大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通のPCは新体制でどんな進化を遂げるのか? FCCL大隈新社長インタビュー

富士通クライアントコンピューティング(FCCL) 代表取締役社長/CEOの大隈健史氏

 富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の代表取締役社長/CEOに就任した大隈健史氏が、2021年4月1日の就任以降、初の単独インタビューに応じた。

 大隈新社長は、レノボの開発チームから「Mr.1kg(ミスターワンケージー)」と呼ばれるなど、PCの軽量化を自ら率先して提案してきた経緯を明かしながら、「私自身、FCCLの社長として、世界最軽量のノートPCに関われることはうれしい。世界最軽量の座は譲らない」と改めて宣言して見せた。

 そして、「FCCLの事業の特徴は、人に寄り添うこと。そこにフォーカスした製品を投入し続ける」と意気込む。大隈社長は、FCCLの経営の舵をどう取るのか。話を聞いた。

社長就任要請には即決で回答

――大隈社長は、直前までレノボ PCSD(PCおよびスマートデバイス事業)アジアパシフィックSMBセグメント担当エグゼクティブディレクターとして、シンガポールを拠点にして、アジアパシフィック地域における中小企業セグメントを統括していました。FCCLへの社長就任の打診があったのはいつ頃ですか?

大隈氏(以下、敬称略) 2020年10月か、11月頃だったと思いますが、上司であるケン・ウォン(当時はレノボ SVP兼アジア太平洋PCSDプレジデント)から提案をもらいました。

大隈氏の上司だったケン・ウォン氏(左)はレノボと富士通のジョイントベンチャーにも深く関与した。右はFCCLの齋藤邦彰会長

 統括していたアジアパシフィックの中小企業市場において、さまざまな取り組みなどが成功し、5年前には業界3位だったレノボのポジションが首位になり、私自身も、レノボ全社のHERO AWARDを受賞するなど、そろそろもっと大きなことをやりたい、もっとレノボ全体に貢献したいと感じていました。

 2年ぐらい前から、ケン・ウォンと人事の話しあいをしたり、食事をするときにも、もっと大きな仕事をやりたいと言い続けてきました。しかし、具体的な話というのは、この2年間はなかったのです。

 ただ、FCCLの社長というのは、まったく想定していなかったので驚いたのが正直なところです。同じレノボグループではありながらも、これまでFCCLのオペレーションには関わったことがなく、齋藤会長(=齋藤邦彰前社長)についても名前と顔は知っていても、接点がありませんでしたからね。

 提案は、「社長をやってみないか」というものであり、「やらないと、お前の将来はないぞ」というものではないですから(笑)、最終的には、私の意思で決めました。

――返事はどのタイミングで?

大隈 持ち帰ることなく、そのミーティング中に「やらせてほしい」と回答しました。ほぼ即答でしたね。

――なにが決め手になったのですか。

大隈 先ほどお話したように、もっと大きな仕事をしてみたいということが1つの理由です。これまでは、セールスおよびマーケティングの統括ですから、出来上がったものを売るという仕事となります。

 FCCLの社長の立場では、メーカーのトップとして、企画、販売、開発、製造のすべてを見る立場になります。私にとっても、やりがいがある挑戦だと感じました。そして、FCCLが持つ技術力やモノづくりなどにも興味がありました。

大隈社長が取り組む3つのテーマ

――打診されたときに、ケン・ウォン氏からは、どんなFCCLにしてほしいと言われましたか。

大隈 それが拍子抜けするぐらいになにもなくて(笑)。自分で考えてやれということなのだと思います。私は3つのことをやりたいと思っています。それを話したところ、反対意見もなかったので、それが期待値と言っていいのではないでしょうか。

新川崎の本社社長室で執務中の大隈社長

――3つの取り組みとはなんですか。

大隈 1つは、FCCLのユニークさ、独自性を保ち、お客様に寄り添って、FCCLのブランド価値や提供価値を研ぎ澄ましていくことです。独自性の維持は譲れないものであり、継続していきます。

 たとえば、製品という点では、世界最軽量のノートPCや、ふくまろへの取り組みがそれにあたります。独自の立ち位置を築き、そこを先鋭化していくことになります。

 2つ目は、これまでに比べると変化する要素になりますが、レノボグループ内でのプレゼンスを高めるということです。私はレノボに9年間在籍していますから、レノボグループ内のことをよく知っています。

