大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
絶好調の2020年度のPC市場が、2021年度に逆風が吹く理由
~高校向けPC整備ではSurfaceが首位に
2021年5月7日 06:55
過去2番目に多い出荷台数を記録
コロナ禍のこの1年は、PC業界にとっては、好調な1年であった。
業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、先頃発表した2020年度(2020年4月~2021年3月)の国内PC出荷実績によると、出荷台数は前年比27.5%増の1,208万3,000台となった。
同統計で1,200万台を突破したのは、2013年度に1,210万9000台を出荷して以来、7年ぶり、2回目のことだ。
2013年度は、Windows XPのサポート終了に伴う買い替え需要と、消費増税前の駆け込み需要が重なり、特需に沸いた1年だったが、2020年度はこれに匹敵する状況だった。しかも、2013年度との差は、約2万6,000台。過去最高台数の更新にもう少しで手が届くところまできていた。業界関係者の間からは、「需要は旺盛であり、もし部品の調達が安定していたら、過去最高を更新していた可能性がある」との声もあがる。
需要の勢いは、後半にかけて加速した。
2020年度上期(2020年4~9月)は、前年同期比1.8%減の495万2,000台と前年割れに留まっていたが、2020年度下期(2020年10~2021年3月)は、前年同期比60.9%増の713万1,000台と前年実績を大きく上回る出荷台数となった。ちなみに、下期の出荷台数としては、過去最高の実績となっている。
とくに、今年に入ってからの勢いは異常だった。
2021年1月は前年同月比109.8%増、2月が115.5%増と、いずれも2倍以上の成長を遂げていたからだ。なかでも、1月の大幅な成長は特筆できる。というのも、前年1月にはWindows 7のサポート終了を迎え、駆け込み需要が見られ、前年同月比17.4%増と成長しており、比較する分母が大きくなっていたからだ。それにも関わらず、その実績を2倍も上回る実績となったのだ。
減少計画から一転して国内の旺盛な需要に対応
2020年度の国内PC市場の好調ぶりを支えたのは、GIGAスクール構想による小中学校への1人1台の端末整備と、第1回目の緊急事態宣言以降、急速に広がったテレワーク需要である。
もともと、2020年度の国内PC市場は、2020年1月のWindows 7のサポート終了に伴う特需の反動で、3割程度のマイナスが見込まれていた。PCメーカー各社の出荷計画も、マイナス成長をもとに立案されていたが、蓋を開けると、2023年度までの4年間をかけて実施する予定だった小中学校の1人1台整備が、1年間に前倒し。従来の「働き方改革」の音頭取りでは一向に進まなかったテレワークが、コロナ禍で一気に進展し、慌てて端末を整備する企業が相次ぎ、量販店店頭にもテレワークコーナーが設置された。
インテル製CPUの慢性的な品薄が継続したほか、海外ではコロナ禍で工場が生産停止に追い込まれたり、サプライチェーンが分断され、部品調達に遅れが生じたりといった事態が発生。さらに世界的なPC需要の高まりといった条件の中で、国内PCメーカー各社は、当初、マイナス成長だった計画を大幅に見直し、旺盛な国内PC需要に対応。過去最高の出荷台数に匹敵する台数を出荷してみせた。この1年間の国内PCメーカー各社の柔軟性と踏ん張りは評価されていいだろう。
ただ、それでも品薄状況が続いたのは確かかだ。PCメーカー各社の幹部たちは異口同音に、「販売店に挨拶にいくと、まずは品薄の謝罪から始まる」と苦笑する。
10台に9台がノートPCという異例ぶり
業界の試算によると、GIGAスクール構想向けのPCは、この1年間で約750万台が出荷されたようだ。
JEITAの出荷統計は、Apple Japan、NECパーソナルコンピュータ、セイコーエプソン、Dynabook、パナソニック、富士通クライアントコンピューティング、ユニットコム、レノボ・ジャパンの8社が参加した自主統計であり、日本HPやデル・テクノロジーズが含まれていない。市場全体の約7割をカバーしているとみられており、業界が試算したGIGAスクール構想による約750万台という数字は、直接当てはまるものではない。だが、2020年度の国内PC出荷において、GIGAスクール構想が与えた影響が極めて大きくことはわかるだろう。
