大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Windows 11で国内PCの半数は買い替えが必要に? マイクロソフトは「モダンPC」で訴求加速

Windows 11

 Windows 11の発表に伴い、日本マイクロソフトでは、国内におけるマーケティング施策の立案に着手している。Windows 11の正式リリースは年末であるため、すぐに大規模なマーケティング施策が展開されるわけではないが、2021年7月からスタートする同社新年度において、これが重点製品の1つに位置づけられるのは明らかだ。

 とくに、個人向けPCでは、年末商戦の目玉になるとの期待が早くも高まっており、2021年4月以降、低迷を続けている国内PC市場にとって、Windows 11が起爆剤にしたいという業界の目論見もある。日本マイクロソフトでは、日本独自の施策として、「モダンPC」とWindows 11との連携施策を打ち出す考えも示しており、PCメーカーを巻き込んだ準備を進めることになりそうだ。

 だが、その一方で、Windows 11への移行のためにPC本体を買い替える必要があるユーザーは、国内のWindowsユーザーの約半数に達するとの試算もあり、効果的な提案を行なわない限り、日本におけるWindows 11の普及が遅れる可能性もある。

日本では「つながる」訴求を前面に打ち出す?

 すでに、日本マイクソフトでは、「あなたの大切な人やものと、もっと。」というWindows 11向けのメッセージを日本語で用意。さらに、「Windows 11なら、あなたにとって大切なものとより簡単につながることができます」といったコミュニケーション用の文言も用意している。今後は、メッセージの内容が変更が加わる可能性もあるが、こうした方向感をベースに、国内市場向けに、マーケティングメッセージを発信していくことになる。これらは、「Windows 11 brings you closer to what you love」という米国でのメッセージをもとにしたものとなる。

 Windows 11の新たな機能についても、発表にあわせて用意した日本語の専用サイトを通じて訴求。システムの最小要件などを示しているほか、「Windows 11を搭載したPCはいつから購入できますか」、「今PCを購入した場合、後でWindows 11をインストールできますか」といった、「Windows 11 に関するよくある質問」にも答えている。

 すでに多くの記事で紹介されているように、Windows 11では、「Design」、「Productivity」、「Connectivity」、「Gaming Experience」、「Information Access」、「Store Improvement」という6つを、提供価値に位置づけている。

Windows 11の6つのポイント

 その上で、日本の個人向けPC市場に対しては、生産性と集中力を向上させる強力なインターフェイスを実現した「シンプル」、ショートメッセージやチャット、音声、ビデオ通話もワンクリックで行なえる「つながる」、ニュースや情報、エンターテイメントをいつも自由に利用できる「コンテンツ」、どこでも最高のゲーム体験を実現する「ゲーミング」、革新的なデバイスを選べる価格とスタイルを提供する「使いやすさ」という5つのポイントから訴求することになる。

 とくに、「つながる」という観点からの提案を重点的に進めていく考えだ。ここでは、Microsoft Teamsやゲーミングなどを通じてデバイス同士がつながること、人同士のつながるということもメリットを訴求する。

 なお、Windows 11では、スタートメニューを刷新し、アイコンが中央に集まるようにしているが、これは、ユーザーの脳波を測定した結果、最もいい結果が出たレイアウトとして採用したものだという。測定によると、生産性という観点だけでなく、「ジョイ」や「エキサイティング」といったポジティブな結果が出たのが、このレイアウトだったという。

モダンPCで正式リリース前のPC購入を促進

 Windows 11に関する日本マイクロソフトのマーケティング施策では、現時点では、個人向けPC市場を対象にした取り組みが、先行して立案されているようだ。中でも、日本独自の施策として注目されるのが、「モダンPC」との連携だ。

 モダンPCは、2018年に、日本マイクロソフトが提唱したもので、インテルやPCメーカー各社を巻き込んだ提案活動を行なっている。具体的なスペックを示しているわけではないが、Windows 10を最大限に楽しんでもらえる日本マイクロソフトが勧めるPCと位置付けており、「美しくプレミアムなデザイン」、「SSD、eMMC搭載で速くて丈夫」、「タッチ、ペン、顔/指紋認証などの最新機能を搭載」といった要素を実現するPCと定義。大手量販店では、「モダンPC」の売り場が用意されており、PCメーカー各社のモダンPCを展示。モダンPCの販売比率も徐々に高まっているという。

