューティング・システム「IBM Quantum System One」を神奈川県川崎市に設置・稼働開始したと発表し、記念セレモニーを行なった。設置場所は「新川崎・創造のもり」地区に位置する産学交流インキュベーション施設「かわさき新産業創造センター(KBIC)」。
2019年12月にIBMと東京大学で発表した「Japan IBM Quantum Partnership」に基づくもので、システムの占有使用権を東京大学が持ち、保守はIBMが行なう。東京大学はこのシステムを活用し、量子情報科学とアプリケーションの進歩を目指す企業や公的団体、研究機関と、量子コンピュータの利活用に関する協力を進めていく。
正式稼働は7月27日からだが、運用は7月初旬から既に始まっており、2020年7月に東京大学を中心に設立されたコンソーシアム「量子イノベ ーションイニシアティブ協議会(QII協議会)」に参画している2大学11社が使える状態になっている。既に金融リスクや新素材開発などの分野では実用に向けたアルゴリズムとアプリケーションの研究を行なっており、非常に良い結果が出ているという。
量子ゲート方式量子コンピュータ「IBM Quantum System One」
「IBM Quantum System One」は量子ゲート方式の量子コンピュータ。超伝導リングを量子ビットとして用いている。名前は「Kawasaki」。日本での設置はアメリカのニューヨーク、ドイツのフラウンホーファー研究機構に次いで、世界で3番目となる。
プロセッサは27量子ビットプロセッサの「Falcon」。ヘリウム4とヘリウム3の混合溶液を使う希釈冷凍機を用いて、おおよそ10mK程度と、限りなく絶対零度(摂氏 -273.15℃)に近い極低温まで冷却して量子状態を維持し、量子計算を行なう。量子ビットの制御や読み出しはマイクロ波パルスを用いる。マイクロ波の制御装置は筐体の裏側にある。
現在の量子コンピュータはエラー訂正の入っていないNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)システムと呼ばれている。ノイズに対するエラー耐性がなく、理想的なゲート型量子コンピュータとは振る舞いが異なるため、ここでどのようにアプリケーションを動かすと有効なのかは大きな研究テーマとなっている。そのためのアルゴリズム研究開発を行なうための量子コンピュータだ。
IBMのプログラム・ダイレクター 量子コンピューター・プログラム担当の川瀬桂氏によれば「アプリケーション開発用の機械なので安定稼働を目的としている」という。27量子ビットの「falcon」を用いているのも、安定性が理由とのこと。
次世代の「量子ネイティブ」人材を育成
セレモニーでは、まずバーチャルなテープカットが行なわれたあと、登壇者が呼び込まれた。登壇者は以下の通り(順不同)。
- 東京大学 総長 藤井輝夫 氏
- 文部科学大臣 萩生田光一 氏
- 科学技術政策担当大臣 井上信治 氏
- 参議院議員、自由民主党量子技術推進議員連盟 会長 林芳正 氏
- 駐日米国代理大使 レイモンド・グリーン氏
- 慶應義塾長 伊藤公平 氏
- 東京大学 教授・元総長 五神 真氏
- 東京大学 教授 村尾美緒 氏
- 川崎市長 福田紀彦 氏
- QII協議会会長、株式会社みずほフィナンシャルグループ 取締役会長 佐藤康博 氏
- QII協議会メンバー、JSR株式会社 名誉会長 小柴満信氏
- IBM シニア・バイス・プレジデント、IBM Research ディレクター ダリオ・ギル 氏
- 日本アイ・ビー・エム株式会社、 代表取締役社長 山口明夫氏
まず東大の藤井輝夫総長は「今月から順調に稼働している。量子コンピュータの社会実装を世界に先駆けて実現を目指して、関係者やQIIのメンバーの協力のもと、システムを最大限に利活用し、成果を世界に発信していく。東大とIBMによるパートナーシップ締結から1年半。新型コロナ禍による前例にない困難にも関わらず実機導入ができたことを嬉しく思う」と挨拶した。
