笠原一輝のユビキタス情報局
新x86版Surfaceは法人向けのみ。それが示唆するArm版重視戦略とその先
2025年1月31日 00:00
Microsoftは1月30日(米国時間)に、法人向けSurfaceとなる「Surface Pro 11th Edition」、「Surface Laptop 7th Edition」のx86版を発表した。いずれも、基本的には昨年(2024年)の5月に発表された各製品のSoCを、Snapdragon X EliteからCore Ultra 200Vに変更した製品となる。
Microsoftは、昨年の3月に「Surface Pro 10 for Business」、「Surface Laptop 6 for Business」というCore Ultraシリーズ1を搭載した製品を発表しているが、これらの製品は法人向けのみで、一般消費者向けの製品は投入されていない。その意味では、x86プロセッサを搭載した製品は2世代続けて法人向けのみに投入されたことになり、一般消費者向け製品は存在しないことになる。
なぜMicrosoftはこうしたArmを重視した戦略をとっているのか、さらにその先には何が待ち構えているのか、CESで取材した内容なども交えながら考察していきたい。
2世代続けてx86版のSurface Pro/Laptopは法人向けだけ
今回Microsoftが発表した「Surface Pro 11th Edition for Business」、「Surface Pro with OLED 11th Edition for Business」、「Surface Laptop 13.8" 7th Edition for Business」、「Surface Laptop 15" 7th Edition for Business」は、いずれも昨年の5月20日にMicrosoftがCopilot+ PCとして発表したSnapdragon Xシリーズを搭載したArm版/一般消費者向けの「Surface Pro 11th Edition」、「Surface Laptop 7th Edition」のx86(Core Ultra 200V)搭載版、かつ法人向けという位置づけの製品になる。
より正確に言うと、法人向けのArm版Surface Pro 11th EditionとSurface Laptop 7th Editionは、昨年の9月10日から販売開始している。そのため、新たにx86版が加わったというのが正しい表現だ。
それらの発表順に図にしたものが上の図になる。2022年10月に発表された「Surface Pro 9」/「Surface Laptop 5」世代では、Surface Pro 9ではArm版とx86版の両方があり、Surface Laptop 5はx86版のみとなっていた。
そして2024年の3月に発表されたSurface Pro 10/Surface Laptop 6世代は、x86版かつ法人向け版(for Business)のみが投入されるということになっていた。この世代ではArm版が存在しないこともそうだが、一般消費者向けが存在しないという稀な世代だ。
その後は前述の通りである。
これを見て分かることは、2022年9月のSurface Pro 9/Surface Laptop 5以降、一般消費者向けのx86版Surface Pro/Laptopは2年以上新製品が登場していないという事実だ。上の図で言うと、赤い楕円で示した「ここに製品がない」と書いたところがそれに相当する。
Arm版Windowsの課題は引き続きソフトウェアの互換性
一般消費者向けと法人向けの最大の違いは流通経路だ。日本で言えば、ヨドバシカメラやビックカメラのような家電量販店、そしてAmazonのようなECサイトを経由して販売される製品が消費者向けになり、大塚商会などの法人向けの販売チャンネル経由で販売される製品が法人向けとなる。要するに、家電量販店で買えるか、そうではないかが大きな違いだ。
日本以外の地域では、この違いは大きな違いではない。実際、大企業は法人向けの販売チャンネル経由で購入するのが一般的だし、一般消費者はAmazonのようなECサイトで購入するのがメジャーだ。それに対して日本ではECサイトも拡大してはいるものの、まだまだ家電量販店の店頭で買うユーザーが多く、特に、筆者のような個人事業主や中小企業などのビジネスユーザーが一般消費者向けのモデルを購入するという例が少なくない。そうしたユーザーにとっては、一般消費者向けのSurfaceにもx86版があってほしいと感じるのは当然のことだと思う(ぜひとも日本マイクロソフトには、個人事業主なども法人向けSurfaceを買いやすくするなどの改善をしてほしい……)。
というのも、本誌でも何度か指摘している通りで、Snapdragon Xシリーズに採用されているCPUのISA(命令セットアーキテクチャ)はArm(正確に言うとArmv8)で、これまでのPCで使われてきたx86ではないため、アプリケーションの互換性問題があるからだ。
