大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

低迷する長いトンネルに入る国内PC市場。「2025年の崖」ならぬ「2025年の岳」が訪れる?

JEITA 2021年7月パソコン出荷実績

 国内パソコン市場が長いトンネルに入り始めた。業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の調査によると、2021年4月以降、4カ月連続の前年割れが続いており、その落ち込み幅は、今後、さらに大きなものになりそうだ。

 GIGAスクール需要の反動や、テレワーク需要の低迷などのほか、年内に投入が予定されているWindows 11が需要拡大の起爆剤にはならないとの見方が広がり、次にパソコン市場が成長軌道に転じるのは2025年を待たなくてはならないとの見方もある。

 IT業界全体では、既存システムの老朽化による課題が表面化する「2025年の崖(がけ)」という言葉が使われているが、パソコン市場においては2025年に需要が集中する「2025年の岳(がく)」ともいうべき状況が生まれそうだ。

4カ月連続で前年割れが続く国内パソコン市場

 国内パソコン市場は、2021年4月以降、低迷が続いている。

 今年5月に掲載した以下の本コラムでは、2021年3月までの旺盛なパソコン需要についてレポートするとともに、2021年4月以降の市場低迷を予測したが、そこで予測した通り、台数、金額ともに4カ月連続での前年割れとなっている。

 JEITAが発表した2021年7月の国内パソコン出荷実績は、台数ベースでは前年同月比3.5%減の58万8,000台、金額ベースでは12.9%減の535億円となった。

 同調査によると、2021年4月は、出荷台数が前年同月比9.6%減と前年割れに転じて以降、5月は13.4%減、6月は6.1%減、7月は3.5%減とマイナス成長が続いており、金額ベースでも4月は15.6%減、5月は16.4%減、6月は15.3%減、7月は12.9%減と、2桁台の前年割れが続いている。

 2021年1月~3月には、前年同期比1.8倍という出荷台数を記録していた国内パソコン市場だが、一転して、前年割れの状況が続いているのだ。

 低迷の理由は、前年同期にはコロナ禍でのテレワーク需要があったこと、そして、GIGAスクール構想による小中学校への1人1台の端末整備が徐々に開始されていたことが挙げられ、今年4月以降は、その反動が見られているというわけだ。

1年遅れでやってきた市場低迷

 だが、2021年4月以降の国内パソコン市場は、ある意味、通常に戻ったと言えるかもしれない。

 もともと国内パソコン市場は、2020年1月のWindows 7のサポート終了に伴う買い替え需要が終われば、市場は低迷すると予測されていた。

 それが、想定外のコロナ禍でのテレワーク需要の顕在化、2023年度までの4か年で整備が計画されていたGIGAスクール構想が、2020年度中に整備する形へと前倒しされたことで、Windows 7のサポート終了以降も、パソコンの出荷台数は増加。MM総研の調査では、2020年度は過去最高の出荷台数を記録するという、まさに想定外の結果となった。

 見方を変えれば、2021年4月以降の前年割れは、もともと想定されていた市場の低迷が、1年遅れでやってきたとも言えるのだ。

メーカー別シェアが平常時に戻る?

 通常に戻ったことで、いくつかのデータももとに戻っている。
1つは、メーカー別シェアの状況だ。

 2020年度は、GIGAスクール構想だけで、約800万台の新規需要が創出されたと見られ、この需要に対応できたメーカーがシェアを伸ばした。具体的には、レノボ・ジャパンおよびNECパーソナルコンピュータの躍進である。

 MM総研の調べでは、2020年度は、NECレノボグループのシェアは36.6%と、前年から9.5ポイントもシェアを上昇。2位以下の日本HP、デル・テクノロジーズ、富士通クライアントコンピューティング、Dynabookは、すべてシェアを落とした。市場が大きく成長する中で、その伸びしろをNECレノボグループでさらってしまったとも言えるだろう。