そして「現代は気候変動やパンデミックなど人類史的な課題が突き付けられている時代。世界では分断や差別が広がり社会の閉塞感があらわになっている。そうした時代にあってこそ大学が社会で果たす役割は大きくなっている。
大学こそが多岐に渡る知を編み合わせて新たな知恵を創出することに貢献していくべき。量子コンピューティングは新たな知に裏打ちされた技術。既知の問題を高速に解くだけではなく、未踏の問題を解決できる可能性を秘めている。
ロジスティックス、金融リスク管理、次世代のバッテリ、新素材の開発、再生可能エネルギーの効率向上など活用分野はおおきく広がっている。この礎となるのが今回のシステム。共同研究を行なうアカデミアと産業界の研究者の皆さんが最大限に活用できる」と述べた。
さらに「変化の早い分野で世界に伍して実用を広げていくためには次世代人材育成も重要。東大は研究人材は豊富だが、それに加えて学部学生からハイレベルな量子教育を進めている。今回のシステムを活用して、さらに次世代の量子ネイティブの育成を進めたい」と述べた。
またQII設立について「慶應義塾大学と東大がハブになって多数の参加企業と共同研究を進めているところ。今後はさらにシステムを利活用して研究を進展させていく所存。システムの活用を通じて日本の量子戦略における技術の創出、学理探求を推し進めるととともに、人類共通の課題にも取り組んでいく」と語った。
IBM シニア・バイス・プレジデント、IBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏は「長い間期待していた瞬間がやってきた。東大とIBMの共同研究は数年前に遡る。パートナーシップは産学官の連携を実現し、慶應義塾大学と実現した先進的コラボレーションを土台として、量子アプリケーションの開発と量子科学教育の推進に力を入れている。
さらにQIIという組織の設立を発表した。QIIが目指していることは日本の量子コンピューティングのビジネスを強化すること。この2年間、日本の皆さんは量子コンピュータにリモートアクセスしてきた。今回、最も信頼度の高い商用量子コンピュータ『IBM Quantum System One』が日本に設置されることになった。
これは未来を形作る上で役立ち、この地域の量子関係のエコシステムとサプライチェーン構築における日本のリーダーシップ構築にも役立つ。日本には先進的な科学と開発の文化があるため、IBMにとってユニークな価値あるパートナーだと受け止めている。しかもこれで終わるわけではない。将来の量子技術の恩恵を受けてサステナブルな世界経済の成長を助けたい」とビデオコメントで述べた。
政界からも注目される量子技術
さらに大臣など来賓の挨拶が続いた。文部科学大臣の萩生田光一氏は「量子技術は我が国および世界の経済や産業、安全保障を大きく転換させる可能性を秘めた革新技術。1990年代、当時NECに在籍されていた中村泰信先生が量子ビットの開発に世界で初めて成功し、その後IBMによる量子コンピュータの実現に繋がるなど我が国は本分野における基礎理論や技術基盤に強みを持っている。
政府としては昨年(2020年)1月に初めての国家戦略である『量子技術イノベーション戦略』を策定し研究開発投資の大幅な強化など幅広い取り組みを強力に展開しているところ。
一方海外では各国が巨額投資をしている。将来の覇権をかけた国家間競争が激化している。今後特に日米を基軸とした連携が重要。本年4月の日米首脳共同声明において、量子科学の研究および技術開発における協力を深化することに同意し、先月には文部科学省と米国エネルギー省とのあいだで量子情報科学における事業取り決めが締結された。
今回のIBMとの連携による量子コンピュータ開発は、日米連携の象徴的な取り組みとして時宜を得たもの。量子技術を活用したイノベーションのためには産業界の皆さんが積極的に本分野に投資していただくことが重要。QIIを核に量子技術の社会実装で世界をリードしていくことを期待している」と述べた。
科学技術政策担当大臣の井上信治氏はビデオコメント。「今月13日夜にはG7科学技術大臣会合に参加したのち、AIや量子などの技術に関する国際協力をテーマとしたパネルセッションに参加し、日米豪印4カ国の『Quad』において量子技術などの分野では4カ国の連携を強化したいと表明した。
