笠原一輝のユビキタス情報局

使い始めたら、もう手放せない。PFUの「HHKB Studio」を試す

HHKB Studioの英語配列(手前)と日本語配列(奥)

 キーボードと言えば、人間がコンピュータともっとも接する部分であり、一番重要なインターフェイスであることを否定する人は誰もいないだろう。キーボードが入力しやすければ、PCを利用する時の能率は上がり生産性は向上するが、キーボードが使いにくければその逆だ。

 ノートPCであれば、出先などでは標準で搭載されているキーボードを使うのが一般的だと思うが、自宅やオフィスに帰って来てからは好みのキーボードを利用して使う、そうした使い方をされているユーザーも少ないだろうし、そもそもデスクトップPCであれば、どのキーボードを利用するかは選びたい放題だ。

 そうした中で、1996年に初登場して以来長年人気となっているキーボードが、株式会社PFUのHHKB(Happy Hacking Keyboard)シリーズだ。HHKBシリーズは、テンキーとファンクションキーを排したシンプルでコンパクトなデザインと、その独特のキータッチで人気を博しており、特にプログラマーのようなPCに長い時間触っている必要があるユーザーに人気のキーボードだが、その新製品「HHKB Studio」が発表された。早速その新製品に触る機会を得たので、その感触などに関してお伝えしていきたい。

1996年の発売以来本年5月には累計67万台を販売した、息の長いキーボード「Happy Hacking Keyboard」

HHKBは1996年の発売以来本年5月までに累計67万台を販売したロングセラーブランドに(出典:New Series HHKB Concept、PFU)

 そもそもPFUがHHKBの最初のモデルを発売したのは1996年と、1995年のWindows 95登場の直後の時期だったという。日本では1995年の11月にWindows 95がリリースされ、当時は一種の「パソコンブーム」のような時代を迎えており、パソコン雑誌は数を数えるのが難しいほど発行され、多くのベンダーがPCをリリースしている時期だった。

 PFUはその社名が示している通り、パナソニックと富士通(当時の富士通PCのブランドであるFacomの説もある)のPCを製造するパナファコムと、ユーザック電子工業(PFUの源流となった石川県の企業)が1つになって、3社それぞれの頭文字をとって1987年に創立された。そうした経緯があるため、当初はパナソニックや富士通だけでなく、ほかのブランド向けのPCやサーバーなどを製造するODMメーカーという顔を持っていた。

 後に、現在の主力製品であるドキュメントスキャナ「ScanSnapシリーズ」などの提供を開始し、富士通の完全子会社になった後、2022年にリコーに売却されて、今はリコーのグループの企業となっている。

 そうしたPFUが、1996年にHHKBに取り組んだのは、東京大学の教授だった和田英一氏と一緒になって開発を始めたことが契機だった。当時PFUはSun Microsystems(現在はOracleに買収されて、Oracleの一部となっている)のワークステーションのODM事業を行なっており、それにも影響を受けてSun互換の配列となるようなキーボードを開発した、それが初代のHappy Hacking Keyboardだったのだ。

 たとえば、通常のキーボードでは数字キーの上にあるファンクションキーは、HHKBの場合、Fnキーとの組み合わせで実現されるため、ファンクションキーはない。また、同様にテンキーもなく、英語版では矢印キーすらなく、Fnキーなどとの組み合わせで実現されている。

 そうした非常に省スペースで、シンプルなキー配列になっているため、コンパクトで省スペースなキーボードが実現。ユーザーにとっては無駄な動きを極限まで少なくしながら正確な打鍵ができる、それがHappy Hacking Keyboardが人気を博した理由だったのだ。

HHKBのコンセプト(出典:New Series HHKB Concept、PFU)

 最初の製品が発売されてから現在まで、四半世紀以上となる27年が経過しているが、その配列のキーボードはいまだに販売が続いており、直近ではHappy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S、Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID、Happy Hacking Keyboard Professional Classicという3製品が販売されており、いずれもコロナ禍ではかつてないほどの売り上げを記録し、2023年5月には世界で累計出荷台数が67万台に達したのだPFUは説明した。

