福田昭のセミコン業界最前線
「酸化ガリウム」からはじまる日本の半導体産業“大復活”
2019年11月26日 06:00
次世代の半導体「酸化ガリウム(Ga2O3)」が、急激に脚光を浴びはじめた。パワーデバイスの分野では、シリコン(Si)の限界を超える半導体材料の有力候補となりつつある。
本コラムの前回(パワーデバイスで健闘する日本の半導体企業)で説明したようにパワーデバイスの世界では、日本企業が世界市場で健闘している。そしてシリコンの性能限界を超えるデバイスとして、「ワイドギャップ半導体(エネルギーバンドギャップがシリコンよりも広い半導体)」を使ったパワーデバイスの実用化が進んでいる。ワイドギャップ半導体の代表は、炭化ケイ素(シリコンカーバイド : SiC)と窒化ガリウム(GaN)である。前者は高耐圧のパワー半導体、後者は高周波のパワー半導体がすでに製品化されている。
酸化ガリウムは、炭化ケイ素と窒化ガリウムに続く「第3のパワーデバイス用ワイドギャップ半導体」として知られる。元々はパワーデバイスではなく、LED(発光ダイオード)基板や深紫外線受光素子などへの用途を想定して研究されてきた。これらの用途に向けた研究の規模はささやかなもので、決してブームと呼べるようなものではなかった。それがパワー半導体への応用を目指した研究が2010年~2011年にはじまってからわずか10年ほどで、世界中を巻き込んだ研究ブームが立ち上がりつつある。
2010年に日本ではじまった酸化ガリウムパワーデバイスの研究開発
酸化ガリウムが注目を集めている理由はおもに3つ。1つは、デバイスや基板などの研究開発で日本が圧倒的に先行していること。もう1つは、パワーデバイスとしての理論的な性能がシリコンよりも圧倒的に高く、炭化ケイ素と窒化ガリウムをも超えること。最後は、製造コストをシリコンのパワーデバイスに近い水準まで、下げられる可能性があることだ。
興味深いのは、酸化ガリウムのパワーデバイス応用を考案して研究開発をはじめたのが、既存の大手・中堅パワー半導体企業ではないことだ。すなわち三菱電機や富士電機、日立パワーデバイス、東芝デバイス&ストレージ、ローム、サンケン電気、新電元工業などではない。
パワーデバイス向け酸化ガリウムの研究開発は、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT : National Institute of Information and Communications Technology)の東脇正高(ひがしわき まさたか)氏と京都大学の藤田静雄(ふじた しずお)教授、タムラ製作所の倉又朗人(くらまた あきと)氏の3名からはじまったと見られる。
NICTの東脇氏は2010年3月に米国の大学への転籍出向を終えて帰国し、次の研究テーマとして酸化ガリウムのパワーデバイスを構想していた。京都大学の藤田教授は2008年に酸化ガリウムの深紫外線検出やショットキー接合形成、サファイア基板でのエピタキシャル成長などの研究成果を発表した後、独自開発の薄膜製造技術(ミストCVD法)を利用したパワーデバイスの開発に取り組もうとしていた。倉又氏はタムラ製作所でLED用の酸化ガリウム単結晶基板を開発しており、パワーデバイスへの応用を考えていた。
これらの三者が互いにコンタクトしたことが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による2011年度の研究開発委託事業「省エネルギー革新技術開発事業 挑戦研究(事前研究一体型)/超高耐圧酸化ガリウムパワーデバイスの研究開発」の受託に結びつく。受託したのはNICTや京都大学、タムラ製作所などである。ここから、パワーデバイスの本格的な研究開発がスタートしたと言えよう。
その後、NICTとタムラ製作所からはベンチャー企業「ノベルクリスタルテクノロジー」が、京都大学からはベンチャー企業「FLOSFIA(フロスフィア)」が誕生した。現在では両社が日本における酸化ガリウムパワーデバイス開発の中核企業となっている。
理論的な損失はシリコンの3,000分の1、炭化ケイ素の6分の1、窒化ガリウムの3分の1
次に、酸化ガリウムの理論的な性能、すなわち将来への期待について説明しよう。パワーデバイスの理論的な性能を定量的に評価する指数(性能指数)を比較すると、酸化ガリウムはシリコンの3,000倍、炭化ケイ素の6倍、窒化ガリウムの3倍と高い。これは、パワーデバイスの理論的な性能整数として最近ではひんぱんに使われている「バリガの性能指数((Baliga’s FOM(Figure of Merits))」で評価した値である。
