笠原一輝のユビキタス情報局
NVIDIAフアンCEO「日本に勝機」、フィジカルAIとRapidusの可能性
2026年7月21日 09:49
嵐のような2日間——そう表現したくなるほど、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOの今回の来日は濃密なものだった。7月15日の夕方に羽田空港へ到着したフアン氏は、そのまま東京都内で開催していたイベントに参加して来場者と懇親。その後、秋葉原でセガとのイベントに出席するなど、分刻みのスケジュールで移動していた。
翌16日には富士通の記者会見に参加した後、経済産業省のイベントに出席し、夜には再び同社のイベントに戻って懇親会に参加するなど、精力的にさまざまな催しに顔を出していたという印象だ。
ここでは、ジェンスン・フアンCEOが、来日中に何を語ったのかを紹介し、フアン氏が今回の来日で何を言いたかったのかを分析していきたい。フアン氏は、日本のフィジカルAIについて、AIを活用することで大きなチャンスが生まれると強調したほか、日本の新しいファウンドリである「Rapidus」の可能性についても前向きに評価していることを明らかにした。
ぶらさがり会見でも「日本の話題だけ」
来日中のフアン氏は、日本に寄り添った発言を繰り返した。極めつけは、16日の夕方に行なわれた記者向けの質疑応答だ。
今回の質疑応答には日本の記者だけでなく、国外の記者も参加しており、その国外の記者が「中国向けのH200」について質問をしようとしたところ、フアン氏はややイラっとした様子で「ここは日本だ。今回は日本向けの質問をお願いしたい」と言って、質問を遮り、「日本に関する質問がある人は?」とほかの質問を促した。
これに関しては若干の説明が必要だろう。その海外記者はその国の読者が聞いてほしいと思うことを聞いただけで、何も問題はない。
そもそも、フアン氏がこのような形で質問を遮ることはほとんどない。たとえば、台湾のCOMPUTEXにおいて筆者は、今年はRTXシリーズのビデオカードのArm版ドライバについて質問しているし、昨年はソフトウェアのトレンドに関して、そして一昨年はNVLinkに関して質問している。
いずれも日本の読者にとって興味があるだろうと思う質問をしているだけで、そうした質問を遮られたことは一度もない。それは米国のイベント(たとえば3月のGTC)でも同様だ。
確かに、今回のイベントはいずれも日本のローカルイベントであり、参加していた記者の大多数も日本の記者だったというのは、COMPUTEXやGTCのような国際的なイベントとは大きな違いがある。
日本の記者にとって、中国向けのH200が出荷されるかどうかは、他国の記者に比べれば関心が低い話題だといえる。それでも、「話題は日本に限る」というフアン氏の対応は異例だった。
筆者が見ていて感じたのは、フアン氏のいらだちは「もっと日本の話をしたいのに、どうして日本について聞いてくれないのか」という思いの裏返しだったのではないか。
日本のメカトロニクス産業は、フィジカルAI時代に大きなチャンスがある
では、記者に対するときに本来は禁じ手である「質問封じ」(なお、くだんの海外記者には終盤にもう一度質問する機会が与えられている)を行なってまで、フアン氏が言いたかったことは何なのだろうか?
