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新型コロナ変異株は2m離れても感染リスク高。飲食店での有効策は?スパコン富岳が解析
2021年6月23日 17:44
理化学研究所(理研)は、スーパーコンピュータ「富岳」を活用した新たなウイルス飛沫感染のシミュレーション結果を発表した。
室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測について明らかにしたもので、今回は、感染力が高いとされる変異株を含めた「15分会話における感染リスク」、距離を取ったり、パーティション使用したりといったシーンを想定した「飲食店における感染」、焼き肉店などの卓上排煙ダクトが設置された場合の「テーブルでの感染リスク」を予測。その対策についても示した。
理化学研究所 計算科学研究センター 複雑現象統一的解法研究チームの坪倉誠チームリーダー(神戸大学システム情報学研究科教授)は、「2mの距離で対面した際にも、時間が経過すれば感染リスクが高まる。マスクをせずに通常会話をしている場合、従来株では10%の感染確率に到達するまでに45分間だったものが、インド株(デルタ株)では20分弱で到達する」としたほか、「焼き肉店での排煙ダクトは感染リスク低減に効果がある」などとした。
富岳は、2020年4月から、整備を進める一方で、文部科学省と連携して、新型コロナウイルス対策に貢献する研究開発に対して、一部の計算資源を供出し、世界最高性能を生かして、シミュレーションや予測などを行なってきた。2021年3月9日からは、学術および産業分野における共用を開始している。
今回発表したのは、内閣官房の「スマートライフ実現のためのAI 等を活用したシミュレーション調査研究」、文部科学省および理研「新型コロナウイルス対策を目的としたスーパーコンピュータ富岳の優先的な試行的利用について」などの支援を受けて実施してきた研究成果となる。
理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「富岳は共用開始以降、Society5.0に関わる様々なプロジェクトなどを進めており、とても忙しく利用されている。だが、共用開始前から行なわれている新型コロナウイルス対策に関わる研究は、継続的に行ない、その成果を出しており、感染防止にもつながっている。変異種によって、感染が広がる懸念もあり、新型コロナウイルス対策は、富岳の大きなミッションである。研究開発を強化して、成果を国民のみなさんにそれを提示したい。ワクチンが広がっても、油断してはならない。飲食店でも、しっかりとした感染対策を取る必要がある。今回は、6月22日に、西村康稔経済再生担当大臣が発表したデータの詳細を示す内容になる」などとした。
感変異株は2m離れても感染リスクあり
今回の発表では、新たに「感染確率」という指標を示した。
坪倉チームリーダーは、「これまでは飛沫量に関する状況しか出していなかったが、感染力が高い変異株の影響や、ワクチンの効果などは、飛沫の到達量だけでは評価できない。もう1つ踏み込んで感染確率を出した」と説明した。
感染確率は、通常呼吸を想定し、ある時間内に吸引する飛沫の総量(ml)をシミュレーションにより予測。飛沫に含まれるウイルス数を仮定し、呼吸によって体内に侵入するウイルス数を算出。感染に至るウイルス数を、過去のクラスターイベントから仮定して、計算式から感染確率を推定した。
感染者の飛沫に含まれるピーク時のウイルス数をもとに算出しており、「ウイルス数は患者により大きく異なる。感染リスクについては、パラメータの設定で結果が大きく変化する。相対比較としては利用できるものだが、あくまで参考値としてほしい」とした。
その上で、感染者と15分間に渡って対面した時の感染リスクを、感染確率として示した。シミュレーションでは、感染に至るウイルス量を、900viral copiesと定めている。
マスクをしていない感染者と、15分間、大声あるいは通常会話をした場合、吸引する飛沫は距離が近くなるほど多くなり、感染確率も高まることがわかった。
「従来株の場合、大声でも、通常会話でも、感染者から2mの距離を取っておけば、感染リスクは10%以下になる。一方で、2m以内になると飛沫感染のリスクは急激に高くなる。25cmにまで近づき、15分いると、ほぼ100%感染に至る」とした。
