福田昭のセミコン業界最前線

元フリースケール社長の高橋恒雄氏が光デバイス企業の社長に就任

高橋恒雄氏の略歴。各種資料を元に筆者がまとめたもの

 今年(2020年)の3月下旬、半導体業界をかなり驚かせるニュースが国内を駆け巡った。同年4月1日付けで、高橋恒雄氏が国内の半導体メーカー「株式会社 京都セミコンダクター」の代表取締役社長兼CEOに就任すると同社が発表したのだ。

 高橋氏は国内の半導体業界では著名な人物である。マイクプロセッサ大手Intelの日本法人インテルでキャリアを重ねて取締役通信事業本部長をつとめた後、同じくマイクロプロセッサ大手Freescale Semiconductorの日本法人フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの代表取締役社長に転身したことで知られる。

 経営トップとしての手腕がもっとも発揮されたのは、フリースケール時代だろう。外国系半導体企業でありながら、日本の大手自動車メーカーに車載用半導体を売り込むことに成功したとされる。

 高橋氏がフリースケール・セミコンダクタ・ジャパンを退社したのは、2009年12月末のことだ。リーマンショックに伴う事業縮小が社長としての最後の大仕事となった。少なくない数の人員整理を伴う最後の大仕事は、高橋氏にはかなり辛かったようだ。退社後はいくつかの企業の顧問(アドバイザー)をつとめるなど、パートタイム勤務の時期を過ごす。

 高橋氏が再び表舞台に上がるのは4年後、2013年10月のことである。マイコン大手ルネサス エレクトロニクスの販売とマーケティングの責任者としてだった。執行役員常務兼CSMO(Chief Sales Marketing Officer)、グローバル・セールス・マーケティング事業本部長というのがその役職である。

 当時のルネサスは産業革新機構の出資を受け入れて経営再建をはじめたところであり、元オムロン社長の作田久男氏が同年6月に代表取締役会長兼CEOに就任したばかりだった(ルネサスの「明日」はまだ見えない参照)。そして3年後の2016年9月末に、高橋氏はルネサスを退社する。同年6月末に呉文精氏が代表取締役社長兼CEOに就任してから、わずか3カ月後のことだった。

 その後、高橋氏の動静は世間からは見えなくなる。それが今年(2020年)の春になって突然、日本の半導体メーカー「京都セミコンダクター」のトップに就任したのだ。京都セミコンダクターとは、どのような会社なのだろうか。

自動車と5Gで急速に注目を集める光デバイス

 京都セミコンダクターは、光半導体素子(光デバイス)の開発と製造、販売を生業とする。高橋氏の過去のキャリアパスはマイクロプロセッサ(プロセッサ)とマイクロコントローラ(マイコン)がほとんどであり、光デバイス企業のトップをつとめるのはこれがはじめてのことだ。

京都セミコンダクターのWebサイト(トップページ)。2020年4月28日に筆者がキャプチャしたもの
京都セミコンダクターの会社概要。公表資料とインタビュー(後述)を元に筆者がまとめたもの。なお売上高は公表していない

 光半導体素子(光デバイス)は、プロセッサやマイコン、メモリなどの半導体デバイスとは世界がかなり違う。まずデバイスは集積回路ではなく、個別半導体(ディスクリート)が主流である。次に材料が違う。シリコン(Si)半導体の光デバイスは多くない。大半は化合物半導体である。

 ここで化合物半導体とは、少なくとも2つの元素で構成される半導体を指す。光デバイスで良く使われる化合物半導体は、ガリウム・ヒ素(GaAs)やインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)、窒化ガリウム(GaN)などである。

 光デバイスは最近、おもに2つの分野で注目を集めている。1つは光センシング分野である。自動車の先進運転支援システム(ADAS : Advanced Driver-Assistance Systems)と自動運転システム(ADS : Automated Driving System)では、赤外線を使った光センシングが欠かせない。

 もう1つは光ファイバ通信分野である。第5世代移動体通信システム(5Gシステム)やデータセンターなどのバックボーンは、高速大容量の光ファイバ通信を必要とする。いずれの分野でも、光デバイスの需要拡大が期待される。

 たとえば市場調査会社の富士キメラ総研は、光パッシブデバイス(光受動素子、おもにフォトダイオード)の世界市場規模は2018年の1,108億円から、2025年には1.6倍の1,769億円に拡大するとの予測を2019年11月に発表している。同じく市場調査会社のQYResearchは、代表的な赤外線受光デバイスであるInGaAsフォトダイオードの世界市場が2017年の1億5,000万ドルから、2025年には1.9倍の2億8,000万ドルに成長するとの予測を2019年1月に公表した。

