特集
“構造”と闘う男が富士通の世界最軽量698gノートを現実にする
~富士通ノートPC開発舞台裏取材記 構造編
2018年11月6日 11:00
富士通クライアントコンピューティング株式会社(FCCL)が、世界最軽量の記録をさらに更新し、698gのモバイルノートPC「LIFEBOOK UH-X/C3」を発表した。2018年11月現在、13.3型ワイド液晶搭載ノートPCとして世界最軽量だという。昨年(2017年)秋に発売された先代機UHのUH75が748gだったので、じつに、6.6%減、50gのダイエットに成功している。
過去の取材記事では、FCCLがPCの製品作りにおいて、分野ごとにマイスターを置き、それぞれがあらゆる製品の担当分野に責任を持ち、徹底的にこだわって製品作りに取り組む姿を追いかけてきた。前回の内容については下記の記事を参照していただきたい。
- 富士通はいかにして鉛筆と紙の書き味をタブレットで実現したのか
- 「史上最低のキーボード」の汚名返上に向け、富士通の"Mr.キーボード"が0.05mmにかけた執念【前編】
- 「史上最低のキーボード」の汚名返上に向け、富士通の"Mr.キーボード"が0.05mmにかけた執念【後編】
今回は、世界最軽量を追求した“ミスター構造”こと、松下真也氏(開発本部第一開発センター第三技術部マネージャー)に話を聞いてきた。
“ミスター構造”が世界最軽量に挑む
松下氏は2001年の入社で、最初はプリント基板の実装設計からはじまり、構造設計を担当するようになったのは2009年からだ。過去の仕事としては、女性のために作られたとされるエレガントな「Floral Kiss(2016年)」などがあり、それ以降、薄型軽量化や金属材料の筐体を考える立場で富士通のPC作りの裏方として貢献してきた。
富士通には、ジョブローテーションの制度があり、機会を見て職域が変わる。松下氏は、もともと構造に興味があったこともあり、筐体内実装を想定した補強の方法において、どういう強度を担保していけばいいのかといったことをずっと考えてきた。そして今にいたっている。
構造担当としての最初の仕事はネットブック時代で、初代Ultrabookや女性向けのFloral Kissなどを手がけてきた。今回の「UH-X(ユー・エイチ・テン)」の構造を担当することが決まったとき、すでに商品企画として700gを切ることは必達の仕様だった。いや、もっといえば“698gという値が企画として決まっていた”のだ。
この記事のための取材で、富士通川崎工場を最初に訪問したのは8月の上旬だった。すでに発表まで3カ月を切っているタイミングだ。
「先週試作機ができあがってきたばかりなんです。ところが目標値に届かなくて悩んでいます」と松下氏。この時点でわれわれ取材班は700gを切るところに目標が置かれていることは知らされていなかった。
もともと製品軽量化への取り組みは、2015年ごろから進めていた同社だが、2017年から1年間、実現性の証明をして、次の1年で製品化することをもくろんでいた。じつは、昨年のUH75は、世界最軽量ではあったが、その成果が全面的に反映されていたものではなく、理想の仕事はできていなかったと松下氏は言う。ちなみに、前機種に松下氏はかかわっていない。だからこそ、軽さの点でそこをつきつめるべく、その世界にのめりこんでいった。
世界最軽量は譲れない
LIFEBOOK UHシリーズが、その世界最軽量の座を維持することは、宿命に近い覚悟であると言っていい。
2017年1月に、初代のLIFEBOOK UH75/B1が777gでデビューしたが(富士通、世界最軽量777gを実現した13.3型モバイルノート参照)、発売前の2月に769gのNEC PCのLAVIE Hybrid ZEROに抜き去られたものの(NEC PC、2in1で約769gを実現した新13.3型「LAVIE Hybrid ZERO」参照)、量産開始後、できあがった実機の実績値をとって761gに修正、そして、その秋には2世代目のUH75が748gで自己記録を更新している。こうした経緯もあり、世界最軽量は死守しなければならない。なにがあっても抜き去られることは許されないのだ。
世界最軽量をつきつめるためにはなにをすればいいのか。松下氏はいくつかの要素を考えた。まずは筐体。そしてPCにとっての内臓であるプリント基板の形状、さらにはLCD(液晶ディスプレイ)まわりの見直しなどだ。
FCCLではノートPCの外観をABCD面で区別している。天板面がA、LCD面がB、キーボード面がC、底面がDとなる。