 これは、FCCLの成長にとって重要な要素だと思っています。レノボグループ全体でみれば、FCCLがやっていないような事業領域も多いですし、技術や人といった面でも、FCCLが活用できるリソースは数多くあります。

 私がそうだったように、現時点でレノボとFCCLは、お互いのことを知らなさ過ぎて、誰にコンタクトすればなにがわかるのか、誰とコラボレーションの話ができるのかがわからない状況です。

 FCCLは、これまで独自性を強めてきましたから、レノボグループ全体のなかから見れば、FCCLという名前は知っているが、なにをしているのかわからない、なにが特徴なのかがわからない、誰とコンタクトすればいいのかわからないという状況なのです。

 私はそうした課題が解決できますし、人と人の交流を促進し、プレゼンスを高めるといったことに取り組みたいと考えています。FCCLのなかにも、レノボのリソースを積極的に取りに行ける人材を増やしたいですね。

――これは、レノボとFCCLの間にあった壁が崩れることにはつながりますが、1つめの要素であるFCCLの独自性が薄れ、レノボ色が強まることになりませんか。

大隈 ご指摘のように、人と人のつながりや、協業の幅という点では壁は崩れることになります。しかし、経営面からみた場合、情報のファイヤーウォールは継続されますし、FCCLの独自性は維持します。

 ただ、あまりにも独立性が強かった部分は変えていく必要があります。レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータ(NEC PC)と、FCCLのビジネスには大きな違いがあります。

 それは、レノボ・ジャパンやNEC PCは、レノボのアジアパシフィックという枠のなかにあり、さらに、レノボのグローバル戦略のなかに位置づけられることになり、そこで打ち出された方向性に沿ったビジネスを推進しているのに対して、FCCLは独立性があり、お客様にフォーカスし、一点に集中したビジネスが可能な点です。

 「お客様に寄り添う」という言葉はレノボグループでは使っていませんが、FCCLではその言葉を使い、自らの方向性を打ち出しています。これは、まさに、FCCLの独自性を示しています。

 しかし、その代わりに、レノボのリソースを積極的に取りに行くメンタリティや仕事の仕方にはなっていない点は改善しなくてはなりません。独自性の部分は変えない部分が多いと言えますが、もう少しレノボ寄りすれば、成果が生まれるという部分は変えていきたいと思っています。

 FCCLの完全な独立性と、レノボに融合するという間のどこかに、最適な回答があると考えています。いまがFCCLの独立性に100%寄っている状況だとすれば、少しレノボ寄りになるという表現ができると言えます。

――レノボ寄りになるのは、具体的にはどの部分になりますか。

大隈 これは、まだわかりません。探しながらやっていくことになりますし、きれいに仕分けできるものではないとも思っています。英語では「Cherry Picking」と言いますが、双方のいいところ取りをしたいと思っています。齋藤会長と私のコンビであればそれができます。

――3点目はなんですか。

大隈 企業として成長路線に乗せていくことです。PCはスケールビジネスです。小さくまとまって利益を出すのではなく、売上成長を追求していく姿勢を持たなくてはなりません。

――国内PC市場は、2020年度には過去最高の出荷台数を記録しましたが、今後は、GIGAスクール需要の減速と、テレワーク需要の一巡によって、市場全体が縮小していていきます。逆風のなかでの成長戦略になりますね。

大隈 需要が減速し、部品の調達にも遅れが出ていますし、厳しい状況にあるのは理解しています。単月や四半期ごとに見れば、前年割れになることもあるでしょう。しかし、中長期的に成長しないと、PC市場での存在感や、レノボグループのなかでの存在感も低くなります。

 その結果、レノボ全体から見れば、「なぜ、市場が縮小している日本に、レノボ、NEC、富士通という3つのブランドがあるんだ」という議論をはじめさせることになってしまいますから、それは避けなくてはなりません。

 FCCLとしての立ち位置をしっかりと見せ、多くの成長余地があることを伝え続けるためにも、成果を数字で見せなくてはいけません。PCだけにフォーカスしていては成長を維持できませんから、事業領域を広げる、あるいは市場を広げるという取り組みを通じて、企業としての成長を目指したいと考えています。

