笠原一輝のユビキタス情報局

「半導体を見ていると数年後のイノベーションが分かる」が強く感じられた今年のCES

AMDの基調講演でリサ・スー CEOが公開したCPUとGPUがチップレットで1チップに統合されているInstinct MI300。こうした半導体のイノベーションが、次のソフトウェアイノベーションを起こそうとしている

 年初に恒例となっているデジタル業界の展示会「CES 2023」が、今年(2023年)も1月5日~1月8日(現地時間、日本時間1月6日~1月9日)に米国ネバダ州ラスベガス市の会場で開催された。

 PC関連の話題で言うと、16型のノートPCが増えたこと、裸眼3D立体視が注目を集めたこと、そして引き続きゲーミングPCや薄型ノートPCも話題を集めていたことが注目ポイントだったが、PC以外の話題に転じてみると、引き続きスタートアップは大きな話題だったし、自動車関連もソニー・ホンダの「AFEELA(アフィーラ)」が話題になるなどのさまざまな話題があり、その年のデジタルの動向を占うCESらしいイベントとなっていた。

 そして、筆者が何よりも感じたことは、さまざまな企業の発表や講演などを見て感じたことは「半導体を見ていると数年後のイノベーションが分かる」ということだ。それはどういうことなのだろうか?

16型ディスプレイを搭載ノートPCが今年のノートPCのトレンド

毎年1月上旬に行なわれるCES、こちらはスタートアップの園である「エウレカパーク」があるVenetian Expo

 筆者は1999年の1月に初めてInternational CESと呼ばれていた当時のCESに参加して以来、年初の時期には渡米して毎年CESに参加し続けている。唯一の例外は、2021年でこの年はCOVID-19によるパンデミックの影響で現地での対面イベントはなく、オンラインのみでの開催となったため、オンラインでのみ参加している。それを含んで、今回のCESに参加することで25回連続になっており、四半世紀経過ということで節目の年となった。

 今回のCESでも、本誌や僚誌Car Watchなどに記事を寄稿しているので、興味がある方はCES 2023関連記事をご参照いただきたい。

 そうした筆者にとって、今回のCESは非常に興味深く、表面だけでなくその表面の下にある「何か」を見ている人にとっては興味深いイベントだったと言って良いだろうと感じた。それが何かはゆっくり説明していきたいが、まずはPC Watchの記事らしく、PC関連の話題からスタートしたい。

 今回のCESでは、1月3日にIntelがノートPC版第13世代インテルCoreプロセッサ(以下第13世代Core)を、同じく1月3日にNVIDIAがノートPC版GeForce RTX 40シリーズを、1月4日にはAMDがノートPC版AMD Ryzen 7000プロセッサ・シリーズ(以下モバイルRyzen 7000シリーズ)を、発表したこともあり、そうした新しい世代のCPU/GPUを搭載したノートPCが多数発表された。

右側が第13世代Core(ASUSスペシャル版パッケージ)、左側はNVIDIAが発表したGeForce RTX 40シリーズ
AMDのRyzen 7000シリーズのHX(TDP 55W版)

 Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovoといったトップ5のグローバルPCメーカーは、いずれもCESあわせで新製品の発表を行なっており、Dellは姿を現わさなかったものの(製品はMicrosoftブースで展示されていた)、Acer、ASUS、Lenovoはホテルの宴会場やレストランなどに展示会場を設けて展示を行ない、HPは報道関係者向けのイベントに参加して自社製品を展示した。

 また、最近「gram」ブランドの薄型・軽量ノートPCで人気のLGも、セントラルホールにブースを構えそこで自社製品を展示した(SamsungはブースにノートPCが展示されていたが、いずれも発表済みの第12世代Core搭載製品で新製品はなかった)。

 そうした展示を見ていて感じたPCでの1つ目のトレンドは、16型のディスプレイを搭載した製品が増えたことだ。ゲーミングPCにせよ、コンシューマ向けのノートPCにせよ、とにかく16型が増えた。

