福田昭のセミコン業界最前線

新型コロナの影響で2020年の半導体市場は2桁成長から一転マイナス成長予測に

2019年の世界半導体市場(成長率と金額)。業界団体であるWSTSと市場調査会社のGartnerおよびOmdiaの発表値をまとめたもの

メモリ不況からの回復が期待された2020年

 ハイテク市場調査会社が相次いで、2020年の半導体市場予測を下方修正しはじめた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が、半導体事業を含めた経済活動全体に悪影響を及ぼしているためだ。2019年末~2020年始の時点では、2020年は2桁成長もあり得るとされていた。2019年が2桁のマイナス成長とふるわなかったことの、反動が期待されていたからだ。

 2019年の実績を眺めてみよう。半導体メーカーの業界団体であるWSTS(世界市場統計)が2020年2月に発表した2019年の世界半導体市場(実績)は12.1%のマイナス成長、金額は4,121億ドルである。メモリ製品の価格低下がマイナス成長の大きな要因だ。WSTSの発表値によると2019年のメモリ市場は前年比32.9%減と大きく落ち込んだのに対し、非メモリ市場は同1.9%減とわずかな減少にとどまった。DRAM市場は前年比37.1%減、NANDフラッシュメモリ市場は同25.9%減と大きく落ち込んだ。

 市場調査会社のGartnerが2020年4月に発表した2019年の世界半導体市場(確定値)は12.0%のマイナス成長、金額は4,191億ドルである。同じく市場調査会社のOmdia(市場調査会社のIHS Markitを2019年8月に買収)が2020年4月に発表した2019年の世界半導体市場は、11.7%のマイナス成長、金額は4,285億ドルである。WSTSを含めていずれも、12%前後のマイナス成長となっている。

市場調査会社のOmdiaが2020年4月1日に公表した半導体ベンダーの売上高ランキングと世界市場規模(2018年と2019年)

 2桁のマイナス成長に終わった2019年に対し、2020年の半導体市場はメモリ価格の低下傾向が鈍化し、一部では反転することから、5%~10%の成長が期待されていた。WSTSが2019年12月に発表した世界半導体市場予測によると、2020年の世界半導体市場は5.9%成長して4,330億ドルになると予測していた。メモリ製品の成長率予測は4.1%、ロジック(ASICやASSPなど)製品の成長率予測は6.5%、マイクロ製品(マイクロプロセッサやマイクロコントローラなど)の成長率予測は4.9%である。

 また市場調査会社のIC Insightsは2019年12月に、2020年にDRAM市場は12%成長し、NANDフラッシュメモリ市場は19%成長するとの予測を発表していた。

COVID-19の感染拡大で成長シナリオが崩壊

 ところが、COVID-19の感染拡大によって当初の成長シナリオは崩壊しつつある。市場調査会社のTrendForceが2020年3月30日に発表した主要な電子機器の世界出荷台数推定は、いずれも下方修正された。2020年第1四半期(2020年1月~3月期)の出荷台数推定の修正比率は、TV受像機がマイナス8.6%、ノートPCがマイナス20.3%、ディスプレイがマイナス9.7%、スマートフォンがマイナス10.7%、自動車がマイナス18.1%である。またGartnerは2020年4月13日に、2020年第1四半期のPC出荷台数は前年に比べて12.3%減少したと発表した。

主要な電子機器の世界出荷台数(2020年1月~3月期)。市場調査会社TrendForceの2020年3月30日づけニュースリリースから
2020年1月~3月期のPCベンダー出荷台数ランキングと世界全体のPC出荷台数。市場調査会社Gartnerの2020年4月13日付けニュースリリースから

 半導体ユーザーである電子機器の出荷台数が大きく減少しはじめたことから、2020年3月から4月にかけて、市場調査会社は相次いで2020年の半導体市場予測を下方修正した。2020年3月18日に市場調査会社のIDCは、2020年の世界市場の成長率がマイナス6%になるとの予測を発表した。2020年4月9に市場調査会社のIC Insightsは2020年の集積回路(IC)市場の成長率予測をマイナス4%に下方修正した。金額は3,458億ドルである。当初の成長率予測はプラス3%だった。

