福田昭のセミコン業界最前線

過去最も狭き門となったISSCC 2024、Zen4cやHBM3Eなど、次世代プロセッサとメモリの開発成果が集結

国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」のプログラム表紙。開催前なので正式には「先行プログラム(アドバンスプログラム)」と呼ばれる。プログラムのファイル形式はPDF。ISSCCの公式Webサイトから、誰でも無償でダウンロードできる

 半導体集積回路の最先端技術が披露される国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」が、今年(2024年)も2月に米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催される。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行が収束してリアルイベントが復活した前年(2023年)に続き、リアルイベントとバーチャル(オンデマンド配信)のハイブリッド形式で実施する。

 リアルイベントの会場は前年と同じ、サンフランシスコ市街中心部のMarriott Marquisホテルである。会期は2024年2月18日~22日を予定する。

 「ISSCC」は最先端の半導体回路技術に関する世界最大規模かつ世界最高水準の国際学会として半導体業界では良く知られている。毎年、200件を超える半導体チップの研究開発成果が披露される。プロセッサ、メモリ、マシンラーニング、無線通信、有線通信、高周波、イメージセンサー、セキュリティなどの半導体チップとその回路技術が新たに発表される。参加登録者は約3,000名に達すると見込まれる。

ISSCCとは何か
ISSCC 2024の開催概要
ISSCCの参加登録料金。主催学会であるIEEEの会員には割引料金が適用される。また早期割引期間(原稿執筆時点では2024年1月17日に早期割引期間が延長された)が設けられている。なおリアル参加とオンライン参加で料金は変わらない。リアル参加登録者も後日、オンデマンドで講演の録画を視聴できる

投稿件数は過去最多、前年から4割増の873件に達する

 ここからは、今回のISSCCについて事前に公表されている内容を紹介していく。始めは「採択率」である。投稿論文数(発表を申請した論文の数)は873件と過去最多を記録した。前年の629件から約4割も増加した。前年の629件という投稿件数は特に少ないというわけではなく、例年とほぼ変わらない。このため、ISSCCの実行委員会にとっては予想外かつ想定外のうれしい悲鳴となったようだ。

ISSCCの投稿論文数と採択論文数、採択率の推移(2018年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから

 なぜかというと国際学会の会場スペースは普通、あらかじめ決まっている。多少の融通は効くものの、投稿件数が4割も増える事態は想定していない。結果として採択件数を前年から18%増やして234件としたものの、採択率は過去最低の26.8%となった。投稿件数の4件に3件は不採択、分かりやすく言い換えると「落選」したことを意味する。

 長期的に見ていくと、ISSCCの投稿件数は2000年代前半に急増した後、2000年代半ば以降は600件前後で推移してきた。2023年以前で最多だった2006年と比べるとむしろ、やや漸減気味だった。それが2024年開催で急激に増加した。理由は今のところ、良く分かっていない。また800件を超える投稿件数が長期的なトレンドになるのかも不明だ。

ISSCCの投稿論文数と採択論文数の推移(1995年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから

 いずれにせよ、26.8%というISSCC 2024の採択率は国際学会としては低すぎる。不採択の確率が非常に高いと、次年では投稿そのものを敬遠する研究者が増える恐れがあるからだ。研究開発コミュニティとしては30%~35%前後が「質と量のバランス」から望ましい。

地域別では投稿・採択件数とも極東(アジア)が過半数を占める

 投稿論文数と採択論文数を地域別(米州、極東、欧州および中東の3地域)に見ていくと、投稿件数は極東(アジア)が556件で最も多い。前年比42%増である。投稿件数全体に占める比率は64%と3分の2近い。次いで米州(北米と南米)が202件となった。前年比45%増で増加率は極東よりも高い。投稿件数に占める比率は23%である。「欧州および中東」の投稿件数は115件。前年比16%増と増加率では最も低かった。

地域別の投稿論文数の推移(2015年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから

 採択論文の件数は極東(アジア)が148件(採択率26.6%)、米州が57件(同28.2%)、「欧州および中東」が29件(25.2%)である。採択率では極東が全体と同じ、米州が高め、欧州が低めとなった。採択論文数の地域別比率では極東が63%、米州が24%、「欧州および中東」が12%を占める。極東が増加傾向、米州と欧州(および中東)が漸減傾向という最近のトレンドはあまり変わらない。