 日本マイクロソフトでは、Windows 11の正式リリースまでの期間は、モダンPCを購入しておけば、Windows 10からWindows 11への無償アップグレードが問題なく行えるという訴求を行なう予定だ。「Windows 11を搭載したPCの発売を待たなくても、モダンPCを購入しておけば、確実にWindows 11に移行できる。新たなOSが発売されるのにあわせて発生する買い控えを避けることができる。ユーザーにとっては、いまが買い時だと思ったモダンPCがあったら、将来を気にせず、Windows 11の正式リリースを待たずに購入してもらえる」とする。

 日本マイクロソフトでは、「現在、PCメーカー各社に確認を行なっている段階」と前置きしながらも、「すべてのモダンPCで、Windows 11が動作すると想定している。2018年以降に発売されたモダンPCも、基本的には、Windows 11が動作すると考えている」とする。

 モダンPCは、これまでは、Windows 10の機能を最大限に利用できるPCと位置づけてきたが、2021年7月以降は、Windows 11にアップグレード可能なPCという訴求に変わり、2021年内にWindows 11か正式リリースされたあとは、Windows 11の機能が最大限に利用できるPCというマーケティングメッセージに変わることになる。今年は、例年以上に、「モダンPC」の露出が高まることになりそうだ。

日本のゲーミングPC需要を顕在化

 2つ目が、ゲーミングの観点からの訴求だ。Windows 11では、6つの特徴の1つとして「Gaming Experience」を挙げているように、6月25日(日本時間)のグローバルでの説明会でも、ゲーミング用途でのメリットを強力に訴求してみせた。

 日本においては、2020年春に、Xbox Game Passを発売。100以上のゲームをプレイする環境を用意したり、クラウドゲーミングサービス「Project xCloud」のプレビュー版の提供を開始したりといったように、ゲーミング領域の強化を図っている。「2020年は、日本のゲーミングPC市場に対する投資を進めてきた。今後は、Xbox Game Pass Ultimateの提供予定に加えて、Project xCloudの本格サービスが予定されているが、今回のWindows 11の発表によって、ゲーミングPCに対する関心を高めることができる環境が整う。2021年以降、ゲーミング分野に対する投資を加速することになる」とする。

 海外ではコンシューマPC市場の約25%をゲーミングPCが占めるが、日本では1桁台に留まる。巣ごもり需要によって、ゲーミングPCの需要が高まっているが、伸びしろはまだまだ大きい。Windows 11をきっかけに、ゲーミングPCを発売しているメーカーとの連携提案が強化されることになりそうだ。ここでは、日本マイクロソフトのゲーム&エンターテイメント営業本部を通じて、ゲーム業界のDXの支援とともに、日本における新たなゲームタイトルの開発支援も加速していくことになる。

教育市場にもWindows 11への移行を提案

 3目めが、教育市場に対する訴求だ。日本では、2020年度に、小中学校に1人1台の端末を整備するGIGAスクール構想によって、Windows搭載PCも数多く導入された。それらのPCに搭載されたCPUはCeleronが多く、メモリも4GBに留まるなど、スペックは限定的だ。

 日本マイクロソフトでは、「Surface Goであれば、Windows 11へのアップグレードが可能」とし、「Windows 11が動作する仕様を満たしているPCを導入している学校については、Windows 11へのアップグレードの提案を行なっていく」という。マイクロソフトの基本姿勢は、教育分野に限らず、「PCでは、最新のWindowsを利用してほしい」というものだ。

 Windows 11が正式リリースされれば、日本マイクロソフトは、全力でWindows 11への移行を提案することになり、教育分野においても、それは同様の取り組みとなる。「教育分野に特化した機能があるわけではないが、ウィジェットのなかに教育に使用するアプリなどを集約して利用できるなど、Windows 11の基本機能を活用して、教育分野において、安心で、安全で、快適に使用できる環境を実現できる。アプリの管理という点でも、ストアに期待する声が、教育現場から出ている」とする。

中小企業へのPC普及を加速

 法人向けPC市場へのアプローチも着々と立案中だ。まだ詳細は明らかにできる段階ではないというが、日本マイクロソフトでは、2021年7月からスタートする新年度においては、中小企業市場に対する投資を加速すること、金融サービスや政府・公共、医療・ヘルスケア、製造、流通・消費財といった各産業におけるビジネスを強化する姿勢を明らかにしており、従来からのクラウドの訴求に加えて、Windows 11が重要な提案商材として乗ってくることになる。