このため、Arm版Windowsには、x86命令をArm命令に変換して動作するバイナリ変換機能が搭載されており、ユーザーがx86命令のアプリケーションを動作させようとした場合に動作し、互換性を確保している。最新のWindows 11となる24H2では、「Prism」と呼ばれる新しいバイナリ変換機能が用意され、互換性と性能の向上を実現している。
さらに、MicrosoftとQualcommはここ数年、共同でそうした互換性問題を減らす取り組みを行ない、Arm命令でネイティブに実行されるアプリケーションを増やしている。Microsoft 365(いわゆるOffice)、AdobeのCreative Cloudなど、PC向けの主要なアプリケーションでWoAへの対応が進んでいる。
特にAdobeのCreative Cloudは対応アプリケーションが少ないという状況が続いてきたが、昨年10月にAdobeが開催したAdobe MAXでWoA対応を促進すると表明して以来、対応が進み、「Photoshop」や「Lightroom」、「Acrobat」、「Fresco」に加えて、「Premiere Pro」(と「Media Encoder」)はPrismを利用したバイナリトランスレータ版として登場し、「Illustrator」と「InDesgin」はベータ版(同)が登場しているという段階まできている。
しかし、日本のローカルの事情になるIME(日本語変換ツール)のジャストシステム ATOKは、2月にリリースされる予定の最新版となる「Tech Ver.35」でもWoAに対応しないとジャストシステムは明らかにしており、64bitのx86(x64)アプリではATOKを使って日本語変換ができないという問題は依然として残る見通しだ(標準のMS-IMEは利用できる)。また、VPNの接続ツールの中には一部動作しないものもあり、そうしたツールを利用している場合にも互換性の問題が発生する。
今の段階ではQualcomm自身が言っているように、「ユーザー利用時間のうち90%のアプリケーションはWoAで動作する」との通りで、以前に比べれば大幅に改善され、だんだんと互換性問題が少なくなっていることは事実だ。それでも100%ではないというのが現状で、結局いつまで経っても100%にならないという現実がある。よって、問題の有無はユーザーがどのアプリを使っているか次第だ。
法人のPC管理者が、社内でWoAのデバイスを導入する上でこの互換性問題が導入のハードルになっていることは否定できない。PC管理者は、今利用しているアプリケーションがすべて新しいPCで動作するかを導入前に検証しなければならない。それが1つでも動かなければ、Windowsの新しいバージョンの導入を遅らせるし、WoAのような互換性に問題が発生しそうなデバイスは買わないことになるだろう。
日本だけがこういった状況ではなく、グローバルにそういう傾向がある。だからこそ、今回Microsoftはソフトウェアの互換性に問題がない「Surface Pro 11th Edition for Business」、「Surface Laptop 7th Edition for Business」のx86版を法人向けに投入した、そう考えれば分かりやすい。
それでもMicrosoftがArmを重視する
ではどうしてMicrosoftは一般消費者向けのSurfaceはArm版だけにし、x86版は投入しないのだろうか?もちろん、今回発表された製品が、今後一般消費者向けに投入される可能性はないわけではないが、この2年以上まったく新製品が投入されていないという現状を鑑みれば、そこにx86版の製品を投入する「意思」がないと考えるのが妥当だ。
このことは、MicrosoftがSurfaceをどう位置づけているのかを理解すれば明らかだ。Microsoftは常々Surface製品とは「Windowsをよりよく利用するためのデバイスショーケース」と説明している。要するに、「こういうデバイスがWindowsプラットフォームにはほしいです」ということをOEMメーカーや顧客に指し示すための「具体例」として、形にしたものだ。
つまり、x86版の一般消費者向けSurfaceがないという現状は「Windowsプラットフォームの未来はArmとともにある」とMicrosoftが考えているということの現れだろう。それが言い過ぎなら、「少なくとも過半数のWindowsはArmベースになってほしい」と考えているということだ。
その状況証拠は既にある。それArmアーキテクチャをライセンスしている英Arm CEO レネ・ハース氏の「2030年までにArmがWindowsデバイスで支配的なシェアを占めるようになる」という発言だ。
この発言は昨年の6月に行なわれたCOMPUTEXでのArmの記者会見中に発せられた発言だが、この当時は多くの関係者が“ハース氏の個人的な願望だ”と考えてきた。しかし、今回の2世代続けてx86版のSurfaceは法人向けだけというMicrosoftの発表を見ると、どうもそれはMicrosoft自身がそう考えていて、それをハース氏は理解していてそういう発言をしたと考えると、いろいろつじつまがあってくると言える。
実際、MicrosoftはWoAに非常に力を入れており、昨年5月の年次イベント「Build」で、Windows関連のセッションのほとんどがWoAだった。さらに言えば、Copilot+ PCのソフトウェア、たとえばRecallなどがまずはArm版が開発され、それがx86版へとコンバートされているという現状を見れば、MicrosoftとしてはWoAの普及が今の最大の優先事項、そう考えている節があることが感じ取れる。