スティック型ポインティングデバイスとジェスチャーパッドは「手をできるだけ動かさない」というHHKBの伝統を守る新デバイス

HHKB Studioに用意されているスティック型ポインティングデバイス

 今回PFUが発表したHHKB Studioはそうした「最小限の動作で正確な高速な打鍵が可能になる」というHHKBの特徴を維持したまま、もう少し間口を広げて、より多くの用途に利用できるようなキーボードを目指した製品となる。

3つのボタン、左からマウスの左ボタン相当、中央ボタン相当(Fn2ボタンを兼ねる)、右ボタン相当
キャップの内側とキャップを取り外したところ

 最大の特徴は、「G、H、B」という3つのキーの間にスティック型のポインティングデバイスが用意されていることだ。

 スティック型のポインティングデバイスは、LenovoのThinkPadシリーズなどで採用されており、当初はIBM(そして後にLenovo)が特許を持っていたが、すでにそれは切れているとのことで、今回の製品で採用に至ったという。

 こうしたスティック型のポインティングデバイスを採用することで、ちょっとだけマウスカーソルを動かしたいという時でもキーボードのホームポジションから手を動かさないでも操作でき、「最小限の動作をキーボードだけで実現する」というHHKBの理想を崩さずにポインティングデバイスを追加することが可能になっている。

 なお、ボタンはスペースバーの手前に3つ用意されており、左からマウスの左ボタン相当、中央ボタン相当、右ボタン相当となっている。

本体の右側面のジェスチャーパッド
手前右のジャスチャーパッド
手前左のジャスチャーパッド

 もう1つの特徴は、PFUがジェスチャーパッドと呼んでいるパッド機能が4つ、具体的にはキーボードの左右と、キーボード手前の左右の4カ所に搭載されていることだ。

 このジェスチャーパッドはさまざまな機能に割り当てることが可能になっており、たとえば、右側面のジェスチャーパッドを、スクロールに割り当てると、右側面を触るだけでWebブラウザなどをスクロールできてめちゃくちゃ便利だ。

 標準状態では左側面が上下の矢印キー、手前左が左右の矢印キー、手前右がウィンドウの切り替え(Alt+Tab相当)、右側面がスクロールと設定されているが、役割は設定ツールでユーザーが自由に変えられる。

ジャスチャーパッドの使い方(出典:HHKB New Series Presentation、PFU)

 実際に標準状態で触ってみたが、Excelを操作する時に、ジャスチャーパッドを利用して左手だけで上下左右(左側面と手前左のジェスチャーパッドを操作)に移動でき、かつ長いデータを見る時には右手で右側面のジェスチャーパッドを触るだけでスクロールできる、そうした操作に加えて少し細かい操作を行ないたい時にはスティックを使えば良い。もはやマウスに触る必要はまったくなく、キーボードに両手を置いたままの操作だけで完結できるなと感じた。

 なお、スティックやパッドの感度もツールを利用して調整できるので、その点もポイントが高いと言える。

キーマップ変更ツールも強化され、4つのプロファイルと4つのレイヤーで心ゆくまでカスタマイズが可能に

キーマップ変更ツールはプロファイルが4つ保存できるようになった

 今回PFUはHHKBのキーマップ変更ツールをパワーアップさせ、プロファイルを4つまで保存可能にしている。たとえば、Excel用、Visual Studio用、Teams用……のような形でプロファイルを保存しておき、アプリケーションによって切り替えることで使い勝手を改善できる。

 HHKBのキーマップでは複数のキーを1つのキーに割り当てておくとかも可能なので、たとえばTeams用のプロファイルに「Windows+Shift+Sでスクリーンショットを取得」といった設定をしておけば、複数のキーをいちいち押さなくても、割り当て済みキーを押すだけでスクリーンショットの撮影ができる。

レイヤーも4つ(標準、Fn1、Fn2=スティックの中央ボタン、Fn3=ユーザー割り当てキー)になった
Fn1を押すとこのレイヤーのキーが入力される
プロファイルとレイヤーの考え方(作成筆者)

