山田祥平のRe:config.sys

生成AIとオンPixelのエッジコンピューティング

 GoogleのスマートフォンPixelシリーズが刷新された。その最新版としてPixel 8 Proが10月12日に発売されている。オンデバイスで各種の処理を行なうことで、クラウドに頼らずに各種AIベースの機能が使えるという。これまでも方向性としてはそうだったが、新プロセッサTensor G3がそれをさらに加速する。Googleはスマホ体験をどう変革しようとしているのだろう。

手に余らないPixel 8

 ルック&フィールという観点からは、失礼ながらPixel 7 Proとあまり代わり映えしないPixel 8 Proよりも、フォームファクタとしてはシンプルなスレート端末なのだが、無印のPixel 8がすこぶるいいように思う。

 Pixelシリーズは次の表のように遷移してきた。

Pixelシリーズの変遷
登場機種画面サイズ重量
2020年Pixel 56.0型151g
2021年Pixel 66.4型207g
2022年Pixel 76.3型197g
2023年Pixel 86.2型187g

 Pixel 8はPixel 5とは比べようもないサイズ感だが、Pixel 6以降では最小最軽量だ。

 Pixel 5は、ぼく自身もコンパクトで大好きだった。しまい込まずに今もスポーツジムでのトレーニング時にほぼ毎日使っている。そのボディの横幅は70.4mmだ。Pixel 8は70.8mmなので、0.4mmの差まで追い込んでいる。これはもう画期的と言ってもいい。

 大画面スマホばかりがもてはやされる昨今だが、それによって扱いやすさは多少なりとも犠牲になってきた。多くのユーザーはケースでボディを覆うので、手のひらの中での収まり具合はさらに悪い。たぶん、あきらめに近い心境でスマホを選んでいる。まさに手に余ると考えるユーザーは少なくない。斜めがけスマホが流行るのも分かる。

 だが、今回のPixel 8は画面サイズを先代のPixel 7よりも小さくするという判断に踏み切り、ボディの横幅を縮めた。冒頭の写真はPixel 7の上にPixel 8を載せてみたものだ。十分なサイズ感があるように映っているが、手に取ると、そのコンパクトさを実感できる。手に余らないのだ。Googleに声が届いたと思うユーザーもたくさんいそうだ。

 結果として、下表のような遷移をたどった。

Pixelシリーズのサイズ感
機種高さ厚み
Pixel 7155.6mm73.2mm8.7mm
Pixel 7a152mm72.9mm9.0mm
Pixel 8150.5mm70.8mm8.9mm
【参考】
iPhone 15
147.6mm71.6mm7.8mm

 横幅はPixel 7の73.2mmから70.8mmへと、その違いは2.4mm。画面サイズも小さくなったので、高さもずいぶん低くなり、すこぶる扱いやすいボディサイズになった。これなら手に余ると感じることもない。

 コンパクトなスマホが欲しいという日本のユーザーの声に耳を傾け、その方向性を持たせたということなのだろう。Pixelシリーズは、日本での販売台数がかなり大きいようなので、日本のユーザーへの忖度と言ってもいいかもしれないが、大事にされて悪く思うことはない。

クラウド処理とオンデバイス処理のハイブリッド

 Pixelでは、撮影した写真をマジック編集することができる。たとえば、消しゴムマジックは撮影した写真に写り込んだ余計なオブジェクトを、かなりの精度で消去することができるが、この機能はPixelがオフライン状態でも、クラウドに頼らずに使える。

 また、レコーダーアプリは音声を録音すると同時に、対応言語用のデータをダウンロードしておけば各国語を文字でも記録する文字起こしレコーディングができるが、これも通信が遮断された状態でできる。

 似た機能の1つにデバイスで音声が検出されたときに、それを目的の言語に翻訳し文字で表示するリアルタイム字幕もオフライン利用が可能だが、レコーダーでは使えないなどアプリを選ぶ。

 また、翻訳やGoogleレンズはクラウド依存しているなど、オンデバイスでPixelが使えることが、ユースケースごとに温度差があり、完全な実装に向けて試行錯誤が繰り返されていることが読み取れる。

 すごいのは、2年前のPixel 6でも、ソフトウェアが最新の状態であれば、最新のPixelで提供されている消しゴムマジックやレコーダでの文字起こしなどが、ちゃんとオフラインで運用できることだ。

 もちろん、その処理速度等はプロセッサの性能に依存する。だからこそ、Googleは独自プロセッサのTensorの処理性能向上に懸命だ。Pixel 7搭載の第2世代とPixel 8搭載の第3世代のTensorでは性能が異なる。

 そして性能は処理に要する時間に影響する。エンドユーザーにとっても、写真から余計なオブジェクトを取り除くのに要する時間は短い方がいい。遅いコンピュータは、専門的な知識を持たないエンドユーザーの混乱のもとだ。

 単純な話だが、スマホの処理性能がもっと高ければいいという気持ちは、結構懐かしい感情だ。ゲームに熱心なユーザー以外、SNSを楽しんだり、写真を撮ったり、音楽を聴いたり、動画を視聴したり、そして、Webを見たりといった典型的なスマホのユースケースで、スマホの処理能力に不満を感じる場面は著しく少なくなっているからだ。

 でも、今後、エッジコンピューティング、つまり、オンデバイスでのAI処理が新しい当たり前になってくると話が違う。

 今は、飛行中の航空機の中でもWi-Fiでインターネットにつながる時代なので、インターネット接続のオン/オフを深く考えることはないかもしれない。機内エンタメで満足できない人は、飛行機に乗る前に見たい映画をスマホにダウンロードしてそれを楽しむ。

 それができない、またはあえてしなかった人は、飛行機に乗り込んで、ひとしきり最後の通信を楽しむと、さっさとスマホを機内モードに切り替え、コンテンツを楽しむことをあきらめて充電にいそしむ。

 自分のスマホを機内モードにするなり、Wi-Fiとモバイルネットワークをオフにして通信を遮断した状態にして、どのくらいのことができるかを体験してみるといい。

 Wi-Fiが使えないところで操作するノートPCもそうだが、もう、絶望に近く何もできないことを実感するはずだ。これだけ何もできないのかとがっかりする。でも、ちょっと先の未来、スマホはそうでなくなるし、PCだって同様だ。これからは、オンデバイスでできることがどんどん増えていく。AIスマホ、AI PCの時代の到来だ。

 もちろん、そのことが、スマートライフにとって通信がいらなくなることを意味するわけではない。外界から最新のコンテンツを取り込むには通信は必須だし、他者とのコミュニケーションも通信ができなければ不可能だ。

 だが、コンピューティング処理をクラウドに完全依存せずに、ローカルで処理できることは望ましいし期待もされている。今後、生成AIなどの応用がますます増えていく中で、いつまでも今のようにクラウドにデータを丸投げし、その処理結果をエッジデバイスが受け取って表示するだけというシンクラ的な使い方が続くはずもない。

 今後、Googleが独自プロセッサとしてのTensorをいかに高性能化することができるかは、その投資額次第だと言われてはいるが、あらゆるアプローチで、その進化の果てを見せてほしい。それをGoogleがやらなくて誰がやるのか。

 スマホの役割を再定義するのはそれからでも遅くない。体験はさらにその先を行くからだ。Pixel 8シリーズは、その前の1つの踊り場だと言えそうだ。だから安心して使える。その入手をためらう理由はなさそうだ。