そこに今回の“x86版のSurfaceは2世代続けて法人向けだけ”という発表。状況証拠は揃ったと言ってよい。Microsoftの本音は、ハース氏が言った、2030年までにArmが過半数になるように目指しているということ。表に言う発言かどうかはともかく、本音ではそう考えてロードマップを引いていると筆者は考えている。
さまざまな状況証拠は、MicrosoftがNVIDIA、MediaTekのWoAへの参入を近々認めると語っている
では、そのMicrosoftのもくろみが成功しているのかと言えば、取材を通じた現状では残念ながらそうではないらしいことは分かってきている。昨年6月にArm版の「Surface Pro 11th Edition」、「Surface Laptop 7th Edition」が販売開始されてから、非常に売れているのか?と言われればそうではないからだ。
特にソフトウェアの互換性を重視するユーザーが、ほかの市場に比べて多い(つまりPCを古くから使っているユーザーが多い)日米の市場では苦戦している。OEMメーカーの幹部に聞いても、オンレコの取材では「新しい選択肢が出てくることは素晴らしい」という言葉が出てくるが、「想定よりも売れていない」という答えが返ってくるのが現状だ。具体的な数字は今後明らかになってくると思われるが、現状PC業界の誰に聞いてもそういう認識だということは一致しており、おそらくSurfaceも同じような状況だということは想像に難くない(あくまで筆者の推測に過ぎないが)。
正直に言って順調なスタートかと言えばそうではないことは否定できないが、「Armを過半数にするという目標を実現するための始まりに過ぎない」ということは言える。
PC業界にとって、次に予想される大きな動きは、WoA向けのSoCに新しいベンダーの参入があるかどうかだろう。というのも、現在のPC市場の過半数という数字を実現するには、グローバルなPC出荷台数である約3億台(年によって揺れがあるが、おおむね3億台前後という意味)の半分がArm製品になる必要がある。それがQualcomm 1社で実現できるのかと言えば、いろいろなパラメータ(OEMメーカーやODMメーカーのサポート体制など)を考えても難しいと考えられる。x86がIntelとAMDという2社で実現されているように、Arm側にも、もう1~2社の参入が必要なのは明らかだろう。
そこで浮上してくるのが、PC業界では浮かんでは消え、浮かんでは消えている、NVIDIAやMediaTekのようなSoCベンダーがWoAに参入するという「うわさ」だ。
2025年年頭のCESで、Armでクライアント事業を統括する上席副社長 兼 クライアント事業部 事業部長 クリス・バギー氏にお話を伺う機会があったので、Qualcomm以外のベンダーがWoAに参入する可能性はあるのかと聞いてみると「MicrosoftはこれまでWindowsプラットフォームを適切に管理してきた。しかし、彼らがよりエコシステムをリッチにしたいと考えるのであれば、(SoCベンダーの拡大ということが)起こるだろう。彼らはそういう気があると我々は考えているし、だからこそ我々はWindowsにコミットしている」と述べた。具体的なことは何も教えてくれなかったが、以前よりも前向きなコメントを聞いた時、Qualcomm以外のベンダーの参入がかなり近くなっているのだなと感じた。
そして、NVIDIAとMediaTekはそのための「玉」を既にもっている。それがCESのNVIDIA ジェンスン・フアンCEOの講演で発表されたミニPCである「Project Digits」に搭載された「NVIDIA GB10 Grace Blackwell Superchip」(以下GB10)だ。
MediaTekと共同開発されたGB10は、CPUがCoretex-X295が10コア、Cortex-A725が10コアという20コア構成、そしてGBはBlackwellアーキテクチャでFP4の精度で1PFLOPSの性能を実現するとされている。今回公開されたProject DigitsはいわゆるミニPCだが、スペックを見る限り、そのままWindowsが動いておかしくない(というか、BIOSさえ対応すればWoAをインストールできるだろう)。
NVIDIAほどの規模の会社が、開発用のミニPCのためだけに新しい半導体を起こすなど通例では考えられない。本当は何用なのか真剣に考えれば答えは1つしかないと思う。あとは、MicrosoftがWoAをQualcomm以外にもライセンスすることを決断するかどうか次第だ。
状況証拠、MicrosoftのSurfaceラインアップ、Arm側の発言、そしてNVIDIAのGB10ベースのProject Digitsを見る限り、その日はかなり近づいている(つまりMicrosoftは既に決断している)と筆者は考えている。時期的に考えれば、今年の後半辺りに新しい動きが出てきて、WoAの本当の飛躍が始まるのではないだろうか。引き続きラスベガスでギャンブルをすることが可能なら、そちらに有り金をかけたい気分だ。