福田昭のセミコン業界最前線
Intel、IBM、AMDが次世代プロセッサの技術概要をISSCC 2022で披露
2022年2月3日 06:22
半導体集積回路の最先端技術が披露される国際学会「ISSCC(International Solid-State Circuits Conference)」が、今年(2022年)も近づいてきた。昨年11月にオンライン形式の記者会見で開催概要の説明があり、その後には公式Webサイトで詳しいプログラムがPDF形式でダウンロード可能になった。
当初、今年のISSCC 2022は2月20日~24日にハイブリッド開催(リアルとバーチャルの併催)を予定していた。しかしCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の変異株(オミクロン株)が感染者数を急増させたことから、開催地である米国への海外からの参加が難しくなった。このため急きょ現地開催を取りやめフルバーチャルの開催に切り換えた。この結果、ISSCCは2年連続のバーチャル開催となった。開催期間は2月19日~26日に変更された。
ISSCC(「アイエスエスシーシー」と読むことが多い)は、最先端の半導体回路技術に関する世界最大の国際学会として半導体業界では良く知られている。学会の講演会場では、約200件に達する次世代半導体チップの開発成果が披露される。
具体的には、プロセッサ、メモリ、無線通信、有線通信、高周波、デジタル信号処理、イメージセンサーなどが登場する。参加登録者は約3,000名に達する。
国際学会の発表論文は通常、以下のような手続きで決まる。
まず、発表の希望者が研究成果をまとめた短い論文(「投稿論文」あるいは「アブストラクト(要約)」)を、学会の事務局に送付する。学会の論文選考委員会では複数の選考委員(ベテランの研究者)が投稿論文に評価点を付け、評価点の高い投稿論文が学会で講演発表の機会を得る。そして本論文(採択論文)が学会の論文集に収容される。なお投稿論文が本論文と同じ形式で、本論文の提出が省かれている学会もある。
ISSCCは半導体回路技術の国際学会としては最も格式が高い学会として知られる。国際学会の格式を決める要因の1つに、採択率(採択論文数/投稿論文数)がある。
採択率が50%以下の学会は、一般的にかなり格式が高いとされる。ISSCCの採択率は近年33%前後で推移しており、採択率がかなり低い。採択されること自体が、研究開発成果が一定の評価を得たことを意味する。
もちろん学会の格式は採択率だけでは決まらない。代々の関係者による長年の努力と工夫が、半導体回路の研究開発コミュニティでは最も格式の高い学会としての地位を維持してきた。2022年のISSCCに向けた投稿論文数は651件、採択論文数は200件。採択率は30.7%である。
オンデマンドを2月11日、ライブを2月20日に開始
昨年と同様に、今年のISSCCも先行公開のビデオ講演(オンデマンド)から始まり、リアルタイムイベント(ライブ)で質疑応答やパネル討論などを実施する。メインイベントの技術講演会(テクニカルカンファレンス)はオンデマンドによるビデオ配信が2月18日(米国時間、以下同じ)に始まる。ライブは2月21日~24日に分けて実施する。
サブイベントのチュートリアル(技術講座)はオンデマンド配信が2月11日に始まる。ライブは2月20日を予定する。ショートコース(共通テーマによる複数の技術講座)はオンデマンド配信が2月18日に始まり、ライブを26日に実施する。フォーラム(共通テーマによる複数の招待講演)はオンデマンド配信が2月18日に始まり、ライブを25日と26日に予定する。
基調講演では設計自動化、知的センサー、スケーリングなどの将来を展望
メインイベントの始まりを告げる恒例のプレナリー講演(基調講演)は、ライブの講演開始と同時にオンデマンドの配信が始まる。開始時刻は米国太平洋時間で2月21日午後5時、日本時間で22日午前0時になる。プレナリー講演はすべて招待講演であり、最近注目の話題や半導体技術の動向などを扱うことが多い。
今年は2月21日に2件、22日に2件のプレナリー講演を予定する。21日はまず、半導体設計ツールの大手ベンダーであるSynopsysのAart de Geus氏が次世代の設計自動化技術について講演する。次に半導体大手ベンダーであるSTMicroelectronicsのMarco Cassis氏が、将来の知的なセンサー技術を展望する。
22日は始めに、半導体大手ベンダーであるSamsung ElectronicsのInyup Kang氏がコンピュータの性能向上を継続させるスケーリング技術の動向を述べる。続いてプロセッサ開発企業であるAmpere ComputingのRenée James氏が高性能半導体の産業と技術を展望する。