 特に、レノボ・ジャパンでは、中国本社が、日本のGIGAスクール需要を最優先に支援する体制を敷き、GIGAスクール構想向け製品を用意して、これを日本市場に戦略的に供給。ブランド別でも、前年度の5位から躍進し、一気にトップシェアを獲得して見せた。レノボ・ジャパンがトップシェアを獲得したのは、2005年の日本参入以来、初めてのことだ。

 コロナ禍における世界的なパソコン需要の高まりによる品薄状況に加えて、半導体やプラスチックなどの部品不足、生産拠点の閉鎖や物流網の停滞といったサプライチェーンの分断などのマイナス要素がある中で、日本の教育市場向けに多くのパソコンを供給する体制を敷くことができたレノボ・ジャパンの「体力」がモノをいった1年でもあった。

 だが、GIGAスクール構想が終わった2021年4月以降、メーカー別シェアは、再び大きく変化した。

 ブランド別シェアでは、日本HP、デル・テクノロジーズ、富士通クライアントコンピューティングが上位3位を占め、レノボ・ジャパンは4位、NECパーソナルコンピューティングが5位という順位になった。

 これは、GIGAスクール需要がない2019年度の順位とほぼ同じ状況である。レノボ・ジャパンにとっては、教育市場の実績を、個人向け市場などにどう反映できるかがこれからの課題だと言える。

テレワーク需要の中身が大きく変化

 JEITAの最新データとなる2021年7月の動向からも、変化を捉えることができる。これはテレワーク需要が本来の姿に戻ったと表現することができそうだ。

 先にも触れたように、2021年4月以降、国内パソコン市場は4カ月連続で前年割れとなっているが、7月のデータをカテゴリ別にみると、液晶ディスプレイサイズが14型以下の「モバイルノート」のカテゴリでは、前年同月比78.2%増という大幅な伸びを見せているのだ。

 このデータをもとに、取材を進めてみると、意外なことが分かった。それはテレワーク需要の中身が変化しているという点だ。

 前年同期には、コロナ禍によって急遽テレワークを開始しなくてはならなくなった企業が、量販店店頭でノートPCを購入するといった動きが相次いだ。

 ここでは、量販店が多くの在庫を抱えている15型ノートPCを利用するという傾向が強かったり、自宅に設置するには、光学ドライブの搭載や有線LANポートの搭載など、「全部入り」のノートPCを購入したいというユーザーの心理も、15型ノートPCの購入が促進された背景だった。

 実際、2020年7月は、14型以下の「モバイルノート」が13万6,000台の出荷実績に対して、15型ノートPCを中心とする「ノート・その他」は37万5,000台と3倍規模に達していた。

 だが、今年7月の状況を見てみると、「モバイルノート」が24万2,000台に対して、「ノート・その他」は25万4,000台となり、ほぼ同等の出荷規模になっている。「モバイルノート」が約1.8倍になっているのに対して、「ノート・その他」は3分の2程度にまで縮小している状況だ。

 ここから、前年7月は、15型ノートPCを家庭内に固定して利用するといったテレワーク利用が多かったが、今年7月は、アフターコロナ時代を見据えて、持ち運んで利用することを想定したモバイルノートの導入が増加したと分析できる。

 さらに見逃せないもう1つの要素が、法人向け市場の成長と、個人向け市場の低迷だ。

 JEITAでは、法人向け市場が好調に推移し、前年実績を上回ったものの、個人向け市場は前年割れとなったことを示している。量販店など販売データを収集しているBCNの調査でも、2021年7月は、ノートPC全体で22.9%減となり、JEITAでは高い成長を遂げている14型以下のノートPCも、BCNの調査では15.1%減と2桁のマイナス成長となっており、個人向け市場での低迷ぶりが示されている。

 7月はテレワーク需要の変化と捉えることができる統計とも言えるのだ。

 つまり、これらのデータから浮き彫りになるのは、テレワーク需要が、緊急措置的な量販店からの調達ではなく、IT部門や総務部門などの企業の調達ルートを通じたものに戻っているということだ。
企業における調達が法人向けルートとなり、その中心がモバイルノートに移行したというのが、この7月の動きだ。

GIGAスクール端末の利用実態はどうなのか?

