すべては22nmのために。次世代プロセスに向けて準備を進めるIntel



22nmウェハを持つポール・オッテリーニ氏

 Intel Developers Forum 2009(IDF2009)初日、IntelのCEO兼社長ポール・オッテリーニ氏の基調講演は、新しい製品のニュースに沸くものではなかったかもしれない。今すぐの製品に直接的な影響を及ぼす話は少なかったからだ。

 Intelプロセッサを用いたPCプラットフォームが、Windows 7の開発とともに動作することでパフォーマンスを引き出せるように作られている……と言われても、“へぇ、そりゃそうだよね”としか思えない。OSの切り替え期に、プラットフォーム全体が前へ進むように共同作業をするのは当然のことだ。

 しかし、そうしたありきたりの話題の向こう側には、45nmに続くIntelの半導体製造プロセスの好調さが垣間見える。オッテリーニ氏は基調講演の中に、様々な将来に向けての戦略をエッセンスとして振りかけた講演を行なったが、それらのエッセンスは、すべてが22nm世代での成功に向けてフォーカスしているように見えた。

●順調な22nmプロセスの開発

 “今さら”ではあるが、Intelは半導体技術の会社である。優れたLSIを、それも歴史的なマイクロプロセッサを多数生み出してきた。しかし、半導体技術といっても色々な切り口がある。Intelは何の企業なのかと考えたとき、もっともしっくり来るのは“最先端の半導体製造技術を開発する企業”という言葉だろう。

 歴史を振り返ると、Intelが大きな成長を遂げるとき、ライバルとの差を引き離すときは、かならずIntelの最新プロセスが絶好調だった時期と重なっている。反対にIntelがその存在感を落としている時というのは、製造プロセスに何らかの問題を抱えている時だ。Intelはラディカルな半導体設計で他社に差を付けるのではなく、盤石の半導体製造技術によってライバルに打ち勝ち、また自社製品自身を打ち負かして最新製品への素早い移行を実現してきた。

 現行世代の45nmプロセスは、初めてHigh-kメタルゲートを用いてリーク電流を減らしたものだが、このプロセスが歩留まり、消費電力の両面で非常に良い影響をIntelの製品に与えたことは間違いない。オッテリーニ氏は今年後半から製造が始まる32nmプロセスの好調さについても「すでに歩留まりは製品レベルに達しており、我々の生産性はさらに高まる」と自信満々だ。

 昨今の半導体プロセス微細化では、1世代を進むにも非常に多くの努力と投資が必要だが、High-kメタルゲート採用以降のIntelのプロセスは実に安定しているように見える。High-kメタルゲート第3世代となる22nmで、290億トランジスタ、364MbitのSRAMを試作し、正常に動作させることに成功したとオッテリーニ氏は発表した。

 製造プロセスの出来の良さというのは、単純に説明を受けるだけで判断できるものでも予想できるものでもないが、IDF初日を通して説明されたあらゆる戦略が22nm世代へと通じるものだった。言い換えれば、それだけ22nmプロセスの開発が順調(もちろん、それ以前の32nmも含め)ということなのだろう。

MIDの製品例High-kメタルゲート製品の搭載例は2億枚を越えるプロセスのロードマップ。2011年に22nmプロセスが実用化
今回は22nmプロセスのSRAMを試作した45nmプロセスのAtom SoC。Sodaville/Jasper Forest/Lincroftが用途別に用意されるCPUだけではなく、プラットフォーム全体を支える姿勢

●SoCが、より重要なアプリケーションに

 Intelは新しい線幅のプロセスを2年ごとにローンチし、その間にSoC(システムオンチップ)向けの派生プロセスを開発するという繰り返しサイクルを、ここ数年は実行し続けている。

 かつてのIntelのプロセスは、デジタルロジック回路のパフォーマンスを高めることが最優先で、消費電力やアナログ混載といったことは考慮されていなかった。しかし、それではアプリケーションが限られてしまう。

