クールなモバイル機器を求めて



パルムッター氏

 「オタクっぽい私の場合……」と自虐的に話し始めるのは、ダディ・パルムッター氏のお得意の基調講演の始め方だ。年頃の娘を持つダディは、いつも世代間のギャップを感じている。今回のネタはモバイルデバイスを身につけて使いこなすことがクールかどうか。

 もちろん、オタクオヤジ代表であるダディは、さまざまなモバイル機器をクールだと思っているのだが、娘には“ちょ~っと、ギークな感じよねぇ~”と言われてしまう。そんなダディのモバイルPCオシャレ化計画が、2日目のメインテーマ……と聞くと、技術的ニュースを求めている読者には物足りないかもしれない。

 しかし、話の始まりがユルめだからといって、その中身までがユルユルというわけではない。今回のIntel Developers Forumでモバイルプラットフォーム事業部が打ち出すのは、Core i7がモバイルPC市場へと突入していくという話である。モバイル版Core i7(Clarksfield)は今回のIDFで正式発表となり、モバイルWiMAXをサポートする第2世代のワイヤレスモジュールKilmerpeakなどを含むCalpellaプラットフォームがローンチされた。

 さらにCore i7をモバイルのメインストリームへと導くだろう32nm世代のプロセッサWestmereに関しても、来年早々から登場すると見込まれている。Clarksfieldは45nm世代の4コアで限定されたゲームやモバイルワークステーション向けの高性能チップだが、Nehalemの32nm版であるWestmereは、2コアの一般的なノートPC向けが用意されてGPUとマルチチップモジュールとして統合したArrandaleとして提供される。


クールとは何か? と問いかけるパルムッター氏クールな製品と一言で言っても、人によって求めるものはさまざま

 パルムッター氏は、これらの製品がIntelの意図通りに市場で機能することにより、モバイルデバイス(ここではノートPC)は、もっとクールなものになると話す。

 なぜならどんな製品を“クール”と感じるかは、その人の感性(世代や普段の生活、趣味、置かれている立場や職業などによって異なる)に依存する。ある人にとってデスクトップ機と比較しても高性能と言える大きな画面を持つノートPCがクールだったとしても、別のユーザーはコンパクトかつ優れた外見を持つノートPCがクールと思うかもしれない。ユーザーのニーズは実に幅広いのである。

 ではクールなノートPCを作るには、どんな要素が必要なのか。パルムッター氏は直接その答えを言うのではなく、多様な商品に対応できる多様なプロセッサ群を紹介することで回答を試みた。


●限られた資源を、自動的かつ適応的に使いこなす

 Nehalemアーキテクチャは、元から電力効率の高さを意識して設計されており、従来のデスクトップ向けのCore i7でも電力管理は細かく制御していた。モバイル用のClarksfieldになっても、基本的なアプローチは同じで、電力管理の目玉機能はTurboBoost Technologyとなる。

 ノートPC向けとなると、同じNehalemならば熱設計電力の枠はデスクトップPCよりも小さくなるが、決まったバジェット(熱設計の枠)を、その時々のアプリケーションの実行状況に応じてプロセッサのリソースを振り分けるという考え方は同じである。つまり、マルチスレッドで動いている際にはより多くのコアを活用し、シングルスレッドのアプリケーションを単独で動かす際には不要なコアを停止させ、その分、余裕の出た熱設計電力分を活用するため、動作中コアの電圧を高めてオーバークロック動作をさせる(高い電圧をかけた方が半導体が高速に動作するため)。

 デスクトップ向けとしても、決して発熱の小さな方ではないNehalemマイクロアーキテクチャを持つClarksfieldは、主にハイパフォーマンスな16~17型クラスのノートPC向けだ。最大限にパフォーマンスを引き出さなければ、これらの製品の魅力は半減してしまう。しかし、一方では発熱が問題となりやすい。そこで、実に賢く消費電力のバジェットを分け合うのである。

