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スパコン「富岳」、わずか10日で2,000種類超の新型コロナ治療薬候補を選別

理化学研究所 科技ハブ産連本部医科学イノベーションハブ推進プログム副プログラムディレクターの奥野恭史氏

 理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」を活用し、新型コロナウイルス感染症の治療薬の候補となりうる数十種類の物質を発見したと発表した。7月3日、オンラインで開催した「新型コロナウイルスの治療薬候補同定」の中間報告のなかで、理化学研究所 科技ハブ産連本部医科学イノベーションハブ推進プログム副プログラムディレクターであり、京都大学大学院医学研究科教授の奥野恭史氏が明らかにした。

 奥野教授は、「1つの標的タンパク質に対するすべての薬剤での評価が終了し、興味深い結果が出た。残り3つの標的タンパク質においても同様の評価をしたい」とする一方、「数千規模の化合物とタンパク質の作用(結合)過程を、分子動力学計算レベルで計算した事例は世界でもはじめてであり、学術的にインパクトがある」と発言。

 さらに、「今回の結合シミュレーションには約10日間を要したが、ソフトウェアのチューニングが富岳用にできていないかたちで実施したものである。チューニングができれば、将来的には2日程度で計算が完了すると考えている。1週間あれば、1万以上の薬剤が評価できるようになり、創薬の世界を大きく変えることができる」と述べた。

新型コロナウイルス対策で優先的に富岳を利用

理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長

 富岳は、2020年5月13日に搬入が完了し、2021年度からの共有運用に向けた準備が進んでいるが、2020年4月から、文部科学省との連携により、新型コロナウイルスの対策に貢献する研究開発に対し、富岳の整備に支障がない範囲で、約6分の1のリソースを優先的に供出。今回発表したのは、そのなかで進められている実施課題の1つである「『富岳』による新型コロナウイルスの治療薬候補同定」の成果となる。

 この取り組みでは、富岳を用いた分子シミュレーション(分子動力学計算)により、2,128種類の既存医薬品のなかから、新型コロナウイルスの標的タンパク質と高い親和性を示す治療薬候補を探索し、同定するものだ。

 対象となった2,128種類は、臨床試験の対象となっている既存の抗ウイルス薬に限定せず、抗がん剤や糖尿病薬なども対象にシミュレーションを実施したという。

 また、評価の対象としたのは、新型コロナウイルスの標的タンパク質の1つである「メインプロテアーゼ」。新型コロナウイルスが、接触し、侵入し、増殖するという過程がのうち、増殖する上で働く酵素タンパク質である。アビガンやレムデシビルの標的タンパク質とは異なるものだという。

 理研では、今後、メインプロテアーゼ以外の標的タンパク質でも、同様に薬剤の作用過程を計算するという。8月中には、これらの計算も完了したい考えだ。

数日で数千種類の薬を評価

 理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「世界一となった富岳が、早くもさまざまなかたちで研究成果をあげており、喜ばしいことである。新型コロナウイルスの感染者が増加するなかで、感染拡大の予防策の1つとして、創薬に役立つという点で有効な成果が出た。

 いままでの常識では、創薬は約10年の時間がかかり、コンピュータの役割は候補薬をフィルタリングすることに、1~2年をかけて貢献していた。だが、新型コロナウイルスは即応性が必要であり、それに対して成果をあげることができた。創薬研究の方法論としては画期的なものである」とコメントした。

 奥野教授は、「これまでスーパーコンビュータでは、分子を動かす計算はできない。また、京では、薬剤が結合したところから計算し、生体に近いかたちで、シミュレーションができ、正確な結合の強さを見積もることは可能な点は画期的であったが、その前段階となるタンパク質がどのように結合するかを計算することは難しかった。

 創薬にとって重要なのは、タンパク質に結合(作用)するかどうかがわからないため、結合する薬剤を探すことが難しい点である。薬剤が離れている状態から、活性ポケットにはまり込むことを評価しなければ、どの薬剤が結合するかを探すことができない。京では、離れたところからの計算を行なった場合には、十数個ぐらいの計算はできるが、数千種類の化合物は対象にできなかった。京で約2,000種類の評価をするには、1年以上かかっていただろう。

富岳により2,128種類の薬剤をシミュレーションした

 薬剤開発では、たくさんの化合物の候補のなかから結合するものを探さなくてはならないというハードルがある。富岳によって、高精度で多くの化合物の結合が評価できるようになり、実験する手間が劇的に削減できる。今回は、6分の1となる72台のリソースを活用。これを一気に使ったわけでなく、時間配分に基づいて使用した。この成果によって、創薬の現場でも、富岳がより汎用的に使われることができることを示した」とした。

 今回の分子動力学計算によるシミュレーションでは、アプリケーションには、「GROMACS」を使用。シミュレーション上では、薬剤の濃度を通常の数百倍に高めることで、薬剤とタンパク質の衝突頻度をあげ、短い時間で結合過程を捉えることができたという。

 「薬剤の結合時間を十分に観測するには、最低1msは計算をしたい。だが、富岳でも1msの計算を千種類以上で計算するのは現実的ではない。そこで、薬剤の濃度を高めてシミュレーションを行なうというように、アプリケーション側で工夫した。薬剤がタンバク質の活性ポケットにはまり込み、安定して結合することを短期間に評価できた」という。