 たとえば45nm世代のSoC――家電向けのSodaville、組み込み向けのJasper Forest、携帯デバイス向けのLincroft――のうち1世代は、やや投入が遅くなっていたものの今週中にも新しいチップが発表される見込みという。

 SoCの戦略はIntelがx86アーキテクチャを、世の中に普遍的に存在するものとする戦略を実行する上で非常に重要なものだ。Intelは家電や自動車を含め、あらゆるデジタルデバイスを含む製品がネットワークにx86を普及させていく戦略を推し進めようとしている。

 そのためにメインストリームの製品であるIntel Coreアーキテクチャとは別に、各プロセス世代ごとに最適化した省電力なx86コア(Atom)を開発し、それらを多様なSoCに埋め込んでいくことで、x86アーキテクチャをより普遍的な存在にしようというわけだ。現在、ARMコアが使われているような分野で、よりネットワークフレンドリーで開発環境も整い、パフォーマンスも良いx86を使ってもらおうということだ。

 今後、32nm、22nmと線幅の縮小が進んでいくにつれ、メインストリームのIntel Core製品はコア数増加や特定用途プロセッサ(GPUなど)を統合していくことになるが、Atom系はさらにコアが小さい上、ほとんどの用途でシングルコア(あるいは多くともデュアル)しか必要ない。必要な配線用パッドも配置できなくなるので、SoCへの流れは必然だ。

 同じx86でもIntel Core系とは開発手順が異なる(各プロセスごとにAtomコアをデザインし、その派生製品を作っていくため、Intel Coreのようなチック・タックモデルではない)のは、台湾TSMCにAtom系コアを用いたカスタムSoCを作らせるためだろう。SoCの場合、顧客の要望に応じて柔軟に異なる機能を統合し、1つのSoCとしてデザイン・出荷する必要があるが、そうした柔軟性はファウンダリとして歴史のあるTSMCの方がある。Intelの工場では、SoCの中でも特に重要となるものや自社汎用製品として販売するSoCのみが製造される。

 もっとも、こうした分野での経験が浅いIntelだが、経験を積んでノウハウを持つようになってくれば、いずれは自社工場でカスタムSoCを製造することになるのかもしれない。

 SoCの戦略がうまく行けば、現在のNetbookのような製品はより低コストなSoCで作られるようになるだろう。もちろん、MID(Mobile Internet Device)やスマートフォン、デジタル家電はもちろん、我々が気付かない場所にもIntelチップが食い込んでいくことになるかもしれない。

 そこでIntelが狙っているのは、PCベースの製品では当たり前のIPネットワークの中に、あらゆるデバイスを参加させていくことではないだろうか。数年後には、手元のスマートフォンで、現在のNetbookぐらいのパフォーマンスを持つデバイスが実現できているだろう。

●Netbookへのスタンスに変化?

 22nm世代に向け、x86プロセッサを普遍的なものにしていくには、みんなが持ち歩きたがるような、携帯型デバイスへの普及も必要になってくる。携帯デバイスといっても様々なものがあるが、Intelが最優先に考えているのはMIDだ。そこでネックになっているのは、デバイスごとに最適化されたソフトウェアの実装が、なかなかうまく進んでいないことである。

 スマートフォンに関してはiPhoneというお手本的な実装があるが、Intelが普及を推進しようとしてきたMIDに関してはリファレンスとなる操作体系がない。多くはWindowsやLinuxのデスクトップをそのまま流用している。そこでIntelは携帯デバイス用OSを開発するためのプロジェクトとして「Moblin」を立ち上げ、支援してきた。

 本来はデスクトップコンピュータ向けに進化してきたコンピュータのGUIを見直し、スマートフォンとノートPCの間を埋める新しい基準を作るのが目的だ。その成果の1つはMoblin 2.xに搭載される「My Zone」というユーザーフロントエンドとして結実している。

