山田祥平のRe:config.sys

おはようからおやすみまでをフルカバーするサウンドガジェット

 身の回りに溢れる音。好むと好まざるとに関わらず、すべての音が耳に入ってくる。その音を理性で取捨選択するか、電子的に取捨選択するかも選択できる時代になった。でも、日常的な暮らしは自分1人では成り立たない。だからこそ、環境音も捨てるわけにはいかないのだ。

第3の聴覚経路

 オーディオテクニカが世界初のワイヤレス軟骨伝導ヘッドフォンATH-CC500BTを発売した。骨伝導ではなく軟骨伝導だという。骨伝導ヘッドフォンについては、過去にもここで各社の製品を取り上げたことがあるが、「骨」ではなく「軟骨」だ。

 耳穴を塞がない点では骨伝導と同じで、通常の環境音は電子的な加工が行なわれるわけでもなんでもなく、日常通りに耳に入ってくる。そこにデマンドにしたがって電子的なサウンドが加わる。だから音楽を楽しんでいるときにもそばにいる人に話しかけられれば普通に会話ができるし、玄関ドアが鳴っても対応できる。赤ちゃんが泣けばケアもできる。その環境音に加えて自分だけに聞こえるように仕向けられたサウンドが加わった複合環境が骨伝導ヘッドフォンを着けた状態だ。

 軟骨伝導というのは第3の聴覚経路と呼ばれているそうだ。骨伝導との違いは、頭蓋骨のように振動させるのにパワーが必要な骨ではなく、軟骨を振動させることで、音を効率的に伝えられるという。耳穴を塞がず、耳全体を覆うわけでもない点は骨伝導と同様だが、アクチュエータとしての振動子を頭蓋骨に接触させるのが骨伝導、耳の軟骨に接触させるのが軟骨伝導ということらしい。

 軟骨伝導は奈良県立医科大学の細井裕司氏(現学長)によって発見された聴覚経路で、現在はCCHサウンド社がその技術関連特許の独占実施権を得ている。オーディオテクニカは同社の特許を使用してこの技術を使ったヘッドフォンを製品化した。

 後頭部から耳にひっかけるようにヘッドフォンを着ける。いわば逆メガネ。これも骨伝導ヘッドフォンと同じだ。この製品は耳の軟骨に振動子が当たりやすいように構造的な工夫がされているというが、実際にはあまり変わらないようにも感じる。

 それでも、それで再生されるサウンドを聴くと驚く。ものすごく繊細で華奢な感じがする。骨伝導イヤフォンはなんとなく雑なイメージがあったのだがそれがない。大音量での再生ができないので余計にそんな印象を持った。

 ただ、地下鉄の中で試してみたが、走行中の車内で音楽を楽しむのはまず無理だと思っていてほしい。その分盛大な音漏れの心配がないともいえるが、そういう場所で使うガジェットではない。でも、耳穴に異物を入れたり、耳を覆うのがいやでイヤフォン、ヘッドフォン類が苦手だという人にもお勧めできる。

軟骨伝導とは

 軟骨伝導が発見されたのは2004年。比較的新しい。聴覚経路は「気導経路」と「骨導経路」の2種類があると考えられていたが、それに加えて第3の経路として発見されたという。

 原理としては、振動が耳の軟骨に伝わると外耳道の壁の軟骨に伝わり、外耳道で空気が振動して音が生まれ、それが鼓膜を震わせて音が認識されるということだ。

 音は耳の中の「蝸牛(かぎゅう)」が認識するが、骨伝導では鼓膜を揺らさず直接蝸牛に伝わるのに対して、軟骨伝導では、耳の中で空気の振動が生まれてそれが鼓膜を揺らす。そこが大きな違いらしい。

 つまり、

  • 骨伝導
    頭の骨を振動子によって振動させ、鼓膜の奥にある蝸牛に音を伝える。音源は振動子と頭蓋骨が接する部分1つだけ。鼓膜は揺れない。
  • 軟骨伝導
    耳の軟骨を振動子によって振動させる過程で外耳道の空気が振動してもう1つの音源が生まれ、それが鼓膜を揺らし、人間が音として認識する。