 PCメーカーの関係者に聞くと、狭額縁が一般的になったことで、15型のディスプレイを搭載していた製品が16型にシフトした結果、そうしたことになっているのではないかという分析だった。その意味で、日本のリテール市場では売れ筋の15型のノートPCも、今年は16型へのシフトが起こる年になる可能性があると言える。

LGブースのgramシリーズの展示
16型の2-in-1型となる16T90R
Microsoftブースに展示されていたDell Alienware m16
ASUSのTUF Gaming A16 Advantage Edition
ASUSのZenbook Pro 16X OLED、詳しくはこちらの記事を参照
ASUSのSwift Go 16

裸眼3DのノートPCがトレンドに、ASUSが新製品を発表

Acerの裸眼3Dのマシン、左2つがノートPC、右が単体ディスプレイ

 2つ目のトレンドは、各社が裸眼3Dのソリューションに取り組んでいたことだ。この取り組みを最初に始めたのはAcerで、既に昨年(2022年)の9月に行なわれたIFAのタイミングで製品を展示し、米国などでは既に販売を開始している。

 従来の方式との大きな違いは、ディスプレイの上部につけられたアイトラッキングのセンサーが両目の動きを検知し、ややずらした映像を表示することで、人間の目に立体であるように見えるという仕組みだ。

センサー部分
左右の目に違う画像を見せているので、カメラで撮影するとこうなる。つまり両目で見ると、きちんと立体視に見ている。明らかにIFAの時よりも立体に見えるようになっていた

 今回Acerはその裸眼3Dのソフトウェアを更新し、従来よりも立体的に、かつレイテンシが低くなったバージョンを公開した。確かにIFAで見たときよりも明らかに動作が改善されており、結構迫力がある3D映像を見ることが可能になっていた。さらに別記事でも紹介しているように、ASUSも同様の製品を今回のCESで発表して展示した。

 このほかにも、ここ数年のCESのトレンドであるゲーミングPC、モバイルPCも多くが発表展示されている。特にゲーミングノートPCはAMDにせよ、Intelにせよ、新しいノートPC向けCPUはゲーミング向けのHXやH(Intel)/HS(AMD)から出荷することを明らかにしており、そうした傾向もありノートPCメーカーもCESでは多数のゲーミングノートPCを展示していた。引き続きゲーミングノートPCのラインアップが増えていくのも、2023年のノートPC市場の特徴になる可能性が高いだろう。

AcerのSwift 14、第13世代Core H、14型2560x1600ドットのディスプレイを搭載した重量は1.2kgと軽量
HPのDragonfly Proは、AMDのRyzen 7000シリーズを搭載した新しいDragonfly
HPのDragonfly ProのChromebook版
LG gram Styleの14インチ版となる14Z90R5、シームレスタッチパッドを搭載

ソニー・ホンダのアフィーラって要するにPCやスマホが自動車になったもの

ソニー・モビリティ アフィーラのプロトタイプ車両

 CES全体の話題という意味では、ここ数年のトレンドを引き継いで、自動車、メタバース、そしてスタートアップが引き続き大きな話題だった。

 自動車に関しては、ソニーとホンダの合弁会社「ソニー・ホンダモビリティ」が発表したEVのブランド「AFEELA(アフィーラ)」が発表され、そのプロトタイプが発表されて展示された。

アフィーラのプロトタイプ車両

 今回展示された車両はプロトタイプで言ってみれば「つくってみました」というレベルで、実際にリリースされるときには全く違う車両になっている可能性が高いだろう。ただ、重要な事はこのアフィーラのEVはソニーがUX(ユーザー体験)を担当しており、言ってみればXperiaやPlayStationのようなユーザー体験が乗客に提供されるようになる。

 というのも、アフィーラに採用される半導体は、Qualcommが提供することが明らかにされている。

 つまり、ソニーがQualcommのSnapdragonを採用してXperiaで提供しているようなUXがアフィーラでも提供される、そういうことだ。

 そして、ソニー・ホンダモビリティに限らないが、EVではOTA(On The Air)と呼ばれるインターネット経由したアップデートが提供され、スマートフォンやPCのOSがバージョンアップする度に機能が追加される、そうした形のデバイスに進化していくことになる。