 またGartnerは同年4月9日に、2020年の世界市場の成長率をプラス12.5%からマイナス0.6%に下方修正すると発表した。金額の予測値は当初予測から550億ドル減少し、4,154億ドルとなった。内容はメモリと非メモリでかなり違い、修正後でもメモリ市場は13.9%と高い成長を維持するとした。非メモリ市場の予測はマイナス6.1%と弱い。

 NANDフラッシュメモリの市場は2020年に40%という極めて高い成長率を予測する。世代交代に伴う供給不足によって2020年の前半は価格が大きく上昇する。2020年の後半は需要が減少することによって価格が低下するとGartnerは予測する。2020年の上半期における価格の上昇率は15.7%、同年の下半期における価格の下降率は9.4%とみる。

 一方でDRAM市場は2020年に2.4%のマイナス成長になるとGartnerは予測する。サーバー向けDRAM(サーバーDRAM)の需要が強いために価格を押し上げるものの、スマートフォン向けDRAM(モバイルDRAM)の需要が減少して価格を下げることで、DRAM全体としては金額ベースで減少する。

2020年の世界半導体市場予測(成長率)の推移

COVID-19が影響する期間に関わる4つの成長シナリオ

 現時点では、COVID-19が半導体市場に影響する期間がどのくらいの長さになるかがわからない。市場調査会社のIDCは、COVID-19が半導体産業に影響を及ぼす期間を区別することで4つの成長シナリオを作成し、2020年3月18日に公表した。サプライチェーンの回復に要する期間、半導体需要が影響を受ける(低迷する)期間、半導体の技術開発が影響を受ける(低迷する)期間の3つの項目に分け、影響を受ける期間を設定した。

 もっとも悲観的なシナリオ(シナリオ1)は、9カ月~12カ月以上と長期間にわたって影響が続くというものだ。この場合、2020年の世界半導体市場は12%以上のマイナス成長となる

 次に悲観的なシナリオ(シナリオ2)は、3カ月~9カ月間にわたって影響が続くとした場合である。2020年の成長率は-3%~-6%になる。

 やや楽観的なシナリオ(シナリオ3)は、サプライチェーンが1カ月~3カ月間と比較的短い期間で回復するとしたものだ。2020年の成長率はプラス2%になる。

 もっとも楽観的なシナリオ(シナリオ4)は、いずれも1カ月~3カ月と短い期間でCOVID-19の影響がなくなるとしたもの。2020年の成長率はプラス6%以上となる

COVID-19が影響する期間に関わる4つの成長シナリオ。市場調査会社IDCが2020年3月18日に公表したニュースリリースから

 IDC自体はこの時点では、2020年の成長率をマイナス6%と予測した。シナリオ2に相当するこの予測が的中する確率は54%だとする。サプライチェーンの回復がはじまるのは、2020年の夏以降と想定した。

医療機器向け半導体では「コロナ特需」が発生

 半導体市場のごく一部には、需要が急激に増加した分野がある。COVID-19に関する医療機器向けの半導体需要だ。とくに人工呼吸器向け半導体の需要が急激に増えている。

 半導体大手のInfineon Technologiesは2020年4月9日に、米国の医療機器メーカーResMedなどの人工呼吸器向けに約3,800万個のパワー半導体を供給したと発表した。供給したパワー半導体は、人工呼吸器のモーター制御に使われる。Infineonは可能な限りの短い期間でこのパワー半導体を供給することに注力したとする。

ResMedの人工呼吸器「Astral 150」(写真右側)を装着した患者。Infineon Technologiesの2020年4月9日づけニュースリリースから

 市場調査会社TrendForceは4月10日に、人工呼吸器向け半導体の需要が急増していることから、台湾のシリコンファウンダリ企業UMCがリードタイムを短縮して対応していると報じた。人工呼吸器向けの半導体製品は、いわゆる「特急ロット」(SHR:Super Hot Run)としてUMCの生産ラインでは最優先の扱いを受けている。通常は人工呼吸器向け半導体は数が少ないので特急ロットではなく、リードタイムの長い「普通ロット」(NR:Normal Run)として扱っていた。

 もちろん、医療機器向けの需要が半導体市場全体のおよぼす影響は小さい。ここで重要なのは、医療機器向け半導体メーカーが素早くかつ十分な数量を供給することで、COVID-19による死者を減らせること。さらにはCOVID-19による経済の低迷を軽減できるようになることだろう。長期戦を覚悟しつつも、早期の収束を期待したい。