地域別の採択論文数の推移(2015年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから
採択論文数の地域別比率の推移(2015年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから
採択論文を発表する予定の国と地域。21カ国・地域の企業や大学、研究機関などが研究成果を発表する。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから

分野別採択数ではパワーマネジメントが14%、次いでメモリとIMMDが12%を占める

 技術分野別の採択論文数比率では、パワーマネジメントが14%と最も高い。次いでメモリとIMMD(Imagers、MEMSs、Medical and Displays)が12%を占める。パワーマネジメントの比率は2022年が10%、2023年が12%であり、増加傾向が続いている。メモリは2022年と2023年が11%であり、分野別で上位を占めてきた。

採択論文数の技術分野(サブコミッティ)別比率推移(2022年~2024年、開催年ベース)。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから

土曜日から始まるISSCC 2024のプレイベント

 ISSCCの基本的なスケジュールは曜日に依存しており、月曜日~水曜日がメインイベントである技術講演会(テクニカルカンファレンス)、その前後がサブイベント(別料金)というものだ。今年は2月19日~21日が技術講演会となる。プレイベントは2月18日、ポストイベントは22日を予定する。

ISSCC 2024の全体スケジュール。ISSCCの公式サイトから筆者がまとめたもの

 日付順に全体のスケジュールを簡単に説明していこう。始まりは2月18日ではなく、17日である。2月17日に、小規模なサブイベントが実施される。「サーキットインサイト(Circuit Insights)」と呼ぶ1日間の回路技術講座である。大学生および大学院生向けで、参加は無償であるものの、聴講できるのは招待された学生だけというイベントだ。招待される学生の人数は50名ほどと、多くはない。

2月17日に開催される学生向け講座「サーキットインサイト(Circuit Insights)」のスケジュールと講座タイトルおよび講演者の一覧。ISSCCの公式サイトから抜粋した

 18日にはプレイベントであるチュートリアル(技術講座)とフォーラム(トピックスに関する講演会)を実施する。チュートリアルは午前に6件、午後に4件の講座を予定する。フォーラムは22日のポストイベントを含めて6件を実施する。内訳は18日が2件(記号はF1とF2)、22日が4件(記号F3~F6)である。

2月18日の午前に実施されるチュートリアル(T1~T6)のタイトルと講演者の一覧。ISSCC実行委員会が北米および欧州の報道機関向けに開催したISSCC 2024説明会のスライドから
2月18日の午後に実施されるチュートリアル(T7~T10)のタイトルと講演者の一覧。ISSCC実行委員会が北米および欧州の報道機関向けに開催したISSCC 2024説明会のスライドから

 19~21日は前述の通り、技術講演会となる。技術講演会のトピックスは後述する。ここでは22日のポストイベントを紹介しよう。

 22日は4件のフォーラム(F3~F6)と、1件のショートコース(技術講座)を予定する。ショートコースは共通のテーマによる複数の講演で構成される。今年のショートコースのテーマは「マシンラーニングハードウェア」である。

フォーラム(F1~F6)のテーマ一覧とショートコース(SC)の共通テーマ。2023年11月にISSCC 2024開催概要の記者説明会で実行委員会が示したスライドから
ショートコース(SC)「マシンラーニングハードウェア」の時間割と講演一覧(2月22日木曜日に開催の予定)。ISSCC 2024のアドバンスプログラムから抜粋したもの

基調講演は半導体産業の将来、ムーアの法則、生成AI、イノベーションがテーマ

 ここからは技術講演会のトピックスをご紹介しよう。例年と同様に、技術講演会は月曜日午前のプレナリーセッション(基調講演セッション)で始まる。4件の招待講演を予定する。始めにTSMCのKevin Zhang氏が、半導体産業の将来を展望する。次にUniversity of TwenteのBram Nauta氏がムーアの法則とその先について述べる。それからNVIDIAのJonah Alben氏が生成AI技術を進化させるコンピューティング技術を展望する。最後にWalden InternationalのLip-Bu Tan氏が今後10年のイノベーションとベンチャー企業を支える投資について述べる。