――FCCLでは、Computing for Tomorrowと呼ぶ新規事業創出プロジェクトを推進してきましたが、これは今後も継続しますか。

大隈 現在のプロダクトの後継機を出し続けるだけでは、限界があります。新たな領域に対して挑戦していかなくてはなりません。ここには当然失敗も伴います。それを視野に入れながら、新たなものに挑戦し、そのための投資も継続します。

――これらの目標は、いつまでに達成しますか。

大隈 3~5年の間には、成果を出したいと思っています。

せっかちなに性格を活かしながら、新たな経営を模索

――一方で、前社長である齋藤邦彰会長から言われていることはありますか。

大隈 それはいっぱいあります(笑)。市場背景や製品知識、そして、FCCLの社員や富士通のことを、もっとも理解している人物ですから、いまは毎日のようにミーティングを行ない、どんどん知識を吸収しています。

 いま挙げた3つのポイントは、齋藤会長とも共有をしていて、その方向に向かって、取り組みをスタートしているところです。私も、社長という立場で仕事をするのははじめてですし、会長とどんなかたちで仕事をすればいいのかがわからないのですが(笑)、齋藤会長には、私がやりやすいようにさまざまな配慮をしていただいていることを感じます。

 外から来た私に対して、さまざまなことを教えてくれますし、私がやるべきところは任し、齋藤会長が入るべきところはしっかりとカバーをしてもらっています。いいコンビで仕事ができていると感じています。

――はじめてとなる社長の仕事に対する不安はありませんか。

大隈 それはYesであり、Noであり、ですね(笑)。これまで知らなかった会社にマネジメントの立場で入ったわけですから、当然不安はあります。ただ、私のポリシーは、「迷ったら、難しそうなほうに行く」、「迷ったら、カオスなほうを選ぶ」というものです。

 そして、難しいことに挑戦できる場をもらえたというのは、これを託されるだけの信頼やネットワークを築いてきた証であると言えます。「任せてみたい」という期待値が、レノボ、FCCLにあるのはありがたいことです。これまでの実績と、それをもとに託されたということに自信を持ち、社長という新たな仕事に挑みたいと考えています。

――目指す社長像はありますか。

大隈 ビジネス書を読んで、「こういう経営者になりたい」と思ったことはあまりないんですよ(笑)。ただ、McKinsey & Companyのときも、レノボクループに入ってからも、論理的に物事を考えて、論理的にコミュニケーションをし、論理的に意思決定をするということで成果を上げてきましたが、このやり方は変えなくてはならないと思っています。

 FCCLは、大きな組織であり、日本で生まれた企業ですから、これまでとは違う考え方が必要で、長い時間軸で捉えた意思決定が増えると思っています。私はまわりからも、せっかちな性格と言われるのですが、実際、数字を細かく詰めて、結果を速く求めることが得意です。

 四半期単位で成果を求められるなかでは必要な要素であり、それがうまく成果につながってきました。アジアの組織は、ダイレクトにモノを言い合う文化を持っているのですが、そのなかでも私は直球派で、せっかちに物事を進めるほうなのですが、それはもともとの性格の部分と、あえて意識してやっているという部分があります。

 PC業界は動きが速いですし、じっくり検討しようとすると、物事が過ぎ去ってしまうこともあります。不完全でもいいので、方針を出して、意思決定をして、失敗するならばクイックに失敗して、次に行くといったようなやり方をしてきました。

 しかし、FCCLは、開発、調達、生産、販売、マーケティング、サポートまで、エンド・トゥ・エンドで、自前で展開する企業です。長期的視点が大切になります。齋藤会長や経営幹部の助けを得て、よいバランスを探したいと思っています。

――社長としての「大隈カラー」というものは出せそうですか。

大隈 カジュアルさを持ちながら、意思決定はすばやくしたいとは考えています。日本の企業は、詰めきって、完璧な状態になってから意思決定をするケースが多く、その結果、行動を起こすのが遅れることにつながっています。

