大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

シャープ、事実上10年ぶりのパソコン事業再参入。GIGAスクール向けChromebookを発売

LTE対応のChromebook「dynabook Chromebook C1」

 シャープDynabookは、GIGAスクール構想に準拠したLTE内蔵のChromebook「dynabook Chromebook C1」を共同開発した。ブランドは「dynabook」だが、商品企画や開発の一部、そして販売、サポートはシャープが行なっており、このパソコンの成否はシャープに掛かっている事業になる。大きな意味で、シャープにとっては、事実上のパソコン事業再参入という見方もできそうだ。

 シャープでは、今回の製品の反応を踏まえて、継続的な製品投入も検討していくことになる。なぜ、シャープとDynabookは、Chromebookを共同開発し、教育分野向けパソコンの発売を決定したのか。その狙いを追った。

Snapdragon 7cを搭載したChromebook

 シャープとDynabookが共同開発した 「Dynabook Chromebook C1」は、11.6型のタッチ対応液晶ディスプレイを搭載したコンバーチブルタイプのChromebookであり、CPUにはSnapdragon 7cを採用。4GBのメモリ、32GBのeMMC を搭載している。

 ユーザーフェイシングカメラと呼ぶ約100万画素の前面カメラと、ワールドフェイシングカメラと呼ぶ約500万画素の背面カメラの2つのカメラを内蔵。LTEに対応しているほか、Wi-FiやBluetoothにも対応している。重量は1.35kg以下を想定しており、価格は、4万5,000円程度が見込まれている。2021年2月下旬に発売する予定だ。

シャープ通信事業本部パーソナル通信事業部商品企画部参事の大屋修司氏

 シャープ通信事業本部パーソナル通信事業部商品企画部参事の大屋修司氏は、「ディスプレイ部を反対側に折りたたんで使えるため、ノートパソコンとしてだけでなく、タブレットとしても使える。起動が速く、管理性に優れたChrome OSの特徴と、性能と省エネを両立したSnapdragon 7cの特徴を活かして、待機状態から高速で起動し、すぐに使用できるとともに、高い性能の維持と長時間の電池持ちを実現している。チャイムと同時に折りたたんだ状態から開くと、すぐに起動してネットにつなげるといった利用が可能になり、1時間目から放課後まで快適性能を続けることができる」とする。

 ユーザーフェイシングカメラは、HDR(High Dynamic Range)に対応。照明が映り込んでも白飛びを抑え、オンライン授業のさいにも、受講する児童や生徒の自然な表情を捉えることができるほか、タブレットスタイルなどで利用するワールドフェイシングカメラは、500万画素の特徴を活かして、屋内外での観察授業などで便利に活用しやすい。本体周囲には滑りにくい素材を採用。持ち運びに配慮した安心の設計となっている。

 オプションで用意しているスタイラスペンは、本体に収納が可能で、必要なときにさっと取りだして使用できる。4,096段階の筆圧検知に対応しているほか、傾き検知やパームリジェクションなどをサポートした高性能ペンで、「子供が思いどおりに線を描けることを追求した」という。収納時には自動充電が可能であり、わずか15秒のチャージで、約45分間利用できる高速充電にも対応。授業中に使えなくなるといった状況を防いでいる。

シャープ 通信事業本部パーソナル通信事業部商品企画部長の林孝之氏

 そして、LTE内蔵としているのが、同製品の大きな特徴だ。シャープ通信事業本部パーソナル通信事業部商品企画部長の林孝之氏は、「教育現場では、LTE内蔵モデルに対するニーズが高い。通信環境のない家庭での学習にも活用できるメリットは大きい」という。

 また、「LTE搭載を前提に設計されたSnapdragon 7cを搭載することで、スマートフォンのように、すぐにつながり、すぐに使える環境を実現。省エネや安定した通信性能の実現にもつながり、授業の開始を待たせることがない。ChromebookにLTEを組み合わせることで、Always Connected PCを実現できる。瞬時に立ち上がり、瞬時につながり、瞬時にデータ通信ができる」と語る。

 Snapdragon 7cは、最新の8nmプロセス設計を採用。システムをワンパッケージ化しているのが特徴だ。GIGAスクール構想向けのパソコンで採用されているCeleron N4000に比べて、ブラウザの性能では約1.3倍、バッテリ持続時間で約1.7倍という性能を誇る。

 「長時間利用という点では、Snapdragon 7cの採用が大きく貢献している。ここに、シャープが、モバイルで培った省エネ技術を惜しみなく投入し、高い性能を維持しながら、丸1日使っても安心の電池持ちを実現できる。LTE内蔵のChromebookとしてダントツにいいものを作り上げたという自負がある」(シャープの大屋氏)とする。

