福田昭のセミコン業界最前線
ISSCC 2024の発表論文数から見る、日の丸半導体復活への兆し
2024年2月19日 12:26
最先端半導体チップの研究開発成果が披露される国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」が今年(2024年)も、米国カリフォルニア州サンフランシスコで始まる。リアル開催の会場は前年と同じくサンフランシスコ中心部に位置する高級ホテル「Marriott Marquis」である。コロナ禍によって休止していたリアル開催が復活したのは昨年(2023年)から。オンラインで講演を聴講できるバーチャル開催は、前年に続いて今年も実施される。いわゆる「ハイブリッド開催」となる。
コロナ禍は収束を見せたものの、バーチャル開催は別の意味で重要になってきた。世界的な航空料金の高騰により、アジアや欧州などからの参加費用(学会参加費、宿泊費、交通費)が膨大な金額になりつつあるからだ。リアル参加とバーチャル参加で学会登録費用は変わらないものの、バーチャル参加で渡航費をほぼゼロにできるという利点は少なくない。
特に日本からのリアル参加では、大幅な円安が極端に悪い影響を及ぼしている。日系フルサービス航空会社の料金は全体でコロナ禍前の2倍を超えており、特にサーチャージの高騰が厳しい。ホテルの宿泊料金はドルベースではコロナ禍前よりも下がっているものの、円ベースに換算するとコロナ禍前と同等以上であり、日本からの参加者にとってはサンフランシスコのホテル代は以前と変わらず安くない。筆者も前年のISSCCは、予算不足によってバーチャル参加となった。2年連続のリアル不参加を回避すべく、今年は渡航費用の削減に務めることでリアル参加を実現できた。
「ISSCC」は半導体回路技術に関する世界最大規模かつ世界最高水準の国際学会として、半導体業界では良く知られている。毎年2月に、200件を超える半導体チップの研究開発成果が公表される。プロセッサ、メモリ、機械学習、無線通信、有線通信、高周波、イメージセンサー、セキュリティなどの半導体チップとその回路技術が新たに発表される。参加登録者は約3,000名に達すると見込まれる。
日本の採択論文数は強い減少から弱い増加へ
ISSCCの開催概要と注目講演は、本コラムで今年の1月18日にご紹介した。本稿では日本の採択論文(筆頭著者の所属が日本の組織である論文)を簡単にご紹介する。
ISSCCの採択論文数を国/地域別に見ていくと、ここ10年ほどは中国と韓国が増加し、米国と日本が減少してきた。2015年の上位3カ国・地域は米国、韓国、日本の順番だった。2024年の上位3カ国・地域は中国、米国、韓国となり、中国の台頭が著しい。
日本の採択論文数は2015年の25件から2022年の7件までは、強い減少傾向がほぼ続いていた。2023年は10件、2024年は11件で、ここ2年は漸増傾向が見える。2024年の機関別内訳は、企業が6件、大学が4件、研究機関が1件である。
ルネサスと東工大がそれぞれ2件の発表を予定
ISSCC 2024で発表を予定する日本の機関は9つ。11件の中ではルネサス エレクトロニクスと東京工業大学がそれぞれ2件の発表を予定する。そのほかの7つの機関は、産業技術総合研究所、信州大学、TSMCデザインテクノロジージャパン、マイクロンテクノロジー、NTT、村田製作所、慶應義塾大学である。
技術分野別では、メモリ技術の発表が4件と多い。ルネサス、TSMCジャパン、マイクロン、慶応大が発表を予定する。次いで高周波(RF)回路技術、次世代技術(テクノロジーディレクション)が2件と続く。RF技術では東工大と村田製作所、次世代技術では信州大学とNTTが発表を予定する。そのほかはアナログ技術で産総研、プロセッサ技術(ディジタルアーキテクチャ)でルネサス、無線通信技術で東工大が採択論文に選ばれた。
始めはメモリ技術に関するルネサス、TSMCジャパン、マイクロンの発表を簡単に紹介しよう。ルネサスは22nmプロセスで10.8MbitのSTT-MRAMマクロを試作した結果を発表する(講演番号15.8)。ランダム読み出し周波数は200MHzを超える。書き込みスループットは10.4MB/sとかなり高い。
TSMCジャパンは、3nmと微細なFinFETプロセスで1R(読み出し)1W(書き込み)疑似デュアルポートSRAMマクロを開発した(同15.3)。記憶密度は21.1Mbit/平方mm、動作周波数は4.3GHz(1.0V)と高い。マイクロンは書き込みスループットが300MB/sと高い1Tbitの3D NANDフラッシュメモリを試作した(同13.7)。ワード線の積層数は2YY層(250層を超えるとみられる)。メモリセルアレイを6枚のプレーンに分割して読み書きを高速化した。多値記憶はTLC(3bit/セル)方式である。なおマイクロンの発表は、日本、米国、イタリア、インドの開発チームによる共同発表となっている。
65nmプロセスで250GHz前後のミリ波送信回路を試作
続いてプロセッサ技術、アナログ技術、無線通信技術の発表概要を説明する。ルネサスは最大性能130TOPS、消費電力当たりの最大性能が23.9TOPS/W(電源電圧0.8V)のAIアクセラレータ内蔵組み込みマイクロプロセッサを試作した(講演番号20.3)。従来の組み込みマイクロプロセッサと比べて17倍の演算性能と12倍の電力効率を実現したとする。
産総研は、磁気インピーダンス素子によるデルタシグマ方式磁気センサーの研究成果を報告する(同3.5)。バックグラウンドで利得較正を実行するとともに、相関二重サンプリングによって利得の誤差を低減した。東工大は、236~266GHzのミリ波を出力する位相同期型送信回路を65nm CMOSプロセスで試作した(同24.3)。4チャンネル増幅器を最終段に配置する。
土壌中で分解される材料を使った回路とバッテリ
ここからは高周波技術と次世代技術の発表概要を紹介しよう。村田製作所は5G移動体通信端末向けのドハティ電力増幅器を開発した(講演番号32.3)。デュアル適応バイアス技術で負荷変動の耐性を強化している。東工大はフラクショナルスパーが-62.1dBcと小さく、ジッターが143.7fsと短い7GHzのディジタルPLL回路を試作した(同10.3)。NTTは環境に優しい、廃棄可能な回路と廃棄可能なバッテリシステムを発表する(同17.4)。土壌中で分解される材料を利用した。
このほか慶応大はCNNおよびトランスフォーマの統合アクセラレータに向けたコンピューティングインメモリ(CIM)回路を報告する(同34.5)。消費電力当たりの性能は818~4,094TOPS/Wと高い。信州大学は5.8GHzの無線電力を64.4%の効率で変換する受信回路を発表する(同12.6)。GaAs HEMTの整流回路と45.2μsの最大電力点追従(MPPT)機能を搭載した。
ISSCCの発表件数は、最先端チップの研究開発力の目安でもある。日本の発表論文件数は長く減少傾向にあったが、2022年を底に2年連続で増加したことで復活の兆しが見えてきた。さらなる発展を期待したい。