 レノボ全体から見ると、FCCLもまだ意思決定が遅いと言えます。トライ&エラーをしてでも前に進めるような意思決定をして、クイックに回したいですね。

 ただ、この手法が、FCCLのなかで、どれぐらいマッチするのかが、現時点ではわかりません。FCCLのやり方に最適な部分を取り入れながら、ハイブリッド型の新たに仕組みを作ることが、大隈カラーにつながるのかもしれませんね。

 個人的には、まずは、日本のPC業界に認知されるような活動が必要だと思っています。私自身、海外でのビジネス経験が長かったので、日本のPC業界内からは、日本人だが、得体のしれない人物がFCCLの社長に就任したと思われているかもしれません(笑)。

 まずは、こういう人間であるということを社外、そして、社内にもしっかり伝えることが大切だと思っています。

――NECレノボ・ジャパングループの関係者に聞くと、複数の人から「大隈さんは明るい」という声を聞いたのですが。

大隈 シンガポールや香港では、そう言われたことはなかったのですが、日本の企業から見るとそうみえるのかなぁ(笑)。ただ、1つだけ意識しているのは、仕事はシリアスになりすぎないようにしている点です。

 仕事は楽しみたいと思っています。人生のなかで、寝ている時間より、仕事をしている時間のほうが長いわけですから、つまらないとか、やらなくてはならないからやっているというメンタリティでは続きません。

 日々の仕事を楽しみたいという意識でやっていますし、できるならば周りの人にも同じように感じてもらいたいと思っています。笑顔で、カジュアルに、楽しくというのがモットーですね。それが、もしかしたら「明るい」というイメージにつながっているのかもしれないですね。

41歳の若さはどう生きるのか

――大隈社長の任期はあるのですか。

大隈 それは示されていません。やらせてくれるかぎりやりたいと思っています。

――41歳という若さはFCCLの経営にどう生きますか。齋藤会長からは約20歳という大幅な若返りになります。

大隈 確かに、役員は、全員が私より年上です。日本では、41歳の社長というと、若いと言われますが、グローバルで見れば決してめずらしいことではなく、レノボでもそれは同様です。

 ケン・ウォンが、台湾、香港、韓国地域の社長を務めたのは30代でした。私が触れてきた文化からすれば、40歳前後で社長を務めるということは、特別に若いということではありませんし、個人的には違和感はありません。

 ただ、FCCLの社員からすれば、「若いのが、やってきたな」と思うかもしれませんね(笑)。そこは、結果やコミュニケーションを通じて、年齢が役割を決めているのではないということを示していかなくてはいけないと思っています。

――レノボ・ジャパンおよびNEC PCの社長を務めるデビット・ベネット氏も41歳ですね。

大隈 誕生日が数週間しか違わないんですよ(笑)。デビットのことは、AMD時代から知っていますし、プライベートでも一緒にF1を見に行ったり、子供が通う学校も一緒だったり、いい友人なんです。まだ、家探しが終わっていないのですが、住む場所も近くになりそうですよ(笑)。複数の言語で仕事をしたり、シンガポールから日本に来て、PCメーカーの社長を務めるといったように共通点も多いんです。

――立場は一転してライバルになりましたが。

大隈 とてもいい友人ですが、だからこそ、負けたくないという気持ちは一層強いですね(笑)。健全な競争関係のもとで競い合いながら、協力できるところは協力し、切磋琢磨しながら、日本のPC市場を盛り上げたいと思っています。

 そのさいに、私のほうが、ちょっとだけ高く成長したいですね。レノボのジョイントベンチャーが2つあるのならば、私たちのほうが勝りたい。正直に言うと、この関係は、個人的なモチベーションの維持にもつながっていますよ。

――そもそも、レノボグループに入社することになったきっかけはなんだったのですか。

大隈 McKinseyを辞めることを決めたとき、当時お付き合いがあったレノボ・ジャパンの社長を務めていたロッド(=故ロードリック・ラピン氏)に連絡をしたのです。

 忘れもしません、2011年12月26日のことです。その2日後の深夜1時ぐらいに、今度はロッドから連絡があって、グランドハイアット東京のバーにいるから、来ないかと言うんです(笑)。

 当時のレノボ・ジャパンの本社は、グランドハイアット東京がある六本木ヒルズにありましたからね。もしかしたら軽く送別会でもしてくれるのかと思って(笑)。出向いたら、レノボに来ないかという提案だったのです。