Intelが暗号通貨マイニング用の低消費電力ASICを発表
ここからは、技術講演会のハイライト(注目講演)を紹介していこう。初めは、電子業界や半導体業界などで話題となっている半導体チップや半導体技術などの概要を招待講演で述べてもらう「Invited Industry Track」または「Highlighted Chip Releases」と呼ぶセッションに注目したい。2020年のISSCCから設けられたセッションである。
今年はセッション21の「Machine Learning and Digital Processing」で4件、セッション26の「Systems and Quantum Computing」で4件の招待講演を予定する。
セッション21ではまず、人工知能(AI)ハードウェアのベンチャー企業であるSambaNova Systemsがマシンラーニングを高速実行する再構成可能なデータフローユニット(RDU : Reconfigurable Dataflow Unit)「SN10」の概要を述べる(講演番号21.1)。SN10は、1兆個の膨大なパラメータを有する自然言語処理モデルの学習を実行できる。7nmの製造技術によって400億個のトランジスタを集積した。
続いて富士通が、LINPACK性能で442.01PFLOPS(ペタフロップス)という世界最高性能のスーパーコンピュータ「富岳」に向けて開発した高性能CPU「A64FX」の概要を説明する(講演番号21.2)。52個のプロセッサコア(48個の演算コアと4個のアシスタントコア)を内蔵した。製造技術は7nmである。
それからIntelが、暗号通貨「Bitcoin(ビットコイン)」のマイニング用ASIC「Bonanza Mine」を発表する(講演番号21.3)。テラハッシュ当たりの消費エネルギーは55J(ジュール)と少ない。最小電源電圧を355mVに下げて電力効率を高めた。1,370億ハッシュ/秒の演算能力を備えており、消費電力は2.5Wと低い(動作周波数は1.6GHz)。製造技術は7nm、シリコンダイ面積は14.16平方mmである。
最後はAIハードウェアのベンチャー企業であるTenstorrentが、ニューラルネットワークの学習用プロセッサ「Wormhole」について述べる(講演番号21.4)。12nmのCMOS技術で製造した771平方mmの巨大なシリコンダイである。処理性能は430TOPS。
GoogleとIBMがそれぞれ開発中の量子コンピューティング技術を報告
セッション26では初めに、Googleの量子コンピューティング研究センターであるGoogle Quantum AIが開発中の量子コンピュータ用超伝導プロセッサ「Sycamore(シカモア)」を説明する(講演番号26.1)。続いてIBMが超伝導量子コンピュータの設計手法を解説する(講演番号26.2)。
それからMeta(旧Facebook)の拡張/仮想現実研究拠点であるMeta(旧Facebook)Reality Labsが拡張現実(AR : Augmented Reality)に適したイメージセンサー技術を論じる(講演番号26.3)。
最後にAMDが、Zen3アーキテクチャのマイクロプロセッサが採用したキャッシュメモリの3次元積層技術「3D V-Cache」を報告する(講演番号26.4)。ハイブリッド接合によって3次キャッシュのシリコンダイを積層し、記憶容量を大幅に拡張する技術である。
Intel、IBM、AMDが合計で5件の高性能プロセッサ技術を講演
ここからは一般論文(採択論文)の講演ハイライトを紹介しよう。今年はプロセッサ分野に、注目すべき講演が多い。Intel、IBM、AMDが最先端の高性能プロセッサ技術を報告する。さらに、MediaTekとSamsung Electronicsがモバイル向けのSoCを公表する。
Intelは、高性能コンピューティング向けGPUアーキテクチャ(Xe-HPC)の次世代データセンター向け高性能プロセッサ「Ponte Vecchio(ポンテベッキオ)」の技術概要を発表する(講演番号2.1)。5種類の製造技術世代による47個のタイル(ミニダイ)を1個のパッケージに収容した。最先端のタイル(16枚)は5nm技術で製造する。パッケージに収容したトランジスタの数は1,000億個に達する。
Intelは続いて、次世代XeonアーキテクチャのCPUコアを内蔵した次世代データセンター向け高性能プロセッサ「Sapphire Rapids(サファイアラピッズ)」の技術概要を報告する(講演番号2.2)。2✕2のダイアレイを密接に結合した。ダイ間のデータ転送速度は10TB/sと高い。製造技術は7nmである。