プレナリー講演のタイトルと講演者の一覧。ISSCC 2024のアドバンスプログラムから抜粋したもの

AMDの「Zen 4c」とIntelの「Emerald Rapids」の回路技術

 ここからは、技術講演会のハイライトを紹介していこう。一般講演のセッションは、招待講演セッションを除くと31に達する。月曜午後から水曜午後まで、すべてのタイムスロットで5つの技術講演セッションが同時並行で進む。なお一部のセッションは、タイムスロットの半分を使うハーフセッションとなっており、1つのタイムスロットで2つの技術講演セッションが進行する。

 始めはプロセッサ分野の講演セッション(セッション2とセッション20)である。ここでは、サーバー向けプロセッサ、次世代移動体通信向けプロセッサ、マシンラーニング向けプロセッサの発表に注目したい。

 AMDは最新世代のx86-64 CPUコア「Zen 4」を改良した「Zen 4c」を開発した(講演番号2.2)。Zen 4と同じ5nmのFinFETプロセスでシリコン面積を最適化(性能を維持しながら面積を縮小)。目標ダイ面積は73平方mmである。3次キャッシュ面積を35%縮小するとともにCPUコア面積を25%縮小した。一方で単位面積当たりの演算性能を25%向上し、消費電力当たりの性能を9%高めた。パッケージに収容可能なCPUコア数は33%増加した。

 Intelは、第5世代のXeonプロセッサ「Emerald Rapids」の概要を発表する(同2.3)。製造プロセスは「Intel 7」。CPUコア数は最大64個である。300Mバイトと記憶容量が大きな3次共有キャッシュを搭載した。マルチチップパッケージを採用している。前世代のXeonプロセッサに比べて整数演算性能を18%、浮動小数点演算性能を24%高めた。

 MediaTekは、すべてのCPUコア(ARMv9.2コア)にアウトオブオーダー実行機能を搭載した5Gハイエンドスマートフォン用SoCを開発した(同2.1)。3種類のCPUコアを搭載したマルチコア(トライギア)構成である。新設計の1次キャッシュによってCPUの消費電力を4.6%低減した。DVFS(Dynamic Voltage and Frequency Scaling)などの消費電力削減技術を組み合わせることで、システムレベルの消費電力を22%減らした。製造技術は4nmプロセス、動作周波数は3.4GHzである。

プロセッサ分野の注目講演。ISSCC 2024のアドバンスプログラムとプレスキットから筆者がまとめた

第6世代移動体通信向けの高速低電力検出器

 National Taiwan Universityは、次世代移動体通信に向けたマルチユーザーMIMO方式のOTFS(直交時間周波数空間)検出器を試作した(講演番号2.6)。製造技術は40nm、シリコン面積は9.73平方mm。試作したダイの最大スループットは6.4Gbpsで既存のOFDM(直交周波数分割多重)検出器の3.3倍~18.3倍と高い。また正規化エネルギーはOFDM検出器の2.2分の1~30.1分の1と低い。

 MediaTekとTSMCは、4K解像度で30fpsおよび60fpsの動画像に対して雑音抑制などの推論を実施するモバイルデバイス向けニューラルエンジンコアを共同で開発した(同20.1)。コアは12bitのデジタルCIM(Computing in Memory)ベースである。製造技術は3nm、シリコン面積は1.37平方mmと小さい。電源電圧0.46Vのときに23.2TOPS/Wの最大性能、同1.0Vのときに12TOPS/平方mmの単位面積当たり最大性能を得た。

 ルネサス エレクトロニクス(以下ルネサス)は、最大性能130TOPS、消費電力当たりの最大性能が23.9TOPS/W(電源電圧0.8V)のAIアクセラレータ内蔵組み込みマイクロプロセッサを試作した(同20.3)。マルチタスクのリアルタイムロボット向け。プルーニングの調整によって性能を16倍速まで可変。従来の組み込みマイクロプロセッサと比べて17倍の演算性能と12倍の電力効率を実現したとする。

