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富士通が考える、量子コンピューティングの今後

富士通 研究本部 量子研究所長の佐藤信太郎氏

 富士通は、量子コンピューティングの取り組みについて説明した。

 富士通 研究本部 量子研究所長の佐藤信太郎氏は、「富士通は、社会課題の解決のために、コンピューティング技術の向上に取り組み、ハイパフォーマンスコンピュータ(HPC)にも力を注いでいる。だが、半導体の微細化が徐々に困難になり、性能向上のスピードが鈍化している。

 そうした中、富士通は量子インスパアード技術として、組み合わせ最適化問題に特化したデジタルアニーラを開発し、市場に投入してきた。さらに、先を見据えて、新原理に基づく量子コンピュータの研究に取り組んでいる。

 だが、量子コンピューティングの高速に解ける問題は限定されている。そこで、HPC、デジタルアニーラ、量子コンピュータを組み合わせることで、さまざまな社会課題を解決することを目指している」などとした。

富士通の技術へのビジョン

 量子コンピューティングは、動作原理の違いにより、量子ゲート方式とイジングマシン方式に分類されており、量子ゲート方式では、超伝導、シリコン、イオントラップといったさまざまな方式が提案されており、従来のコンピュータのような汎用処理が可能でありながら、古典コンピュータでは解くことができないさまざまな課題への適用が期待されている。

 富士通では、量子ゲート方式とイジングマシン方式の両方の研究開発を進めており、実用化時期の違いや、用途に応じた提案によって使いわけていくという。

富士通の技術へのビジョン
さまざまなコンピューティングの組み合わせ
量子コンピュータの分類

量子ゲート方式のメリットと課題

 まずは、量子ゲート方式への取り組みについて説明した。

 富士通の佐藤所長は、「計算量が極めて膨大で、現在のコンピュータでは原理的に高精度、高速計算が困難な量子化学計算や、複雑系の計算などが量子コンピュータによって解決が期待できる。新たな材料や医療の発見、金融や経済動向の予測、産業を変革する新原理の発見などがそれにあたる」とし、「例えば、新たな材料の特性を知るためには量子力学で正確にエネルギーの詳細を把握する必要があるが、現在のコンピュータでは厳密な計算が困難であることから、こうした用途が、量子コンピュータの応用先として期待されている。また、金融や経済の予測では複数のアルゴリズムがデモストレーションできる状態にある」などとした。

量子コンピュータの概要
量子コンピュータによって解決が期待される課題

 だが、量子ゲート方式の課題も指摘する。

 「量子ゲート方式では、近年、量子ビット数が増加傾向にあるものの、実用化されている最新鋭機でも127量子ビットにすぎない。エラー訂正機能を持つ誤り耐性量子コンピュータを実現するには、100万量子ビット以上が必要とされており、そのために長期的な取り組みが必要になる」とする。

量子ゲート方式の現状と課題

 そして、「そのため、小中規模の量子コンピュータであるNISQ(Noisy Intermediate Scale Quantum)コンピュータと古典コンピュータを組み合わせて、役立てる動きが加速している。また、実用化していくには、規模の拡大と並行しながら、エラーを制御するための緩和技術や、訂正技術の開発が極めて重要になってくる」と指摘した。

 富士通の量子ゲート方式に向けた研究開発戦略は、量子デバイス、量子基盤ソフトウェア、量子アプリケーションに至るすべての技術領域で研究開発を進めているのが特徴で、さらに、これらの活動を、世界有数の研究機関とともにグローバルに進めている点を強調する。

 「ハードウェアは最終的な方式が決まっていないため、幅広く可能性を追求している。また、アプリケーション領域では量子化学計算に強みを持つQunaSysとの協業を開始したほか、エンドユーザーとの協働研究も推進。量子シミュレータを活用し、早期からアプリケーション開拓に取り組んでいる」という。

量子コンピューティング開発の戦略

 ハードウェアについては、超伝導量子ビットを世界で初めて実証した理化学研究所(理研)と、2020年10月から共同研究を開始。2021年4月には、理研の量子コンピュータ研究センター内に、理研RQC-富士通連携センターを開設。現在、約15人の研究者が参加して、理研が取り組む超伝導回路を使った量子コンピュータの先端技術と、富士通が保有するコンピューティング技術、顧客視点に基づいた量子技術の応用知見を統合して、共同で超伝導量子コンピューティングの実用化に向けた研究開発を行っている。