量子分野ではアメリカや中国、ヨーロッパが研究開発を積極的に展開している。将来の社会に変革をもたらす極めて重要な科学技術。我が国においても技術開発を強化すべく、総合イノベーション戦略推進会議において、量子技術イノベーション戦略を決定し、重要領域を定めた。
この拠点は実際に量子コンピュータに触れる貴重な体験を企業の研究者や学生にも提供する。人材育成にも貢献する。量子技術は日進月歩。世界的競争に打ち勝つためにも、従来にない成果が生み出されることを期待している」と語った。
参議院議員で、自由民主党 量子技術推進議員連盟会長の林芳正氏は「2017年から2018年に文部科学大臣だった時に科学技術分野の目玉が量子関係の予算だった。勉強をする中でこの技術は大事だと考え、退任後、量子技術推進議員連盟を立ち上げた。仕組みは難しいが可能性と重要性は痛感している。
非常にスピードが早い。想定を常に破ってあらゆることが前倒しで起こっている。こんなに早く実機を前にできるとは思わなかった。従来型のコンピュータではなかった創薬や最適化などの素晴らしいイノベーションが実現することを祈念している」と語った。
駐日米国代理大使のレイモンド・グリーン氏は、「日米関係は今親密になっており、様々な開発がこれからも考えられる。ワクチンや気候変動対策の研究なども考えられる。大きなポテンシャルを秘めている。これを認識してバイデン大統領と菅総理大臣の間で両国間の科学技術研究における合意をした。量子関係の技術協力をする中で、様々な関係者が集まり様々な国際協力の準備を進めている。量子跳躍の課題に取り組んで、色々なコラボレーションの可能性を追求している。
また日米間において、教育における共同作業を進める。両国の研究者の育成のためにも、大きな目標を解決するためにも、両国の協力が進んでいる。この拠点も大きく貢献するものだと考えている。量子コンピューティングにおいて様々な努力が進んでいくことに期待している」と語った。
加速し始めた量子コンピュータの実活用
QII協議会会長で、株式会社みずほフィナンシャルグループ 取締役会長の佐藤康博氏は「関係者に御礼を申し上げたい。世界経済の中で日本経済が持続的に成長・発展していくためにはテクノロジの発展で遅れをとってはならない。
中でも量子技術はあらゆる産業分野で革新的な進歩をもたらし、社会に大きな変化をもたらす技術。量子コンピュータはハードウェアの面でもソフトウェア面でも驚くべき速度で進歩し続けている。古典コンピュータを凌駕し、破壊的イノベーションを起こすことが強く期待されている」と語った。
そして「みずほフィナンシャルグループでも、リスク管理手法の高度化、デリバティブ商品の価格設定、ポートフォリオの最適化など様々な分野で量子コンピュータを使った研究を進めている」と紹介した。
「一方、国際競走も熾烈。迅速かつ効率的に量子コンピュータを実装化することが重要。本日、日本にシステムが設置されることで日本の研究者が最新のコンピュータを占有して開発することができる。研究開発のペースが急速に向上することが期待される。日本の量子コンピューティングのフラグシップとなって、実機を中心に重要な研究活動の輪が飛躍的に広がっていくことが期待される」と述べてQIIの紹介へ繋げた。
「この利活用を推進しているQIIは産業界から11社が参加し社会実装の研究を進めている。QIIは会員同士のフリーな情報交換を志向している。最先端の量子コンピュータの活用と研究環境の提供により、ここから世界が驚くようなイノベーションを発信することができるよう積極的に支援していきたい。量子技術が描き出す未来のあるべき姿を踏まえながら歩を進めたい。ぜひ、QIIに、より多くの企業に参加してもらいたい」と語った。
量子コンピュータの研究者としても知られる慶應義塾長の伊藤公平氏は「私が伝えたいことはただ1つ。IBMの量子コンピュータはすごいコンピュータ。世界トップの量子コンピュータ」だと語った。