また、従来株よりも2.5倍感染力が強いウイルス(インド株を想定)、1.25倍と想定したウイルス(英国株)のシミュレーションでは、15分間、対面で会話した場合には、通常株に比べて、約2倍に感染リスクがあがることがわかった。
「2mという距離が、これまでのソーシャルディスタンスの指標となっていたが、インド株では2m離れていても、10%程度の感染リスクがある。大声でしゃべっていると2m離れていても感染リスクは10%を超える。感染力が強いウイルスが広がれば、従来からの距離の取り方を見直していく必要が出てくる」と指摘した。
今回のシミュレーションでは、時間による影響も研究した。
坪倉チームリーダーは、「声を大きくして言いたいのは、どんなに感染リスクが低くても、その状態を長時間保つと、リスクはどんどんあがっていくことである」とし、安全と言われている2mの距離を取って、通常会話をしていても、従来株では45分間で、10%の感染確率に達することを示したほか、インド株の場合には、従来株の半分以下となる20分弱で10%に達するという。「距離だけでなく、時間というファクターにも注意する必要がある」と警鐘を鳴らした。
飲食店における飛沫感染リスクもシミュレーション
飲食店における飛沫感染リスクについても新たなシミュレーションを行なった。
今回は、16人程度が入る小型の店舗を想定し、室内に1人の感染者がおり、ここに1時間滞在した際の感染確率を算出した。感染者は1時間のうち、30分間大声で話をしていることを想定。法令で定められている店舗内の外気給気および排気装置を設置し、さらに、エアコンや厨房排気ダクトを設置していることを前提としている。「居酒屋で、アルコールを飲んで、声が大きくなっているという状況を想定した」という。
エアコンや厨房排気を止めて、給気ダクトから排気ダクトに向けて弱い風が流れている状況で、感染者が座っている場所の変化と、自分が座った場所による感染リスクの差をシミュレーションすると、感染者が1人いる店舗に、1時間滞在した場合には、1人あたりの平均感染確率は2.48%であるが、位置関係によって、感染確率は最大で78.9%にまで拡大するという。
「感染者が座る場所と、自分が座る場所の組み合わせによっては、非常に高い感染リスクが生まれる。感染者がどこにいるのかといったことが最も影響するが、相対的に換気ダクトによる風の流れの風下側が、感染リスクが高く、室内の空気の流れの風上側が、感染リスクが少ない。距離や時間だけでなく、風が吹くことによって感染リスクが変化することも知っておいて欲しい。店舗設計においては、場所による極端なリスクの差異を作らないことが大切である」とした。
シミュレーションでは、カウンターの端(図の9番)に、感染者が座っていた場合に、カウンターの隣の席に座った人への感染リスクがもっとも高いという結果が出ているほか、感染者が風上側(図の8番)に座った場合に、店全体への感染リスクが高まることがわかった。
ただし、カウンターの端(図の9番)に感染者が座った場合には、店内全員への感染リスクがかなり高まるが、そこに感染していない人が座った場合には、その人が感染するリスクがもっとも低いという結果も出ている。
また、エアコンと厨房ダクトを稼働させた場合には、より広い範囲に飛沫が飛ぶことになる。「飛沫が広く飛ぶということは危険ではないかと言われるが、広がって、薄められることで、影響範囲は広がるが、全体の感染リスクは下がることになる。一カ所に高い濃度の飛沫が留まるのではなく、かき混ぜることが大切である」と説明。1人あたりの平均感染確率は2.48%だったものが、2.07%にまで下がるという。
ただし、エアコンの強い風の風下にいる人たち(図の3番、5番、7番)の感染リスクが高まったり、2m以上離れた人でも感染リスクが高まるという変化も見られている。
坪倉チームリーダーは、「室内の風をコントールする必要がある」と提言し、その対策として、パーティションの有効性を示した。
高さ60cmのパーティションをカウンターやテーブルに設置したシミュレーションでは、飛沫の飛び方が分断され、全体の感染確率は0.53%にまで減少。「部屋全体でリスクを80%削減することができた。不特定多数の人が集まる場所では、全体の感染リスクを下げることが大切である」とした。だが、隣同士に横並びに座り、横にはパーティションがない場合には関連リスクが高まる結果が出ている。