 少し話題は逸れるが、文部科学省が、8月30日に、GIGAスクールによる端末利活用状況(2021年7月末時点、速報値)を発表したので、それにも触れておきたい。

 これによると、2021年7月末までに、全体の96.1%にあたる1,742自治体で、端末の整備が完了したとしている。依然として未整備となっている自治体が70自治体あり、そのうち2021年12月までに整備する予定が25自治体、2022年3月までが30自治体、2022年4月以降の整備が15自治体となっている。

 整備が遅れている自治体では、端末の需給状況のひっ迫により、一部の台数を先行して調達しているといった状況や、全台数の予算確保が困難であったため、一部の台数を先行して調達しているといった理由が挙がっている。

 また、全国の公立の小学校等の96.1%、中学校等の96.5%が端末の利活用を開始しているという。小学校の場合、全学年で利活用を開始しているのは84.2%、一部の学年での利用開始が11.9%。中学校ではそれぞれ91.0%、5.5%となった。端末が導入されている学校では、端末が積極的に利用されていることが示された。

 非常時の端末の持ち帰り学習については、64.3%の学校が「実施できるよう準備済み」と回答。「準備中」が31.9%、「実施・準備をしていない」との回答は3.7%に留まった。平常時に端末の持ち帰り学習を「実施している」学校は25.3%となり、51.0%が「準備中」、23.7%が「実施・準備をしていない」と回答した。

 非常時の持ち帰り学習には準備が進められているが、平常時の準備はあまり進んでいない。平常時の持ち帰り利用が行なわれていない中で、非常時の持ち帰り学習が可能なのかが気になるところではある。

 新型コロナウイルスは、デルタ株の広がりによって、10歳以下の子供たちへの感染拡大が急速に広がっている。自治体によっては、夏休み期間の延長や分散登校、午前中だけの短縮授業を行なうといった動きがあるが、学校での感染拡大への対策の1つとして、オンライン授業ができる環境づくりは急務だと言える。

 家庭での学習にはネットワーク整備の課題もあるが、コロナ禍がしばらく続くことを視野に入れて、学びを止めないためのオンライン授業の環境整備を進めてほしいと感じる。

教育市場でChromeOSがシェア4割

 なお、今回の発表では、参考値として、整備済み端末に対するOSごとの台数シェアを初めて公表した。

 これによると、ChromeOSが40.1%となり、Windowsが30.4%、iOSが29.0%、AndroidやMacOSを含むその他が0.5%となった。
文科省の公式発表として、教育分野にChromeOSの普及が一気に進んだことが初めて示されたことになるが、これが、今後の国内パソコン市場全体のOS別やメーカー別勢力図に、どんな影響を及ぼすのかが注目される。

国内パソコン市場は、「乾ききった雑巾」の状況?

 2021年4月以降、国内パソコン市場は前年割れの状況が続いているが、この状況はいつまで続くのだろうか。これは、残念ながら、長期化することが想定されている。

 短期的に見た場合には、前年8月以降には、GIGAスクール構想によるパソコン導入が本格化しており、比較対象となる前年実績が大きくなる。そのため、2021年8月以降は、その反動で落ち込み幅が、これまで以上に大きくなると想定される。

 また、長期的な視点で見ても需要低迷は続きそうだ。

 振り返ってみると、約2年間は、2020年1月のWindows 7のサポート終了に伴う特需によって、パソコンの買い替えが促進されたのに続き、2021年3月以降のテレワーク需要、そして、当初は2023年度までの整備完了を予定していたGIGAスクール構想が2020年度内に前倒しで整備が進められ、800万台規模の新規需要が創出されている。

 想定以上の需要が生まれた結果、今の国内パソコン市場は「乾ききった雑巾」と言える状況になっているとも言えるのだ。

 業界の期待は、根強いテレワーク需要と、年末に向けて正式リリースされるWindows 11ということなるが、政府や東京都が苦戦しているように、緊急事態宣言下でも、テレワークの利用比率はなかなか上昇せず、そろそろ限界に達しているという見方もある。

