笠原一輝のユビキタス情報局

革新的スタビライザーが2in1で極上クラムシェルユースを実現。VAIO A12開発者インタビュー

VAIO A12の開発チーム。左からPC事業部 PC設計部メカ設計課 広吉高一氏、PC事業部 PC設計部メカ設計課 拇速真氏、PC事業部 PC設計部電気設計課 細萱光彦氏、PC事業部 PC設計部プロジェクトリーダー課 花村英樹氏PC事業部 PC設計部電気設計課 水谷浩氏、PC事業部 ソフト設計課 古谷和之氏

 VAIO A12は、VAIO Z以来となる完全新シャシーの着脱式2in1だ(VAIO、新ヒンジ機構採用で約1kgの12.5型着脱式2in1参照)。12.5型フルHD液晶ディスプレイを採用したWindowsタブレットを、有線/無線動作に両対応するキーボードユニットにドッキングして利用できる。

 ヒンジ部分にはVAIO独自の「スタビライザーフラップ」と呼ばれる機構を採用。安定性を実現する工夫が施されており、キックスタンドタイプのSurfaceのような2in1が抱える、膝上での使いにくさや、キーボードドック着脱型でよくある自由にディスプレイの角度が変えられないなどの課題を解決しており、理想の着脱式2in1を実現していることが大きな特徴となる。

VAIO A12のスタビライザーフラップ

 今回はVAIO A12の特徴について、VAIOのエンジニアにお話しをうかがってきたので、その内容をお伝えしていきたい。

開発は3年前から。初期段階から「クラムシェル型でも妥協しない2in1」が目標に

 VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部プロジェクトリーダー課 花村英樹氏によれば、今回のVAIO A12の開発は3年前にはじまった。

 「3年前にPCを持って歩く、今で言うテレワークのようなことがじょじょに浸透しつつありました。弊社にはVAIO Zや、SなどとかのモバイルノートPCのラインナップがありますが、そうしたテレワークを行なうような最先端のユーザーに向けて、新しい提案ができないだろうか、というのがスタートでした。

 そこで、他社の2in1を見ていると、膝上で使いにくかったり、液晶の角度が変えられなかったりとクラムシェルノートPCとしては課題があるとわかり、それを克服した理想の2in1を作りたいということになりました」と、開発にいたった経緯を説明する。

VAIO A12は2in1だが、違和感なくクラムシェルノート的な使い方ができる
ディスプレイを閉じているときにはスタビライザーフラップも閉じる。そのため、持ち歩くときの出っ張りなどはほとんどない
ディスプレイを途中まで開いたところ、スタビライザーフラップがじょじょに後ろにせり出していく。指で指し示しているのはEthernetポート
ディスプレイが開ききったところ、ディスプレイと本体の重量のバランスを、スタビライザーフラップが受け止めていることがわかる

 VAIO A12の発表(2018年10月)から3年前というと、2015年10月となる。2015年と言えば、その年の2月にVAIO Zが発売された年だ。つまり、VAIO Zが発売されて、ちょっと落ち着いたころにVAIO A12の開発がはじまった。VAIO A12にはVAIO Zの開発に関わっていたメンバーも参加している。

 一口に2in1といってもさまざまなかたちがある。

 業界では最初に360度回転型ヒンジを備えたLenovoのYogaシリーズが登場した。それにちなんでこのタイプの製品は“Yoga型”と呼ばれることが多い。

 そしてMicrosoftのSurface Proシリーズのようにディスプレイのカバーも兼ねるキーボードを備える“Surface型”、Surface Bookシリーズのようになんらかのドッキング機構を備えてタブレットが分離する“Book型”などが代表的だろう。

 いずれのタイプもメリット/デメリットがある。

 Yoga型であれば、たしかにクラムシェルノートとしての妥協はない。ただし、ディスプレイが分離しないため重く、「タブレットのようにも使えます」でしかない。

 Surface型であれば、机の上に置いて使うときはいいのだが、膝の上に置いてメモを取るとき(カンファレンスなどに参加するときはよくあるシーン)には不安定この上ない。

