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富士通が超音波AIでの冷凍マグロの非破壊鮮度評価に世界で初めて成功

大西洋でとれたメバチマグロを鮮度評価しているところ

 富士通と東海大学の共同研究グループは、冷凍マグロの鮮度を、超音波AI技術を活用して計測し、冷凍状態のまま、非破壊で評価することに世界で初めて成功したと発表した。この技術をもとに、冷凍マグロに関する汎用的な品質評価システムの確立を目指すという。

 富士通 研究本部 人工知能研究所の穴井宏和所長は、「富士通では、2018年から超音波AIに取り組み、超音波ならではの課題を解決し、技術を蓄積してきた。東海大学が持つマグロに関する知見を掛け合わせることで、マグロのグローバル流通に信頼性を持たせることができるようになる」と述べた。

富士通 研究本部 人工知能研究所 所長の穴井宏和氏

品質が大きく変わる天然マグロ

 天然マグロの約8割は漁獲時に船上で急速冷凍してから、水揚げされ、消費者のもとへと届く仕組みとなっており、漁獲時の状況や流通過程の管理により、品質が大きく左右される。

 また、冷凍マグロの品質判別は、切断したマグロの尾の断面を、目視で熟練者が確認する「尾切り選別」などの破壊的検査が主流となっており、検査可能なタイミングや場所、検査者が限定されている状況にある。一部には超音波を用い、身を切ることなく非破壊で鮮度を検査する手法もあったが、冷凍マグロの肉質による超音波の減衰の影響が大きく、一般的な超音波機器を使った検査では、安定して、正しく品質を評価できないという課題があった。

尾切り選別では身全体の判別が難しかった

 東海大学 海洋学部 水産学科 研究員の八木雅文氏は、「尾切り選別は、破壊的、属人的な検査方法であり、尾の部分が良品検体でも、頭の方に向かうに従い血栓が広がっている場合があるなど、さばいてみるまで分からないというのが実態であった。非破壊的に身全体を判別できる技術開発が必要であった」と指摘する。

東海大学 海洋学部 水産学科 研究員の八木雅文氏

 今回の取り組みは、マグロの身を切ることなく冷凍マグロの価値を維持しながら、場所を問わずに、誰でもマグロの品質評価を行なうことができるようになり、国際化が進むマグロの流通において、マグロに精通した仲買人などがいなくても、品質の信頼性を付加できるようになるという。

 今回の成果は、富士通と東海大学 静岡キャンパス海洋学部水産学科の後藤慶一教授を中心とした共同研究グループによるもので、研究は2022年4月1日から開始している。

 東海大学 静岡キャンパス海洋学部水産学科の後藤慶一教授は、同大学の食品工学室を通じて、食品衛生、大学発の商品開発、マグロ研究の3つに取り組んでおり、「マグロのおいしさは人それぞれに違うため、マグロの特徴を可視化し、表示することで、自分に最適なマグロを選択できるようになる。その実現に向けて、感応評価と理化学分析により客観的に可視化すことに取り組んできた」と、これまでのマグロ研究の経緯を説明する。

東海大学 静岡キャンパス海洋学部水産学科の後藤慶一教授

非破壊でマグロを品質評価する手法

 共同研究グループでは、まずは、予備的研究として、冷凍食品に超音波を当てて確認する作業から開始し、絞り込みを行ないながら、冷凍マグロの検査が可能な超音波の周波数帯を発見したという。

 富士通 研究本部 人工知能研究所 自律学習プロジェクトの酒井彬氏は、「医用などで用いられる1MHz以上の周波数ではすぐに減衰してしまうため、超音波検査ではあまり用いられることがない1MHz以下の超音波機器を特別に用意。冷凍マグロには、500kHz程度の比較的周波数の低い超音波が最適なことが明らかになった。だが、超音波では、周波数が低いほど解像度が低くなるという課題がある。それを解決するために、富士通の超音波AI技術を活用した」という。

富士通 研究本部 人工知能研究所 自律学習プロジェクトの酒井彬氏
検査の様子 破壊をせずに正常であることが認識できる
中骨からの反射波を超音波AIで判断
品質を波形をもとにしてAIで判別する

 超音波AIを用いることで、鮮度低下がどの段階であるのかを客観的に判別できることができるという。研究を通じて、鮮度不良の検体は、中骨からの反射波が大きいという特徴があることを確認。その波形を、機械学習を用いて解析することで、非破壊で鮮度の判定を行なえるようにした。

 具体的には、鮮度不良判定システムを構築し、正常と鮮度不良のマグロを、15cm程度の輪切り検体10個から、皮ごしに取得した222個の超音波波形を対象に、中骨からの反射波を切り出して機械学習を実施。このうち、正常と鮮度不良の輪切り検体6個から取得した126個の超音波波形を用いて鮮度不良度スコアの値を算出し、正常検体の波形と鮮度不良の波形の区別が可能であるかどうかを検証した結果、鮮度不良度スコアに有意差が認められたという。

冷凍マグロに最適な周波数帯を見つけ出した
鮮度不良判定システムを構築した

 また、この機械学習モデルの性能は、鮮度不良スコアが作るAUC-ROC(Area Under the Curve of the Receiver Operating Characteristic curve)を用いて評価したところ、性能が発揮できるとされる「0.7」を超える「0.791」の値を得たという。これは約7割から8割程度の確率で正しく判定できる性能であり、尾切り選別の精度と同程度と判断。この結果から、超音波AIにより、冷凍マグロの非破壊検査を行なうことに成功したと判断した。

実験結果は7~8割の正解率となった

 研究開発グループは、今後、マグロの検体数を増やすことで超音波AI技術の精度向上を図るとともに、血栓や腫瘍などの鮮度不良以外の異常検知にも取り組んでいく。さらに、水産加工工場などの現場に実機を設置した実証実験を進めるとともに、冷凍物を扱う畜産業や医療、バイオ分野などへの技術応用を図っていく考えだ。富士通の酒井氏は、「研究は2023年度以降も継続をしていく。実用化時期は2~3年後。マグロ類であるカツオにも対応ができ、サーモンも対象にできる。だが、魚全体への応用は難しい。牛肉などになると別の技術開発が必要である」という。

富士通のAI研究を応用

日本食ブームで高まる需要

 近年の日本食ブームなどを背景にして、刺身向けなどの高品質なマグロの需要が高まっており、2020年には5万t以上の漁獲および生産する国は15か国にのぼり、マグロの需要は日本のみならず世界で大幅に増加。市場規模は5兆円に達している。

今後の利用イメージ

 品質検査機は、まずは設置型を想定しているが、将来的には、水産商社が、漁師からマグロを購入する際に、ハンディターミナル形式で数カ所かざすことで全体の鮮度を容易に検査したり、漁港などでベルトコンベア形式の検査にも適用することで、冷凍マグロの鮮度について自動一括検査を実現したりするという。

 また、東南アジアでは、選別せずにツナ缶に加工している例が多いが、検査によって刺身用であることを選別できるようになると、市場取引価格は4倍にあがることができるため、検査装置の導入促進にもつながると見ている。

 また、尾の部分を切らずに流通するため、その部分を商品として提供できるようになったり、流通しやすくなったりといったメリットがあり、AI評価技術によってマグロ業界への貢献が可能になるとしている。

 なお、研究成果については、2022年12月22日、23日に、一般社団法人電子情報通信学会主催が、広島県広島市で開催する超音波研究会で発表する予定だ。