ABCD各面を構成する材料やパーツの選別と検討のための協力ベンダーとのやりとりがはじまった。なにしろ、企画がスタートし、松下氏が担当することが決まったのはUH75の発売された2017年11月である。翌年秋の発売までに残された時間はほとんどない。余裕のないなかでの作業だった。
たとえばLCD。今回はLCDにシャープのIGZO液晶を使った。液晶の構造的にどこを削れるかが検討された、だが、どうしても削れない。そこで、ガラスの厚みを削ることになった。具体的には前機種のガラスの厚みを10%減にした。それで10gのダイエットだ。
軽量化が価値になるということが、前回のUHで確信できたと松下氏は言う。売上も順調で、その世界最軽量という価値を再認識したとも言う。折しも、世の中では働き方改革などのトレンドがあり、モビリティが注目されるようになってきている。だからこそ軽さには価値があり、そこを訴求しなければならないのだと松下氏は自分自身に言い聞かせた。
デメリットを覚悟で使うマグネシウムリチウム合金
軽量化の要素としては、金属材料になにを使うか、基板面積をどうデザインするか、そして筐体そのもののデザインをどうするかといったことがある。
今回の50gの減量は、筐体のカバーで60%、LCDとキーボードで35%、そのほかで5%だったという。
どこまで追い詰められるのかは予測もできる。松下氏にはきっとできるという勝算があった。基本的な方針が決まったところで、まずはCADで仕上げて計算させてみる。当初はまだ外観デザインも決定していないので、形状のデータもなく、前機種のものを使ってやっていくしかない。
CADが弾き出した値は710g未満で、方針は間違っていないことが判明し、いったんは完成までの道筋ができあがった。
筐体の金属材料についてはマグネシウムをC面とD面に使っていたのをマグネシウムリチウム合金に変えた。
D面はプレス加工で作っているため、ほとんど形状が作れないことから、強度的に弱いことがわかっていた。そこで、C面を鍛造切削し、その面で強度を持たせることにした。内部パーツ、基板類をとりつける形状構造をC面側に持たせることでD面をシンプルな蓋的存在にできた。だから中身はぶらさがりのイメージだ。
以前は筐体の形状を工夫することで、いろんな仕組みをもたせられたが、マグネシウムリチウム合金は軽いけれども、材料自体は弱い素材だ。単純に使うだけでは装置として貧弱なものになってしまう。
さらに、マグネシウムリチウム合金は表面に導通がない。そのため、電波特性などに影響を与えることになる。そこを問題なく使えるようにする工夫も必要だ。軽くなっても実用に耐える構造を持たせるのはたいへんだ。
そうまでしてマグネシウム合金を使うのは、今のところ、これ以上の金属が見つかっていないからだという。だが、それで20%に相当する10gの減量に直結するのだ。使わない手はない。今回はそれをやってしまった。きっと次の最軽量更新はたいへんだろうと松下氏は言う。
“ミスターキーボード”再び
今回は筐体の軽量化を軸に踏み込んだが、ほかにもできることはあるはずだと松下氏は考える。だが、発売まで時間がないなかで、やれることを限定していかなければ間に合わない。
ちなみに今回は、最上位モデルが世界最軽量だ。したがって、メモリの量やSSDのスペックが要求されるし、スピーカーもボックススピーカーにして音質を向上させ、USB Type-C端子も1つ増やすなど、ぜい肉をそぎ落とすどころか重量増の要因が数多くある。最上位機種に恥じない装備が必要だからだ。
だが、ユーザビリティを向上させているにもかかわらず、以前より軽くするというのがコンセプトだ。もし、前のままの仕様だったらもっと軽くなっていたと松下氏は考える。
液晶について、ガラスの厚みを前機種から10%減に削ったのはすでに書いたとおりだ。
さらに“ミスターキーボード”の藤川英之氏を頼り、完成の域に達したはずのキーボードにも手を入れた。
冒頭のリンク先の記事で紹介されている、前回のレポートに登場した富士通コンポーネントのプロフェッショナルらの出番である。彼らはまず、キーボードを支える補強板金に穴をあけた。強度解析を重ね、押下げ特性を確保できる極限の状態まで軽量化することに成功した。
それどころか、打鍵感を高める工夫も付け加えたのは驚きだ。より自然な文字入力のために、入力検出位置を前進させたのだ。その手段については非開示だが、前機種でキー押下げ時のオン位置を以前より手前に持って来ていたものを、さらに前進させ、入力応答性を約10%向上させている。
確かに前モデルの打鍵感は極上に近いものだったが底突き感があり、つい強く叩いてしまいがちで、設置面の剛性によっては衝撃が伝わり、指が疲労しやすい印象もあった。だが、疲労を避けるために浅くキーを叩こうとしても、打鍵が半端になり、高速なタイプができない。