また、距離を取るという対策も効果的だという。
パーティションは設置していないものの、人と人との距離を広げ、カウンター席では55cmだった隣の人との幅を100cmに、テーブル席では88cmだった前の人との距離を172cmにした場合、感染リスクが減少し、部屋全体の感染リスクは0.64%となった。
「距離を取ることによって、飛沫が部屋全体で薄めることができる。感染リスクは約75%削減できる。距離を取ることは、パーティションを設置するのと同じような効果がある。店舗内で距離が取れるようであれば距離を取り、それができないのであれば、適切にパーティションを設置することがいい」とした。
さらに、すべての人がワクチンを接種済みとした場合のシミュレーションも実施した。ワクチンの従来株への効果が95%、感染者もワクチン接種済みであれ、唾液中のウイルスが4分の1に低下していると仮定。その場合には、全体の感染リスクは0.04%にまで下がるという。「感染リスクは非常に低いところまで持っていける。できるだけ早くこうした状況にすることが重要である」と提言した。
なお、飲食店における滞在時間の違いによる感染リスクについても示した。先に触れたように、従来株の感染者が1人いる場合、1時間の滞在時間における全体の感染リスクは2.48%であったが、120分では約4%、180分では約6%となった。また、インド株では感染リスクが高まるため、約4%の感染リスクにするためには、120分だったものを50分にまで下げないといけないことも指摘した。
卓上排煙ダクトやシーリングファンも効果あり
「テーブルでの感染リスク」については、焼き肉店などの卓上排煙ダクトが設置されたテーブルに4人が着席し、1時間滞在。そのうち一人が感染者であり、前、横、斜めの3人に対して、10分ずつ、大声で話しかけるといったシーンを想定した。
「卓上排煙ダクトを作動させると飛沫の方向が変化し、人が吸引する飛沫の量が下がることになる。最もリスクが高い横の人の場合にも、感染リスクが下がっていることがわかった。卓上排煙ダクトにより、感染リスクを半分程度に下げることができる」とした。
卓上排煙ダストが作動している場合、正面の人に対する感染確率は15.1%から5.3%に減少し、斜め前の人の感染確率は12.1%から5.3%に減少、横の人の感染確率は43.8%から24.8%に減少した。
また、排煙ダクトを作動していない状況では感染確率が10%に到達するまでの時間は30分強だったが、排煙ダクトを作動していると約2時間かかるという。
「ポストコロナ時代を考えると、局所的に排気装置をつけることで、感染リスクに強い室内設計を考えることが必要である」と提案した。
新たな取り組みとして、ポストコロナ時代の室内設計として、シーリングファンの効果をシミュレーションした。
これは、鹿島建設およびシンガポール国立大学との連携によって行なったもので、部屋の天井に4つのシーリングファンを設置したシーンを想定した。シーリングファンを止めていると、感染者の周りに濃度の高い飛沫が漂うが、シーリングファンを作動させていると部屋全体に飛沫が拡散され、感染者から1.5m以内の感染リスクが大幅に減少していることがわかった。
シーリングファンを止めていると、感染者から50cmの位置で15分間いると感染確率は40%に達するが、作動させていると20%にまで下がる。1m離れたところでは作動させていれば、感染確率はほぼゼロになるという。
坪倉チームリーダーは、「空気の流れは,風下や風上の関係を生み、飛沫を水平方向に運び、それが吸引されることから、局所的な感染リスクの増大を生むことになる。シーリングファンは、換気能力はないが、上下方向に空気の流れを生み出すことから、飛沫を拡散、希釈させるとともに、居住者間で、水平方向で生まれる風下や風上の関係を減らせることができる。飛沫の濃度が薄まり、少々吸い込んでも感染しにくい状況になる。シーリングファンを作動させていれば、感染者から70cm離れていれば感染リスクはほぼゼロになる。ポストコロナ時代では、こうした状況を作り、感染症に強い部屋を実現することが大切である」と述べた。