笠原一輝のユビキタス情報局
GPU市場に地殻変動をもたらすIntelの第4世代Coreプロセッサ
(2013/6/10 12:57)
COMPUTEX TAIPEIは、PCメーカーがノートPC製造などを委託するODM/EMSベンダー、さらには自作PCユーザーにはお馴染みのマザーボードベンダーの本拠地である台北で開催されることもあり、多数のノートPCやマザーボードなどが展示される。記者発表会に参加したり、会場を歩いているだけで、大きな変化を感じられるという意味で、PC業界の関係者の1人として非常に貴重な勉強の場でもある。
2013年のCOMPUTEXで筆者が最も実感したことは、単体型GPU市場が大きな転換点を迎えているということだ。これまで、シリコンレベルでの主役は2つあった。1つはCPUであり、もう1つがGPUだ。だが、近年は、AMDやIntelが、GPUをCPUに統合したプロセッサ(AMDではAPUと呼称)が主流になっている。特にこのCOMPUTEX TAIPEIでIntelが発表した第4世代Coreプロセッサには非常に強力なGPUである“第7.5世代GPU”が内蔵され、従来のローエンドGPUに匹敵する処理能力が実現可能になっている。
これにより苦しい立場となっているのが、これまでPCに対して単体型GPUを提供してきたGPUベンダーだ。こうした市場環境が変わりゆく中で、GPUベンダーや台湾のパーツベンダーは対応を迫られつつある。
エンジン数を倍以上にした“第7.5世代GPU”を内蔵した第4世代Coreプロセッサ
すでに発表(こちらとこちらの記事を参照)されている通り、Intelの第4世代Coreプロセッサには大きく分けると、デスクトップPC版とノートPC版があり、以下のような製品群がある。
(1)通常のノートPC版(M/Hプロセッサ):2チップ
(2)Ultrabook/ハイブリッド版(U/Yプロセッサ):1チップ(SoC)
(3)デスクトップPC版:2チップ
デスクトップ版 | Hプロセッサ | Mプロセッサ | Uプロセッサ | Yプロセッサ | |
---|---|---|---|---|---|
TDP | 84W/65W/45W/35W | 57W/47W | 57W/47W/37W | 28W/15W | 11.5W |
プロセッサコア | 4コア/2コア | 4コア | 4コア/2コア | 2コア | 2コア |
グラフィックス | GT2/GT1.5/GT1 | GT3e/GT2 | GT2/GT1 | GT3/GT2 | GT2 |
PCI Express(GPU用) | x16 | x16 | x16 | - | - |
チップ構成 | 2チップ | 2チップ | 2チップ | 1チップ | 1チップ |
パッケージ | LGA | BGA | PGA | BGA | BGA |
2チップとなるMプロセッサ、Hプロセッサは、TDPが37W、47W、57W(SKUにより異なる)に設定されており、Ultrabookではない従来のタイプの薄型ノートPCなどに向けた製品となる。同じようなSKUなのに、MプロセッサとHプロセッサがあるのはパッケージの違いで、MプロセッサはPGAパッケージ版、HプロセッサはBGA版となっている。Intelは今後、通常サイズのノートPCでもBGA版をメインストリームにしたい意向で、次世代製品のBroadwell以降ではPGA版のMプロセッサはなくなり、BGA版のHプロセッサのみとなる。
Ultrabookやハイブリッド(2-in-1)PC向けのSoC版にはUプロセッサとYプロセッサが用意されている。ちなみに、実際にはパッケージ上でCPUとチップセットが統合されているのでSoP(System On Package)とするのが正しい表現だが、この製品もSoCとされることが多いので、ここでも便宜的にSoC版としている。UプロセッサはTDPが28Wまたは15W、YプロセッサはTDPが11.5Wになるが、SDP(Scenario Design Power)という熱設計上の指標が用意されており、Tjと呼ばれるダイ温度の限界値の制限により、クロック周波数などをが一定以上に上がらないようにすることで、ピーク時の消費電力を6Wに抑える仕組みが導入されている。これにより、薄型タブレットなどをデザインすることが可能になる。
こうした第4世代Coreプロセッサだが、CPUに内蔵されているGPUは、いくつかのバリエーションがある。
GT3e | GT3 | GT2 | GT1.5 | GT1 | |
---|---|---|---|---|---|