JEITAの出荷統計から、GIGAスクール構想の影響ぶりを見てみよう。
1つは、ノートPCの出荷台数が増加したということだ。
2020年度のノートPCの出荷台数は、前年比56.1%増の1,077万5,000台となり、調査開始以来、初めて1,000万台を突破した。これまで最も多かったのは、2013年度の844万8,000台であり、それを大きく上回っている。
GIGAスクール構想では、Windows PC、Chromebook、iPadが整備の対象となっており、ノートPCの導入が促進されたことが大きい。そして、ここには、テレワーク需要でも中心となったノートPCの出荷台数増も加わっている。
ノートPCの構成比は89.2%となり、2019年度の72.9%から、わずか1年で16.3ポイントも上昇したことになる。2020年度の出荷実績では、10台に9台がノートPCという状況になったわけだ。
特に、GIGAスクール構想の仕様に当てはまる画面サイズが14型以下の「モバイルノート」のカテゴリでは、前年比244.0%増の569万4,000台と3.4倍にも増加している。これまでの最高だった2017年度の172万4,000台と比べても、3.3倍と大幅な成長となっているのだ。
統計をみると、国内PC市場全体の約半分となる47%を、14型以下のモバイルノートPCが占めるという異例ともいえる状況となったのだ。
モバイルノートPCの平均単価は3分の1に下落
もう1つの影響は、平均単価の大幅な下落である。
2019年度の平均単価は9万4,206円だったが、2020年度の平均単価は7万3,343円と、1年で22.1%も下落している。特に、モバイルノートの平均単価は5万2,090円となり、前年の11万1,353円から、わずか1年で、半値以下となっているほどだ。
注目されるのは、GIGAスクール構想による導入が最も促進されたとみられる2021年1月の数値。平均単価は5万9,609円にまで下落している。2020年1月には、10万3,939円だったことに比較すると、市場全体でも43%も下落した。中でもモバイルノートでは、2020年1月の11万5,000円に対して、2021年1月は3万9,452円と、3分の1にまで下落しているのだ。
ちなみに、2021年1月のデスクトップの平均単価は、11万2,150円となっており、モバイルノートはその約3分の1の平均単価という、これも異例の状況になっている。
GIGAスクール構想では、1台あたり4万5,000円という補助金が用意され、ほとんどの自治体で、補助金以内で端末の整備を進めてきた。それにあわせて、PCメーカー各社も、4万5,000円以下で導入ができる専用パッケージ製品を用意。これが平均単価の減少につながっている。JEITAの出荷統計は、メーカーからの出荷金額による集計であり、そのため、平均単価が補助金額の4万5,000円を下回る結果になっている。
GIGAスクール構想によって、平均単価が下落したことで、2020年度のPC全体の出荷金額は0.7%減の8,862億円と、わずかに前年実績を下回った。出荷台数は約3割も増加していながら、出荷金額は前年比微減という状況であり、利益なき繁忙の様相を呈しているのは明らかだ。
2021年度の国内PC市場は縮小へ
では、この勢いは、2021年度も続くのだろうか。
残念ながら、2021年度の国内PC市場は一転して、縮小することになりそうだ。
GIGAスクール構想は、2021年度は高校が対象に、引き続き整備が進められることになるが、予算規模は大きく縮小。出荷台数は限定的となる。
また、3度目の緊急事態宣言下ではテレワークの利用が、政府の要請である7割を大きく下回る状況に留まっており、テレワーク需要が一巡した感があるのも事実だ。
実際、量販店のPOSデータを集計しているBCNが明らかにした最新データによると、2021年4月のPCの販売台数実績は、前年同月比21.1%減と大幅に減少。すでに減速傾向が表面化している。
2020年度が好調な実績だっただけに、業界内では、むしろ、その反動ぶりを強く警戒する動きがみられている。
高校版GIGAスクールの影響は?