そして「慶應義塾大学では2018年から量子コンピュータ研究拠点『The IBM Q Network Hub @ Keio University』を初めて設置し、以来、JSR株式会社、三菱ケミカル株式会社、株式会社三菱UFJ銀行、株式会社みずほフィナンシャルグループと一緒にIBMコンピュータを使い倒してきた。
3年半前に最初にアクセスしたものは生まれたばかりの赤ちゃんのようで、最初は大したことはできなかかった。それが私達が一所懸命ソフトウェアやアルゴリズムを開発しIBMとインタラクションすることで、2カ月ごとにどんどん良くなった。
今ではまるで幼稚園児のようになっている。運動会に参加してかけっこもできるし、たいていの人間ができることはできるようになっている。この勢いで進んでいくと、10年後には高校生、大学生となって大変なコンピュータになる」と研究の発展を例えで紹介した。
「私達は満足していたが、東大はすごいところ。もっと高いレベルにもっていこうということで、このように日本にIBM Qのフラグシップ機を持ってきてくれた。この装置が来ることで我々の計算時間も増えるし、アメリカにもっていくことができないデータも計算することができる。
共同研究開発もどんどん進んでいく。これを日本に持ってきて、日本で立ち上げることがどれほど大変なことか。今まで量子コンピュータのハードウェアを開発してきたものとしてよく知っている。日本でIBMがこれを成し遂げたということ。日本に量子コンピュータを設置して、それが稼働して、様々なアタックにも耐えながらずっと動き続ける。その技術が日本にやってきた。心から敬意を表する」と語った。
川崎市長の福田紀彦氏は「量子技術分野では世界で熾烈な競争が繰り広げられている。アメリカ本国以外では世界で2番目の設置場所として「新川崎・創造のもり」を選んでくれたことは地元自治体としては望外の喜び」と述べた。
「市内には400の研究機関が立地している。全ての従業者に占める研究者の割合は全国一位。研究開発が活発な状況をさらに活発にするために整備に力を入れてきた」と川崎を紹介。「新川崎・創造のもり」は2000年に運営を開始した慶応のタウンキャンパスに始まり、NANOBIC、AIRBICと段階的に発展してきた。
「量子コンピューティング技術を使って創薬や新素材、フィンテック、物流などの分野で社会を大きく変革するような成果が川崎から生まれることに期待を寄せている。10年後、20年後に振り返った時に本日が記念すべき日であったと振り返ることができるように普及と発展に取り組んでいきたい」と述べた。
わくわく感を共有できる世代に
最後に日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長の山口明夫氏は「日本初、アジア初の商用量子コンピュータを日本の川崎の地で稼働させることができたことを本当に嬉しく思う。日米、産官学の皆様のスピーチを聞いて、改めてテクノロジへの強い期待を感じた」と挨拶。
そして「現在、東京オリンピックが開催されている。第1回目の東京オリンピックが開かれた1964年にはIBMのメインフレーム『システム360』が発表され、その次の年に第1号機が日本に上陸した。そこから日本で様々な顧客に利用してもらい、そのメインフレームを日本で作り、また世界に展開していった。
奇しくも今回、日本で2回目のオリンピック開催中のこの期間中に、量子コンピュータを日本で稼働することができた。本当に同じ夢、それ以上の夢を実現したいと願っている」と述べた。
「日本は量子戦略に積極的。IBMは日本を特別なパートナーシップの国と位置付けてこれからも投資を続けていくことを決定している。従来のコンピュータ、クラウド、そして量子コンピュータ、それぞれのコンピュータはまだ進化していく。これらを有機的に活用してよりよい社会の変革を実現していきたい。
私自身メインフレームのエンジニアからキャリアをスタートした。その時は、こんな時代が来るとは思っていなかった。これから自分たちができる可能性を考えるとわくわくする。このわくわく感を共有できる若い世代にもっと量子の世界に入ってきてほしい」と語った。