製品名 | Intel Iris Pro Graphics 5200 | Intel Iris Graphics 5100/Intel HD Graphics 5000 | Intel HD Graphics 4600/4400/4200 | ? | Intel HD Graphics |
エンジン数 | 40 | 40 | 20 | 12 | 6 |
eDRAM対応 | ○ | - | - | - | - |
第4世代Coreプロセッサに内蔵されているのは、Intelが7.5世代と呼ぶ内蔵GPUで、第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)に内蔵されている第7世代から世代が半分だけ上がっている。世代が半分しか上がっていないことからも分かるように、内部エンジンの構造は基本的に第7世代と一緒で、大きな違いは、内蔵エンジンが増えたことで、Ivy Bridgeまでの第7世代では16エンジンが最高だったのが、第7.5世代では最高で40エンジンと、倍以上に増えている点だ。
また、ソフトウェアの面でもDirect3D 11.1(いわゆるDirectX 11.1)、OpenGL 4.0、OpenCL 1.2に対応。ディスプレイコントローラもデジタル出力が可能な3コントローラになり、DisplayPort 1.2にも新たに対応するなど、ソフトウェア環境やディスプレイ出力に関しても単体型GPUに追い付いている。
第7.5世代GPUにはエンジン数の違いで、GT3、GT2、GT1という3つのデザインが用意されており、GT3が40エンジン、GT2が20エンジン、GT1が6エンジンという違いがある。ただし、実際にはGT1はGT2の20エンジンのうち10エンジンを殺した形になっており、GT3、GT2という2つのデザインがあるという方がより正確だ(図1)。なお、モバイル版にはGT3、GT2、GT1の全てのデザインがあるが、デスクトップPC版(具体的にはLGA1150版)にはGT2とGT1のみのラインナップとなる。
なお、OEMメーカー筋の情報によれば、実際にはGT2とGT1の間にGT1.5というモデルも用意されており、エンジンの数は12でデスクトップPC向けのSKUで採用される予定。GT1と同じくGT2のカットオフ版になるという。現時点ではIntelは公式にはGT1.5の存在を明らかにしていないが、今後登場するSKUで採用される可能性がありそうだ。
Hプロセッサに内蔵されているeDRAMの正体は、128MBのキャッシュメモリ
さらに、GT3にはeDRAMと呼ばれるエンベデッド型のDRAMをキャッシュとして利用できるデザインが用意されている。このeDRAMは、CPU、GPUに限らず共有キャッシュメモリとして動作する。プロセッサとは、双方向50GB/secの専用バスで接続されており、プロセッサ内部に内蔵されているLLC(Last Level Cache、最大8MB)の上位キャッシュ(ライトバックとライトスルー、どちらにも利用できる)として動作する。
このeDRAMはGPU用として説明されるため、GPU専用にしか使えないと誤解されているが、決してGPUだけに用途が限られているわけではなく、3DアプリケーションなどでCPUやGPUが大量のテクスチャをメモリから読み込む際に帯域を節約するためのキャッシュとして利用される。逆にGPUのフレームバッファとしては利用できない。また、この世代のeDRAMはプロセッサと同じ22nmプロセスルールで製造されているという。プロセッサの製造と同じ製造プロセスルールを採用したのは性能を重視した結果だとIntelのエンジニアは説明している。
このeDRAMが搭載されているのは、ノートPC向け第4世代CoreプロセッサのHプロセッサのみとなる。Intelでは、このHプロセッサをゲーマー向けと位置付けており、これまでAMDやNVIDIAの単体型GPUを搭載してきたノートPC向けに提供していく。
ただ、性能で追い付いたとしても、AMDやNVIDIAのPCゲーム向けの取り組みは長い歴史を持っており、Intelがブランドイメージでそれらの単体型GPUベンダーに追い付くのは時間がかかる。例えば、AMDやNVIDIAはPCゲームを開発するゲームパブリッシャーと協力してドライバの開発なども行なっており、PCゲームで問題があれば月に1回行なわれるドライバアップデートに反映するようにしている。これに対して、Intelでは四半期に1回アップデートがあればいい方で、AMDやNVIDIAのような努力を続けていく必要がある。
