TV市場へのx86進出を諦めきれないIntel



エリック・キム氏

 先週開催されたIntel Developers Forum 2009、最終日のテーマは次世代TVだった。家電向けプロセッサの新製品を投入するからというのがその理由だろうが、CEプラットフォーム事業部長のエリック・キム氏だけでなく、シニアフェローのジャスティン・ラトナー氏まで3D TVをテーマに取り上げた。

 それだけIntelにとってTV向けシステムコントローラが大切な製品と言える。Intelはかつて、反射型液晶パネル(LCOS)の開発で家電分野への進出に挑戦し、そして失敗したこともある。当時は自社の半導体技術を生かせる分野としてLCOS(液晶注入工程を除けば一般的な半導体と同じ)に着目したのだが、今回はx86をインターネットの中で普遍的な存在とし、インターネット上で動くソフトウェアをx86ベースで統一してしまおうという野心的な目論見もある。


インテルの45nm世代としては初のSoCとなるCE4100

 キム氏にとって新たに投入されたSodavilleこと「Media Prosessor CE4100」は、自身が扱う分野において、やっと投入された“エース”である。

 Intelが従来家電向けに提供していたのは、Canmoreのコードネームで知られた「Media Processor CE3100」だった。Pentium M相当のプロセッサコアにHDクラスのビデオを扱えるグラフィックスコア、メモリコントローラなどを統合しているが、90nmで製造されているCE3100は、高速なPentium Mコアにこそ特徴はあるものの、やや競争力には欠ける。

 一方、Sodavilleは、1世代スキップした45nmプロセスで作られる。45nm世代のSoCは主に3種類が計画されているが、このSodavilleが1番最初の製品だ。1番最初に最新のプロセスを使うスケジュールが与えられているところに、Intel自身の期待も表れていると言えるかもしれない。


●ユーザーはTVに何を求めているのか?

 PCのようなベンチマークテストがあるわけではないが、デモやスペックを見る限り、CE4100の性能は良好のようだ。実際、唯一のHigh-kメタルゲートで製造される45nmプロセスのロジックであり、省電力という面でも群を抜いて高性能に違いない。省電力であることは、実は高品位なAV家電を作る上では重要なポイントなので、低価格のデジタル家電向けではなく高品位なAV機器にもフィットする可能性があると。

 しかし、こうした家電向けSoCの場合、製品に実装していく中での開発ツールのバグの少なさや、同時に並行して複数の機能を動かした際のパフォーマンス、メディア処理に対する柔軟性など、開発を進めていかなければ分からない要素がたくさんある。高性能=成功するというわけではない。

 多くの家電用SoCは汎用的ではなく、TV用、あるいはレコーダー/プレーヤー用と、ある程度分野を絞ることで、各分野ごとのソフトウェアスタックの処理を効率的にこなせるよう作られている。その分、汎用コンピューティングに使えるプロセッサに割り当てられるリソースは限定的で、CE4100のほど豊富なシリコンリソースを投入してプログラムの実行速度を上げようとしているプロセッサはあまりない。

 今日ではフルHDで番組表を描画する必要があったり、レコーダーであればユーザーをアシストする各種機能を実装するために汎用プロセッシングのパワーも必要になってきているが、絶対的なニーズはあまり高くなかった。それよりも画質や機能をキープしながら、価格を落とすことの方が重要だったとも言える。

 家電メーカーは映像や音声の処理、放送データの処理、ユーザーインターフェイスの構築を、独自のプラットフォームに実装していたり、あるいは特定LSIベンダーの提供するソフトウェア開発スタックに依存した実装をしていることが多く、簡単に「Intelアーキテクチャに乗り換えるとハッピー」とはならない。

 それでもIntelが家電分野に進出のチャンスがあると考え始めたのは、TVやBDプレーヤーなどがインターネットと接続されるデバイスとなったためだ。両者ともYouTubeをはじめとする個人発信のビデオコンテンツを無視出来なくなっている。加えて欧州で急増している放送コンテンツのインターネットアーカイブ(放送翌日に放送局自身がネットで同じ番組を配信する)サービスも、PC向けサービスとTV向けサービスの融和を進めると考えているのだろう。

 なるほど、TVのユーザーはインターネット上にあるコンテンツを求めるようになるだろう。現在は業界全体の枠組みが決まる過渡期にあるが、いずれはTVがインターネットに接続されることが当たり前で、接続されていないTVなど(インターネットに接続されていないPCがほとんどないのと同じように)存在しなくなるかもしれない。

 しかしTVを見るユーザーが、TVの上でWebを開くことを望むだろうか? メッセージがポップアップすることを望むだろうか? あるいはAdobe Flashを多用したリッチインターネットコンテンツが動くことを望んでいるのだろうか?