 とくに、企業向けに対する提案では、Windows 11に移行することで、TPM 2.0への対応が前提となることから、セキュリティ面での強化が図れることを積極的に打ち出すことになる。また、中小企業向けに開設している「ITよろず相談センター」でも、今後、Windows 11に関する相談を受け付けることになりそうだ。

4年以上前のPC買い替えで生まれる巨大市場

 Windows 11のユーザーターゲットは、大きく3つにわけることができるだろう。

 1つは、4年以上前のPCを利用しているユーザーの買い替えだ。ここには、Windows 7やWindows 8を利用しているユーザーも含まれる。日本マイクロソフトでは、「Windows 11互換性チェックプログラム」を用意し、これによって、Windows 11にアップグレードできるかどうかが確認できるようにしているが、4年前のPCでもアップグレードができないと診断されることなどが話題になっている。

 日本マイクロソフトでは、4年以上前のPCについては、積極的に買い替え提案をしていくことになりそうだ。これまでの国内のPC出荷状況や、業界筋の情報などから試算すると、市場のWindows搭載PCの約半数が、Windows 11への移行に伴い、買い替えが必要になる可能性がある。PC業界にとっては巨大な買い替え需要が発生することになるが、言い換えれば、大きな潜在需要を顕在化するための仕掛けも必要になる。

 2つめのユーザーターゲットは、Windows 11へのアップグレードが可能なPCを所有しているユーザーに対する訴求だ。これらのユーザーに対しては、現在、所有しているPCの環境を、早期に新たなWindowsへと移行を働きかけるだけで済む。

 そして、3つめが新規顧客の獲得だ。2021年度に導入が促進される高校向けの教育PC、継続的に需要が見込まれるテレワーク活用、そして、需要拡大が見込まれるゲーミングPCなどの需要がここにあたる。

 ただ、こうしてみると、Windows 11の普及に向けた課題は、4年以上前のPCを持つユーザーの買い替えを、いかに促進させることができるかという点に尽きるだろう。裏を返せば、2025年10月14日まで利用が可能なWindows 10を使い続けるユーザーを、いかに減らすことができるかがカギになる。2020年1月のWindows 7のサポート終了まで、業界をあげて取り組んできた苦労がまた始まると言える。

 国内の約半数のWindowsユーザーが、Windows 11を利用するために、PCの買い替えが必要なユーザーであるのならば、日本マイクロソフトにとっては、Windows 11ならではの魅力を、早いタイミングで、どれだけ的確に伝えることができるかどうかが重要になる。

具体的なマーケテイング施策はいつ発表に?

 この記事で何度か触れているように、日本マイクロソフトは、2021年7月から新年度に入ることになる。6月25日(日本時間)の発表では、Windows 11に関する概要が紹介されたが、7月からの新年度突入以降に行なわれる様々なイベントを通じて、Windows 11の各種マーケティング施策が明らかになってくるだろう。

 7月14~15日(米国時間)には、パートナーを対象にしたオンラインイベント「Microsoft Inspire 2021」が開催されることから、早ければ、ここでパートナー向けの施策が明らかになる可能性がある。また、7月28日(米国時間)には、全世界のMicrosoft社員を対象にした社員総会「Microsoft Ready」が行なわれることから、ここでも社員向けには、新たなメッセージが発表される可能性がある。そして、2021年秋には、Microsoft Igniteが開催されることから、ここでは、詳細な情報が公開されることになるだろう。

 一方で、日本においては、2020年のパターンをみると、8月にはパートナーを対象にしたMicrosoft Empower Partner Daysが開催されていたが、現時点では同イベントの開催に関する正式なアナウンスがないことから、8月になにかしらの施策が公になることはなさそうだ。また、メディアを対象にした吉田仁志社長による経営方針説明会も、昨年は10月に開催されており、そこまでは吉田社長による発信のタイミングはなさそうだ。

 となると、日本において、Windows 11に関する具体的な施策の発表は、やはり秋を待つことになりそうだ。日本マイクロソフトが、どんなマーケティング施策を打ち出すのか、それによって、日本におけるWindows 11への移行がどんなスピードで進むのか。国内PC市場における今年後半以降の注目点になる。