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東大とIBM、127量子ビット「IBM Quantum System One with Eagleプロセッサー」を秋に稼働開始

 国立大学法人東京大学(東京大学)と日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM)は2023年4月21日、127量子ビットのEagleプロセッサーを搭載した量子コンピュータ「IBM Quantum System One with Eagleプロセッサー」を「新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター(KBIC)」にて2023年秋を目処に稼働開始すると発表し、記者会見を行なった。北米以外の地域での稼働は初めて。

 IBMと東京大学は2019年12月に「Japan–IBM Quantum Partnership」を発表。パートナーシップを締結した。2021年7月にはクラウド経由で利用可能な日本初のゲート型商用量子コンピューティング・システム「IBM Quantum System One」をKBICで稼働させるなど、日本の量子コンピューティングの発展を目指して連携してきた。東京大学が「IBM Quantum System One」の専有使用権を持ち、量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII)に参画するさまざまな企業、公的団体や大学研究機関とともに量子コンピュータの利活用に関する研究を進めている。

 Eagleプロセッサーを搭載した「IBM Quantum System One with Eagleプロセッサー」についてもQIIに参画する企業、公的団体、大学研究機関とともに専有利用する予定。これにより古典的コンピュータだけよりも量子コンピュータも組み合わせて利用するほうが、ビジネスや科学に関連する計算課題をより効率的に、費用対効果が高く、正確に実行できるようになる「Quantum Advantage」の目標達成がますます近くなることが期待されるとしている。

 なお経済産業省は4月14日に「東京大学が最先端の量子コンピュータを導入し、国内企業やベンチャー、学生に利用機会を提供する取組について経済安全保障推進法に基づいて約42億円の補助を行うことを決定した」と発表している。クラウドプログラムが経済安全保障推進法に基づいて支援する「特定重要物資」に指定されていることから「経済安全保障推進法」に基づく初の助成で、これにより国内で量子コンピュータを活用した新ビジネスの開発や人材育成が行なわれる。

 今回の導入もこの助成金を活用したもので、コストの約半額にあたる。QII参画メンバー企業の負担を下げて活用を促進する狙いがある。具体的には占有して使用するための利用権やクラウド活用の人件費などとなる。50%を経産省から補助され、残りはユーザー企業からの会費や東大の自助財源で賄う。IBMが運用するマシンのアクセス権を東大が占有して、QIIのメンバーでマシンタイムをシェアする形をとる。

有用な量子コンピューティングの世界を目指して

国立大学法人東京大学 理事・副学長 相原博昭氏

 会見で国立大学法人東京大学 理事・副学長の相原博昭氏は「127量子ビットを用いることで計算可能な範囲を広げられる。占有できることで量子-古典ハイブリッド計算や実用的アプリケーションを生み出すことが可能になる。素粒子、宇宙、創薬、AI、金融などの重点分野の研究を進展させ、量子によるイノベーションをもたらしていきたい」と語った。

IBMフェロー 兼 IBM Quantum バイス・プレジデント ジェイ・ガンベッタ氏

 IBMフェロー 兼 IBM Quantum バイス・プレジデントのジェイ・ガンベッタ(Jay Gambetta)氏は「パートナーシップを提携したときのことを思い出す。有用な量子コンピューティングを推進し、実現する、二つの組織が共有するビジョンを推進するためのものだった。そのために何度も日本を訪れた。私はコロナ前の最後の来日者の1人だったのではないか」と述べ、「この旅路において新たな節目を迎えた。IBM最先端の量子計算システムを日本の皆様に提供する。東大は量子計算領域、産業界の研究開発においてもリードしてきた。QIIは世界でもっとも成功したコンソーシアムの1つであり、50以上の論文を発表してきた」と語った。

 そして127量子ビットの「IBM Quantum System One with Eagleプロセッサー」については「エラー緩和を実行して大規模な回路でノイズのない計算を実行する。これまで量子システムで実行した計算を超える複雑なものを探究できる。これから科学を進めるために量子コンピュータは便利なツールとして使うことができる。

 量子技術の進展に伴い、我々は『Quantum Advantage』へ歩むことになる」と述べ、「『Eale』を使えば次の回路サイズ、100 ×100のサイズで量子回路を探究できるようになる。この回路は100量子ビットで我々の次の挑戦領域になる。IBMのコンピュータを主要産業に提供できることを光栄に思う。金融やマテリアルサイエンスの研究、またユースケースを開発できるようになる。量子コンピューティング人材の育成も行なえる。本当に有用な量子コンピューティングの世界がすぐそこまできている」と述べた。