 キーマップ変更ツールでもう1つHHKBユニークなことは、レイヤーと呼ばれる機能をさらに拡張していることだ。レイヤーとは、キーボードのキートップに書かれているキーとは別に、Fnキーを組み合わせて実現される、隠されているキーコードのことだ。たとえば、HHKBの英語版配列にはそもそも矢印キーがなく、矢印キーはFnキーとの同時押しにより実現されている。

 今回の製品は、Fn2になるポインティングデバイスの中央ボタン、そしてあらかじめ指定しておいたキー(たとえば左のCtrlやShiftなど)をFn3として指定することで、標準状態、Fn、Fn2、Fn3とレイヤーを4つ持てるのだ。このため、プロファイルとレイヤーをうまく組み合わせれば、ほとんど無限のキー指定ができることになり、自由度が大幅に上がっていると言える。

HHKB StudioはMXスタイル互換でキースイッチも変えられる、標準では新しいメカニカルスイッチを採用

標準的なツールを利用してキートップを外す、するとキースイッチが見える、なおこのHHKBブランドのキースイッチ取り外し工具は非売品

 そして、今回のHHKB Studioのもっとも特徴的な部分が、MXスタイルの3ピンまたは5ピンのメカニカルスイッチと、キースイッチを交換できる仕様になっていることだ。標準状態ではPFUがKailhのキースイッチをベースにカスタマイズした「リニアタイプ静音メカニカルスイッチ」というスイッチが搭載されており、これをCherry、Gateron、Kailhが販売しているMXスタイルと呼ばれる3ピンまたは5ピンタイプのキースイッチと交換することが可能なのだ。

キースイッチを外すところ
キースイッチを外すとこのように基板が見える、5ピンのMXスタイルのキースイッチが利用できることが分かる
外したキースイッチ

 こうした交換できるキースイッチは、ゲーミング用のキーボードなどで最近流行になっており、必要に応じてメカニカルスイッチを交換して自分好みのキータッチにすることが普通に行なわれている。HHKB Studioのキースイッチも、そのMXスタイル(3ピン、5ピン)に互換のスイッチになっており、汎用の交換器具を利用して簡単に交換できる。要するにHHKB Studio側には、そのMXスタイル(3ピン、5ピン)を受け止める穴と配線が用意されており、単にはめるだけでキーが利用できるような仕様になっているのだ。

 ただし、HHKB Studioでは1つだけ注意点があって、「G」、「H」、「B」の3つのキーの周囲には、スティック型のポインティングデバイスがあるので、キースイッチの形状によってはそれと干渉してしまう可能性があることだ。

 このため、その3つのキースイッチに関しては標準のキースイッチをそのまま利用するか、あるいは干渉しないような形状になっているキースイッチを選択する必要がある。

 なお、この交換できるというのはあくまで仕様であって、交換したキーが動作するかまではメーカーの保証範囲ではないので、あくまでユーザーの責任で行なうことになるのでその点は注意したい。

キースイッチは従来の静電容量無接点方式からメカニカルスイッチへ、キー押下力は同じ45gだが、マッピングが変わっている(出典:HHKB New Series Presentation、PFU)

 気になるキータッチだが、筆者が触った限りでは、確かに従来のHHKBの静電容量無接点方式に比べると、若干フィーリングは違うことは事実だ。1つにはキーストロークが従来のHHKB(HYBRID Type-Sが3.8mm、HYBRID/Classicが4mm)に比べるとやや短めな3.6mmになっていること。また、キーの押下力は同じ45gだが、キーの押下力のマッピングも異なっている。

 静電容量無接点方式のHappy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-Sの方は、キーを入力すると「押したな」という感があり、それがスッと抜けて底部にあたるという感じがある。それがキーを打っているという打鍵感を指に感じさせるのにつながっている。それに対して、新しいメカニカルスイッチのHHKB Studioの方は、スーッとそのままキーが押される感じで下に到達する。