スマホで培った通信技術を活用

 今回の共同開発は、シャープの通信事業本部と、シャープが2018年に買収したDynabookによって行なわれている。通信事業本部が担当しているのは、AQUOSブランドのスマートフォンである。AQUOSスマートフォンは、Chrome OSと同じGoogleが開発したAndroidを採用。Qualcommのチップセットを活用してきた経緯がある。

 「スマートフォンとChromebookは、ものづくりという点では、意外と近いところがある。LTE対応では、通信事業で培ったノウハウを活かすことができた」(シャープの林氏)とする。

 スマートフォンでの実績を持つシャープの通信事業本部が手掛けるChromebookということもあり、開発当初からLTEの搭載を前提としていたという。Chromebookに、Snapdragon 7cを搭載するのは、日本エイサーに続くものであり、GIGAスクール構想向けと明確に謳ったのはシャープがはじめてだ。

 「35年にわたるパソコン事業での実績を持つDynabookと、日本のキャリアネットワークを知り尽くしているシャープの通信事業が組み合わせることで、日本企業連合による強い製品を市場に投入することかできる」(シャープの大屋氏)と自信を見せる。

 今回の製品は共同開発ではあるが、シャープのブランド名はまったく入っていない。筐体に書かれているのは「dynabook」のロゴだけだ。

 「シャープグループのパソコンという点では、実績があるdynabookのブランドを前面に打ち出すことが最適だと考えた。dynabookのブランドをChromebookに使うことで相乗効果が出せる」(シャープの林氏)というのがその理由だ。

 また、dynabookは、パーソナルコンピュータの父であるアラン・ケイ氏が提唱したDynabook Conceptがもとになっている点も、GIGAスクール構想向けとするこの製品に、dynabookブランドを採用した理由の1つがあると説明する。

 「直感的で、わかりやすい対話型のGUIを備え、子どもでも操作することができ、片手で持ち運ぶことができる未来のパーソナルコンピュータがdynabook。子供が利用するGIGAスクール構想向けのChromebookには最適なブランドだと考えた」(シャープの大屋氏)という。

シャープとDynabookの分担は?

 シャープの通信技術とDynabookのIT技術を融合して共同開発を行なったというのが、今回の「dynabook Chromebook C1」であるが、その役割分担を細かく見ると、以下のとおりになる。

  • 商品企画(コンセプト) : シャープ
  • 商品企画(スペック込み) : シャープ/Dynabook
  • 商品開発 : Dynabook
  • 通信部開発 : シャープ
  • 品質保証 : シャープ
  • 生産 : Dynabook
  • 販売 : シャープ
  • サポート : シャープ

 ハードウェア設計や開発、生産はDynabookが行ない、コンセプトづくりや通信領域に関する開発、学校現場への販売、サポートはシャープが行なうことになる。Dynabookの生産拠点は、中国にあり、それを活用。シャープのサポート体制は、スマートフォンで提供している仕組みを活用し、コールセンターの体制も整える。

 商品開発における堅牢性や品質の確保については、MIL Standard 810Gへの対応に加えて、dynabook独自の厳しい品質基準を採用。コネクタこじり試験やヒンジ開閉試験、振動試験、100kgf面加圧試験、26方向での76cm落下試験、30cc防滴試験など、各種耐久試験を実施しており、Dynabookの品質基準をクリアしたものになっている。想定外の利用でも、安心して長期間使い続けられるようにしているのが特徴だ。

 なお、今回の製品では、コストなどの観点から、シャープ製ではない液晶ディスプレイを採用している。

 この役割分担のなかで注目しておきたいのは、コンセプトづくりはシャープが行なったこと、Dynabookの販売ルートは使わずに、シャープが持つ販売ルートを活用するという点だ。

 つまり、売上の計上はシャープになるということであり、シャープ主導で進められたパソコン事業だと言えることだ。

 シャープのICTグループ内でも、このパソコンの成否はシャープに掛かっている事業になるというのが共通認識であり、大きな意味で、シャープにとっては、事実上のパソコン事業再参入という見方もできそうだ。

 一方、GIGAスクール構想では、Chromebookが約5割のシェアを占めているとも言われ、Windowsだけで展開していたDynabookでは、半分の市場にアプローチができない状況となっていたが、今回の製品によって、シャープグループとして、手つかずの市場にもアプローチできるようになった点も見逃せない。

 もちろん、2021年2月下旬の出荷ということを考えると、GIGAスクール構想に関する商談はほぼ完了している状況にあると言える。だが、教育分野におけるビジネスは、継続する市場であり、その市場に対して、dynabookブランドで、Chromebookの選択肢を新たに用意したことには意味がある。

 Chromebook市場では後発にはなるが、Snapdragon 7cを搭載し、LTEによる提案は先行グループ。大きな差別化になり、存在感を発揮しやすいと言える。

今後の共同開発はどうなるのか?