 オッテリーニ氏は引き続きMoblinを支援するとともに、こうした携帯情報端末向けのアプリケーション開発環境を整え(Adobe AIR、Microsoft SilverlightのMoblinへの移植が同日発表されている)、さらにはモバイル機器向けアプリケーションを流通させるための枠組みをASUS、Acer、Dellと作っていくと話した。これはiPhoneにおけるAppStoreのような位置付けである。

 アプリケーション流通のエコシステムも込みで開発と普及促進を進めることで、MIDの市場をなんとか立ち上げたいということなのだろう。ただ、オッテリーニ氏のプレゼンテーションには、やや引っかかる部分があった。上記のアプリケーション流通の枠組みに関して、Netbookを前提に話を進めていたからだ。

インターネット接続デバイスのためのSoCロードマッププロセスの世代が進むごとに順調にリーク電流が減っているCore i系CPU「Arrandale」とNetbookの共棲
低消費電力、省スペース、ローコストというAtomの衝撃Atomのソフトウェアプラットフォーム。組込用のWIND RIVERが入っている世評の高いiPhoneやWiiよりもNetbookの成長は速いと誇る

 他にもNetbookに対するIntelのスタンスの変化はある。たとえば次世代のノートブックプラットフォームとNetbookを連携させて利用する提案を行なうなど、Netbookを上手に活用して通常のPCのコンパニオン的に使う用途を提案したり、NetbookがiPhoneやWiiを超えるスピードで普及したデータを示すなど、PCベースの小型端末としてNetbookを積極的に活用していく方向を打ち出していた。

 Moblinに関するデモも、MIDも利用はしていたが、一方でNetbookでのデモも行なっており、これまでのIntelの基調講演とはNetbookに対する扱いが違うとように感じられる。

 基調講演後にIntelのMID担当者に話を訊いてみたが、やはり同様にIntel社内でも基調講演でのNetbookに対するスタンスに関して議論があったという。Intelはこれまで、Netbookは一定の割合以上には普及しないと判断し、戦略上は製品カテゴリが存在しないかのように扱ってきた。

 あるいはオッテリーニCEOの心境に変化があったのだろうか?

●普遍性の実現へと歩み出す一歩

 x86コアを普遍的に存在するアーキテクチャとして広めていくというのは、あまりに大きな目標だ。しかし、どんな目標でも最初の一歩がある。22nmプロセスの順調な開発を背景に、Intelはより良い一歩を踏み出すために、あらゆる手を尽くそうとしている。

 前述した以外にも、医療機器や航空機への組み込みに挑戦しており、また車への組み込みではBMWとダイムラーベンツでデザインウィンを勝ち取った。Intelは自動車向けソフトウェアの企業などと「GeneVie(ジェネヴィー)」というx86コアをベースとしたシステムアーキテクチャの業界標準を提案し、普及を目指していく。IPTV機能やネットワークサービスの利用など、インターネット活用が進みつつあるテレビ分野でも、一部では顧客を勝ち取りつつあるようだ。

 PCユーザーの視点から見ると、それらはあまり関係のない製品かもしれない。しかし、PC市場に以前ほどの伸びを期待できない以上、右肩上がりにパフォーマンスを引き上げていくための投資を続けるには、x86のアプリケーション範囲を拡げていくしかない。そうした意味では、Intel自身だけでなく、より良いPCを求める人たちにとっても、IntelのSoC戦略の行く末は少なからぬ影響を及ぼすだろう。

アプリケーションストアの画面例組込用途の製品分野は広い
BMWとダイムラー(ベンツ)へのIAベースシステムの搭載が決まったムーアの法則は32nm世代まで順調に守られている
CPU向けの1年遅れでSoC向けに新プロセスを導入するSoCのメニュー。アナログ系が入っているのが注目されるSoCを支えるツール/フレームワークも提供する

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(2009年 9月 24日)

[Text by本田 雅一]