山田祥平のRe:config.sys

OSもアプリも関係なく自分の作法であらゆるデバイスを使いたい~HHKB Studioならそれができるかも

 PFUがHHKBの新シリーズHHKB Studioを発表、その発売が開始された。納得いくまで議論しながら4年近くかけて開発した製品で、日米両国での販売を意図し、米国太平洋夏時間午前8時、日本時間の午前0時という異例の日米同時発表となった。HHKBは1996年に初代が誕生し、以来、少しずつ進化を遂げながら今年の5月、27年間で67万台を売り上げた高級キーボードのシリーズだ。

Happy Hacking HIDへの方向性を模索するHHKB Studio

 HHKBはこれからどう進化していくべきなのか。初代の頃は、viやemacsといったテキストエディタのためのキーボードが想定されていたそうだが、プログラマーとコンテンツクリエイターの境界線がなくなりつつある今、HHKBの進化する方向性も検討が必要だとされたという。

 今回の新製品HHKB Studioは既存のHHKB Professionalと併売される。つまり、モデルの追加であって後継製品ではない。すべてのツールが一箇所に集まるプロの仕事場を表現するという想いを込めて、Studioと銘々されたという。

 北米での開発を前提にPFUアメリカの新規事業開発として各種デバイスデザインで著名なHUGE DESIGN社とのコラボレーションで開発が進められた。HHKB Studioが、既存のHHKB Professionalと大きく異なるのは、オールインワン、アドバンストというコンセプトだ。つまり、これさえあれば何もいらない統合コントローラのイメージだ。

 Professionalのように電池ボックスが後ろに出っ張らないし、4連のLEDインジケーターバーもステータスを明確に知らせてくれる。電源スイッチも一目瞭然でオン/オフの状態が分かるように、押しボタン式からスライド式になっている。シンプルで合理的だ。明確なのにBusyじゃない。それがHUGE DESIGNの仕事だという。

 何よりも、いわゆるHIDが統合されたことが大きい。キーボードから手を大きく離すことなくポインティングができるデバイスとして、かつてThinkPadが世に問うたトラックポイントと同様の機構を持つポインティングスティックを実装、スペースキーの手前には左右ボタンが装備されている。真ん中のボタンは定義次第でさまざまな用途に使える。

 ThinkPadのトラックポイントは、すでに特許等の知財関係がクリアになり誰もが自由に使えるようになっているそうだ。もちろん、スティックのタップでクリックもできるように設定できる。スペースバー手前のボタンを親指シフトに使えそうだと考えるユーザーもいるかもしれない。

 また、ジェスチャパッドと呼ばれる領域が手前部分の左右、側面部分の左右、合計4カ所に装備されている。この領域をこする、なでるといったイメージで、マウスホイールや方向キー、Alt+Tabでのタスク切り替えのような役割を持たせることができる。出荷時設定では右側面を前後にこするとマウスホイールの回転と同じ効果が得られ、文書のスクロールなどができる。また、Ctrlキーを押しながら同様の操作をすると、マウスのときと同様に、ズームの効果が得られる。左側面は上下方向キーと同じ効果に設定されている。

単体キーボードから統合コントロールセンターへ

 HHKB Studioは単機能KB(キーボード)ではなく、ポイティングデバイス、ジェスチャパッドデバイスなど、さまざまなHIDが統合されたコントロールセンターとして拡張されたわけだ。Bluetoothのマルチペアリングで最大4台のホストを切り替え、それらとは別にUSBで有線接続すればバッテリがなくても機能する。そして、5台のスマートデバイスを管轄下に置くコントロールセンターになる。

 キーボード単体での重量が540gで単3形電池2本で稼働するProfessionalに対して、単体重量が840g(英語配列版、日本語配列機は10g軽い)、単3形電池4本が約100gだとするとほぼ1kg弱の重量だ。これは、一般的なモバイルノートの重量に匹敵する。これだけ重いと、ノートPCといっしょに毎日持ち歩くというのはちょっと無理だと思う。そのことだけは覚悟するしかない。

