福田昭のセミコン業界最前線

方向転換を迫られる強誘電体不揮発性メモリの研究開発

強誘電体不揮発性メモリのセル構造

 強誘電体不揮発性メモリの研究開発が現実の壁にぶつかっている。本コラムで以前に述べたように(新材料の発見で「大逆転」を狙う強誘電体メモリ参照)、製造技術で20nm以下の微細化を可能とする強誘電体材料「ハフニウム酸化物」の発見が、8年前の2011年12月に国際学会IEDMでドイツの研究機関Fraunhofer Instituteによって公表されてから、強誘電体不揮発性メモリの研究開発は急速に活気を帯びるようになった。数多くの強誘電体キャパシタ、メモリセル、メモリセルアレイが試作され、学会で研究成果として発表された。

 ハフニウム酸化物の強誘電体不揮発性メモリのセルを実現する手法はおもに2つある。いずれも、ハフニウム酸化物薄膜の分極の方向(薄膜面に対して垂直な方向)が上向きか下向きか(薄膜の表面を横にした場合)によって1bitのデータを記憶する。この分極は電源を切っても(具体的には印加電圧をゼロにしても)消えずに残る。このため不揮発性メモリとなる。

 手法のうちの1つは、DRAMと類似のメモリセル構造である。1個のセル選択トランジスタと1個の強誘電体キャパシタでメモリセルを構成する(1T1Cタイプ)。この技術によるメモリを強誘電体メモリの研究開発コミュニティでは「FRAM」あるいは「FeRAM」と呼ぶことが多い。

 もう1つは、トランジスタ(MOS FET)のゲート絶縁膜にハフニウム酸化物を採用したメモリセルである(1Tタイプ)。ゲートの構造は通常、上からゲート金属(M)、ハフニウム酸化物強誘電体(F)、保護用絶縁膜(I)、シリコン基板(S)となるので、MFIS構造とも呼ぶ。この技術によるメモリを研究開発コミュニティでは「FeFET(Ferroelectric FET)メモリ」と呼んで「FRAM(FeRAM)」と区別することが多い。

 2010年代前半にハフニウム酸化物で強誘電体メモリの研究が活発になったのは後者である。これにはおもに、2つの理由があった。1つは、記憶密度では原理的に1T1Cタイプよりも1Tタイプが高いこと。もう1つはハフニウム酸化物に強誘電性を備えさせるためには、650~1,000℃と高温の熱処理を必要とすること。1T1CタイプではMOS FETを作成してから強誘電体キャパシタを作るので、高温の熱処理によってMOS FETの性能が劣化する恐れが少なくない。

当初の研究は強誘電体トランジスタ(FeFET)が主流

 そして試作したハフニウム酸化物のFeFETは、非常にうまく動作した。このことが、FeFETの研究をさらに活発にした。国際学会IEDMの発表から、FeFETの研究成果を見ていこう。

 2011年のIEDMで強誘電性の発見が公表された当初から、FeFETが試作され、その動作が確認されている。なお実際にハフニウム酸化物で強誘電性をドイツのFraunhofer Instituteが発見したのは、2007年のことらしい。約4年間にわたって、この発見は機密扱いとされ、いくつかの研究が進められてきたとみられる。2013年のIEDMでは早くも、Fraunhofer Instituteによるハフニウム酸化物の強誘電体メモリ応用に関する招待講演が実施されている。

 2015年にはFeFETを使って多値記憶を実現する試みが発表された。発表したのはFraunhofer InstituteのスピンアウトであるNaMLab gGmbHである。

 2016年には28nm技術によって64Kbitのメモリセルアレイが、2017年には同じく28nm技術によって32MbitのメモリセルアレイがGLOBALFOUNDRIESによって試作されるまでになった。微細化では22nmのFD SOIプロセスによるFeFETが2017年に同じくGLOBALFOUNDRIESによって作成された。2018年には、3次元フラッシュメモリの製造技術である3D NANDフラッシュ技術を使ったFeFETをimecが試作した。

国際学会「IEDM」で発表されたハフニウム酸化物強誘電体メモリに関するおもな研究成果(2011年~2016年)
国際学会「IEDM」で発表されたハフニウム酸化物強誘電体メモリに関するおもな研究成果(2017年~2019年)

強誘電体トランジスタがぶつかった書き換え寿命の壁

 このように、FeFETを中心にハフニウム酸化物強誘電体メモリの研究は活発に実施された。しかし、FeFETは2013年頃からずっと、ある問題を抱えたままだった。それは書き換えサイクル寿命がかなり短いという問題である。具体的には10の4乗サイクル~10の5乗サイクルにとどまっていた。しかも10の2乗サイクルを過ぎるとメモリの読み出し余裕が縮小しており、分極反転特性に劣化がはじまっていることは明らかだった。

ハフニウム酸化物FeFETの代表的な書き換えサイクル特性。2019年5月に国際メモリワークショップ(IMW)でYale Universityが発表した基調講演論文から(論文番号1.1)

 劣化の原因はおもに、書き込み動作によって電荷捕獲準位がゲート金属と強誘電体の界面付近、および保護用絶縁膜とシリコン基板の界面付近に発生し、電荷を蓄積するためだとされる。現在にいたるも、FeFETの書き換えサイクル寿命はほとんど向上していない。

 一方、強誘電体キャパシタ単体では、かなり良好な書き換えサイクル寿命がすでに実現されていた。10の10乗サイクルを超えても、目立った劣化が見られない。キャパシタ絶縁膜とゲート絶縁膜(FeFET)の書き換え寿命には、大きなギャップが存在していた。

