福田昭のセミコン業界最前線

前年とほぼ同じ時空間に30件を超える講演を追加したISSCCの「高密度実装技術」

ISSCC 2024の技術講演会は開会挨拶と基調講演(プレナリー講演)で始まった。写真は開会10分前に筆者が撮影した会場の様子

 最先端半導体チップの研究開発成果が披露される国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」のメインイベントである、技術講演会(テクニカルカンファレンス)が2024年2月19日(米国時間)に米国サンフランシスコで始まった。ISSCCの概要や今年のハイライト、日本からの発表などは予告レポートと前日レポートでご報告済みだ。本稿では、開催地であるサンフランシスコを訪れてISSCCに参加したことによる追加情報をお届けしたい。

 技術講演会初日は、恒例の開会挨拶から始まった。全体議長やプログラム担当議長などが、ISSCCの歴史から始まり、2024年の参加登録者(有償参加者)数とその内訳、採択論文数とその内訳などを説明した。

 まずはISSCCの略史である。ISSCCは1954年に始まり、2024年で71年目を迎えた。第1回(1954年2月)の開催地はフィラデルフィア州のペンシルバニア大学である。参加者は601名で、初回にも関わらず、数多くの参加があったことがうかがえる。半導体の黎明期には研究開発の中心地は東海岸だった。東海岸のペンシルバニア(続いてニューヨークでも開催されるようになる)が発祥の地になったのは理解しやすい。

 参加料金は4ドルである。ドルの価値が年代によってどのくらい変化したかを計算してくれるサイト「The Inflation Calculator」で調べると、1954年の4ドルは2023年の約46ドルに相当する。現在の参加料金は1,000ドル近いので、1954年当時の料金はかなり安かったと言える。といっても会場が大学であったり、論文集を発行しなかったりと開催経費も低かったことが伺える。

 初回のISSCCには論文集がなく、アブストラクト(要約)を載せたブックレットが参加者に配布された。論文集(テクニカルダイジェスト)の配布が始まったのは1956年からだ。

 1960年代から1970年代にかけ、米国西海岸でも半導体の研究開発がベンチャー主導で急激に活発化する。1978年にISSCCはサンフランシスコとニューヨークの隔年開催となる。1990年からは、ニューヨーク開催は取りやめになり、サンフランシスコ開催に集約される。

 1990年代になると別料金のサブイベントが設けられるようになる。ショートコース(1993年開始)とチュートリアル(1995年開始)である。ISSCCの収入を増やす手段として大いに役立ち、フォーラム(2004年開始)を加えて現在に至るも継続されている。

 1990年代は情報記憶媒体が紙から電子媒体(磁気ディスクや光ディスクなど)へ移行しつある時代でもある。1996年には論文集(テクニカルダイジェスト)と講演スライド(スライドサプリメント)をCD-ROMで配布するようになった(当初は紙の論文集も希望者には配布された)。

ISSCCの略史。開会挨拶で示されたスライドから

 2001年にはフィルムスライドによる講演発表から、電子プロジェクタへと発表形式が移行した。講演スライドは大幅に明るくて見やすくなり、また発表者にとって発表用資料(スライド)を作成する負担が大きく減少した。

 2011年にはテーブルトップ形式の展示セッション(デモセッション)が始まった。発表者らのチームが簡単なセットを組んで参加者に研究成果をアピールする場である。これも好評で、現在も続けられている。

 2013年にはスマートフォン用アプリが導入される。手元でスケジュールを管理したり、論文(PDF形式)を閲覧したりできるようになった。

 2019年~2022年に発生したコロナ禍によって2021年と2022年のISSCCはリアル開催がなくなり、フルバーチャル開催となってしまった。一方、オンラインで講演発表と質疑応答を実施し、参加者は講演をリアルタイムあるいは録画で視聴し、質問を投稿するという「バーチャル開催」のプラットフォームが大活躍した。

 論文集や講演スライドをプラットフォームからダウンロードするという入手方法はそれまでもいくつかの国際学会では採用が進んでいた。それがコロナ禍によってISSCCを含めて一気に普及した。

 2023年にはリアル開催が復活し、サンフランシスコの以前と同じ会場で実施された。インターネット経由で講演を後から視聴できるバーチャル開催を併用した、「ハイブリッド開催」となった。

2024年の有償参加者は2,806名でほぼ前年並、学生参加が増える

 続いて2005年から2024年までの有償参加者数の推移を議長は示した。全体の参加者数は2,806名でほぼ前年並(19日時点の参加者数なので、今後はわずかに増えると見られる)。ここ3年の傾向としてはレギュラー参加(社会人参加)が減少し、学生参加が増加している。参加登録者(有償参加者)の87%は、主催団体であるIEEE(米国電気電子技術者協会)で示されたスライドから)の会員でもある。