Intel PCクライアント事業部グラフィックスマーケティング課長 ジョン・ウェブ氏は「そうした声があることは認識している。我々は既に今後はゲームタイトルを提供するベンダーとの協力を昨年(2012年)から始めており、今後は多くのPCゲームのタイトルでもIntelのGPUへの最適化が進むだろう」としている。もちろん、こうした取り組みは地道なモノだし、いきなり1年や2年で結果が出るものではない。
しかし、本人達にやる気があって努力をするのと、やる努力をしないことには大きな違いがあり、時間はかかるかもしれないが、最終的には先行する2社に追い付ける可能性は十分にある。実際、Intelは第4世代CoreプロセッサのGPUのデモをCodemastersの「GRID2」というレースゲームで行なってきた。Intelがこうした発売前のゲームでデモをすることは、あまり例がない。つまり、共同マーケティングについてもIntelがゲームパブリッシャーに対して働きかけており、そうした取り組みが進められているということの裏返しでもある。
これからのメインストリームになるUltrabookなどでは単体型GPUの市場はほぼ消滅へ
すでに別記事で紹介した通り、Intelはこの第7.5世代GPUの性能を、第7世代に比べて2~3倍の描画性能を実現すると説明している。第2世代Coreプロセッサ(Sandy Bridge)、第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)でも十分なGPU性能を実現していたので、Intelにとってこの性能向上は大きなジャンプになる。
それにより苦しい立場に追い込まれるのが単体GPUをノートPCベンダーに提供するGPUベンダーだ。すでにGT2であっても、ローエンドのGPUに匹敵する性能を持っており、eDRAMが付いたGT3を採用できれば、単体GPUを搭載するメリットは小さくなる。
加えて、ノートPC市場のメインストリームが、徐々に従来型のノートPCからUltrabookへと移行しているという市場環境の変化もある。Ultrabookに単体GPUが搭載できないのは、技術的にも困難なハードルが2つある。
1つは、第4世代CoreプロセッサのUプロセッサ、Yプロセッサには、GPUを接続するためのPCI Express x16が用意されていないことだ。実際には最大で12レーンのPCI Expressを接続することができるのだが、そのPCI Expressはプロセッサパッケージの中にあるチップセット(Lynx Point-LP)側に接続されており、プロセッサとはDMIバスを経由で接続されることになるため、3Dゲームでは帯域幅が問題になる可能性がある。
そして、もう1つはUltrabookの熱設計では単体GPUを入れることが難しいという点だ。Ultrabookではどのメーカーも薄型軽量を売りにしたいため、いずれの製品でもギリギリを狙ったシステムの設計を行なっている。プロセッサに加えて、単体GPUを搭載しようと思えば、ローエンド向け製品でさえ十数Wになる消費電力に対応できるように熱設計に余裕を持たせなければならない(より上位のGPUを乗せたいと思えば数十Wになる)。熱設計に余裕を持たせるというのは、大きめのファンやヒートシンクを搭載するということと同義なので、結果的にシステムは大きく、重くなってしまう。そうしたUltrabookが魅力的かということは当然議論になる。
OEMメーカーは、UltrabookでもPCゲーミングをやりたいというユーザーのために、AMDやNVIDIAのGPUを搭載したUltrabookを提供してきた。若干厚めになってしまうが、それでもPCゲームをやりたいというニーズに応えるためだ。しかし今後、Intelはこのセグメント向けにも、TDP 28WのUプロセッサを提供する。このTDP 28WのUプロセッサは、通常のUプロセッサのGT3よりも高めのクロック周波数で動作するように設計されており、既存のゲーマー向けUltrabookのシャシーを利用して第4世代Coreプロセッサ搭載Ultrabookを製造したいというニーズに応えられるようにしている。
こうした事情を反映して、GPUベンダーは、ノートPC向けGPUのターゲットをゲーミングPCへとシフトしていっている。依然としてPCゲームユーザーにとってPCゲーミングと言えばAMDかNVIDIAのGPUが必須と考えているユーザーの方が圧倒的に多いからだ。このため、AMDはこのCOMPUTEX TAIPEI前にハイエンドとなる「Radeon HD 8900M」シリーズをリリースしたほか、NVIDIAも「GeForce 7M」シリーズを投入し、どちらのGPUベンダーも“PCゲーミング”を前面に押し出している。実際、COMPUTEX TAIPEIでOEMメーカーが展示した単体型GPUを搭載したノートPCの多くはゲーミングPCだったのだ。