ところがオン位置がさらに手前に移動したことで、なでるようにキーを叩いても正確に認識され、底突きの衝撃がやわらいでいる。明らかに打鍵による指の疲労が減少しているのだ。ストロークについては以前の深さを確保しているという。
まさかの重量オーバー
こうした改良と並行しながら、試作のフェーズが進んでいく。FCCLでは、1次試作、2次試作、3次試作、4次試作の4段階の試作がある。
1次試作は基板だけで組んだバラックのような状態で、2次試作の段階でようやくノートPCフォームファクタの形状になる。松下氏らが、3次試作を作っていたときには、すでに9月に入っていた。
ところが、その段階で、そのままでは700gを切ることができないことが判明した。それどころか、できあがった3次試作は、CADが弾き出した理論データよりも重かったのだ。720g前後だったというから10gのオーバーである。これは大きい。
要因はいろいろあるはずだが、一番大きかったのは筐体部品の重さのばらつきであることがわかった。また、基板そのものも重かった。松下氏は、すぐに協力業者に連絡し、筐体材料については重量選別をして、重いものは納品しないように頼み込んだ。バラツキのなかで、もっとも重いものでは当初考えていた予定重量より10gも重かったからだ。
協力事業者は、設計図にしたがい、最終的な塗装まで終えた状態で部品としての筐体カバーをFCCLに納品する。松下氏の悲鳴をきいた協力業者は、最初こそ、そんなことができるわけないとつっぱねようした。しかし、松下氏の説得の結果、どうすれば理想的な重量管理ができるかをいっしょに考えてくれるようになったという。そして、わかったのが、重くなる要因は金属というよりも、塗装のばらつきだという事実だった。
一方、基板については当初の予定からさらに軽量化できないかを打診し、改造を入れてもらうことにした。具体的にはさらに面積を小さくしてもらい、配線効率を高めて贅肉をそぎおとしていった。ファン実装部の切り欠きを広く取り、また、天地幅もせまくした基板だったが、さらなる減量が必要だった。それで得られるのは1gも満たないくらいの効果だが、世界最軽量への道はその積み重ねだ。
ネジ1本についても総重量に影響する。松下氏は当初予定していたネジを使うことをあきらめ、低頭のネジを使うことを決断し、すぐに発注、新しく作ったネジを使うことにした。もちろんそれではコストが上がってしまう上に、コンマ数gしか全体の重量には貢献できない。それでもやる。
最上位機種の貫禄を兼ね備える
かくして4次試作が完成した。うまくできたことが確信できた。このプロセスでは最軽量モデルは作らなかったが先が見えたと松下氏は当時、と言っても数週間前を振り返る。
そして量産試作。30台を作ったそうだが698gを超えているものは1台もなかったという。これが11月6日の発表会の2週間前だ。
じつは、その量産試作の前の段階で、われわれ取材班は完成したという世界最軽量698gのLIFEBOOK UH-Xを見せてもらっていた。ところがこのタイミングでまだ量産試作機はできあがっていなかった。このときにわれわれが見せられていたのは3次試作だったのだ。
スケールで重量を測るデモもあったが、確かに値は698gだった。あれは夢だったのだろうか。松下氏にそれを尋ねると、700gを切ることができていた実機がごくわずかにあり、それをデモに使ったのだと白状した。
1次試作が6月の頭に完成し、それから量産試作にいたるまでは期間がとても短く、もしもっと時間があればもっと軽くできたかもしれないと松下氏は考える。手を入れようと最初に計画したところはやりつくしたとも言うが、ほかの要素領域に踏み込む時間があればもっとできたかもしれないと松下氏。
つまり、機能や装備を削っていけば、まだまだダイエットの可能性は残っているのだ。
たとえば有線LAN端子をとるという話も途中では持ち上がったが、すぐに立ち消えになった。そのあたりのユーザビリティを犠牲にすることは得策ではないという判断だ。また、USB Type-CのPower Delivery充電専用にすればDC端子についても省略できる。だがACアダプタを使うニーズを考慮して残した。省略したいレガシーポートはたくさんあったが、今回は、その領域には踏み込まなかったと松下氏は言う。
「まずは手に持ってほしい。そしてその軽さを体感してほしい」と松下氏。確かに手にすると、700g切りが次元の違う軽さだということを実感できる。これでもまだやることがあるという。そこにFCCLのこだわりがある。世界最軽量を更新するのはFCCLだという執念は、それぞれのマイスターがつねに持ち続けるこだわりでもある。