 そしてBook型は合体部分のヒンジが複雑になったりするので重量がかさむのと、クラムシェル時は重量があるタブレットとバランスをとるために、キーボード側を重くしないといけない。結果的にシステム全体で重くなってしまうという課題を抱えている。

 花村氏の指摘する“課題”とはまさにそのことで、それを解決する方法を探していくのに時間がかかったのだという。

 では、その課題をVAIOはどうやって解決したのだろうか? それこそが「スタビライザーフラップ」という、A12のキーボードドック側に採用されている機構に隠されている。

2in1のクラムシェルモードでも安定して使える「スタビライザーフラップ」

VAIO A12のスタビライザーフラップ

 スタビライザーフラップとは、その「スタビライザー(安定化装置)」という名前からもわかるように、本体の重量を受けて支えるという意味を持つフラップになる。一見すると、デザイン上のアクセントに見えるが、じつはこれこそが安定したクラムシェルモードを実現するVAIO A12の秘密兵器だ。

ディスプレイを開くと、それに連動してフラップが後ろにせり出し、バランスを取る

 VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部メカ設計課 広吉高一氏によれば「首上(ディスプレイ側)を開いていくと、どうしても後ろに倒れていくので、支えを後ろに出す必要があります。過去の機種を見ると、手で引き出すなどの方法に挑戦したものはありますが、今となってはそれはスマートではないと考えました」。

 そこで、特別な操作が不要となる方法として、板を下につけて逆ヒンジにする方法を考えたとのこと。フラップが後ろに倒れていくことで、ディスプレイ部分を開いたときに変わる重量バランスを受け止めるという仕組みだ。

さまざまな試作機。ちょっとSurfaceぽいものもあったりと試行錯誤の段階が見て取れる

 逆ヒンジをという方法を考えたあとは、実際にさまざまな試作機を作ったりしてバランスを確認していったという。VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部メカ設計課 拇速真氏は、「最初は定規を試作機の底につけてみたりしてバランスを確認していました。これで実際に倒れないことが確認でき、そこからデザインをどのように落とし込むかなどを検討しきました」と述べた。

この図で言うところのMのところをできるだけ広く取るようなバランスを見つけることに腐心した

 広吉氏は、「フラップの角度、フラップを途中で折り曲げる角度、寸法などが、すべてバランスで決まってくるため、どこかを伸ばせばバランスが崩れてしまいます。そのため、最適なディスプレイ角度が実現されないなど非常に難しい部分がありました。

 ディスプレイを開いたときにバランスを安定させるには、設置面に対するフラップの設置面積を広く取る必要があります。それを実現するためになんども計算して、現在のデザインに到達することができました」と語る。

 その結果として、本体が倒れにくくし、かつ安定させる役目をフラップがはたすようになっている。なお、ディスプレイ側の重量が大きく変わった場合には、このバランスが崩れてしまう。そのため、SKUにより異なる重量、保護フィルムの10g程度の重量、さらにはディスプレイ側にあるUSB Type-CポートにUSBメモリを挿しても大丈夫かなどを確認し、その分のマージンを取った上で作られている。

 フラップそのものは1mm厚のマグネシウムで、鍛造に近い製法で曲げを実現してあるという。このため強度も十分で、取材の最後には実際に重りをフラップに吊してみるテストをしたが、8kgの重りを吊しても壊れなかった。VAIOは長野県安曇野市にある自社工場内に、そうした強度などを試す試験施設を持っており、そこでの強度試験もしっかりパスできている。

8kgの重りをフラップに吊すテスト(筆者注 : このテストは製品レベルの試作機でのテストであって、実際の製品でこういうことをしても保証されるというものではない。あくまでテストの一環として行なったものだ)
テスト後もきちんと動作した
VAIOの試験施設での拷問テストの様子