 ここでは、1,000量子ビット級の大規模化を可能とするハードウェア、ソフトウェア技術の開発や、試作する実機を活用したアプリケーションの研究開発を、エンドユーザーを巻き込んだ形で行なうことになる。

 さらに、新たなハードウェア方式として、ダイヤモンドスピンの研究にも着手。デルフト工科大学と共同研究を進めている。ダイヤモンドスピンとは、ダイヤモンド中の窒素-空孔複合体(NVセンター)のスピンを、物理量子ビットとして利用するもので、超伝導に比べて、高温での動作が可能であること、光を使った量子ビット間の接続が可能であるため、ノイズの影響を受けにくく、大規模化が期待できる。また、この量子ビット技術を使ってエラー訂正を実証できたという成果も発表されている。

ダイヤモンドスピンの研究

 一方、ソフトウェアの研究においては、キーサイト・テクノロジー(旧Quantum Benchmark)と共同で、NISQコンピュータにおけるエラーを緩和する技術であるRandomized Compilingを利用したアルゴリズムに関する研究を実施。また、2020年10月からは大阪大学の藤井啓祐教授とともに、誤り耐性量子計算向けエラー訂正技術などの共同研究を開始。2021年10月には、大阪大学に、富士通量子コンピューティング共同研究部門を設置して、誤り耐性量子計算を実現するためのソフトウェアを研究開発している。

ソフトウェアの研究

 「大阪大学の富士通量子コンピューティング共同研究部門では、数千量子ビット規模の量子コンピュータを想定した量子エラー訂正を行なうアルゴリズムを構築。量子エラー訂正符号によって実現される論理量子ビットを用いた量子計算を行なうためのソフトウェアの開発を進めている」という。

世界最速の量子シミュレータ

 富士通の成果の1つが、2022年3月に発表した世界最速レベルの量子シミュレータの開発である。富岳のプロセッサであるA64FXの高速性を活かし、世界最速レベルの36量子ビットの量子コンピュータシミュレータシステムを開発した。

 「世界最速レベルの量子シミュレータは、量子計算にあわせた再配置技術などを開発したことで、他機関の主要な量子シミュレータの約2倍の性能を実現し、世界最高の処理速度を達成した。2022年9月には、世界最大級の39量子ビットのシミュレータシステムをリリースする予定だ」という。

世界最速の量子シミュレータの開発

 同社では、量子シミュレータを活用することで、量子アプリケーション開拓を加速する考えであり、「材料、製造、金融などの各種領域でシミュレータを活用した共同研究を展開する。富士フイルムをはじめとして、5社と共同研究を開始することが決定している。また、QunaSysとの提携により、同社の量子化学計算ソフトウェアの利用により、多岐に渡る高速な量子化学計算の実現を目指すほか、近い将来には、理研RQC-富士通連携センターで開発中の量子コンピュータの実機を利用した検証も行なう」という。

量子シミュレータの活用

 富士通では、将来の社会課題解決を目指して、大規模シミュレータや実機を順次公開。先に触れたように、2022年9月には、世界最大級となる39量子ビット量子シミュレータを公開するとともに、その規模と高速性を活用したアプリケーション開発を加速。2023年度には、理研RQC-富士通連携センターで開発している100量子ビット以下の超伝導量子コンピュータを公開し、量子アプリケーションの実機検証を開始。2024年度以降は、100量子ビット以上で、エラー訂正技術を実装した、さらに大規模な超伝導量子コンピュータを、理研RQC-富士通連携センターにおいて公開。2026年度以降には、1,000量子ビット超の超伝導量子コンピュータを公開する予定だ。

量子シミュレータの今後

大規模な量子シミュレータも展開し、既に実用において一定の成果

 一方、イジングマシン方式は、D-Wave Systemsが先行していることが知られるが、量子アニーリングやレーザーネットワークなどの領域がある。富士通では、CMOS回路を使ったイジングマシン方式により、デジタルアニーラを開発し、組み合せ最適化問題に特化した用途で実用化している。

デジタルアニーラの領域

 「イジングマシン方式は、量子インスパイアード技術として、量子ゲート方式に先行して実用化されており、すでに、物流、交通、製造、金融、マーケティング、創薬、材料、医療などで幅広く利用されている技術である」とする。

 富士通では、量子コンピュータの実問題の適用までには時間がかかることから、量子インスパイアード技術によって最適化問題に特化できるデジタルアニーラを開発。2018年から顧客に提供を開始し、クラウド契約数では国内131件、海外55件が採用。「製造、金融、配送計画などの多くの分野でビジネス適用を開始している」という。