有償参加者数の推移(2005年~2024年)。折れ線は全体数、黄色い棒グラフはレギュラー参加者(社会人の参加者)、青い棒グラフは学生の参加者。チェアによる開会挨拶で示されたスライドから

 地域別では米州の参加者が54%と最大を占める。アジア(日本を含む)は36%、欧州は10%である。リアル参加とバーチャル参加ではリアル参加が全体の91%と圧倒的に多い。バーチャル参加は9%にとどまる。

有償参加者数(2024年)の内訳。議長による開会挨拶で示されたスライドから

前年の1.4倍という過去最多の投稿論文数がもたらしたもの

 本誌ですでに報じたように、今年のISSCCは前年の1.4倍という想定外の投稿論文が押し寄せた。会場と会期はほぼ変更できないので、採択論文は1.18倍にとどまった。

投稿論文件数と採択論文件数の推移(2015年~2024年)。2024年は投稿件数と採択件数ともに8件の招待論文が上乗せされていることに留意されたい。議長による開会挨拶で示されたスライドから

 採択件数を地域別に見ると、極東(アジア)が147件で比率は61%と最大を占める。米州は64件、27%、欧州は30件、12%である。

 発表組織の形態別にみると大学が144件で半分を超え、60%となっている。企業は57件で24%と、およそ4分の1を占める。このほかは共同発表である。複数の企業による共同発表が29件(12%)、研究機関と研究機関(あるいは大学)との共同発表が11件(4%)で、共同発表全体では16%を占める。

採択論文件数の内訳(地域別と組織形態別)。左表は地域別の件数と比率、右表は組織形態別の件数と比率。議長による開会挨拶で示されたスライドから

発表時間の短縮によってタイムスロット当たりに収容する講演数を増やす

 すでに述べたように、今年の採択論文は前回比1.18倍の233件である。さらに8件の招待論文が加わる。241件の講演を実質、5つのタイムスロットに組み込まなければならない。5つのタイムスロットとは、月曜の午後、火曜の午前と午後、水曜の午前と午後である。単純計算ではタイムスロット当たりの件数は241/5で48件強(48.2件)となる。

 過去5年のISSCC(2018年から023年)で採択件数は195件~202件だった。200件と仮定するとタイムスロット当たりの件数は40件となる。40件がISSCCの標準値であることが分かる。なお実際には招待講演セッション(講演件数は開催年によって変動)があるものの、単純化するために標準値にはカウントしない。あらかじめご了承されたい。

 2024年の発表会場は5つなので、最大で5件の発表を同時並行で進行できる。これも単純計算すると1つのタイムスロットで1つの会場が扱う発表は9.64件。実際には9件から10件ということになる。2023年以前は8件の発表を扱っていたので、ほぼ同じ時間内に2件を追加する見当になる。仮に30分の講演を10件進めると、休憩時間なしでも所要時間は300分、5時間に達する。午前8時に技術講演セッションを始めたとして、予定通りに進むと終了時刻は午後1時になってしまう。午後のセッションも、午後2時に始めると終了は午後7時とかなり遅い。これでは夕方からのサブイベント開催に支障をきたす。実際には休憩時間(20分~30分)が入るので、終了時刻はさらに伸びる。

 そこで2024年は、講演時間を短縮することにした。2023年以前は30分のレギュラー講演と15分のショート講演があり、1つのセッションで1件~2件のショート講演が入っていた。これを2024年はまず、レギュラー講演の持ち時間を25分に短縮した。さらにセッション休憩前の講演とセッション最後の講演を15分のショート講演とした。

 こうするとレギュラー7件、ショート3件、休憩20分の設定でレギュラー講演が2時間55分、ショート講演が45分、休憩時間が20分となり10件合計の所要時間は4時間に短縮される。午前8時に始まると12時ちょうどに終了する。実際、セッションによっては9件あるいは11件を進行させるプログラムになっており、ショート講演の本数(2件~4件)や休憩時間(25分あるいは20分)などを調整して4時間前後に収容した。午前は8時開始、午後は1時30分開始であり、開始時間はすべてのセッションで一致させた。

増加した講演件数をスケジュールの調整によって収容する「高密度実装」の方法。議長による開会挨拶で示されたスライドから

参加登録者はすべてオンラインプラットフォームを利用

 ISSCCはコロナ禍でバーチャル開催となってから、オンラインのプラットフォームを活用してきた。このプラットフォームはハードウェアに依存しないので、PC、スマートフォン、メディアタブレットでほぼ同じ機能を参加登録者は利用できる。具体的には参加登録内容の確認と変更、プログラムの閲覧と検索、スケジュール管理(聴講予定講演などの記入と保存)、論文(PDF)と講演スライド(PDF)のダウンロード、講演録画ビデオの視聴などである。