 年明けすぐに米ラスベガスで開催されたCESに行き、主要な幹部と話をしました。私としても、人生初の転職だったので、いくつかの会社とも接点を持ったのですが、レノボに決めた最大のポイントはロッドをはじめとして、魅力的な人が多いということでした。笑顔が多く、明るい職場だったことも印象的でした。

 その結果、レノボに入社し、香港で仕事をスタートすることになりました。そのときに初日に仕事を教えてくれたのが、ケン・ウォンでした。ともに、アジアのリーダーシップの一員として一緒に仕事に携わってきました。

就任会見で「ふくまろ」をかぶった理由とは?

社長就任会見では、齋藤会長から大隈社長に「FCCLの王冠」と称してふくまろのかぶりものが手渡された

――FCCLの社長初日となる4月1日の日の朝は、どんな感じで迎えましたか。

大隈 今日から、新たな環境に飛び込むことへの期待と不安、高揚感が入り混じった不思議な気持ちでしたね。でも、前日はしっかりと寝ることができましたよ

――4月1日に行なわれた社長就任会見では、質疑応答のさいに、「ふくまろ」のかぶりものをして対応したのには驚きました(笑)

大隈 あれは、自分でかぶることを決めたんですよ。

2018年1月のふくまろの会見では齋藤社長(当時)がかぶった
質疑応答でふくまろをかぶる大隈社長

――「コンサルティング会社出身で、レノボから送り込まれた社長」というのが、最初のイメージで、社員も戦々恐々としていたところがあったと思います。まさか、あそこまでやるとは。

大隈 3月末までは、立場上レノボのThinkPadビジネスに、間接的に関わっていましたから、現場では競合関係にあるFCCLには直接関与はできませんでした。

 4月1日に社長に就任し、真っ先に記者会見をやったため、社員に会うよりも先にメディアに出るということになってしまいました。ただ、会見を通じて、私のいろいろな面を社員に見てもらえたのでないかと思っています(笑)。

――外から見ていたFCCLの印象と、実際に内部に入って感じたFCCLとの差はありましたか。

大隈 コロナ禍ということもあり、オフィスに出社する回数が限定されていたり、直接、社員と話をする機会が少なかったりするのですが、技術や製品にプライドを持っている社員が多いことを感じています。

 新たな価値観を市場に問いかける製品開発を行なう会社であるということも、入る前から感じていたことで、それは間違いがなかったと思っています。ただ、もっと「野武士」のように、技術者がガンガン行くような風土かと思っていたのですが、意外とおとなしい印象を受けています。

 もしかしたら、製品づくりなどの具体的な話になると、これから社長に対してもドンドン突き上げがあるのかもしれませんが(笑)。むしろ、それを期待しています。エンジニアには主張するところは主張してもらい、私も思うことがあれば言うつもりです。

「Mr.1kg」が挑む世界最軽量ノートPC

――FCCLのモノづくりについて教えてください。まずは、世界最軽量ノートPCですが、これは社長就任会見でも、「世界一の座は譲らない」と宣言しましたね。

大隈 軽量は正義だと思っています。軽いということで困ることはありません。もっともわかりやすいバリュープロポジションです。私は、もともと小型、軽量のPCが大好きで、かつては富士通のLOOXを使ったり、ソニー時代のVAIO C1やVAIO GTも持っていたりしました。

 学生時代はコードも書いていましたし。手に収まるサイズで、持ち運べるPCはよく買っていましたよ。なるべく小さく、なるべく軽く、そしてなるべくバッテリ駆動時間が長いPCは、私の経験からも大切な要素であることを理解しています。

 私は、レノボのなかで、ThinkPadの開発チームに対して、アジアパシフィック市場からのニーズや要望を伝えるという役割も担っていました。そのとき、ずっと言っていたのは、ThinkPadをもっと軽くしてほしいということでした。

 会議のたびに、「1kgを切ったThinkPadを出してほしい」と言い続けた結果、レノボの開発チームが私につけた名前が、「Mr.1kg(ミスターワンケージー)」でした(笑)。「あいつは、来るたびに1kgしか言わない」と(笑)。