 奥野教授によると、富岳向けにチューニングした分子動力学計算アプリとして、GENESISを用意しているが、このアプリでは、高濃度計算機能が現在開発中であり、そこで今回は、富岳での利用を考えていなかったGROMACSを使い、高濃度計算をしたという。

 「GROMACSは、富岳用にはチューニングをしていない。だが、GENESISをチューニングした実績をもとにすれば、GROMACSもチューニングによって、5~10倍速くなることを見積もっている。今回は約2,000種類の評価に10日間かかったが、これが2日間で終わるようになる」とした。

 GROMACSは京でも利用されていた経緯があるアプリケーションであり、今後、富岳向けのチューニングを進める一方で、富岳と接続するクラウドサービスとの連携によって、GROMACSを活用できるようにする考えを示した。

メインプロテアーゼとニクロサミドの結合シミュケーション。黄部分が活性ポケット。赤いものが薬剤

 2,128種類の既存医薬品を、タンバク質の活性ポケットに結合する強さと、タンパク質全体に結合する強さをスコア化したところ、数10種類の薬剤を選択できたという。

 「大半の薬剤は結合しないが、評価できたなかで、上位30種類程度の薬剤が重要であると考えている。タンパク質の活性ポケットに結合する強さでトップ100位以内のものと、タンパク質全体への結合の強さでトップ100位以内としたもののうち、世界で新型コロナウイルス向けとして臨床研究や治験が行なわれている薬剤は、ニクロサミド、ニタゾキサニドなど、12種類である。

 スコアの上位にあるものが、海外では、臨床試験や治験が行なわれており、薬剤スクリーニングの結果とそれがリンクしていることが見えてきた。富岳の計算結果が正しいことを示すものである。

 ニクロサミドは、一度はまり込むと薬剤がなかなか外れないこともわかった。筋のいい薬剤である。これは世界的に解析されていないものであったが、それを示すことができた」などとしている。

 なお、ニクロサミドは、寄生虫(サナダ虫)を駆除する薬剤であり、妊婦でも服用可能で、安価なのが特徴。だが、国内承認はとられていない。また、ニタゾキサニドはC型肝炎ウイルスの治療薬としても検討された経緯があり、MERS(中東呼吸器症候群)の際にも候補になった薬剤だという。

 「ニクロサミド、ニタゾキサニドは、論文を読むかぎり、いずれもマイルドな薬効と見られており、新型コロナウイルスが過剰に増殖する前での服用や、濃厚接触により2週間の経過観測の際に予防的に服用するといった用途が検討されそうだ。

 また、レムデシビルなどの抗ウイルス薬との併用で薬効を強めることができる可能性もある。さらに、今後実施するメインプロテアーゼ以外のタンパク質にも作用する薬剤を探索するが、その結果とともに、ニクロサミド、ニタゾキサニドと組み合わせた投与も行なっていくことも検討できるだろう」とした。

 なお、奥野教授は、「これらは富岳の計算によって同定されたものであり、日本国内での臨床研究や治験は行なわれていない。この薬剤が、新型コロナウイルスに効果があることを示したものではない。また、勝手に個人輸入すると違法になる」とも述べている。

日本の製薬会社が開発した薬が活性ポケットと強く結合

縦軸がポケットへの結合スコア、横軸が全体への結合スコア。オレンジの線が上位100で区切っている

 その一方で、上位にスコアされた薬剤についても説明した。

 活性ポケットの結合の強さでは、ニクロサミドが2番目のスコアであり、それを上回る1位のスコアを出した薬剤の名称は、「名前だけが一人歩きすると、社会的な影響も大きい」として公表しなかったが、「日本の製薬会社がオリジナルで開発し、特許を持っているものである。海外では、臨床研究や論文などが報告されていない。この医薬会社と話しあいを行ない、製品化に向かって進んでいきたい」などとした。

 また、活性ポケットへの結合では3位のスコアだが、全体での結合では2位となり、マッピング上では、一番右上に位置づけられる薬剤については、「比較的古い薬剤であり、特許が切れているものである」と明かした。

 さらに、すでに海外治験が行なわれている薬剤のなかで、ニクロサミド、ニタゾキサニドについで、3位のスコアをつけた薬剤は、「日本でも市販されており、手軽に手に入る薬剤である」としている。

 理研では、今回の結果をもとに、今後は、これらの薬剤のライセンスを持っている企業に情報を開示して、新型コロナウイルスへの適用を提案するという。

 奥野教授は、「国内では治療薬の治験が行なわれていない。日本のメーカーにもがんばってもらいたい。医学研究者とともに、臨床研究、治験も進めたい。理研では細胞実験の検証も行ない、学術的な観点から順次公表していきたい」とした。

 一方で、今回のシミュレーションでは、タンパク全体に対して、結合する薬剤があることを見出したほか、一定の場所に滞在する薬剤も確認しており、「狙った活性ポケットとは別の場所に結合する薬剤については、副作用の可能性もある。今後の研究を通じて、副作用の予測にも応用できるのではないかと考えている」とした。