 既にOTAはテスラやフォルクスワーゲンといった自動車メーカーで提供されているものだが、それが当たり前になった世界では、そもそも自動車というものの概念が大きく変わる可能性を秘めている。もはや自動車はクラウドに接続されて、さまざまなアプリケーションがクラウドベースで走ることでできることが増えるエッジデバイスになり、スマートフォンやPCと同列になるという未来がもうそこまで来ているということだ。

エウレカパークと呼ばれるスタートアップ展示は今年も盛り上がっていた

Badgerの「Closed Captions On Me」

 また、従来のSands ExpoからVenetian Expo(The Venetian Expo & Convention Center Las Vegas)に名称が変更された第2会場では、エウレカパークと呼ばれるスタートアップ向けの展示会場が今年も用意されていた。CESの主催者であるCTAはこうしたスタートアップ支援に力を入れており、ここ数年エウレカパークの展示は毎年盛り上がっている。

 エウレカパークに出展できるスタートアップは、創業して数年以内という条件があり、それ以降はエウレカパークの上のフロアに移動することになる。したがって、エウレカパークに出展しているスタートアップ企業はまだまだ駆け出しのスタートアップがほとんどで、まだPoC(Proof of Concept、コンセプトが本当に動くのかの試作段階)をやっている所もあれば、製品として発売しているところもある。

How are youと発音すると日本語や中国語などに変換されて文字が表示される、もちろん英語のまま表示も可能

 例えば、Badgerというスタートアップでは「Closed Captions On Me」という自動翻訳バッジをデモしていた。仕組みは割とシンプルで、バッジはマイクと集音したデータをWi-Fiでクラウドへアップロードする仕組みが入っており、クラウド上で音声をテキストに変えてバッジに戻す。そしてバッジはE-INKのディスプレイになっており、クラウドから送られてきたテキストを表示する。音声認識のエンジンは英語だけでなく、日本語、中国語など多言語の翻訳にも対応しており、英語で「How are you?」と言うと日本語で「元気ですか?」という文字が表示された。駅員さんのバッジに多言語の翻訳機能を入れておけば、例えば日本の鉄道で日本語しか話せない駅員さんが英語や中国語で案内する、などの使い方にも使えそうだ。

Abbottの貼る血糖値センサー

 貼る血糖値センサーを出展していたのはAbbott。同社の血糖値センサーは腕に貼って、血糖値の量がリアルタイムに分かるようになっている。データはスマートフォンに転送されてデータとして確認できる。センサーは一度貼ると14日間利用することができ、14日経過後は次の新しいセンサーを張り付けて利用する。同社ではこの血糖値センサーは医療用ではなく、スポーツ用として位置づけており、トレーニングを行なう際の指標の一つとして使うと説明している。

YuKiのサッカー選手用スポーツセンサー

 フランスのYuKikというスタートアップは、サッカーの選手の靴下にセンサーを入れ、どれだけ移動したか、どれだけ走ったかなどのデータをスマートフォンのアプリに表示するスポーツテックを展示していた。そのセンサーは試合の後は、活動量計として使えるように、時計のようになるケースも用意しており、スマートウオッチ的な使い方も可能になる。

半導体メーカーがPoCとして見せていたデモが、数年後のCESでイノベーションになると感じた今年のCES

ジョンディアのブースに展示されていた自動運転農機

 最後に今年のCESを象徴していたと筆者が考えている基調講演について触れて、この記事のまとめとしたい。それが、CESの会期初日(1月5日、現地時間)に行なわれた、米国の農業機器メーカーであるジョンディアの基調講演だ。詳しくは僚誌Car Watchで詳しくリポートしているので、内容に興味がある方はぜひそちらをご覧いただきたい。