 2020年12月に、約907gと軽量化を実現し、1kgを切ったThinkPad X1 Nanoが登場しましたが、ようやく求めていたThinkPadが登場したところで、FCCLの社長に就任することになってしまいました。

Mr.1kgと呼ばれた大隈社長の意見が反映されたThinkPad X1 Nano

 しかし、私は、FCCLの社長として、世界最軽量のノートPCに関われることを、とてもうれしく思っています。FCCLの世界最軽量であるLIFEBOOK UH-X/E3 は、634gという驚くべき軽量化を達成していますが、これで終わりではありません。

 まだまだ軽くなる要素はあります。バックに入れたときにも存在を忘れるぐらいの軽さは、大きな価値を提供できます。もちろん、単に最軽量だけを実現すればいいとは思っていません。機能的な進化も遂げていくことになります。

――ちなみに、4月1日から使っているPCは何ですか。

大隈 いま使っているのはLIFEBOOK UHシリーズです。筐体の色はレッドです。バッテリが長時間駆動するモデルにしているので約800gになってしまっているのですが、ThinkPadしか使ったことがなかった家族からは、「とても軽いね」と言われましたよ(笑)。

大隈社長が4月から使っているLIFEBOOK UHシリーズ

――FCCLでは、さまざまなノートPCのラインナップのほか、デスクトップPCやタブレット、サーバーも開発、生産しています。この全方位型の製品ラインナップは見直す可能性はありますか。

大隈 現在の製品ポートフォリオは、そのまま継続していくことになります。ただ、CPUやOSのバリエーションが広がっています。CPU×OS×フォームファクタによる、すべての掛け算をカバーするわけにはいきませんから、どこを主戦場にしていくかということを考えながら、プラスαの領域をどこにするかを検討していきます。

――Chromebookへの参入も検討することになりますか。

大隈 Chromebook は、NECレノボ・ジャパングループが積極的に展開していますが、だからと言って、FCCLが選択肢を狭める必要はないと思っていますし、FCCLらしい製品が開発できる領域があれば、そこをやっていきます。

 国内市場において、あるいはレノボグループ全体として、FCCLの役割はなにかということを考えながら、得意なところに特化した製品を投入していくことになります。

――2021年5月には、富士通PCの第1号機であるFM-8が登場してから、40年目の節目を迎えます。40周年記念モデルの発売は予定していますか。

大隈 なにかやりたいですね。ただ、まだ具体的な話は聞いていなくて(笑)。40周年という1年間のなかでなにかできたらいいと思っています。

――齋藤会長は、AIアシスタントである「ふくまろ」の進化が、将来のFCCLにとって重要な役割を担うと位置づけていましたが、大隈社長はどう捉えていますか。

大隈 これまでのFCCLは、ハードウェアを販売するビジネスに注力してきましたが、今後、事業領域を拡大すべきだと考えています。それを、まず半歩、まず一歩広げるさいには、プロダクトに紐づいたサービスからスタートすることになります。ふくまろは、それを代表する存在になると考えています。

 そして、ふくまろそのものの機能の進化も予定されていますし、そこに私の意思も盛り込みながら、成長させたいと思っています。まずは、ハードウェアを便利に使ってもらうための付加的な役割が中心になりますが、ふくまろ単体でも価値を提供できるようにするという「野望」を持っています。

海外展開に大隈社長の人脈を活かす

――FCCLでは、2019年9月から、香港でコンシューマPCの販売をスタートし、現在、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナムにも販売を拡大しています。一方で、ドイツの生産拠点を通じて、欧州市場を中心に、富士通を通じた法人向けビジネスも展開しています。現在、3割の海外売上比率は拡大していきますか。

大隈 アジアのビジネスパートナーに話を聞くと、電気製品全体で、Made in Japanに対する強いニーズがあるのですが、かつてに比べると商品数が少なくなっているという状況が生まれています。こうしたニーズに対して、PCの領域では、レノボの販売網を活かして、FCCLがMade in Japanの製品を提供することができます。