ということになる。

 手元には各社の骨伝導ヘッドフォンがいくつかあるが、この製品と比べたとき、アクチュエータ振動子の仕組みは大きく違わないように見える。つまり、ハードウェアとしての骨伝導ヘッドフォンと軟骨伝導ヘッドフォンは、実は同じようなものであると仮定してもよさそうだ。

 具体的な違いは、頭蓋骨に接しやすいように作られているか、耳の軟骨に接しやすいように作られているかといった違いだ。振動子が発生させる音も軟骨伝導用に最適化されているそうだ。

 これらの点について、オーディオテクニカに取材したところ、次のようなコメントをいただいた。

 ATH-CC500BTは軟骨伝導を最大限に活用ができるように工夫(軟骨伝導に適した音作り、ドライバの設計、本体形状など)をしている製品となります。市販の骨伝導を軟骨に接触させて使用した場合には下記が懸念されます。

  • 骨伝導の場合は装着部位が硬い骨の上にあるため足場が安定しているが、それを軟骨に当てた場合、柔らかく不安定になりやすいため、一般的な骨伝導ドライバでは体が動いた際の振動がドライバに伝わり音質が劣化する(本製品では機構的に外部からの振動の影響を受けにくい構造になっている)
  • 骨伝導は骨を振動させる目的で調整されているため出力が高くなりすぎる

 上記のような理由で、基本的には骨伝導製品を軟骨伝導として使用してもATH-CC500BTのような音にはならず、場合によっては、振動によるくすぐったさなどの不快感が発生する可能性があります。

 骨伝導では骨が硬いため、振幅を大きくすることができず、音作りの自由度が低いことも理由です。実際には振動素子が軟骨に近づくことで、骨伝導製品でも軟骨伝導の成分が多くなってしまう製品もありますが、あくまで製品自体は骨伝導としての音作りがされているかと思われます。

 一般的な骨伝導ヘッドホンも当製品も骨伝導成分と軟骨伝導成分の両方含んでいますが、ATH-CC500BTは軟骨伝導成分が多くなるようデザインされています。具体的には振動子が骨ではなく耳珠(じじゅ)軟骨に近く当接するように配置され、また骨を本格的に振動させるほどの出力は備えないことから、主に軟骨伝導による聴覚へのアプローチになります。

 つまり、乱暴な解釈をすると、骨伝導ヘッドフォンでも軟骨伝導ヘッドフォンでも、その振動子を頭蓋骨に当てれば骨伝導で音が伝達され、軟骨に当てれば軟骨伝導になる。どちらか片方を人間が遮断するわけではないので、結果として、これまでの骨伝導ヘッドフォンも、骨伝導している音と、軟骨伝導している音を、人間が音の成分をミックスして聴いていた。頭蓋骨を振動させるほどのパワーがない場合は、必然的に軟骨伝導主体となる。そこへの最適化が今回のオーディオテクニカの技術ということになる。

環境音との共存

 いずれにしても、これでまた丸1日着けていても負担が軽いサウンド再生のためのガジェットが手に入った。小さな音量しか出ないが、それでもはっきりと聞こえる。ヒソヒソ声で何かつぶやかれても、耳元ならちゃんと伝わるのと同じ理屈だ。音楽の再生にも無理がない。大音量に包まれて没頭するような楽しみ方のためのガジェットではない。

 そこにあるのはあくまでも環境音との共存だ。環境音が再生音を邪魔せず、再生音が環境音を邪魔したりもしない。両者が合わさって新しい環境音となる。仮想が現実に歩み寄る理想の複合現実だともいえる。Bluetoothはマルチポイント対応でスマホとPCの両方にペアリングしておける。USB Type-Cポートも本体に装備され、急速充電対応で約10分の充電で2時間の連続再生ができる。

 Web会議から、通常の電話、音楽の再生、配信動画視聴まで、オールラウンドに役に立つ。対応コーデックはQualcomm aptX、aptX HD、AAC、SBCだ。重量は約35g。欲をいえばあと5g軽ければもっとよかった。

 それでもまさにおはようからおやすみまで日常生活のサウンドを丸ごと面倒見てくれる存在だ。機会があればぜひ体験してみて欲しい。