今回フアン氏は、そのぶら下がり会見だけでなく、話をする機会があるたびに、「日本のメカトロニクス産業には大きな可能性がある」というメッセージを繰り返した。
特に、ある記者が「すでに日本はそうした分野で負けつつあるが、今後逆転できるのか」と質問すると、フアン氏は「日本人だけが日本のメカトロニクスの価値を理解していない。日本はすでにメカトロニクスをリードしており、AIを取り込むことで、それをさらに進化させることができる」と「日本はダメだ」という記者の見解をたしなめつつ、日本のフィジカルAIには大きな可能性があると強調した。
メカトロニクスにはさまざまな意味があるが、今回フアン氏が使っていたのは、機械一般という意味に近く、主にロボットや自動車、工場設備のような機器を製造するメーカーを指していた。ロボットであれば川崎重工、安川電機、ファナックのようなメーカー、自動車であればトヨタ自動車、本田技研工業(ホンダ)、日産自動車のような自動車メーカーだ。そして、それらを支える中小企業まで含めたサプライチェーンが日本にはすでに構築されており、「その価値に日本人がいち早く気づくべきだ」と強調した。
フアン氏の来日中、NVIDIAはそうしたメーカーや産業界との提携を多数発表した。たとえば、ロボット関連では富士通とNVIDIAが、日本をそして世界を代表するロボットメーカーである川崎重工、安川電機、ファナックという3社にAIソリューションを提供する提携が発表されている。
また、その発表の数時間後には、経済産業省が開催した「我が国のフィジカルAI政策に関する対外発信イベント」にも参加し、フアン氏と同じような革ジャンを着て登場した赤沢亮正経済産業大臣と固い握手を交わして経産省と密接な関係にあることをアピールしている。
経産省は「FRONTia」と呼ばれる計画を推進することを発表している。産総研と日本の産業界(ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、ホンダなど)が出資して設立されたNoetraが、オールジャパン体制でフィジカルAIモデルを開発し、その基盤として27,500基のRubinで構成されるデータセンターを利用することが発表されている。
NVIDIAによれば、Noetraが構築するAIデータセンター(NVIDIA的な言い方ではAIファクトリー)は、Vera Rubin NVL72のラックを多数(計算上は382ラック)並べ、13,750基以上のVera CPUと27,500基以上のRubin GPUを搭載する。NVIDIA DSXプラットフォームをベースとしたデータセンターとして140MWの電力容量を実現しており、完成すれば国内最大規模のAIデータセンターになる。
現状、米国ではAIデータセンターが次々に建設されている、あるいは建設計画が持ち上がっている。Noetraの出資企業の1つであるソフトバンクの親会社ソフトバンクグループ、Oracle、OpenAIなどが設立した「Stargate」では、1つのデータセンターの規模が1~1.5GW級とされており、約10倍の開きがある。そうした計画に比べればささやかな規模であることは否定できないが、重要な一歩を踏み出せたことはポジティブな変化といえる。
近い将来、AIデータセンターの処理能力が国力となる時代がやってくると考えられている。そうした競争に日本も小さな一歩ではあるが第一歩を踏み出したことは大きな意味があるといえる。
日本の産業界の構造的弱点だったソフトウェアは今後AIが補う
今回フアン氏は16日の夕方にNVIDIAが開催したレセプションで、松本洋平文部科学大臣、同社の顧客のエグゼクティブ、さらには同社パートナーなどを前に、日本産ウイスキーを片手にスピーチを行なった。
その内容としては、前日に行なわれたセガとの関係の振り返りに加え、CUDAをHPCの分野で最初に大規模活用したのが、当時の東京工業大学(現在は東京科学大学)のスーパーコンピュータ「TSUBAME」だったことなどが紹介された。
ちょうど来場していた、TSUBAMEの開発を主導した松岡聡教授(当時、現在は理化学研究所 計算科学研究センター センター長)に声をかけ、固い握手を交わす場面も印象的だった。
そのフアン氏のあいさつの中で、「日本は物理的な何かを作らせたら異常なほど強く、モノ作りにたけている」と述べ、日本はハードウェアを作らせたら天下一品だと強調した。
しかし、「ハードのことなら問題ない。ソフト?それは、そこまで得意というわけではないかもしれない」とも述べ、日本はハードウェアを作らせたらすばらしいが、ソフトウェアが弱点だと指摘した。
フアン氏の指摘には多くの人がうなずくのではないだろうか。
以前の記事でも説明した通り、日本の産業界の歴史を振り返ると、アナログからデジタルへ、さらに汎用プロセッサ+ソフトウェアという「ソフトウェア定義」のデバイスへ移行した瞬間に、製品の競争力を失い、敗れてきた。それが日本の産業の歴史だ。
