■元麻布春男の週刊PCホットライン■
Arrandale(右)とP55Mチップセット |
Nehalemマイクロアーキテクチャのプロセッサにおける大きな特徴の1つは、Turbo Boostテクノロジーの採用だ。133MHzを基準に、消費電力、動作している(C0ステートの)コア数、電流量、温度に余裕がある場合、動作中のコア数に応じてプロセッサの動作クロックを定格よりも引き上げる。
オーバークロックが、動作クロックと同時に最大消費電力も引き上げることになるのに対し、定格の最大消費電力の枠内で性能を引き上げる(TDPは変わらない)というのがTurbo Boostのミソだ。別の言い方をすれば、プロセッサのPステートを切り替えることで、性能と消費電力(クロックと動作電圧)をコントロールするのがSpeedStep、最大消費電力のP0ステートの枠内でクロックだけを上げ下げするのがTurbo Boostということになる。
今回のIDFで発表されたモバイルPC向けのClarksfieldの場合、定格クロックとクロックの引き上げ(ブースト率)は、表のようになっている。デスクトップPC向けのLynnfieldと比較して、定格クロック、TDPとも抑えられている代わりに、Turbo Boostによるブースト率はアグレッシブだ。デスクトップPC向けのLynnfieldに近い性能を狙いつつ、TDPは既存のノートPC向けプロセッサの枠内に止めたい、という意図が見える。
ノートPC向け | コード名 | L3キャッシュ | Hyper-Threading | TDP | 定格(P1) | LFM(SpeedStep) | Turbo Boost(P0)4コア | 3コア | 2コア | 1コア | 基準クロック133MHzに対して |
Core i7-920XM | Clarksfield | 8MB | あり | 55W | 2.00GHz | 1.20GHz | 2.26GHz | 2.26GHz | 3.06GHz | 3.20GHz | 2/2/8/9 |
Core i7-820QM | Clarksfield | 8MB | あり | 45W | 1.73GHz | 1.20GHz | 2.0GHz | 2.0GHz | 2.80GHz | 3.06GHz | 2/2/8/10 |
Core i7-720QM | Clarksfield | 6MB | あり | 45W | 1.60GHz | 0.933GHz | 1.73GHz | 1.73GHz | 2.40GHz | 2.80GHz | 1/1/6/9 |
デスクトップPC向け | コード名 | L3キャッシュ | Hyper-Threading | TDP | 定格(P1) | LFM(SpeedStep) | Turbo Boost(P0)4コア | 3コア | 2コア | 1コア | 基準クロック133MHzに対して |
Core i7-870 | Lynnfield | 8MB | あり | 95W | 2.93GHz | 1.20GHz | 3.20GHz | 3.20GHz | 3.46GHz | 3.60GHz | 2/2/4/5 |
Core i7-860 | Lynnfield | 8MB | あり | 95W | 2.80GHz | 1.20GHz | 2.93GHz | 2.93GHz | 3.33GHz | 3.46GHz | 1/1/4/5 |
Core i5-750 | Lynnfield | 8MB | なし | 95W | 2.66GHz | 1.20GHz | 2.80GHz | 2.80GHz | 3.20GHz | 3.20GHz | 1/1/4/4 |
Turbo Boostによるクロックの引き上げはダイナミックで、特定のアプリケーションを利用している間にも刻々と変化している。それは瞬間的な変化であるため、なかなか人間の目でとらえることはできない。が、Turbo Boostが相当の割合で性能を向上させることは、以前にデスクトップPC向けのLynnfieldでも確認できた(今回、聞いたところでは、オーバークロック特性と異なり、Turbo Boostに関してはプロセッサ間の個体差はない、あるいは個体差の生じない範囲で設定されている、ということであった)。
もし、こうした性能向上を、Turbo Boostのようなダイナミックな手段ではなくほかの手段で実現したなら、たとえばシングルスレッドのアプリケーションで、3GHzを超える動作クロックに相当する性能を得ようとすれば、かなり消費電力が上がってしまうだろう。それはバッテリ駆動時間の短縮と、ノートPCの大型化・厚型化を意味する。従来の熱設計を踏襲しながら、従来以上の性能を提供しようとするなら、こうした技術の採用が不可欠なのだろう。
Arrandaleの発熱の様子。アプリケーションの状況により、右側のグラフィックスと左側のCPUで、発熱(電力消費)の状況は異なる |
このClarksfieldに続いて来年第1四半期に登場する見込みのArrandaleでは、同様な考え方がグラフィックスにも適用される。Graphics Turboと呼ばれるこの技術では、消費電力、使用率、温度、グラフィックスのフレームレートに応じて、CPUコアとグラフィックスコアの動作クロックが引き上げられる。現時点ではどのくらいか、は明らかにされていないが、アプリケーションの必要に応じて、CPUのみ、グラフィックスのみ、両方のブーストができるとされる。フレームレートをチェックするのも、グラフィックスに対する性能要求を測るためなのだろう。
Arrandaleではグラフィックスコアにもターボ機能が加わる |
Graphics TurboがCPUのTurbo Boostと異なるのは、専用のIntel Turbo Boost Technology Driverと呼ばれるデバイスドライバ(ディスプレイドライバ)により、この機能が実現されていること。Turbo Boostは、Nehalemマイクロアーキテクチャの機能として、OSを含めたソフトウェアに関係なく、自律的にクロックの引き上げ/引き下げが行なわれる。
これに対して、Graphics Turboは、グラフィックスコアの消費電力とCPUコアも含めたCPUパッケージ全体の消費電力が、ドライバによりコントロールされる。仮にArrandaleに外付けのグラフィックスを組み合わせた場合、内蔵グラフィックス(とそのドライバ)を使わなくても、CPUのTurbo Boostには何の問題も生じない。
Turbo Boostがソフトウェアに透過であるのに対し、Graphics Turboはドライバで管理される |
アプリケーションの必要に応じて、CPUがブーストされる場合、グラフィックスがブーストされる場合、両方がブーストされる場合が生じる。両方をブーストすると当然、その度合いは小さくなる |
ブーストを決定する要因のうち、温度はブーストをするかしないかを決定する要因で、どのくらいかを決めるのは消費電力およびその予測だという |
というわけで、低消費電力と性能を両立させるためには、Turbo Boostのようなダイナミックにクロックを変動させる技術が重要になる、ということなのだが、CPUを選ぶユーザーにとっては必ずしも分かりやすい話ばかりではない。Turbo Boostがどの程度有効なのかが利用するアプリケーションソフトウェアに依存すること、定格クロックの高いプロセッサと最大ブーストクロックの高いプロセッサのどちらを選ぶか、という難しい問題が生じるからだ。
たとえば定格クロックが2.93GHzで最大ブーストクロックが3.20GHzの「Core i7-940」と、定格が2.80GHzで最大ブーストクロックが3.46GHzの「Core i7-860」のどちらが高性能かと聞かれたら、説明するのは容易ではない。「使うソフトによる」、といった曖昧な返事をするしかないのではないかと思う。今のところIntelのNehalemマイクロアーキテクチャのプロセッサラインナップは、こうしたややこしい問題が顕著にならないようになっているが、時間とともにラインナップが増え、混乱することが増えると予想される。何というか、困った話だ。