 そしてArrandaleでは、さらに一歩踏み込んだ制御を行なう。Arrandaleは同一パッケージに、プロセッサコアとメモリコントローラ+グラフィックスコントローラを組み込んでいる。この際、パッケージ全体の熱設計電力枠は決まっているが、アプリケーションの動作状況によってCPUとGPU、それぞれにかかる負荷は動的に変化する。そこで、かかる負荷に応じて熱のバジェットを自動的に分け合うよう電力制御を行なうことで、ノートPCの小さな筐体内でも最大限のパフォーマンスを引き出そうというわけだ。

32nmに縮小されるWestmereでは、デュアルコアCPU+GPU+メモリコントローラがMCMパッケージで提供される(2つを合わせてArrandaleという)ムーリー氏が持っていたClarksfield(奥)
TurboBoost概要。モバイル版ではクロックダウンの要素も重要(いわゆるSpeedstep)なので全く同じではないが、基本的な動作はデスクトップ版と同じArrandaleはCPUとグラフィックスの熱設計枠をシェアしながら協調動作する

 基本的な考え方がわかれば、昨今のIntel製プロセッサの電力効率を上げる基本手法は読めてくると思う。ただ、それもこれもHigh-kメタルゲートを用いた製造プロセス(Intelしか実用化に成功していないにもかかわらず、歩留まりはすこぶる良い)のリーク電流が、ほぼゼロに近いが故に出来ることだ。

 リーク電流が大きければ、回路が止まっている状況でも電力を浪費してしまうため、「サクッと処理を終わらせて、サッサと休む」という作戦は効率的ではない。しかし、現在のIntelの半導体プロセスは無視出来る程度までリーク電流を抑え込んでいるので、さっさと休んでしまった方が電力的にお得というわけだ。NehalemでHyper-Treadingが復活しているのも同じ理由だ。

 クロックゲーティング技術で回路を止めるといっても、その単位の細かさには限界がある。ならば、使えるだけのハードウェア資源を投入して素早く処理を終わらせ、コア全体を休めた方がエネルギー効率は高まる。

 本社副社長兼モバイル事業部長のムーリー・イーデン氏のセッションでは、Arrandaleの動作状況に応じて発熱箇所が変化する様子をサーモグラフィで見せながら解説してくれた。賢く省電力に動いていることは、その動画を見ているだけでもわかる。

 


【動画】ArrandaleはCPUとグラフィックスの熱設計枠をシェアしながら動作し、動作状況に応じてCPUとGPUの速度が切り替わる

●カッコ良さの基本はガッカリさせないこと

ムーリー・イーデン氏

 並列処理が可能なアプリケーションでも、シングルスレッドの高速性が求められるアプリケーションでも、適応的にプロセッサが自動で自らの動作を最適化するというのは、特にモバイルPCでは大きな効果を得られるだろう。

 従来の設計アプローチは、筐体に収められるLSIの電力総量が決められ、それをCPUやGPUなどに振り分けるというものだった。想定される使い方の範囲内であれば、それでも十分なのだが、昨今はマルチコアという要素が加わってきている。コアが同時動作する可能性を考えれば、どうしてもCPUが必要とする熱設計のバジェットは大きくなる。

 ということは、シングルスレッドの速度が必要なアプリケーションの動作は“確実に遅くなる”。1コアあたりに割り当てられる熱設計の容量は、マルチコアになると下がってしまうからだ。これでは全体の処理能力が向上したと言っても、ユーザーはガッカリしてしまうはずだ。

 ユーザーが求める多様な性能、多様なアプリケーションに対して、どんな場合でも最大限のパフォーマンスを発揮しようという発想が、TurboBoostということになるだろうか。名前からするとプラスアルファのパワーを捻り出すイメージだが、実際にはもっと知的で高効率。それに冒頭のテーマである、多様な製品に対応できる適応性の高さを本質的に持っている。

 多様な製品への適応性の高さというのはコアの数に柔軟性があり、グラフィックスを含む機能の組み合わせを選択できるNehalemマイクロアーキテクチャそのものにもある特徴だろう。OEMベンダーは多数の選択肢の中から、自分が作りたいPCに合わせてソリューションをチョイスできる。