 高付加価値の製品を購入できる需要層も増えていますし、現時点でも想定した数量は販売できていますから、まだ成長させる余地はあると考えています。

 アジアにおけるコンシューマPCの販売は、現在、6つの国と地域で展開していますが、個人的にはインドにも展開をしていきたいと考えています。欧米市場については、まだ考えられる段階ではありません。もし、欧米市場にレノボグループとして取り切れないカテゴリがあり、そこをFCCLのPCがカバーできるのではあれば出ていきますが、残念ながらいまはそれが見当たりません。

 世界最軽量も欧米よりは、アジアのほうが評価されやすいと思っています。FCCLのリソースも限定されていますから、まずはアジアで成果を出して、欧米市場でのコンシューマPCの展開は次のステップで考えたいと思っています。

 また、中国についても、レノボから要請があれば考えていきたいですね。日本の市場よりも、海外市場のほうが成長の余地はあると考えていますので、海外売上比率を高めたいと思っています。しっかりと販売していく体制を整えて、これまでのパイロットという段階から、さらに一歩進めたいと思っています。

 私がこれまで培ってきたアジアでのネットワークを活用したいと思っていますし、そこで、レノボとFCCLの製品の違いをしっかりと理解してもらい、パートナーとともに、FCCLのPCを、最適な領域に提案してもらえる仕組みを作りたいですね。

技術資産とコンセプトに価値を持つFCCL

――数年後のFCCLの姿はどう描いていますか。

大隈 FCCLの提供価値をもっと知ってもらうことが大切だと思っています。それがFCCLのビジネスを拡大することにつながります。

 そして、これはレノボグループに向けても同じです。レノボグループのなかでも、FCCLの存在をもっと理解してもらえれば、日本で展開するときにはFCCLと組むメリットがわかり、新たなビジネス機会が生まれることにつながる可能性があります。社内、社外に知ってもらい、理解してもらうことが、事業成長につながります。FCCLのポテンシャルは、もっと伸ばすことができます。

 たとえば、FCCLの特徴の1つにエンジニアリング能力の高さが挙げられます。エンジニアリング部門の人員が占める割合は、レノボグループのなかでも高く、FCCLの技術資産はレノボグループのなかでも別格と言えるものがあります。

 また、人に寄り添うというコンセプトを打ち出すことができるPCメーカーであるという点も大きな特徴です。PCが単に機能だけが求められる製品であるならば、ブランドもいらないし、製品の種類も少なくていい。

 しかし、PCはそうではありません。利用するシーンが幅広く、ハードウェアだけでなく、ソフトウェアやサービス、コールセンターを含めたユーザー体験が大切であり、そうしたことを含めて、このPCを使ってよかったと思っていただくことが大切です。

 そこにFCCLが目指す「人に寄り添う」という意味があります。FCCLが持つ技術資産と人に寄り添うコンセプトは、他社との差別化になります。これを武器にして、日本でのシェアをさらに伸ばしたいですね。

大隈社長はPC Watchの熱心な読者だった!

――最後に、PC Watchの読者にひとことお願いします。

大隈 じつは、私もPCWatchの読者の1人で(笑)。香港やシンガポールにいたときは、毎朝、各種情報を収集するのが日課の1つだったのですが、そのなかの1つにPC Watchが入っていました。

 日本は特殊な市場であり、日本語でしか出てこない情報もたくさんあります。海外のニュースサイトだけでは得られない情報も多いのです。しかも、PC Watchの場合は、編集部も、ライター陣も、「PC愛」が強い人が多いことが感じられ、仕事というよりも、趣味でやっていうのではないかと感じられることも多く(笑)、いいものはいい、悪いものは悪いと書くメディアだと感じていました。

 仕事での情報収集だけでなく、個人的にPCを利用するさいにも参考にしています。FCCLに対しても、同じスタンスで、これからも忌憚のない意見やご指摘をいただき、マーケットと対話するための媒体としても重視したいと考えています。

 また、PC Watchの読者のみなさんに対してですが、まずは、私自身、世界最軽量の維持はコミットしましたから、次の世界最軽量ノートPCも、ぜひ楽しみにしていてください。

 そして、いまはPCやタブレットなどのハードウェアの会社という認識が強いと思うのですが、今後は事業領域を広げ、お客様の役に立つハードウェア、ソフトウェア、サービスを提供する会社へと進化させていきたいと考えていますので、ここにもご期待をいただければと思います。