フィーチャーフォンでシェアを持っていた日本の携帯電話産業は、Armプロセッサ+iOSというiPhoneに敗れ去ったし、ソニーのウォークマンなどで一世を風靡したポータブル音楽プレイヤーは、同じくArmプロセッサ+ソフトウェアのiPodに敗れ去った。
つまりソフトウェアの競争力がない、それが産業の転換点における日本の弱点だったといえる。それがフィジカルAIでも繰り返されるのではないか、それが懸念だということは以前の記事でも指摘した通りだ。
フアン氏が今回来日した最大の理由は、まさにその弱点をNVIDIAが補えるからだと、次のように強調した。
「AIによりすべてがリセットされる。コンピュータ業界ではすでにリセットが起きているが、フィジカルAIでもそれは起きる。ただ、フィジカルAIはまだ誰もがスタートラインに立っている段階だ。日本は大きなアドバンテージを持っており、その能力を伸ばしていくことで明るい未来を実現できる。ソフトウェアの課題はあまり心配する必要がない。というのも、AIがソフトウェアを書くからで、人間がそれに関わる必要はもうないのだ。日本の産業がフィジカルAIに乗り出すときに、NVIDIAが提供するAIはその役に立つことができる。それが、今回私がここにいる理由だ」と述べた。
実際、米国ではすでにプログラマーの仕事が仕様書を書き、それをエージェント型AIに与えてコードを書かせる形へ移行しつつある。つまり、これからフィジカルAIを作ろうとするベンダーも、AIデータセンターとエージェント型AIがあれば、あとは自動でソフトウェアが生成される時代に入っていることを意味している。
そうした時代には、物理的な何かを構築するノウハウを持っている日本の産業界に活躍の余地があるということだ。フアン氏が本当に言いたかったのはまさにこのことだろう。
そして、日本の産業界を支えるAIモデルが、経産省やNoetraなどが取り組んでいるFRONTiaになる。そこに、さまざまなノウハウがデータとして学習・蓄積され、国内に構築されたインフラ(AIデータセンター)でしっかりとくみ上げられていくことで、日本の国際競争力が維持される——それが経産省のシナリオだ。
NVIDIAにとっても、日本のフィジカルAIが立ち上がることは、GPUやそれを活用するソフトウェアの売上につながる。そう考えていることは明白だろう。
Rapidusの可能性は拡大しているとフアンCEO
なお、今回経産省のイベントでFRONTiaの説明を行なったのは、経済産業省 商務情報政策局長の野原諭氏だ。その名前を聞いてピンと来た人は相当の半導体通だ。というのも、経産省でRapidusへの投資を主導しているのは野原氏で、経産省がRapidusの戦略を説明する時のスポークスパーソンは野原氏だからだ。
今回、経産省もNVIDIAもRapidusに関する発表は何もしていない。しかし、赤沢経産大臣、野原氏、そしてフアン氏が同じイベントに登壇しているのを見て、「そちらの話はしていないのか?」と思った関係者は少なくなかっただろう。
15日のぶら下がり会見でフアン氏は、Rapidusで同社製品を製造する可能性を問われ、次のように述べている。
「日本の半導体物理の産業、科学、技術は世界トップクラスだ。化学、材料、製造装置にいたるまで、日本は常にすばらしい力を発揮してきた。そして、その基盤が今Rapidusを生み出すことを可能にしている。Rapidusの進展について聞くことを非常に楽しみにしているし、同社の将来の機会はとても興味深く、非常に有望だと感じている。半導体産業は、現在よりも何倍も大きなものになっていくだろう。このため、Rapidusには大きなチャンスがある。タイミングも非常によいと思う」。
Rapidusで自社製品を製造するかどうかについては直接答えなかったが、半導体需要が拡大する中で、Rapidusにも成功のチャンスが広がっているという見解を示した形だ。
現状、半導体需要が拡大する中で、TSMCのラインは逼迫しており、大口顧客がIntel FoundryやSamsungを検討するような状況も生まれている。その中で、Rapidusにもチャンスがある——フアン氏はそう述べているわけで、仮にそれが現実になれば、日本にとっても大きな意味がある。
経産省は、経済安全保障の観点から、AIを実現するコンポーネントを日本国内で製造できる体制を目指すと説明している。それを実現するには、Micron広島工場のHBM/LPDDR、キオクシアのフラッシュメモリに加え、Rapidusで何らかのAIチップを製造する必要がある。
つまり、最後のピースが「RapidusでのNVIDIA GPUの生産」になる可能性もあり、それが実現すれば、我が国の経済安全保障の観点からも大きな意味があるといえる。今回は直接的な回答は得られなかったが、Rapidusにとってのチャンスは拡大している。今後の動向にも要注目だ。






