ユニークさが光るキーボードユニット。薄型軽量を維持するシンプルなドッキングコネクタ

 VAIO A12を特徴的な2in1デバイスたらしめるもう1つの理由は、ユニークなキーボードユニットの電気的構造だ。

 このキーボードユニットには、USB 3.0、USB 2.0×2、Gigabit Ethernet、HDMI、ミニD-Sub15ピンの端子が用意されており、本体のタブレット側と同容量(25Wh)のバッテリを内蔵させることができる(バッテリ非搭載モデルも用意されている)。

本体の左側面、USB 2.0×2とSDカード
USB 3.0、HDMI、ミニD-Sub15ピン、Gigabit Ethernet、従来型のACアダプタ端子

 VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部電気設計課 細萱光彦氏によれば、「このHDMIおよびミニD-Sub15ピンは、DisplayLinkのUSB接続のディスプレイコントローラを利用しています。その最大の理由は、ドッキングコネクタをコンパクトにしたかったからです。仮にPCI ExpressやDisplayPortなどを通そうとすると100ピンぐらいになってしまう。USB 3.0の信号だけを通すならピン数は21ピンにできます」とのこと。

 USBディスプレイコントローラ経由のHDMIとミニD-Sub15ピン端子は、キーボードユニットにタブレットを接続したときだけ、ドライバがロードされる仕組みになっている。

タブレット部分を外したところ
ドッキング用の端子
タブレットを支えるヒンジ部分

 このドッキング用の端子のピン数を増やすのは、重量やコストとのトレードオフになる。

 たとえば、MicrosoftのSurface Book 2ではこのドッキングコネクタにPCI Expressを通しており、それゆえにキーボードユニット側にGeForce GTX 1050などのディスクリートGPUを内蔵させ、ドッキングしたときだけdGPUが利用できるという仕組みになっている。しかし、その代わりドッキングコネクタはかなり大きくなっており、それを支えるドッキング機構は複雑になってしまい、重量が増加している。

 もちろんVAIOにも同じような選択肢はあっただろうが、ビジネスユーザー向けというVAIOの現在のメイン顧客を考えれば、ディスクリートGPUの必要性は高くないという判断もあったのだろう。

 VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部電気設計課 水谷浩氏は、「たとえば、USB 3.0ではなく、USB Type-Cを通そうという案もありました。すると29ピンに増えてしまい、物理的にコネクタを圧着するのが難しくなります。われわれの製品はビジネスユーザーをターゲットにしているので、USB 3.0を1つ、あとはUSB Hubを利用してUSB 2.0を2つという構造でいいと判断しました」と説明する。

 たとえば、HDDをUSB 3.0につなぎ、マウスなどの転送速度を必要としないものはUSB 2.0につなげばいいと考え、このような構造になっている。

本体を分離していてもキーボードは無線キーボードとして利用できる

 もう1点このキーボードユニットが持つユニークさとして、本体(タブレット)と分離しているときにも、無線キーボードとして使えることだ。

 VAIO株式会社 PC事業部 ソフト設計課 古谷和之氏によれば「VAIO Z Canvasのときに無線/有線の両方で使えるようにして好評を得ました。そこで、無線/有線(USB)の切り替えを自動で行なえるようにして、取り外し時にも無線キーボードとして使えるようにしています」とのこと。

 なお、Windowsからは有線のキーボード、無線のキーボードはそれぞれ別デバイスとして認識されており、どちらか一方だけが有効化されるようになっている。

ユニークなテープで留められている25Whのバッテリ。スマートフォンに使われるような薄型のセルを利用している

 当然のことだが、無線キーボードとして利用するには、キーボードユニット側にバッテリが内蔵されている必要がある。そのバッテリだが、本体のタブレット側にも、キーボードユニット側にも同じ25Whの新規開発の超薄型バッテリパックが採用されている。

 バッテリベンダーに新しいセルを起こしてもらい、スマートフォンにも利用できるような薄さで25Whという比較的大きな容量を実現してもらった。

 このため、タブレットとバッテリ入りキーボードユニットを合体して利用している場合には50Whのバッテリが使える計算になり、公称値で約14.4~15時間(JEITA 2.0測定法)のバッテリ駆動時間が実現されている。