とはいえ、2021年度の国内PC市場における最大の目玉は、高校版GIGAスクール構想である。
ただ、先にも触れたように、2020年度までの小中学校を対象にした1人1台端末の整備と同列に考えてはいけない。
小中学校の端末整備の場合には、1台あたり4万5,000円を補助。2019年度で1,022億円、2020年度には1,951億円もの予算を計上した。だが、高校への端末整備では、一律に支援する形ではなく、「低所得世帯などの生徒が使用するPC端末支援」として、2020年度第3次補正予算として161億円を計上し、そこで4万5,000円を補助する仕組みになる。
高校での端末整備は、地方財政措置や自治体の財源を使用して行なわれてきた経緯があるが、高校版GIGAスクール構想の予算措置が限定的であることをみると、今後の高校への1人1台環境の整備は、自治体の負担に加えて、保護者の費用負担といった措置が積極的に検討されることになる。
MM総研が、全国47都道府県の教育委員会のうち、40自治体からの有効回答を得た調査によると、高校での1人1台の端末整備について、約半分となる19自治体が、「保護者負担」を利用、あるいは利用を検討していると回答。そのうち、10自治体が機種指定のない私物の端末の持ち込みを想定しており、3自治体が、保護者の費用負担ではありながらも、学校が指定した機器を購入して持ち込むことを実施、検討しているという。
さらに、15%にあたる6自治体が、高校の1人1台の端末配備に、私物スマホの利用を検討すると回答している点も見逃せない。
つまり、高校での端末1人1台の整備では、私物のスマホ利用も視野に入れた整備が進められることになる。その点でも、小中学校の端末整備と状況が異なることがわかるだろう。
内田洋行では、高校における1人1台端末導入の方法には、次の4つがあるとしている。
1)個人が購入したスマホも含めて、自由に端末を持ち込む「BYOD(Bring Your Own Device=自由持ち込み方式)」
2)学校がある程度、端末の仕様や機種を複数指定して、利用者が選択し、購入を斡旋する「CYOD(Choose Your Own Device=選択購入方式)」
3)学校が端末の種類や性能を完全に指定する「BYAD(Bring Your Assigned Device=指定購入方式)」
4)学校や自治体が購入した端末を生徒に貸与する「機材貸与」
BYODは個人で端末を購入することになるが、CYODとBYADは購入斡旋の仕組みとなり、保護者が費用負担することも含まれる。そして、4番目の機材貸与は、小中学校のGIGAスクール構想と同様に学校側で整備した端末を生徒が利用するという仕組みだ。
内田洋行では、「状況に応じて、さまざまな方法で端末整備が進み始めており、整備方式にはそれぞれにメリットとデメリットがある」と指摘する。
今回のMM総研の調査では、1,196人の教員(公立系学校教員69.9%、私立系学校教員 30.1%)と、1万1,000人におよぶ中学校3年生~高校2年生(2021年3月時点)の子供がいる高校生世帯の保護者からも回答を得ているが、教員を対象にした調査では、53.1%が「政府や自治体の全額負担が望ましい」と回答。「一部負担が望ましい」とした21.0%を合わせると、74.1%の教員が、政府や自治体に何らかの支出を望んでいることがわかった。
保護者からの回答では、端末費用を保護者が負担するといった場合、負担できる金額が「年間1万円未満」とした回答が最も多く、35.3%となったが、「0円(負担できない)」といった回答が2番に多く、28.9%を占めている。費用負担に対しては慎重な姿勢の保護者が多いことがわかる。
また、保護者が期待する1人1台端末の種類では、PCが全体の54%を占めたが、キーボード付きタブレットが24%、キーボードなしタブレットが10%となり、あわせて34%をタブレットが占めた。そして、スマホと回答した保護者は5%を占めた。
小中学校の端末整備では、iPadの構成比は28.1%であり、残りはWindows搭載ノートPCとChromebookと、7割以上をPCが占めたが、高校ではタブレットとスマホの利用が広がる可能性がある。
学校現場では、「スマートフォンでの授業は困難」(理科教員)という声もあがるが、すでに導入されているPCとの組み合わせ利用なども検討されているようだ。高校版GIGAスクール構想の予算措置が限定的であるため、自治体の費用負担や、保護者の費用負担という観点での調整が進むなかで、それに伴い、学校現場にどんな機種が選定されるのかといったことにも影響が及ぶことになりそうだ。