光デバイスの市場予測例。市場調査会社のリリースを筆者がまとめたもの

投資ファンドによる買収でベテラン経営者が必要に

 京都セミコンダクターのトップに高橋氏が就任した大きな理由は、粗くまとめてしまうと「事業を成長軌道に乗せて利益を継続的に出せるようにし、株式公開(IPO)を実現する」ことだ。京都セミコンダクターの歴史は40年とかなり長い。光デバイスのメーカーであることは一貫しているが、事業戦略にはそれなりの紆余曲折があった。

 京都セミコンダクターの創業者は、三菱電機で24年間にわたってパワーデバイスや発光ダイオード(LED)、太陽電池などの開発に携わってきた、ベテラン技術者の中田仗祐(なかたじょうすけ)氏である。1979年に三菱電機を退社し、1980年4月26日に京都セミコンダクターを創業した。製造拠点と開発拠点を北海道に開設するなど、光半導体の事業をじょじょに拡大してきた同社だが、1995年に一大転機が訪れる。球状太陽電池「スフェラー」の開発をはじめたのだ。小型軽量でデザイン性に優れる球状太陽電池は、マスメディアでかなり注目を浴びた。

京都セミコンダクターの沿革(その1)。各種の公表資料から筆者がまとめたもの

 2012年には、球状太陽電池「スフェラー」の開発を専門とする子会社「スフェラーパワー株式会社」を設立し、産業革新機構と日立ハイテクノロジーズの出資を受ける。しかし光半導体でも受光素子や発光素子などの事業(センシングと通信)と、太陽電池事業(エネルギー)では根本的な違いがあり、この二正面作戦は必ずしも順調とはいかなかったようだ。

 2012年6月に中田氏は、「京セミ」(2003年に社名を変更)の社長を退いて「スフェラーパワー株式会社」の社長専任となるものの、2014年6月には再び「京セミ」の社長となり、「スフェラーパワー」の社長を兼務するようになる。

 ここで光半導体デバイスの将来性に目をつけたのが、投資ファンドのアイ・シグマ・パートナーズ株式会社だった。2016年に受け皿となる企業「京セミホールディングス」を設立すると、中田氏一族が所有する京セミの株式82%を取得する。ほぼ同じ時期に、京セミが所有するスフェラーパワーの全株式を中田氏の資産管理会社に譲渡する。これで京セミの受光発光素子事業と、スフェラーパワーの球状太陽電池事業が分離することとなった。

 2017年には京セミホールディングスが京セミを全株式を取得して吸収合併し、新会社の社名を「京セミ株式会社」とする。さらに2018年には社名を創業当時の「京都セミコンダクター」に戻す。

京都セミコンダクターの沿革(その2)。各種の公表資料から筆者がまとめたもの

 この間、投資ファンドのアイ・シグマ・パートナーズ株式会社は、京都セミコンダクターの社長を外部から招聘しようとしていた。光デバイス市場の拡大が期待できるといっても、その機会を活かせるかどうかは、経営者による部分が大きい。そして選ばれたのが、半導体業界ではベテランの経営者である、高橋氏だった。

高い技術開発力と、前工程から後工程までの国内一貫生産が強み

 なお本稿の執筆に当たっては、高橋氏のほか、技術担当の取締役である大村悦司氏にインタビューした(Skypeの会議によるインタビュー)。高橋氏は2020年1月に取締役として京都セミコンダクターに入社すると、北海道の2つの事業所(工場)や東京営業所、京都本社などを訪れて社員と会合を重ねた。社長兼CEOに就任してからの戦略をまとめるためだ。

高橋氏(左)と大村氏(右)。写真は京都セミコンダクターが提供。大村氏は中田氏と同じく三菱電機の出身。三菱電機で1974年~2004年まで半導体レーザーや光電子集積回路(OEIC)などの開発に携わった後、海外の半導体メーカーを経て2005年1月に京セミに入社した
京都セミコンダクターのおもな事業拠点。写真は京都セミコンダクターが提供

 高橋氏によると、技術者は北海道の事業所やオフィスなどに勤務しており、東京に比べるとセカセカしていないことと、活き活きと働いていたことに良い印象を持ったという。一方で課題もあった。設備がかなり古く、故障が少ないとは言いにくいことなどだ。そこでIoT技術を駆使し、工場をスマート化することなどを考えているという。

 また中期的には、年率10%で売り上げを拡大し、売上高営業利益率を10%の水準に持っていくことを目指す。時期は明らかにできないが、利益率が10%になれば、並行して株式の上場が見えてくるとする。

 大村氏によると、高い技術開発力と、前工程から後工程までを国内の工場で一貫生産していることが、京都セミコンダクターの強みだとする。光デバイスのほとんどは受注の段階でカスタマイズが入る。開発部門と製造部門の両方を備えていることが、ユーザーの要望に丁寧に対応することにつながる。

 コロナウイルス禍という悪条件にも関わらず、光デバイスに対する需要は旺盛だという。京都セミコンダクターの今後の展開に期待したい。