ISSCCのオンラインプラットフォーム画面例。参加登録者だけが入れる。チェアによる開会挨拶で示されたスライドから

 ソーシャル・ネットワーキング・サービスの活用も、最近の国際学会では当然のこととなりつつある。ISSCCはLinkedInとInstagramのアカウントを所有しており、フォローすれば誰でも関連情報を入手できる。

ISSCCがアカウントを所有しているSNSの例。左がLinkedIn、右がInstagram)。議長による開会挨拶で示されたスライドから

営利企業が出展する初めての展示会を開催

 数多くある国際学会では、スポンサーシップを収入の手段として活用しているところが少なくない。具体的にはネームバッジの紐に企業のロゴを入れる、学会のロゴ入りトートバッグの提供(バッグの中にスポンサー企業の広告チラシを入れる)、コンチネンタルブレックファストの提供、休憩時間のコーヒーと紅茶、お菓子の提供、1日がかりのサブイベント(ショートコースなど)ではブレックファストとランチの提供、などがある。開会挨拶でスポンサー企業のロゴ一覧を提示する学会もある。

 ISSCCはスポンサーシップをあまり活用していないように見える。企業との距離を置いている。そのこと自体は、学会が中立な立場であることや非営利事業であることを考慮すると、理想的な姿勢だと言える。

 そのISSCCも今年(2024年)からついに、展示会を設けることにした。19日月曜日の夕方と20日火曜日の午前および夕方にオープンする。技術講演会の発表内容をテーブルトップ形式で実演するデモンストレーションセッション(デモセッション)のすぐ近くが、展示会の会場となった。月曜日の夕方に実際に見て回った限りでは小さなブースが不規則に並んでおり、あまり展示会らしくはないように感じた。

展示会の出展企業一覧(ロゴマーク)。チェアによる開会挨拶で示されたスライドから
展示会の会場風景。会場入り口を左に曲がったところから見える風景である。2月19日午後4時過ぎ(現地時間)に筆者が撮影
展示会の会場風景。先ほどの廊下をまっすぐに進み、右へ曲がると展示会とデモセッションの境界と思われる領域に達する。そこから展示会のブースを見た風景。2月19日午後4時過ぎ(現地時間)に筆者が撮影
デモンストレーションセッション(デモセッション)の風景。月曜日と火曜日では発表機関が変わる。2月19日午後4時過ぎ(現地時間)に筆者が撮影した。デモセッションの開始は午後5時なので、まだ閑散としている

 国際学会では高級ホテルの宴会場や会議棟などを会場とすることが多い。参加者の利便性を考慮した選択なのだが、経費は上昇する。それでも「アカデミックプライス」という常識を備えたホテルでは、一般企業に比べると割安で会場を提供していることが多い。会場ホテルの宿泊料金も学会参加者には部屋数限定ながら割安な価格が提供されている(それでも安くはないが)。

 国際学会の収支は常に頭の痛い問題だ。収入の柱は参加登録料金であり、それも社会人が登録した数で決まる(学生は割安料金なので収支を悪化させる)。かといって参加者があまりに多すぎてどの会議室も立ち見で溢れてしまうと、大きな会議室を借りたり、会議室の数を増やしたりすることで対応せざるを得ない。すると経費が増加し、収容人数を拡張した年に参加者が減ると悲惨なことになる。

 気がかりなのは、ハイブリッド開催におけるバーチャル参加者の少なさだ。昨年(2023年)12月に開催されたデバイス・プロセスの国際会議IEDMでは、リアル開催初日の時点で参加登録者の91%がリアル参加で、バーチャル参加は9%にとどまった。奇しくもISSCCも、リアル開催初日の時点でリアル参加が91%、バーチャル参加が9%とまったく同じ割合となっている。ハイブリッド開催を休止しても参加人数が10%減で済むのであれば、経費削減のためにハイブリッド開催をやめてしまうという選択肢もあり得る。

 もっともリアル参加者にとってもオンデマンドで講演録画を視聴できるのはありがたい。複数の講演が同時進行する規模の国際学会では見逃しが発生するからだ。コロナ禍前は見逃していた講演を、今では後からオンデマンドで視聴できる。閉会後もオンデマンドで講演を視聴できる機能は、国際学会では標準装備になりつつある。たぶん、一部のごく小規模な学会を除くと、リアルオンリーには戻れないだろう。ハイブリッド開催を前提に、ISSCCを始めとする半導体の国際学会が発展していくことを期待したい。