笠原一輝のユビキタス情報局

1kgを切っただけじゃない!「ThinkPad X1 Carbon Gen 13」の秘密

発表されたばかりのThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Editionを手に持つレノボ・ジャパン合同会社 執行役員 副社長 開発担当 CPSD 大和研究所 塚本泰通氏

 Lenovoは、IFAの開幕前日にあたる9月5日にベルリン市内の会場で記者会見を開催し、AMDのRyzen AI 300シリーズ(Strix Point)、IntelのCore Ultraシリーズ2(Lunar Lake)、QualcommのSnapdragon XシリーズといったMicrosoftのCopilot+ PCに対応したSoCを搭載したノートPCなどを多数発表した。

 この中で最も注目を集めたのは「ThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Edition」と呼ばれるCore Ultra シリーズ2を搭載したノートPC。重量が従来に比べて約100g軽い980gとなり、かつ本体の厚さも最薄部で8.08mmとなっているのが大きな特徴だ。

 それをどのように実現したのか、レノボ・ジャパン合同会社 執行役員 副社長 開発担当 CPSD 大和研究所 塚本泰通氏にお話を伺ってきたので、その模様をお届けしたい。

Lenovoグローバルの法人向けPC開発責任者へとステップアップした塚本氏

左がLenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャル製品ソリューション開発担当 ルイス・フェルナンデス氏、右がLenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャルポートフォリオ・製品管理担当 ジェリー・パラダイス氏(いずれも2022年当時の肩書)。2トップがハッピーリタイアしたことで、トム・バトラー氏と塚本氏が後任となった(撮影は2022年10月)

 レノボ・ジャパンの塚本氏は、Lenovoが日本の横浜市においているThinkPadの開発拠点「大和研究所」のリーダーである。その塚本氏にとって、今年(2024年)の第1四半期は大きなステップアップの機会となった。

 というのも、Lenovoの法人向けPC事業を率いる2トップだったLenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャルポートフォリオ・製品管理担当 ジェリー・パラダイス氏と、同事業部のコマーシャル製品ソリューション開発担当 ルイス・フェルナンデス氏が相次いで定年でLenovoを退職したのだ(米国にはそのような制度はないので日本的な言い方だが)。このため、大和研究所の責任者として、フェルナンデス氏にリポートする立場だった塚本氏がフェルナンデス氏のポジションを受け継ぎ、ThinkPad製品を含む、法人向け製品のグローバルな開発責任者になったからだ。

Lenovo インテリジェントデバイス事業部 ワールドワイド・コーマシャル製品管理担当 上席ディレクター トム・バトラー氏(2月のMWC 24で撮影)

 塚本氏はほぼ同じ時期に、パラダイス氏の後を受け継ぎ法人向け製品のマーケティングの責任者(ワールドワイド・コーマシャル製品管理担当 上席ディレクター)になったトム・バトラー氏とともに、二人三脚で法人向け製品事業を率いていくことになる。大和研究所が日本にあるため、所属こそレノボ・ジャパンの副社長ということになるが、ライン的にはLenovoのクライアントPC事業(インテリジェントデバイス事業部)の事業部長であるルカ・ロッシ氏につながることになる。

米国ノースカロライナ州ラーレイのLenovoオフィス

 塚本氏は今後、日本の大和事業所だけでなく、米国ノースカロライナ州にあるラーレイ事業所にあるThinkPad開発拠点や、最近は台湾や深センにある法人向け製品開発拠点なども塚本氏の傘下になり、塚本氏が法人向けPCのグローバルな開発体制を統括していく。

グローバルに製品の開発が行なわれているLenovoの法人向けPC、Qualcomm製品は台湾で開発

横浜市にある大和研究所、拷問テストやパネル開閉テスト、音響や電波試験などさまざまなテスト施設が用意されている(2021年に撮影)

 LenovoのPC開発は、一般消費者向けの製品(YOGAやIdeaPadなど)は本社がある北京で開発されており、法人向け製品(ThinkPadなど)は米ラーレイと大和研究所で行なわれている。これは、一般消費者向け製品がLenovoの前身となるLegend由来であり、法人向け製品は、Legendが2004年に買収したIBMのPC部門が由来であるためだ。

 ただし、それから20年近くが経って、開発体制は徐々にグローバルに拡大されており、ThinkPadで言えば台湾や中国の深センでも開発や研究などが行なわれている。たとえば「ThinkPad T14s Gen 6」のQualcomm Snapdragon Xシリーズ版は台湾の研究所で開発が行なわれている。

 塚本氏によれば「弊社の開発はグローバルに行なわれており、Qualcomm SoCに関しては台湾のチームには経験があるということで、そちらで開発している。しかし、いずれの拠点でもThinkPadの開発拠点になるにあたり、日本からThinkPadの開発チームのメンバーを派遣して、ThinkPadの開発哲学というものを浸透させた上で開発を進めている」とのことだ。

 「ThinkPadの開発哲学はずっと変わっていない。ThinkPadはお客さまの生産性を向上させるためのデバイスであり、そのために信頼に値する品質、そしてそうした目的を実現するためのデザインだ」と塚本氏述べる。つまり、前任者たちから受け継いだThinkPadの哲学は何も変わっていないと強調した。