2つのACアダプタと2つのバッテリという4系統の電源を持つVAIO A12

製品には45WのACアダプタが付属しており、タブレットとキーボードユニットの両方を充電できる

 VAIO A12では、内蔵バッテリの充電方法にもいくつか工夫が施されており、大きく特徴を挙げると以下の4点がそれにあたる。

  • VAIOオリジナルのACアダプタと、USB Type-CのUSB PD(Power Delivery)対応ACアダプタの両対応
  • バッテリが2つ(タブレット側、キーボードユニット側)あり、つねにタブレット側から充電を開始する
  • タブレットが取り外されている状態でもキーボードユニットを充電することができる
  • USB Type-Cの充電はUSB PD対応のACアダプタだけでなく、スマートフォン用のACアダプタ(5V/1.5A)でも充電できる
VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部電気設計課 板倉功周氏

 VAIO株式会社 PC事業部 PC設計部電気設計課 板倉功周氏によれば、「今回バッテリは2系統、入力が2系統あることになり、合計で4系統の電源がある計算になります。このため、タブレットがキーボードユニットにつながっているか、そうでないか、さらにACアダプタがキーボードユニット側につながれているか、あるいはタブレット側のUSB Type-Cにつながっているのかでも動作が異なることになります。

 そこで、どのようなパターンがあるのかシミュレーションしくとたいへんなことになりました。たとえばキーボードユニット側のバッテリが満充電状態で、タブレット側があまり充電されていない状態だとします。このとき、USB Type-Cにスマートフォン用のACアダプタが接続されたさいには、キーボードユニット側のバッテリからタブレットに給電しながら動作させるなどといった組み合わせによる動作を1つ1つ検討していった」とし、すべて問題なく動かしつつ、ユーザーが使う上でメリットがあるように設計をするのは、まるでパズルを解くようなものだったという。

タブレット側の内部と基板

 この複数系統の電源の制御は組み込みコントローラが行なっている。コントローラはタブレット側だけでなく、キーボードユニット側にも入っており、両者はI2Cでやりとりを行ない、充電や給電の制御をしている。

 このため、ドッキング端子には、前出のUSB、I2Cなどに加えて、タブレットが接続されていることを検出するピンも必要だ。さらに、キーボードユニット側にバッテリを搭載していないモデルでは、電源がない状態を見分けないといけないなど、その場合にどうするかといった設計課題はじつにたくさんあった。

4系統の電源があるため、その動作の組み合わせはこれだけの可能性があるというチャート
どの経路を通ってシステムやバッテリに給電するかの図。こうしたシナリオ1つ1つでユーザーの利便性を高めるように設計している

 その組み合わせを検討するだけでも3カ月かかったという板倉氏は「重要なことはお客様にとって最適なシナリオはなにかということで、それを検討しながら1つ1つ考えていきました」と述べる。ユーザーの使い勝手を実現するためには、そういった作業は避けて通れないのだ。

VAIO A12はオンリーワンの使い勝手

 このように、VAIO A12は従来の2in1デバイスの持つ課題を克服するために「スタビライザーフラップ」を備えており、着脱式2in1デバイスであるのに、クラムシェルノートと同じように使える点がもっとも大きな特徴だ。それ以外にも、キーボードユニット、4系統の電源など、技術的に見ても魅力満載となっている。

 それでいながらタブレット側が約608~622g(WANモジュールの有無などの構成などにより異なる)、キーボードユニットを取りつけても約1.209kg~1.223kgと比較的軽量を実現しているのはすばらしいと言えるだろう。

 12~13型クラスの2in1というのは、非常に激しい競争が繰り広げられている市場で、MicrosoftのSurface Pro、DellのXPS 13 2in1、LenovoのThinkPad X1 Tabletなど、さまざまなメーカーが参入している。そのなかでも、VAIO A12のユニークさは際立っており、ほかの人とは違うなにかを求めるユーザー、あるいは2in1でもクラムシェルモード時の使い勝手を重要視するユーザーであれば検討してみるといいのではないだろうか。