デジタルアニーラの強みと実績

 KDDIでは、基地局設定の最適化で通信品質を改善。昭和電工では半導体材料の最適配合探索の大幅な高速化を実現。ぺプチドリームは、中分子創薬向けペプチド安定構造探索に、富士通のデジタルアニーラを利用している。

 AI創薬では、HPCとの組み合わせによる高速絞り込み技術を開発し、中分子医薬候補であるペプチドの安定構造探索にこれを活用。1週間かかっていた環状ペプチドの判定構造探索を12時間以内に完了。今後は新薬開発にかかる時間とコストを、大幅に削減することが可能になると期待されている。

創薬への適用

 また、メルコインベストメンツでは、運用資産の着実な成長に貢献するポートフォリオのリスクとリターン分析に活用し、事実上不可能であった数100銘柄の組み合わせを10分で計算。トヨタシステムズでは、自動車製造に必要な部品の物流ネットワーク最適化を追求し、300万以上のルートの候補群の中から要件を満たすルートの組み合わせを高速に探索。サッカーブンデスリーガで使用されるベルリンオリンピックスタジアムや、F1などで使用されるニュルブルクリンクでは、観客席配置を高速に最適化。コロナ禍のスポーツイベントの安全運営と収益性向上に寄与したという。

トヨタなどでの導入実績

 さらに、スペースデブリ回収用宇宙船の運航計画の最適化にも活用され、専門技術者による手作業に比べて、計画立案までの時間が17万分の1となり、回収宇宙船の燃料消費を18%削減したり、運用時間を25%削減したりできる計画立案が可能になったという。

スペースデブリ回収用宇宙船の運行計画最適化

デジタルアニーラも第4世代を提供

 2016年に誕生した富士通のデジタルアニーラは1,024ビットの規模であったが、第2世代は専用ハードウェアによって8,192ビットの規模に拡大し、高速処理を実現した。2020年に投入した第3世代では、専用ハードウェアとソフトウェアによるハイブリッド求解アーキテクチャーを開発し、10万ビットまでの大規模対応を実現した。2022年5月18日には、第4世代のデジタルアニーラをリリース。大規模問題での高速性を大幅に向上したサービスの提供を開始したところだ。

第4世代デジタルアニーラサービスをリリース

 第4世代デジタルアニーラは、第3世代で好評だったコスト項/制約項の分離入力を実現するインターフェイスを採用。制約係数の自動調整機能、自動温度調整機能などを搭載。新たに採用した大規模アニーリングコアによって、10万ビットまだの対応問題サイズを、分割処理が不要で求解でき、実問題で頻出する制約付き問題にも対応。最大で10倍の高速化を実現しているという。

 「富士通のデジアルアニーラは、階層的な並列化技術を持ち、制約係数やアニール温度の自動調整技術のほか、実問題の制約条件を探索空間の削減に活用した高速化技術が他社にない独自技術となる」とし、「制約条件を活用した高速探索技術をアニーリングコア内に実装することで実問題での飛躍的な性能向上を実現している。大規模アニーリングコアにより、実問題求解性能では、他社と比べた際に、大きな差異技術となり、スケジュール問題など、これまで扱えなかった大規模問題も取り扱うことができる」とした。

各社の比較

今後はコストをいかに下げるかが課題

佐藤所長

 こうした取り組みをもとに、佐藤所長は、「富士通は、将来の社会課題解決のために量子コンピューティングの研究開発に取り組んでいるが、量子コンピュータが実用レベルに達するまでにはまだ時間が必要である。そこで、量子シミュレータを活用しながら、アプリケーション開発に早期から取り組んでいる。さらに、デジタルアニーラの実用化によって、ユースケースを拡大している。まずは、デジタルアニーラの技術と、HPC技術を活用し、お客様の実問題の解決に取り組んでいく」と述べている。

 なお、現在の超伝導型量子コンヒユータでは、1量子ビットを制御するシステムの価格は、数100万円となっており、この技術を延長させても、100万量子ビット以上が必要とされるエラー訂正機能を持つ誤り耐性量子コンピュータの実現には、1兆円の規模に達することになる。

 富士通の佐藤所長は、「ブレイクスルー技術が必要であり、それによってコストダウンする必要がある。どれぐらいの時間がかかるのか、どれぐらいのコストがかかるのかがわからない。実現するにはさまざまな企業との連携が必要になる」との見解も示した。