GT2までしかないデスクトップPCでは、引き続き単体型GPUが生き残る
これに対して、デスクトップPC市場ではやや事情が異なっている。市場全体が“小型軽量”へ向かいつつあるトレンドは同様だが、それでもノートPC市場に比べれば単体型GPUが存在する余地はまだある。
日本ではとっくの昔に終わっているという印象だが、現在グローバルなデスクトップPCの市場は、伝統的なタワー型ケースから、液晶一体型(AIO:All In One)PCへの急速な転換が発生している。こうした製品ではノートPC向けの部品が利用されるので、ノートPCと同じように単体型GPUが入る余地は小さい。それでも、ノートPCに比べれば、液晶が大型で熱設計的には余裕があるので、ハイエンド向けの製品では依然として採用され続けている例が少なくない。
また、伝統的なタワー型ケースを利用する自作PC市場に関しても引き続き単体型GPUのニーズが続いていく。すでに述べた通り、IntelはデスクトップPC向けのLGA1150向けのLGAパッケージにはGT2までのSKUしか用意していない。こうしたデスクトップPCでは、ケース側の熱設計の制限というのが基本的に存在せず、(ユーザーが騒音や電気代を気にしなければ)消費電力を上げ放題であるため、GPUベンダーも200Wを超えるような強力な単体GPUをリリースしている。こうしたGPUには、いくらeDRAM付きのGT3でも歯が立たないのは明らかであり、だったら最初からローエンドだけを狙ってGT2までで十分と判断したのだろう。従って、ミドルレンジ以上の単体型GPUを搭載したビデオカードは引き続き市場としては成立していくだろう。
こうしたことを象徴するように、最近GPUベンダーの発表会では、PCゲーミング関連の発表が中心になりつつある。NVIDIAは今回何も新しい発表をしなかったが、最近はTegraやNVIDIA GRIDばかりを取り上げていたNVIDIAのジェン・スン・フアンCEOが、自身の記者説明会で一番最初に説明したのがPCゲーミング向けのGPUである「GeForce GTX 780」だったのはその象徴だ。また、AMDは記者会見のGPUパートでは、PC向けゲームを開発している開発者の話や、自社のゲーム向けの技術をアピールするRubyのデモに時間を割いた。どちらのGPUベンダーも、PCゲーミング市場こそが単体GPUが生き残る道だと考えている何よりの証拠だろう。
GPUベンダーも、マザーボードメーカーも自作PC市場では"ゲーミング"を訴求へ
ただ、自作PCを巡る環境も変わり続けている。すでに以前の記事でも触れたとおり、Intelは2014年のプラットフォームで、第4世代Coreプロセッサの後継となる「Broadwell」(ブロードウェル、開発コードネーム)のLGA1150版をスキップすることを決定している。代わりに、「Haswell Reflesh」(ハスウェルリフレッシュ)と呼ばれる改良版を、2014年向けのチップセットとセットで提供する。
また、Intel自社ブランドのマザーボードは2013年向け製品が最後で、2014年以降の製品開発を中止している。Intelは、今後自作PC市場においてNUC(Next Unit of Computing)に代表されるような小型軽量の方向へと舵を切る方針で、マザーボードベンダーもNUCに対応した製品やMini-ITXマザーボードを組み込めるようにした液晶一体型ベアボーンを開発してCOMPUTEXで展示するなど、自作PC市場全体としても徐々にシフトが進むと考えられている。
そうした中で、確実に伝統的なタワー型ケースとして残るのは、やはりハイエンドGPUが必要とされるようなPCゲーミングの市場だ。このため、マザーボードベンダー各社はこちらもノートPCと同じように、ゲーミングPC向けのブランドへの転換を図っている。ASUSのR.O.G(Republic Of Gamers)はその代表例と言え、各社はマザーボードだけでなく、ビデオカード、周辺機器(キーボード、マウス、ヘッドフォンなど)を併せてPCゲーマー向けに販売することで、新しい市場の開拓を狙っている。
言い古された言葉で恐縮だが、“ドッグイヤー”(人間の1年が犬の7年に相当することから、そのぐらいの勢いでIT業界の技術革新が進んでいくという意味)という言葉に代表されるように、PC業界やIT業界のトレンドの移り変わりは非常に速い。その中でもPCというプラットフォームは比較的長い間生き残ってきたが、今曲がり角を迎えていることを否定する人は誰もいないだろう。ドッグイヤーの世界では、変わり続けることが出来ない企業は退場せざるを得ない。COMPUTEX TAIPEIの会場で見られた各社の変化は、そうした厳しい競争を象徴していると言える。