 両社では、今回のChromebookを、「今後の展開における第1歩」と位置づけている。

 現時点では、法人向けやコンシューマ向けパソコンを製品化する予定はないというが、まずは、第1弾製品の市場での反応を踏まえた上で、今後、シャープとDynabookの特徴を活かした共同開発による製品展開を検討していくことになるという。

 シャープの親会社である鴻海グループの調達力や生産拠点を活かしたり、今回は実現していないシャープ製液晶パネルの採用のほか、dynabookが開発、生産、販売するパソコンに、シャープの通信事業本部が持つ通信のノウハウを活用するといったことも可能になるだろう。そして、5Gが本格化すれば、その技術ノウハウの蓄積で先行するシャープとの共同開発は、Dynabookにとっては大きな武器になる。

Dynabook コンピューティング&サービス事業本部商品統括部長の辻浩之氏

 Dynabook コンピューティング&サービス事業本部商品統括部長の辻浩之氏は、「シャープがスマートフォンの製品化で培った通信技術や小型、軽量化のノウハウを、dynabookのなかに活かしたい。通信を安定させるためのアンテナの設計やレイアウトのノウハウも活用したい」とする。

 2020年11月、Dynabookは、新たなコンセプトとして、「Remote X」を打ち出した。

 Dynabookの覚道清文社長兼CEOは、「ニューノーマル時代に求められるニーズを考える上で、重要なキーワードは、リモートである。デバイスも、ソリューションも、サービスも、リモートを前提とした商品が重要視される。Dynabookは、今後、リモートで活かすことを考えて、商品化を進める。それがRemote Xの基本的な考え方になる」とする。

 Dynabookが打ち出す「Remote X」の実現においては、シャープの通信技術は必要不可欠なツールになると言えるだろう。今回の共同開発をきっかけに、シャープの通信事業本部とDynabookの関係が縮まり、パソコンの進化に貢献することが期待される。

さまざまな組み合わせが想定されるグループ連携

 シャープは、8Kエコシステム、スマートライフ、ICTの3つの事業グループがある。そのうち、ICT事業グループは、AQUOSスマートフォン、Dynabookのほか、コミュニケーションサービスのLINC Bizなどを展開するAIoTクラウド、新たな事業として今後本格化させる健康・医療事業で構成される。

 「シャープのICT事業グループは、8Kや5G、AI、IoT、データセンターという個々のテクノロジを活用して、仕事、学ぶ、暮らしといった領域に対して、生活を豊かにするソリューションを提供している。通信、IT、クラウドといったICTグループを構成する要素を活かして、相乗効果を出していくことが強みになる」と、シャープの林氏は語る。

 シャープは、2020年12月までに、AIoTクラウドをDynabookの子会社とし、両社がより緊密な連携を取れる体制を構築していくことを明らかにしている。

 AIoTクラウドでは、同社独自のクラウドプラットフォームを運営し、AIoT家電向けの各種サービスを提供しているほか、Web会議などが可能なコラボレーションツール「LINC Biz」、テレマティクスサービスの「LINC Biz mobility」などを展開している。

 また、Dynabookでは、現場での作業支援ソリューション「Vision DE Suite」や、テレワークに対応した「かんたんテレワークスターターパック」などのソリューションを組み合わせた提案を加速しており、ニューノーマル時代の新しい提案をテーマにしたデバイスとクラウドソリューションを強化する姿勢を強めている。

 AIoTクラウドの子会社化によって、Dynabookのパソコンと、AIoTクラウドが持つクラウドソリューションや、センサーデバイスやGPSユニットを搭載したハードウェアなどとの組み合わせ提案が期待できるというわけだ。

 そして、Dynabookの子会社となるAIoTクラウドの社長が、ソニーにおいて、VAIOの開発責任者を務めていた赤羽良介氏であることも、「なにか」を期待させる。

 こうしてみると、鴻海、シャープ、Dynabook、AIoTクラウドの組み合わせのバリエーションは幅広く、それを縦横無尽に組み合わせたものづくりも進めることができる。今回の共同開発の第1歩は、そうした組み合わせを大きく動かす1歩になりそうだ。

 シャープとDynabookの共同開発によって生まれたChromebook「dynabook Chromebook C1」は、単にChromebookの新製品が発売されたという捉え方ではなく、今後のシャープやDynabookのパソコン事業に大きな変化をおよぼす出来事と捉えておくほうがいいかもしれない。