 一方、今回の発表で何よりも驚いたのは、HHKBのアイデンティティといってもよかったストローク3.8mm(フラグシップの静音Professional HYBRID Type-S)、押下げ圧45gの静電容量無接点方式ではなく、メカニカルスイッチ方式を採用したことだ。押下げ圧については同じ45gだが、ストロークは0.2mm浅い3.6mmだ。このスイッチは通常プロファイルのMXスタイルの3ピンおよび5ピンメカニカルスイッチ(Cherry、Gateron、Kailh社製)と互換性があり、ホットスワップできるという。

 メカニカルスイッチを採用したのは、現在のユーザーの好みの多様化に対応するためで、カスタマイズ可能なものを採用したかったからだとPFUはいう。ホットスワップありきで、何があっても交換できるという安心感があることを重視した。

 最初にメカニカルスイッチ採用を告げられた時に、ついにHHKBにもゲーミングの波が押し寄せたかと思ったのだが杞憂だった。打鍵のフィーリングは静電容量無接点方式のProfessionalと比べても遜色がなく、実にエレガントで優雅な叩き心地だ。気になる打鍵音についてもうるさくない。静かな図書館で使っても怒られないと思う。周波数が低い分、Professionalよりうるささを感じないように思う。

 というか、メカニカルスイッチだと言わなければ、Professionalと同じ静電容量無接点方式だと信じて使い続けてしまいそうなくらいにフィーリングが似ている。さすがに、両方を並べて試打してみると違いは分かるが、それでもProfessionalよりも、底突き感が強く重厚な印象を持った。

 本体色は墨色のみ。英語レイアウトと日本語レイアウトが用意される。墨色に黒のキー刻印だ。まあ、刻印はよく見えない。これもHUGE DESIGNの仕事だ。賛否両論ありそうだ。存在感を消すならデスクの天板色と同化させることも考えないといけない。墨色に黒刻印は、文字キーについては問題を感じないが、数字を入れる時にはちょっと指が迷う。たとえば、いきなり「7」をブラインドで叩くのは難儀だ。ここは修練が必要だと改めて自分の未熟を反省した。

もっとカスタマイズの自由度と柔軟性を

 この製品の大きな特徴は、キーボードを完全に近いかたちでカスタマイズができる点にある。4種類のプロフィールを持たせることができ、それを切り替えて使える。各プロフィールは、何も修飾キーを押さない素の状態とFn1、Fn2、Fn3キーのどれかを押しながら押した場合で、各キーに4つの機能や文字を割り当てることができる。

 カスタマイズできるのはキーボードだけではない。4カ所のジェスチャバッドも自由に機能の割り当てができる。

 そして、それらのプロフィールはHHKB Studio自身が記憶する。つまり、自分が使いやすいように設定したキーボードを持ち運び、移動先のPCに接続するだけで、日常的に自分が慣れ親しんでいる使いやすい環境で、出先の異邦PCを使えるし、また、アプリごとに微妙に異なるキーアサインを吸収し、あらゆるアプリやOSを単一の操作体系で使えるようにできるはずだ。

 ただし、少なくとも現時点では、このカスタマイズの機能は物足りない。なぜなら、この機能が、単一のキーを叩いたときに何が起こるかを定義するものだからだ。

 どういうことかというと、たとえば、現実的ではないかもしれないが、エンターキーがあって、このキーに別のキーの機能を割り当てるということはできる。また、割り当て内容には修飾キーを伴うショートカットを割り当てることもできる。

 だが、特定のキーコンビネーションに単独キーや別のキーコンビネーションを割り当てることができない。そこが不便だ。

 たとえば、Ctrl+Hというキーコンビネーションは、その昔、カーソルの左側の文字を削除しながら戻る、つまり「BackSpace」のショートカットとして使われていた伝統的なコンビネーションだ。エンターキーのショートカットとしてのCtrl+Mも有名だ。双方ともに、今もWindowsのコマンドプロンプトではそのように機能する。