 筆者個人としては、すでに薄型ノートPCのキーボードのように、ストロークが短くすぐに底につく感じのキースイッチに慣れてしまっていることもあり、新しいHHKB Studioのメカニカルキーの方がむしろ打ちやすく感じた。

 ただ、もし気に入らなくても、ほかのスイッチに切り替えて使うことは可能。HHKBのキーマッピングツールは使いながら、MXスタイルの別のキースイッチに切り替えてタッチを変えて使うことは可能だから、将来的にそれを試してみるという考え方もありだろう。

税込4万4,000円と決して安くはないが、よいキーボードで効率を上げられる職業の人には決して高くない

 実際にHHKB Studioを触ってみて、機能面ではターゲットのユーザーの間口を広げた製品だと感じた。従来のHHKBは、どちらかと言えば、実際にソフトウェアコードを書くようなプログラマーとか、筆者のようなライターとか、とにかくキー入力の速度を上げることが命というユーザーに人気を博していたキーボードだった。

 しかしHHKB Studioは、Excelの例のようにオフィスツールを使うようなビジネスパーソンにも有力な選択肢となった。さらに言えば、AdobeのCreative Cloudを利用しているクリエイターのように、右手ではペンを握り、左手でキーボードを操作するクリエイターにも、こうしたジェスチャーパッドは有益ではないかと感じた。そうしたユーザーでも、両手を(あるいは片手を)HHKB Studioから離さずにジェスチャーパッドやスティックで操作できるのがメリットだ。

日本語配列のモデル(奥)と英語配列のモデル(手前)がある

 一方、キータッチについて、筆者は「慣れこそ最上のユーザーインターフェイス」と毎回表現しているが、結局人間にとって使いやすいのは慣れているものなのだ。普段ストロークが浅いノートPCのキーボードに慣れ親しんでいる筆者にとっては、新しいHHKB Studioの方が使いやすいと感じてしまうし、逆に普段静電容量無接点方式の従来のHHKBに慣れているユーザーにとってはちょっと違うなと感じる人も多いかもしれない。その意味では、実際に試してみて、受け入れられるかどうか、結局はそれが重要なポイントになるだろう。

スイッチは明確にオンになっていることが分かる形のスイッチに
USB Type-Cは給電も可能だし、データ通信も可能で有線キーボードとしても利用も可能
底面には角度をつけるための2段階の足も用意されている
動作を示すLEDも追加されている
ディップスイッチ、電池は単3電池4本

 PFUによれば今回のHHKB Studioは直販(PFU Direct、Amazon店/楽天店/Yahoo!店もある)のみの販売となるため、小売店やPCショップなどでの展示、販売は基本ないという。ただ、日本全国でタッチ&トライを行なうコーナーを用意するほか、東京・有楽町のb8taで10月26日~来年の1月25日まで展示を行なう予定だという。

 また、そうした展示は遠くて行けないというユーザーのためには、「ゲオあれこれレンタル」で、9泊10日で5,480円(送料込)という価格で貸出が可能になっており、気に入った場合にはそのレンタル料を割り引いてそのまま購入するということも可能だとPFUは説明している。本体の価格が4万4,000円と決して安価ではないことを考えると、そうしたレンタルを活用して購入するというのも1つの手だ。

上が従来モデル、下がHHKB Studio
従来モデルとのスペック比較(出典:HHKB New Series Presentation、PFU)

 4万4,000円という価格は、決して安い買い物ではない。もちろんPCはインターネットなどを見るのに使うことがほとんどで、キーボードに触っている時間は短いというユーザーにはオススメしない。しかし、PCを常に使いこなしてお金を稼ぎ出している人にとって、キーボードというのは、野球選手で言うなればグローブやバット、レーシングドライバーで言うなればハンドルやシートのようなものだ。他人と競争して勝つのに、よりよい道具が必要なことに疑いの余地はない。

 そういう人々にとって、高いけれどイイモノを買うことで、生産性を上げれば、4万4,000円というコストはすぐに取り返せるコストだと筆者は考える。「ホンモノのプロが購入するキーボード」と考えれば、決して高いモノではないと思う。