OS起動前のセキュリティなど差別化できるポイントはまだまだあると塚本氏

Snapdragon X Eliteを搭載したThinkPad T14s Gen 6

 Lenovoは今後、どのように他社と差別化できるような製品開発を行なっていくのだろうか?というのも、PCビジネスというのは良くも悪くもコモディティ(代替可能性がある競合他社が存在すること)なビジネスだ。プロセッサはをAMD、Intel、そして今はQualcommの本格的な参入で3社に、OSもGoogleないしはMicrosoftから調達が可能で、基本的にそれらのプラットフォーマーとの取引は誰でも参入できる。容易に価格による叩き合いになってしまうのがPCビジネスの現状だ。

 塚本氏は、「おっしゃる通りPCはSoCとOSを買ってくることで成り立っているビジネスだが、PCメーカーが腕を見せる部分が大きく2つある。

 1つは英語で“Below OS”と呼ばれるOSが起動する前にやれることであり、フェームウェアやマイクロコントローラなどを利用してセキュリティや生産性向上を実現していくことが重要だ。もう1つは、業界のリーダーであるLenovoだからできる、SoCベンダーやOSベンダーと一緒に業界を率先してドライブしていくことだ」と述べた。

 たとえば、Lenovoでは「ThinkShield」と呼ばれるファームウェアやマイクロコントローラを利用した機能の拡張を行なっている。それにより、一般的なWindowsデバイスではサポートされないような、高度なファームウェアの改ざん防止、パスワードと指紋センサーを活用したファームウェアの保護などの機能を実装している。

 もちろん、HPやDellといった法人向けPCで競合しているPCベンダーでもそうした取り組みを行なっており、そうしたBelow OSのセキュリティ機能が今やノートPCの差別化要因になりつつあるのは事実だ。今後もそうしたOSが起動する前の機能拡張を行なっていく計画だと塚本氏は説明した。

Intelと複数年共同開発した取り組みの成果が実装されている「Aura Edition」

Lenovoが9月5日(現地時間)に行なった会見にはIntelのPC事業のトップであるミッシェル・ジョンストン・ホルトス氏(右)が参加している。ホルトス氏が参加したOEMメーカーの会見はLenovoのみ。左はLenovo インテリジェントデバイス事業部 事業部長 ルカ・ロッシ氏

 SoCベンダーやOSとの取り組みに関しては、今回のIFAでその一端が明らかにされている。今回Lenovoは法人向けのThinkPad X1 Carbon Gen 13と一般消費者向けのYoga Slim 7iに「Aura Edition」というブランドをつけて提供することを明らかにしている。

 Aura Editionはいくつかの機能があるが、ビジネスユーザーに関係するのは「Smart Mode」と呼ばれるシーン別に性能を最適化し、かつそれらの設定を、AIを活用して行なう機能。Shield(セキュリティ強化設定)、Attention(仕事没頭設定)、Collaboration(ビデオ会議設定)、Wellness(目や精神的な疲れを軽減する設定)などが用意されており、それぞれのモードで性能や省電力の設定を自動で行ない、性能が必要なときは性能を、より長時間バッテリ駆動を実現するためのバランスを取ることを可能にする。

LenovoがIntelと共同開発したAura Edition
Smart Modeは利用シーンによりPCの設定を切り替えて性能重視、バッテリ駆動時間重視などの設定に切り替える

 このAura Editionの機能は、LenovoとIntelが共同で開発したものであり、Core Ultra シリーズ2のリリースに向けて両者で複数年に渡って開発されて来たものだという。実は、今回Lenovoの記者会見には、IntelのPC事業のトップであるミッシェル・ジョンストン・ホルトス上席副社長がゲストとして登壇していた。ほかのOEMメーカーの会見では、ホルトス氏の部下であるジム・ジョンソン上級副社長がゲストとして参加していたことを見れば、IntelにとってもLenovoが重要だと位置づけていたことを見てとれる。

 「我々はIntelや、Microsoftといったパートナーと積極的にお話しをさせていただいており、研究成果をパートナーに公開して、プロセッサやOSの改善に協力している。それがプロセッサやOSに反映されて、ほかのメーカーも使えるようになっても構わないと考えており、業界のリーダーとしてそこは気概を持って取り組んで行きたい。たとえば今回のAura Editionではユーザーの肌が接する部分の温度制御、ファンノイズの最適化などをIntelと協力して行なっている」とした。

ThinkPadフラッグシップが1kgを切った

ThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Edition、左右のポート配列などはThinkPad X1 Carbon Gen 12と同じ

 Aura Editionの最初の製品となるThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Editionだが、一見すると前モデルになるThinkPad X1 Carbon Gen 12と差がないように見える。だが、2つの点で進化している。

 1つは重量が従来モデルの1.08kgから980gへと約100g軽量化が実現されていることだ。もう1つは薄型化の実現で、従来モデルが14.96mmだったのに対して、新モデルは8.08~14.37mmとなっていることだ。