 例えば、イーデン氏によるとArrandale搭載ノートPCに外付けGPUを採用した場合、内蔵グラフィックスを利用しない場合はクロックゲーティング技術により、GPUのパートはほぼ完全に動作を止める。その場合、Turbo Boostの動作としては内蔵GPUへの負荷がないために、CPUの能力が内蔵グラフィックス利用時より高まる。

 これは内蔵と外付けのスイッチャブルグラフィックスの時に特に役立つはずだ。従来は単にGPUの能力とメモリバンド幅の分だけ高速化されるだけだったが、Arrandale搭載ノートPCでスイッチャブルグラフィックスを導入すると、外付けグラフィックス時にCPU自身の動作速度を高めることができる。

 さらにこの先のことを考えると、バッテリ持続時間とパフォーマンスのバランスを重視するプロセッサとハイパフォーマンスを目指す一部のハイエンド機の間にある“開き”は、今後さらに大きくなっていくと考えられる。例えばコア数が6、さらに8と増えていったとしても、モバイル性重視のプロセッサはデュアルコアに留まる。

 「モバイル性重視ならデュアルコアが現在もそれに32nm世代でもベストな選択だ。22nm世代ではどうなるか? おそらく答えは同じだろう。世代が変わったとしても、クアッドコアよりデュアルコアの方がバッテリ持続時間が長くなるのは同じだ」(イーデン氏)。

 上記は一例でしかないが、画一的な製品が多くなりがちだったIntelプラットフォーム上のPCも、Nehalem、Westmere以降は徐々に多彩さを取り戻していくだろう。冒頭のカッコ良さの話に戻るなら、その基本はユーザーにガッカリした思いをさせないことだ。どんな要望にも応じられるよう、各製品は特徴付けられたものになるべきだ。そのための準備に関しては抜かりないという印象である。

ムーリー氏がインタビュー中に引っ張り出してきたコンセプト機。3つのサブディスプレイを用意し、タッチパネルでサブディスプレイ内に表示されるユーザーインターフェイスを操作する。サブディスプレイに並べた画像を左右にドラッグすればスクロール。上方向にフリックすると静止画、動画ともにメインディスプレイ上で表示されるといったユーザーインターフェイスが実装されていた。あくまでコンセプトなので発売の予定があるわけではない

●CULVノート、Intel発の公式名は?

 ところで、日本のモバイルPCユーザーが気にしているだろう超小型デバイス向けのプロセッサに関しては、今回のアップデートはない。VAIO type Pなどに採用されているAtom Z系のプロセッサがアップデートされるのは来年の中頃と見られる。Atom系ではCOMPUTEX Taipeiでも披露されたPine Trailプラットフォーム(ネットブック、ネットトップ向けプラットフォーム)のデスクトップ・デュアルコア版がデモされていたものの、あまり目立った動きはない(それは担当の副社長アナンド・チャンドラシーカ氏が基調講演に登場しないことからもわかる)。

 一方、CULVプロセッサ(コンシューマ向け超低電圧プロセッサ)について、すでに情報が十分に出ているためだろうか。目立った動きはIDFの中ではなかった。CULVノートPCに関しては、Intelはその道具(コンパクトなパッケージのLSIと省電力なCPU)を提供するものの、製品コンセプトはユーザーであるPCベンダーがそれぞれに選んでいる。

 会場で話を聞いたところ、CULVという言葉は現在、Intel社内では使われておらず、モバイルサブノートPCという製品カテゴリ向けのマイクロプロセッサという言い方をするそうだ。CULVはプロセッサの分類であり、コンシューマ向けには適した名前ではないというのがその理由だが、日本ではサブノートPCという分野がもともと存在していたので、やや混乱しやすいかもしれない。

 なお、13.3型中心と言われるモバイルサブノートPCだが、日本向け製品は13.3型ではサイズが大きすぎるということで、11型台の液晶サイズで開発し始めているところも多いという。当初出てくる製品は13.3型中心だろうが、日本メーカーの企画する製品はもう少し小さめになりそうだ。

会場で披露されたデルの薄型ノートPC。CULVプロセッサ搭載と思われるが詳細は不明。画面サイズは14型ぐらいと思われる

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(2009年 9月 25日)

[Text by本田 雅一]