プロセッサ分野の注目講演(続き)。ISSCC 2024のアドバンスプログラムとプレスキットから筆者がまとめた

HBM3E準拠の超広帯域DRAMモジュールをSK hynixが開発

 DRAM分野では、DRAM大手のSK hynixとSamsung Electronics(以下Samsung)が競うように開発成果を披露する。

 グラフィックス向けのGDDR7準拠DRAMでは、Samsungが入出力ピン当たり37Gbps、SK hynixが同35.4Gbpsと極めて高い16Gbit DRAMを発表する(Samsungの講演番号は13.6、SK hynixの講演番号は13.1)。いずれもPAM(Pulse Amplitude Modulation)3方式の入出力によってデータ転送速度を従来の1.5倍に高めた。

 高速DRAMモジュールでは、SK hynixがHBM3E準拠の超広帯域DRAMモジュールを開発した(講演番号13.4)。データ転送速度は1,280GB/sに達する。DRAMモジュールの記憶容量は48Gバイトと大きい。16枚の専用DRAMシリコンダイをTSV接続で積層した。

 サーバー用DRAMでは、ピン当たりのデータ転送速度が8Gbpsと高いDDR5準拠32Gbit SDRAMをSamsungが発表する(同13.2)。第5世代10nmプロセス(1βnmプロセス)で製造した。

 モバイル用DRAMでは、ピン当たりのデータ転送速度が10.5Gbpsと高いLPDDR5T準拠16Gbit SDRAMをSK hynixが発表する(同13.8)。製造プロセスは1anm、電源電圧は1.05Vである。WCK補正、電圧オフセット補正入力、寄生容量低減などの要素技術を駆使した。

DRAM分野の注目講演。ISSCC 2024のアドバンスプログラムとプレスキットから筆者がまとめた

3D NANDでは28.5Gbit/平方mmの高密度チップと300MB/sの高速書き込みチップが登場

 NANDフラッシュメモリ分野では、SamsungとMicron Technology(以降はMicronと表記)からそれぞれ、次世代3D NANDフラッシュ技術の発表がある。

 Samsungは、記憶密度が28.5Gbit/平方mmと過去最高の3D NANDフラッシュメモリ技術を開発した(講演番号13.3)。ワード線の積層数を280層に高めるとともにQLC(4bit/セル)方式の多値記憶技術を導入した。試作したシリコンダイの記憶容量は1Tbit。入出力データの転送速度は3.2GB/sと高い。

 Micronは、書き込みスループットが300MB/sと高い1Tbitの3D NANDフラッシュメモリを試作した(同13.7)。ワード線の積層数は2YY層(250層を超えるとみられる)。メモリセルアレイを6枚のプレーンに分割して読み書きを高速化した。多値記憶はTLC(3bit/セル)方式である。

NANDフラッシュメモリ分野の注目講演。ISSCC 2024のアドバンスプログラムとプレスキットから筆者がまとめた

TSMCが埋め込みメモリの開発成果を相次いで発表

 大規模ロジックとの混載を想定した埋め込みメモリ技術でも、注目の発表が少なくない。まずはSRAMマクロである。TSMCは、3nmと微細なFinFETプロセスで1R(読み出し)1W(書き込み)疑似2ポートのSRAMマクロを開発した(講演番号15.3)。記憶密度は21.1Mbit/平方mm、動作周波数は4.3GHz(1.0V)と高い。折返しビット線構造とマルチバンクを採用している。

 続いて抵抗変化メモリ(ReRAM)では、TSMCが12nmのFinFETプロセスで32Mbitの抵抗変化メモリを試作した(同15.7)。書き換えサイクル寿命は1万サイクル、データ保持期間は10年(105℃)である。

 磁気メモリでは、TSMCが16nmプロセスで16MbitのSTT-MRAMを試作した結果を発表する(同15.9)。書き込み時間は20nsと短い。書き換えサイクル寿命は10の12乗サイクルに達する。

 ルネサスは、22nmプロセスで10.8MbitのSTT-MRAMマクロを試作した(同15.8)。ランダム読み出し周波数は200MHzを超える。書き込みスループットは10.4MB/sである。ハイエンドマイクロコントローラ(MCU)への埋め込みを想定し、0.31MbitのOTP(One Time Programmable)メモリを磁気トンネル接合(MTJ)で作り込んだ。

埋め込みメモリ分野の注目講演。ISSCC 2024のアドバンスプログラムとプレスキットから筆者がまとめた

 このほかにも興味深い研究開発成果が少なくない。詳しくは現地レポートで紹介するので、期待されたい。