東京大学 理事・副学長の相原博昭氏(左)とIBMのジェイ・ガンベッタ氏(右)

量子ビットは「数」だけでなく「品質」が重要

会見の出席者。左から東京大学 素粒子物理国際研究センター 准教授 寺師弘二氏、東京大学大学院 工学研究科 教授 川﨑雅司氏、東京大学 理事・副学長 相原博昭氏、IBMフェロー 兼 IBM Quantum バイス・プレジデント ジェイ・ガンベッタ氏、IBM 代表取締役社長 執行役員 山口明夫氏、IBM 副社長執行役員 最高技術責任者 兼 研究開発担当森本典繁氏

 127量子ビットは国内では最高性能の量子コンピュータになる。「IBMから供給してもらうのは商用の実機。研究開発のものではない」とのこと。実際に127ビットが動いているという。なお、開示された情報は「127量子ビットのプロセッサを川崎で稼働させる」ということのみで、現在川崎に設置されているシステムの量子プロセッサ(27量子ビットのFalcon)がリプレースされるのか、新規に追加されるのかについては開示されなかった。

 IBMは2022年5月に主にモジュラリティに注目した量子コンピューティングのロードマップを開示しているが、その予定は変更ないとのこと。ガンベッタ氏は「1,000量子ビットマシンはまだこれからで、今年末には実現したいと考えている。ただし、周辺の関連デバイスも改善しないといけない。プロセッサだけではなく周辺の品質の改善がパフォーマンスに影響を与えるからだ。だからその品質も高める」とコメントした。

 そして今回導入される「Eagle」は「R3」と呼ばれる第3世代のもので、「プロセッサはいったん出して終わりではなく、何度も改訂していく品質を上げている」と述べた。

Eagleプロセッサ。今回導入されるのは第3世代目

 「なぜ433量子ビットのプロセッサ『Osprey』ではなく『Eagle』なのか」という質問も出た。ガンベッタ氏は「プロセッサは単にビット数だけではなくクオリティが重要だ。OspreyはR1の『Eagle』の派生で、R3の『Eagle』の品質は約3倍から4倍ほど良い。メカニカルな意味でもプロセッサとしても良いという意味だ。だから両方の意味で適切なプロセッサを選んだ」と語った。

 そして「それは量子ボリューム(量子システム全体のパフォーマンスを包括的に定量化したもの)は違うという意味か?」という質問に対して、「そうだ。Ospreyも良くなっていくが、先ほど言った『3倍から4倍』というのはプロセッサ全体のパフォーマンスだ。これからなるべくハードウェアをソフトウェアに近づける、エラー緩和をしていくためには、ただ単にビット数を上げるよりも品質が重要。コヒーレントタイムも約3倍から4倍大きい」と答えた。今後もアップデートを順次反映していくという。

 量子超越による実用計算はいつ頃だと考えるのかという質問に対しては、「2つにわけて考えたい。1点目は業界の課題とどのように量子回路にマッピングさせていくかという問題。2点目はハードウェア上で量子の優位性を使いながらシミュレーションする能力のほうだ。

 後者は2024年までには実現したい。前者の各業界の課題をどのように量子回路にマッピングするかについてはIBMの役割ではないと考えている。だからコンソーシアムが重量で、各領域の専門家が考えていかなければならない。だから量子優位性に対しては今回のEagle、さらに次の改訂版で実現できればいいなと私個人は考えている」とコメントした。

東京大学は量子ネイティブの人材育成を重視

関係者一同。左端は東京大学大学院理学系研究科 教授 村尾美緒氏

 東京大学では人材育成を重視する。相原氏は「技術開発、利活用のためのアルゴリズム開発と共に、この技術を本当に使っていく次世代の人材を育てることが大学としては一番大きな役割」と語った。

 東大とIBMは2021年6月に「量子コンピュータ・ハードウェア・テストセンター」を浅野キャンパス内に開設。量子システム・テストベッドとして用いている。そこでは5量子ビットの量子プロセッサのハンズオン経験ができ、学部学生が中をみたり、テストする体験ができるようになっている。

 また、既に量子コンピュータに実際にジョブを投げる授業を行なっており、そこではいわゆる文系の学生も量子コンピュータを使っているという。これらの環境を用いて、使うトレーニングだけでなく、アルゴリズム開発、ハードウェア開発の人材育成を行なっていく。IBMにおいても、運用やメンテナンスを通して、日本の技術者のトレーニングが進行しているという。