 ところが、Ctrl+HはMicrosoft Word、Excelなどでは置換、EdgeやChromeなどのブラウザでは履歴の呼び出しと、まったく異なる機能が割り当てられている。Ctrl+Hでタイプミスを修正する癖があると、ワープロ操作時にしょっちゅう置換ダイアログを出し、ブラウザで頻繁に履歴を開いてしまう。Webブラウザのフォームなどで文字データを入力することも多くなっているので、ここは1つあらゆるアプリでCtrl+HがBackSpaceとして機能するようにしたいと思ったとしよう。

 その場合、Ctrl+Hに対してBackSpaceを割り当てればいいのだが、今回のHHKB Studioのユーティリティでは、それができない。

  • できる:Ctrl+HをBackSpaceキーに割り当てる(BackSpaceキーを押すとCtrl+Hを押したことになる)
  • できない:Ctrl+HにBackSpaceキーを割り当てる(Ctrl+Hを押すとBackSpaceキーを押したことになる)

 今、MicrosoftのWindowsユーティリティ「PowerToys」のKeyboard Managerで、各ショートカットキーの設定や、キーの再マップが自由にできるようになってとても助かっている。このユーティリティならBackSpaceキーにCtrl+Hでも、Ctrl+HにBackSpaceでもどちらの方向にでも割り当てができて、しかも有効にするアプリの名前を指定しておき、自動的に機能のオン/オフを切り替えることもできる。

 でも、使うPCのすべてにそのユーティリティを入れて常駐させる必要がある。もしかしたら使いたいプラットフォームはWindowsではなくPowerToysが使えない可能性も高い。

 もし、HHKB Studioで自在にキーマップを変更できれば、アプリが変わっても、OSが変わっても、自分のキーボードを接続するだけで、いつもの自分の慣れ親しんだキーアサインで操作ができるようになる。多くの作業がブラウザだけで完結することが多い今、それを自分の作法で操れることは効率に大きく影響する。

 多くのユーザー、特に、Aキーの隣にCtrlキーがあることを嬉しいと思うユーザーは、それを望んでいるんじゃないだろうか。

 そう思っていろいろ考えながら、PFUにも問い合わせたりしていたら、Fn3キーを使えば、ある程度のことができることに気がついた。このキーボードのデフォルトはAの隣にCtrlキーがあるが、それをFn3キーに置き換え、Ctrlキーを別の場所に追いやる。そして、Fn3とHやMのキーコンビネーションでBackSpaceやEnterなどが打鍵できるようにしてやるのだ。つまり、Fn3を第3のCtrlキーだと想定して打鍵する。

 ただ本物のCtrlキーの打鍵が必要な時に、左の小指が迷ってしまう裏技的なイメージで根本的なソリューションにはならない。それにショートカット割り当てにはまだ少しバグも残っている様子だ。

 また、PowerToysのKeyboard Managerとの共存や、この製品を含む複数の異なるキーボードが接続されている場合(ノートPCではほとんどそうなる)の挙動など、原因不明の不具合に悩まされている。もう少し様子見が必要だ。コンセプトとしてきわめて重要なことだけに、ショートカットに汎用機能キーを割り当てる機能の追加を含めてがんばって完成させてほしい。

 WindowsやmacOSだけを使っているなら、このような環境に興味は湧かないかもしれない。でも、昨今のモバイルOS搭載スマホやタブレットは、セキュリティ上の理由から、自由なキーアサインで使うのは難しい。それでも、自分の指が会得した財産としての打鍵作法なのだから、あらゆる場面で役にたたせたい。それができるのなら、多少重くても、PCの代わりにこのキーボードを携行する気にもなろうというものだ。Windowsのようにユーティリティがなく、キーカスタマイズが自由にならなくて苛立つAndroid、iOSのスマホやタブレットも、HHKB Studioならなんとかなるかもしれない。

 トライは始まったばかり。この製品はきっとこれから成長する。願わくば、軽量の既存HHKBにも光を当てることを忘れないでほしい。