 この講演の肝となるのは、ジョンディアという伝統的な農業機具の会社という一見するとITとは全く関係がなさそうな会社が、AIやデータアナリティクスの手法を利用して、農業の効率を改善していくというストーリーだ。ジョンディアは、ITを導入する以前は農業機具の大きさをできるだけ大きくする、エンジンの馬力をあげるという形で、農業の高効率化を実現してきた。実際にジョンディアのブースに展示された同社の農機はとにかく巨大で、かなり大きなジョンディアブースの端から端まで使ってもアームが入らないという巨大さだった。

巨大なアーム部にはNVIDIAのGPUを採用したECU、センサー、肥料を噴射すする噴射口などが用意されており、各種のデータを画像認識で取得する

 このジョンディアの自動運転農機のウイング部にはECUが用意されていて、そのECUが画像認識を行ない、データをクラウドに送る役割を果たしている。今回ジョンディアはそのECUにNVIDIAのGPUが利用されているということを明らかにしている。

 要するに、畑を耕したり、種をまいたり、肥料をやったりということをその自動運転農機が自動でやりながら、同時に畑の状態をカメラで撮影しそれを画像認識して、そのデータをクラウドにどんどんアップし、それがビッグデータとして蓄積されていっている。そしてそのビッグデータを利用して、畑の状態をAIにより成長を予測し、もっとこうしたら収穫量が増えるなどの分析をおこなっていくということだ。

 これを見ながら筆者は、2019年のCESでNVIDIA 共同創業者でCEOのジェンスン・フアン氏が言っていた「GPUはドメインスペシフィックなプロセッサで、CUDAによりさまざまなドメイン(領域)に応用できる。それに向けて複数のドメインに向けた開発キットを用意していく」と語った話を思い出していた。

 今回ジョンディアがデモした農業向けのアプリケーションは、ある意味でGPUの「ドメインスペシフィック」な使い方と言ってよいだろう。NVIDIAは、そうしたドメインスペシフィックな開発キットとして、自動車向け、ロボット向け、医療向けなどさまざまな開発キットを用意しており、さまざまな産業に特化した開発ツールを用意してさまざまに横展開していっている。

 もちろんそうした展開をしているのは、NVIDIAだけでなく、AMDも、Intelも、Qualcommもみな同じようにさまざまな産業に横展開することをこの5年ぐらいずっと訴えてきており、ジョン ディアの公演はそうしたことが実際に現実になってきている、そうした世の中の流れを象徴していると言って良いだろう。

 また、最近さまざまなところで話題になっている「Stable Diffusion」に代表されるような画像生成AIや、ChatGPTのようなNLP(Natural language Processing、自然言語処理)のアプリケーションは今回のCESでも大きな話題で、それこそ各所で似たようなデモが行なわれていた。いずれも、今後さまざまな発展が予想される重要な応用例だが、率直に言って筆者にとってはかなり既視感がある話題であることは否定できないのも事実だ。というのも、いずれもNVIDIAのGTCなどで何度も見せられたデモで、「あーそれがちゃんとした製品として形になってきたのだな」というのが率直な印象だったからだ。

 もちろん、そうしたPoC(Proof of Concept、発明などが本当に動くのかどうか試作機をつくって実証すること)レベルからきちんと世に出せるようにしてきたソフトウェアベンダの努力があったからこそ、こうやって世の中で話題になっていることは忘れてはいけない。それはそれとしてリスペクトしつつも、これから数年先に起こるようなイノベーションを真剣に追いかけたいと思っている投資家やイノベーターの皆さんには、ぜひとも今半導体が見せているPoCにはもっと注目して良いのではないかと感じた。

 そしてもう1つ指摘しておきたいのは、今回のCESでもさまざまな半導体の新製品が発表された。PCの部分で紹介されたノートPC向け第13世代CoreやRyzen 7000シリーズはもちろんだが、AMDのデータセンター向けCPU/GPU統合チップとなるInstinct MI300などもあった。そうした半導体のイノベーションが起こることで、ソフトウェアのイノベーションが起こり必要となる処理能力が増えるから、そうした新しいプロセッサが登場する。そういうかつて、PCやスマートフォンが経てきた成長のスパイラルが、社会全体で起こりつつある、今回のCESはまさにそれを象徴していたのではないだろうか。