キーボード(日本語)+ThinkPadクリックパッド(左)、キーボード(英語)+触覚タッチパッド(右)。タッチパッドがThinkPadボタン付きタッチパッドと触覚タッチパッドの2種類用意されているのはGen 12と同じだ
Dカバー(底面)がアルミニウムからマグネシウムへと変更され、軽量化に貢献

 軽量化について塚本氏は「3つ理由がある」とする。「1つはOLEDパネルを採用したことでA面カバーのデザインを最適化できた。2つ目はD面カバーを従来モデルのアルミニウムからマグネシウムへと変更した。それにより小さくでき、それも軽量化に貢献している。3つめはCore Ultra シリーズ2の採用によりメインボードの設計を最適化することが可能になり、それも軽量化に寄与している」と説明した。

 なお、現行製品になるThinkPad X1 Carbon Gen 12では、いわゆるLow Power LCDと呼ばれる1W以下の消費電力を実現したWUXGA IPS液晶(解像度は1,920×1,200ドット)、OLED(解像度は2,880×1,800ドット)という2つの選択肢が用意されている。それに対してThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Editionは2,880×1,800ドット/120Hzという2.8K OLEDパネルのみとなっている。

 これは低消費電力WUXGA IPS液晶がCTOの選択肢からなくなってしまうという意味ではなく、今回発表したモデル(Aura Edition)が先行発売モデル的な意味合いがあり、通例で言えばCESないしはMWCなどで発表されるThinkPadの2025年モデルで追加される可能性が高い。

上が従来のThinkPad X1 Gen 12(WUXGA/IPS)、下がThinkPad X1 Gen 13 Aura Edition(2.8K/OLED)。ThinkPad X1 Gen 13 Aura Editionの方はディスプレイ部分が薄くなっているのがよく分かる

 そしてOLEDとAカバーの最適化は軽量化だけでなく、さらなる薄型化という別のメリットももたらしている。塚本氏によれば「本体部分は従来モデルとサイズは変わっていないが、首上部分がより薄くなっている」とのことで、実際に昨年モデルのThinkPad X1 Carbon Gen 12と比較しても薄くなっていることが確認できた。

 塚本氏は「私が大和研究所の責任者になってから、日本などの東アジアで特に強いご要求をいただいていた薄く、軽くしてほしいという声にもっと応えたいとずっと考えていた。今回IntelがCore Ultra シリーズ2のような高い電力効率を出されたことはある意味良いタイミングだと考えて、こうした製品を作れた」と述べ、ThinkPadの堅牢性を維持したまま1kg以下という製品を出すことは長年の目標で、それを今回のThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Editionでようやく実現できたと述べた。

今後Core Ultra シリーズ2を搭載した追加モデルの投入も

ThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura EditionはCore Ultra シリーズ2を搭載したThinkPadの第1弾に過ぎない、これから多数のモデルが登場する見通し

 塚本氏はそうした注目されがちな薄型化、軽量化などの強化だけでなく、細かな部分の改良を続けていると強調する。

 素材で言えば、例としてカーボンのリサイクルにも取り組んでいると説明する。といっても、A面カバーの素材として利用されているカーボンの板そのものがリサイクルされているというわけではない。カーボン素材のメーカーである東レ、そしてボーイングと協業したリサイクルで、飛行機の製造時に発生するカーボンの余りを砕いて、A面カバーのフレームとなるプラスチックに混ぜてフレーム部分を強化することに使っているという。それにより、Lenovo単体というよりは産業をまたいだCO2削減の貢献を実現した

 また、2024年版のThinkPad Tシリーズ、Lシリーズの一部モデルでは、バッテリはCRU(Customer Replaceable Unit)になっているという。CRUとはエンドユーザーがマニュアルなどを参照しながら交換してよい部品という意味で、ThinkPadシリーズで言うと、SSDなどがそれに該当する。

 これまでのThinkPadの内蔵バッテリは、オンサイト修理やメーカーの修理拠点で専門の技術者だけが交換できるFRUに相当していた。CRUを実現するために、バッテリのフレームを強化したり、バッテリの色をネジとは違う色にしたりなど、安全上の懸念がないように設計変更をした上で実現した。具体的な時期は明らかにできないが、将来的にはほかのモデルでもバッテリのCRU化を推進していく方針だと明らかにした。

 塚本氏によれば、Core Ultra シリーズ2を搭載したノートPCはThinkPad X1 Carbon Gen 13 Aura Editionで終わりというわけではなく、今後もCESなどのタイミングで、第2弾、第3弾製品があるという。通常、ThinkPad X1製品はCES前後に発表されることが多く、今回は発表されなかった「ThinkPad X1 2-in-1 Gen 9」の後継製品などはCES前後になる可能性が高い。

 また、IntelはCore Ultra シリーズ2のvPro版を来年の早い時期に投入することを明らかにしており、通例で言えば、MWCの前後に発表される可能性が高い。その意味でCore Ultra シリーズ2を搭載したThinkPad T/Xシリーズはそのタイミングで発表される可能性が高い。塚本氏がリードするそれらの製品が、Core Ultra シリーズ2でどのように変わっていくのか、そこに日本のユーザーとしても大いに期待したいところだ。