バリガの性能指数は、米国General Electricでパワー半導体の開発に長年にわたって携わった後、現在では米国ノースカロライナ州立大学の名誉教授をつとめるJayant Baliga氏が提唱した。パワーMOS FETなどのユニポーラデバイスの性能評価に使われる。低周波の理論的な損失を定量化した「BFOM(Baliga’s Figure of Merits)」と、高周波の理論的な損失を定量化した「BHFFOM(Baliga’s High Frequency Figure of Merits)」がある。パワー半導体の研究開発コミュニティでは、低周波のBFOMを使うことが多い。
安価なシリコンに近い基板コストが狙える
最後に3番目の注目部分である、製造コストを下げられる可能性について簡単にご説明しよう。パワーデバイスは一般の半導体デバイスに比べ、デバイスの製造コストに占める基板(ウェハ)の割合が大きい。ウェハのコスト(単位面積当たり)がもっとも低いのは当然ながらシリコンである。平方cm(100平方mm)当たりの基板コストは100円に満たないとされる。
ワイドギャップ半導体の代表である炭化ケイ素の基板コスト(平方cm当たり)は1,500円以上、窒化ガリウムにいたっては4万円を超えるという。それぞれシリコンの15倍、400倍に達する。
炭化ケイ素と窒化ガリウムのウェハコストが高価なのは、製造方法の違いによる。シリコンウェハは融液からバルク単結晶を成長させている。これに対して炭化ケイ素と窒化ガリウムは融液を得ることがきわめて難しい。製造技術は量産性が低く、大面積化が難しい。なにより問題なのは、将来にわたってコストを大幅に下げる見通しがあまりないことだ。
そこで融液からバルク単結晶を成長させたサファイアウェハが代替基板となっている。サファイア基板のコスト(平方cm当たり)は450円前後と、シリコンよりは高いものの、炭化ケイ素よりも低い。このため、窒化ガリウムパワーデバイスはサファイア基板、あるいはシリコン基板を使って製造されている。
酸化ガリウムはサファイアと同様に、融液からバルク単結晶を成長できる。実際に、サファイア基板の製造技術と同様のEFG(Edge-defined Film-fed Growth )法により、最大で直径4インチ(100mm)のウェハが試作されている。直径2インチ(50mm)のウェハは研究開発用に販売中である。
現在のところ、酸化ガリウムウェハの結晶品質はあまり高くない。ただし改良の余地は十分にある。またシリコンウェハと同様のフローティングゾーン(FZ : Floating Zone)法やチョクラルスキー(CZ : Czochralski)法によるバルク単結晶の成長も試みられている。
したがって原理的にはEFG法でサファイア基板に近いコストが狙えるほか、将来はさらにコストを下げられる可能性がある。
5年後にはパワーデバイスの市場規模が窒化ガリウムを超える
このような理由から、酸化ガリウムのパワーデバイスは今後、急速に市場を拡大していくと見られている。市場調査会社の富士経済が2019年6月5日に発表したワイドギャップパワー半導体デバイスの世界市場予測によると、2030年には酸化ガリウムパワーデバイスの市場規模は1,542億円に達する。この市場規模は窒化ガリウムパワーデバイスの1,085億円よりも大きい。
数字は公表していないものの市場予測のグラフでは、2025年の時点で酸化ガリウムが窒化ガリウムを追い抜いている。酸化ガリウムに対する期待の大きさがうかがえる。
炭化ケイ素を超えるパワーデバイスの研究成果をすでに達成
酸化ガリウムのパワーデバイスは2012年以降、研究レベルでの試作成果が発表されるようになった。これまで、横型MES FET、横型MOS FET、ショットキーバリアダイオード(SBD)、縦型MOS FET、ノーマリオフの横型MOS FET、ノーマリオフの縦型MIS FETなどが試作されている。SBDの試作ではすでに、炭化ケイ素のSBDよりも大幅に低いオン抵抗を確認済みである。初期試作の段階ですでに、炭化ケイ素のパワーデバイスを超える性能が確認できているというのは、かなりすごいことだ。
現在、酸化ガリウムパワーデバイスの研究開発は、ベンチャー企業であるノベルクリスタルテクノロジーとFLOSFIAをコアに、さまざまな企業と大学、研究機関が協力関係を結ぶことで実施されてきた。研究開発に参加する日本企業は続々と増えており、「オールジャパン」の様相を呈しつつある。これまでの研究開発の歩みと、ベンチャー企業2社を含めた研究開発の動向については、本コラムで機会を改めてご紹介したい。