ハフニウム酸化物を使った強誘電体メモリの研究開発における期待と現実

書き換え寿命では旧材料を新材料が超えられない

 強誘電体不揮発性メモリの旧材料は、ジルコン酸チタン酸鉛(PZT)およびタンタル酸ビスマス酸ストロンチウム(SBT)である。これらの旧材料は100nm以下に薄くすると強誘電性が失われることから、製造技術世代で130nmが微細化の限界とされていた。この限界が、研究開発の中心が旧材料から、新材料のハフニウム酸化物に移行した大きな理由だ。

 ただし先ほど述べたように、書き換えサイクル寿命では旧材料が未だに優位にある。学会発表レベルだと、1T1Cタイプ(厳密には2T2Cタイプ)の書き換えサイクル寿命は10の15乗サイクル(125℃)と非常に長い。SRAMと同じように扱える水準にある。1Tタイプ(FeFET)でも10の8乗サイクル(180℃)の寿命が得られている。

強誘電体不揮発性メモリセルにおける最近の研究成果(旧材料と新材料の比較、2018年まで)

 製品レベルでも、旧材料の書き換え寿命は長い。マイクロコントローラ(マイコン)の埋め込みメモリが最大容量256KB(4Mbit)で10の15乗サイクルの書き換えサイクル寿命を製品仕様としている。単体メモリでも最大容量8Mbitで書き換え寿命は10の13乗サイクルときわめて長い。単体の不揮発性メモリで書き換え寿命がもっとも長いのはトグル式磁気抵抗メモリ(トグル式MRAM)の10の14乗サイクルである。旧材料による単体不揮発性メモリの書き換えサイクル寿命は、このトグル式MRAMに次ぐ長さだ。

熱処理温度の低温化というブレークスルー

 このようにFeFET(1Tタイプ)の研究が手詰まり感を示すなか、1T1Cタイプのメモリセルへと研究の中心が動こうとしている。そのきっかけは、熱処理温度の低温化である。ハフニウム・ジルコニウム酸化物(HfZrO)では熱処理温度が400℃と低くても強誘電体になることを、2017年5月に国際学会IMWでThe University of Texas at DallasとTexas Instrumentsの共同研究チームが発表したのだ。

 そしてこの2019年12月に開催された国際学会IEDMでは、CEA-LETIやNaMLab gGmbHなどの共同研究グループが、130nmのCMOSロジック製造技術の配線工程を利用してハフニウム・ジルコニウム酸化物の強誘電体キャパシタを作成し、1T1Cタイプのメモリセルと16Kbitのセルアレイを試作してみせた。

 配線工程を利用して作成した強誘電体キャパシタの書き換えサイクル寿命は10の11乗サイクルに達しており、この時点でも劣化は見られなかった。またセル選択トランジスタおよび周辺回路用トランジスタ(nMOSおよびpMOS)の電流電圧特性には、強誘電体キャパシタ(熱処理工程は450℃、80秒)を追加しても大きな変化がなかった。

CEA-LETIやNaMLab gGmbHなどの共同研究グループが試作した1T1Cメモリセルの構造図。第4層金属配線(M4)と第5層金属配線(M5)の間に強誘電体キャパシタを作り込んだ。IEDM 2019の発表論文から(論文番号15.7)
CEA-LETIやNaMLab gGmbHなどの共同研究グループが試作した1T1Cメモリセルの断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した画像。IEDM 2019の発表論文から(論文番号15.7)
試作した16Kbit強誘電体不揮発性メモリのレイアウト(上)とシリコンダイ写真(下)。IEDM 2019の発表論文から(論文番号15.7)
配線工程に作り込んだ強誘電体キャパシタ(直径600nm)の書き換えサイクル特性。10の11乗サイクルまで確認した。この時点で劣化や絶縁破壊などは生じていない。IEDM 2019の発表論文から(論文番号15.7)
配線工程に作り込んだ強誘電体キャパシタのデータ保持特性(125℃)。IEDM 2019の発表論文から(論文番号15.7)
強誘電体不揮発性メモリセルにおける最新の研究成果(旧材料と新材料の比較、2019年12月まで)

HfZrO強誘電体と1T1Cセル、トンネル接合型記憶素子が今後の注目テーマ

 CEA-LETIやNaMLab gGmbHなどの共同研究グループが2019年12月のIEDMで発表した研究成果は、製造技術が130nm世代と枯れており、強誘電体キャパシタの直径が300nm~600nmとかなり大きい。最初の試作として大きめの寸法を選択し、動作特性を確認した段階にある。今後は微細化と高密度化が進むだろう。

 また最近ではきわめて薄いハフニウム酸化膜による「強誘電体トンネル接合(FTJ : Ferroelectric Tunnel Junction)」を記憶素子とする強誘電体不揮発性メモリが注目を集めつつある。FTJは強誘電体キャパシタと同様に2枚の金属電極で薄い強誘電体ハフニウム酸化膜と常誘電体絶縁膜をはさんだ構造をしている。ハフニウム酸化膜の分極の向きによってトンネル電流が変化することを、データの記憶に利用する。抵抗変化メモリの一種だと言える。

 FTJを使う不揮発性メモリ(FTJメモリ)の利点は、書き込み電圧が低いことと、読み出しが非破壊読み出しであることだ。研究はまだ初期の段階にあり、研究の進展が十分に期待できる。これまでFeFETを中心にした強誘電体不揮発性メモリは、今後こうした新しい技術に置き換わっていくだろう。

ハフニウム酸化物による強誘電体メモリの研究開発 : 2020年代に向けた展望