 また、Windows 11についても、新たなOSが発売されても、すでにそれが起爆剤にはなりにくい状況となっている状況をみると、期待値は薄い。業界の試算では、Windows 11を利用するには、現在、国内で利用されているパソコンの約半分が買い替え対象になるとの見方もあるが、Windows 10が2025年10月まで利用できることを考えると、すぐに買い替える人が一気に拡大することも考えにくい。

 こうした様々な状況から見ると、国内パソコン市場が再拡大するのは、2025年を待たなくてはならないと言えそうだ。
実際、2014年4月にサポート終了を迎えたWindows XPからの買い替え特需の場合、市場全体が回復基調に転じたのは5年後のことだった。

Windows XP特需後に市況が回復するのに5年を要した

長期化する市場低迷と、2025年に訪れる大爆発

 ただ、その一方で、2025年には、40年以上の歴史を持つパソコン市場において、これまでにはない大規模な特需が生まれる可能性がある。

 1つは、Windows 10のサポート終了に伴う買い替え需要が発生するという点だ。先にも触れたように、2025年10月に、Windows 10のサポートが終了する。ここに大きな需要が生まれるのは明らかだ。Windows 10が最後のバージョンと言われ、それ以降はこうしたサポート終了に伴うパソコン買い替え特需は生まれないと見られていたが、その特需の山が、また出現することになる。

 もう1つは、この特需の山に、GIGAスクール構想の買い替え需要の山が加わる可能性があるという点だ。

 Chrome OSが市場の4割を占めていたり、GIGAスクールで最大シェアを獲得したレノボ・ジャパンでは、教育分野向けWindowsパソコンの主力製品と位置付けたIdeaPad D330が、Windows 11へのアップグレード対象になっていることを公表するなど、Windows 10のサポート終了による影響は少ないとの見方もできるが、気を付けておかなくてはならないのは、導入対象がノートPCであるため、バッテリ寿命の問題が発生するという点だ。

 保守契約の中に、バッテリ交換を入れている自治体もあるが、それでも一般的に2~3年でバッテリ寿命が訪れること、パソコンの性能そのものが時代遅れになること、厳しい教育現場で利用されているいることなどを考えると、2025年を境にリプレース時期を迎えることになる。

 ここは政府や自治体の予算措置にも大きく影響するが、もしそれが、2025年に重なれば、約800万台のリプレース需要が加わることになる。

 もちろん、これが1年に集中するということはないだろうし、約5000万台規模が想定されているWindows 11に移行するための買い替え重要も、複数年に渡って分散されることになる。
だが、2025年には、大きな需要の山が訪れる可能性が高いのは明らかだ。

 経済産業省では、2025年までに既存システムを刷新しないと、デジタルトランスフォーメーションを推進できず、最大で年間12兆円の経済損失が生まれる「2025年の崖(がけ)」を提言しているが、国内パソコン市場の急激な需要増をこの言葉になぞらえるなら、「2025年の岳(がく)」が訪れることになるとも言えそうだ。

 ただ、特需は、決していい面ばかりではない。需要が集中すると、調達、生産、販売といったサプライチェーン全体に無理がかかったり、その後の反動が長期化したりといった事態が起こる。

 また、一時に需要が集中すると、単に買い替えるだけの動きが先行し、新たな環境に移行することでの生産性向上やDXへの取り組みが、おざなりになるといったことに繋がりやすい。それは、これまでの特需の反省からも明らかだ。

 「2025年の岳」は、国内パソコン市場が盛り上がるのは確かだが、健全な業界の成長や、ユーザーのメリットといった観点では、避けるべきものだと言える。これから数年に渡って低迷するパソコン市場環境の中で、業界全体として2025年の特需をなるべく減らし、地に足のついた提案を行なうことための仕掛けづくりが大切である。