高校ではWindowsの利用が進む
一方で、高校版GIGAスクールでは、小中学校版GIGAスクールとは異なるメーカー勢力図がみられはじめている。
MM総研によると、OS別シェアでは、37自治体中17自治体が、Windowsを主要なOSとして利用。46%のシェアを占めた。Chrome OSは11自治体で、シェアは30%。iPadが3自治体となり、シェアは8%となった。
整備がほぼ完了している小中学校を対象に実施した調査では、Chrome OSが、43.8%と圧倒的なシェアを獲得。iPadが28.2%、となり、Windowsはまさかの最下位となり、28.1%に留まっていたが、高校では、Windowsが首位の座を獲得して、Chrome OSを抑える結果となっている。
また、「主要な端末として採用しているメーカー」という調査では、日本マイクロソフトが、8自治体となり、22%のシェアを獲得。首位となった。小中学校への導入では、ベスト5圏外となっていた日本マイクロソフトが、高校への導入では一気に首位の座に躍り出たのは特筆できる。
日本マイクロソフトによると、愛知県では5万2,000台のSurface GoおよびSurface Go2を県立高校に展開するほか、兵庫県では1万6,000台のSurface Go2を、和歌山県では1万9,239台のSurface Go2を、岐阜県では4万2,000台のSurface Goを、山口県では2万5,000台のSurface Go2およびSurface Pro 7を展開することを明らかにしている。これらの数字には、すでに設置済みのものや、教員向けの端末も含まれるが、高校における端末整備においては、Surfaceが存在感を発揮しているのは明らかだ。
一方、同調査で2位となったのがNECで5自治体、構成比は14%。3位がアップルで3自治体、構成比は8%。4位がデル・テクノロジーズ、日本HP、Dynabookの3社で、それぞれ2自治体となり、構成比は5%となった。そして、7位となったのが富士通。1自治体だけとなり、中国CHUWI、台湾ASUSと同じだった。
ちなみに富士通は、4月28日に発表した2020年度決算において、「前年度のWindows7のサポート終了に伴う特需の反動で、PCは売上収益で1,200億円規模のマイナス影響があった」(富士通 取締役執行役員専務/CFOの磯部武司氏)と説明。法人向けPCを中心としたユビキタスソリューションの売上収益は前年比26.5%減の3,346億円となったことを示した。
JEITAの統計からもわかるように、市場全体を見ると、出荷台数としては過去2番目、出荷金額では前年並という状況になっており、Windows 7特需の反動をGIGAスクール構想とテレワーク需要によってカバーできたというのが多くのPCメーカーの共通認識だ。だが、富士通は、Windows 7特需の反動という言葉を何度も使って、売上収益が4分の3にまで減少した理由を示した。
裏を返せば、富士通は、GIGAスクール構想やテレワーク需要の波に乗れなかったために、Windows 7特需の反動が業績に顕著に見られたといっていいだろう。小中学校向けGIGAスクール市場においても、富士通は6位に留まっており、高校でも順位が低い状況になっている。この1年間、教育市場で後手にまわった影響は、今後の富士通のPCビジネスにマイナスの影響となりそうだ。
一方で、小中学校向けGIGAスクール市場では、首位となっていたレノボ・ジャパンが、高校向けGIGAスクール市場では、まったく名前があがってこなかった点も気になる。高校における端末整備の本格化に向けて、今後どんな手を打ってくるのかが注目されるところだ。
MM総研では、「OS未定の自治体が6自治体あること、端末配備率もまだ43.7%であることから、今後のメーカーの提案とユーザーの評価によっては、最終的なシェアは変動する可能性がある」と指摘している。
いずれにしろ、2021年度の国内PC市場は、マイナス成長が想定され、それがどれぐらいの落ち込みになるのかが、業界全体の関心事となっている。高校版GIGAスクールは、市場喚起の起爆剤としては弱く、自治体ごとの端末整備に対する温度差が生まれやすいのも事実だ。そして、テレワーク需要の一巡感も広がっていることも、PCメーカーにとってはマイナス材料となる。
大きな追い風を受けた中で、難しい舵取りが求められた2020年度のPCメーカー各社だったが、2021年度は、一転して、前年特需の反動という逆風のなかでの厳しい舵取りが求められることになる。