IBMは、メインフレーム「Z」およびLinuxサーバー「LinuxONE」に向けた高性能プロセッサ「Telum(テルム)」の技術概要を発表する(講演番号2.3)。最大動作周波数が5GHzと高い8個のCPUコアを内蔵する。CPUコアごとに32MBの2次キャッシュを用意した。1個のパッケージに2個のシリコンダイを収容する。製造技術は7nmである。
IBMは続いて、POWERアーキテクチャのサーバー向け高性能プロセッサ「POWER10」の技術概要を報告する(講演番号2.4)。8スレッドの同期マルチスレッディング(SMT)に対応した16個のCPUコアを内蔵した。製造技術は7nmである。
AMDは、7nmの製造技術で実現する第2世代のx86アーキテクチャ64bitマイクロプロセッサ「Zen3」の技術概要を述べる(講演番号2.7)。第1世代の「Zen2」と比べてクロック当たりの命令処理性能は19%向上し、動作周波数は6%高まり、電力効率は20%向上した。
MediaTekは、ARMv9アーキテクチャのCPUコアを内蔵する5G対応スマートフォン向けSoCの開発成果を報告する(講演番号2.5)。最大動作周波数は3.4GHz。高性能コア、中速中消費コア、低消費コアの3種類のCPUコアを備える。製造技術は5nmである。
Samsung Electronicsは、生体認証機能を備えたスマートカード向けのSoCを発表する(講演番号33.1)。CNN(畳み込みニューラルネットワーク)による成りすまし検出機能を備える。成りすまし検出を併用したときに指紋認証の所要時間は1014.7ms。磁界に対する耐性は最小で1.05A/m。製造技術は45nmである。
超高速DRAMの開発成果が相次ぐ
メモリ分野でも注目すべき開発成果が相次いで発表される。始めはDRAMの注目講演を紹介しよう。
SK hynixが、超広帯域DRAMモジュール規格「HBM3」に準拠した192GbitのDRAMモジュールを報告する(講演番号28.1)。データ転送速度は896GB/sと高い。12枚のDRAMシリコンダイをシリコン貫通ビア(TSV)電極によって接続した。TSVによるスキューを自動的に較正する機能を搭載している。グローバル入出力線のレイアウトはマシンラーニングによって最適化した。
Samsung Electronicsは、高速グラフィックスメモリ規格「GDDR6」に準拠した16GbitグラフィックスDRAMを発表する(講演番号28.2)。入出力ピン当たりのデータ転送速度は27Gbit/秒と極めて高い。Tコイルをモノリシック集積することで入出力回路の動作周波数を向上させた。
Samsung Electronicsは続いて、低消費電力メモリ規格「LPDDR5X」に準拠した16Gbit低消費電力DRAMを報告する(講演番号28.3)。入出力ピン当たりのデータ転送速度は9.5Gbit/sと高い。動的に電源電圧と動作周波数をスケーリングする機能と、読み出しセンスアンプを較正する機能によって消費電力を低減した。製造技術は第4世代の10nm級技術(1αnm技術とみられる)である。
3D NANDフラッシュのメモリセル積層数がついに200層を突破
次は3D NANDフラッシュメモリの注目講演である。
Western Digitalとキオクシアの共同開発チームは、記憶密度が15Gbit/平方mmと高い3D NANDフラッシュメモリの開発成果を発表する(講演番号7.1)。半導体メモリとしては過去最高の記憶密度を達成した。ワード線の積層数は162層、シリコンダイの記憶容量は1Tbit、多値記憶は4bit/セル(QLC方式)である。シリコンダイ面積は68平方mmとかなり小さい。
続いてMicron Technologyが、176層のワード線積層と4bit/セル(QLC方式)の多値記憶による記憶容量が1Tbitの3D NANDフラッシュメモリ技術を公表する(講演番号7.2)。すでにMicronがプレスリリースや特設Webサイトなどによって開発を発表してきたフラッシュメモリである。技術内容を明らかにするのはたぶん、今回のISSCCが初めてだ。
それからSK hynixが、記憶密度が14.8Gbit/平方mmと高い3D NANDフラッシュメモリを発表する(講演番号7.3)。ワード線の積層数は176層、記憶容量は1Tbit、多値記憶は4bit/セル(QLC方式)である。
Samsung Electronicsは、ワード線の積層数が220層を超える第8世代の3D NANDフラッシュメモリ技術を報告する(講演番号7.4)。シリコンダイの記憶容量は1Tbit、多値記憶は3bit/セル(TLC方式)である。記憶密度は11.55Gbit/平方mmで、TLC方式としては過去最高となる。
メインイベントの技術講演会は上記のほかにも、興味深い発表が少なくない。詳しくはライブ後のレポートで改めてご報告したいので、ご期待されたい。