 TVユーザー向けのゲーム配信サービス(PCでも動作するインターネットで配信されるゲームサービス)の動作をIntelはデモしたが、果たしてTVユーザーがTV本体に中途半端なゲーム機能を求めるかどうかについては異論がある。

●TVとPCではコンテンツの利用スタイルが異なる

 かれこれ10年ぐらい前になるが、IntelはインターネットとTV放送を融合したサービスをTV局と共同で実験的に試したことがある。プロジェクトの名前を失念してしまったが、日本ではTBSと一緒にプロジェクトを進めていた。

 TVを見ながら、それに付随するコンテンツを走査帰線期間内に送り、インターネットも絡めて双方向のコミュニケーションを実現するというものだったと記憶している。同様の取り組みは、その後も何度か行なわれてきた。しかし、そのたびに少しピントを外していたのは、PCとTVではユーザーの振るまい、コンテンツの利用スタイルが根本的に違うことを学んでこなかったからではないかと思う。

 たとえば今年のCESでは、各社がYahoo!のサービスを利用したガジェットをTVに実装していたが、これはあまりユーザーにはウケていないようだ。日本のデジタル放送におけるデータ放送もそうだが、番組に直接関係のある情報ならば、番組内容に応じて興味を引いてくれるものの、それ以外の情報(番組を楽しむことへの集中を阻害する要素)は邪魔だと感じるものだ。

TVプラットフォームでのゲーム動作をデモAdobe FlashとMicrosoft Silverlightがサポートされたことを訴求。IntelはここにあるディズニーのようなリッチコンテンツにTVでアクセスするというのだが……

 TVの機能拡張は、TVが持つ本来的な楽しみ、つまり映像を見ることを拡張するモノでなければウケない。たとえばHDDの内蔵は、録画して残すことが主目的ではなく、TV番組の時間からの呪縛からユーザーを解き放つことで視聴スタイルに自由を与えるからこそ受け入れられている(それでも全員が求めているわけではないが)。

 単にメッセージがポップアップしたり、番組に関連した電子クーポンが届いたり、あるいはWebにアクセスしたいのであれば、手元にあるスマートフォンやネットブックを使う方がよほど便利に違いない。ましてゲームともなれば、ホテルへの組み込みシステムぐらいしか用途が思いつかない。

 TVの買い換えサイクルは薄型TVへの買い換えにより加速されているようだが、本来は7~10年サイクル(あるいはそれ以上)で使われるものだ。そのTVに情報端末機能を内蔵させるというのは、家電メーカーにはないユニークな発想と言えるだろう。

 もっとも、CE4100が高性能で省電力であることは間違いない。BD向けLSIなどは、要求スペックの高さとコストの狭間でメーカーは非常に苦労している(BD-ROM再生に必要なソフトウェアの規模はDVD時より遙かに大きくなっている)ので、開発ツールの提供やサポートで信頼を得れば食い込める可能性はあるかもしれない(BD向けLSIベンダーに対するメーカーの不満はかなり大きい)。

 あるいは、その高性能を活かせる分野も見つかるかもしれない。CE3100、CE4100が、大手家電メーカーの製品に採用される話というのは耳にしていないが、個人的にはどのような製品が生まれるのか、見てみたいという興味はある。

●Clarkdale/Arrandaleの登場でMacのプラットフォームもIntelに回帰?

 さて、今回のIDFではあまり語られることが無かったので、ここで書いておきたい。

 報道されているように、来年はIntelのメインストリーム向けプロセッサがグラフィックスとメモリコントローラをCPUパッケージに統合したClarkdale、Arrandaleの世代になる。すると、NVIDIAのmGPUを用いるMacのプラットフォームもIntelに戻るのではないだろうか

 ただしパフォーマンス評価を進めてみなければ、NVIDIAのGeForce 9400MとClarkdale/Arrandaleの内蔵グラフィックス(Ironlake)の性能の関係はよくわからない。3DMarkだけを取り上げると、Ironlakeの性能はG45世代の1.5倍になっており、9400Mには届かないことになるが、プロセッサと一体化されている利点は小さくない。熱設計のバジェットをCPUとGPUで自動的に分け合う仕組みもあるため、Intelに回帰せざるをえないと思う。

 もっとも、NVIDIAとしてもそれは先刻承知のこと。何らかの巻き返しもあるのかもしれない。

バックナンバー

(2009年 9月 28日)

[Text by本田 雅一]