笠原一輝のユビキタス情報局
NVIDIAのRTX Sparkは、新しいWindowsを切り拓くターニングポイント
2026年6月8日 06:06
NVIDIAは、COMPUTEX 2026の開幕前日となる6月1日に、同社がCOMPUTEXに併催して開催している「GTC Taipei」の基調講演を開催し、同社のArm版Windows向けSoC「RTX Spark」を発表した。
このRTX Sparkはどのような製品で、NVIDIAはどのようなもくろみでこのような製品を展開しようとしているのか、それらについてCOMPUTEXで取材した内容を交えてお伝えしていきたい。
チップ上の刻印も同じでGB10ほぼ同じハードウェアだと考えられるRTX Spark
NVIDIAは、発表したRTX Sparkのアーキテクチャに関して詳細は語っていない。説明したのはMediaTekが設計した20コアのGrace CPU、1FLOPS(NVFP4利用時)の性能を持つBlackwell GPU、それらを接続しているNVLink C2Cの速度が600GB/s、128GBのユニファイドメモリ、そしてCUDAやDLSSといったNVIDIAのGPUが持つフル機能に対応し、3nmで製造されることなどだ。
実はこのスペックは、NVIDIAが公開しているGB10 Superchip(以下GB10)のスペックや外形とほぼ同じ。外見でも、同じ刻印がされており、同じダイである可能性は限りなく高い。99%以上の確率で、GB10とRTX Sparkは同じ物理特性を持つチップだ。
今回NVIDIAはGB10とRTX Sparkだとも言わなかったが、同時に同じチップであることを否定もしなかった。半導体メーカーは通常、マーケティングの場で都合の悪いことは積極的に言わない。この件についてNVIDIAが無言を貫いたということは、GB10とRTX Sparkが物理/構造的に同じチップだということを暗示している。
GB10のCPUは、MediaTekが設計したCortex-X925が10コア、Cortex-A725が10コアの合計20コアという構成になっている。Cortex-X925はArmが2024年に発表した(この当時の)プライムコアと呼ばれるハイエンドCPUの設計で、高性能コアのCortex-A725とパッケージにしてCSS for Clientとして発表、投入された。
MediaTekは、そうしたArmのプライムコア製品をいち早く採用することで知られているが、プライムコアのCortex-X925と高性能コアのCortex-A725がそれぞれ10コアずつあるという構成は、明らかに性能を重視したものだ。
このCPUには演算器のほかに、メモリコントローラが搭載されており、NVLink C2C(C2CはChip to Chipの意味で、CPUやGPUなどチップ間を接続する専用のNVLink、ここでは他社のCPUと接続しているので、NVLink Fusionになる)でGPUのダイと1パッケージになっている。
GPUは、48のSM(6,144のCUDAコア)の演算器を備えており、デスクトップPC用のGPUでいうとGB205、つまりGeForce RTX 5070に相当する。GB205そのものかといえば、おそらくそうではない、あるいはそうであったとしても一部の機能を無効化したダイになる。
というのも、GB10のCPUはメモリコントローラを内蔵しており、CPUだけでなくGPUに対しても共有する形でメモリにアクセスできるからだ(そのため共有メモリと呼ばれる)。共有メモリでは、CPUとGPUに割り当てるメモリ容量をダイナミックに変えることができ、単体GPUが必要とするメモリへのアクセスは必要ないからだ。
従ってGB10のGPUの正体は、GB205そのものだがGDDRのメモリコントローラが殺されている、あるいはGB205のカスタムで、メモリコントローラの代わりにNVLink C2Cを搭載しているかのどちらかだ。製造コストや消費電力のことを考えると、筆者は後者であると考えている。
既に述べたとおり、GB10とRTX Sparkはほぼ同じ製品だと考えられるので、RTX Sparkのスペックもこうだと考えて良いだろう。
なお、GB10を搭載したデバイス(たとえばDGX Spark)では、基板上にConnectX-7のイーサネットチップが搭載され、それを利用してスタックアップができるようになっているが、ノートPCが主流となるRTX Sparkにはそれは搭載されていない可能性が高い。ミニPCに関しては、一部その可能性がありそうだが。
Windowsに対応するにあたりMicrosoftと共同でファームウェアを作り、Arm版GPUドライバを作った
では、GB10とRTX Sparkにまったく違いはないのかというと、そうではない。それは、OSサポートの違いだ。GB10はLinux(具体的にはUbuntu)ベースのDGX OSと呼ばれるOSが採用されている。AI開発者はLinuxベースのOSを利用するのが一般的だからだ。
しかし、一般消費者や企業に向けてリリースする製品で、LinuxベースのOSでいくのは(少なくとも現時点では)いろいろハードルがあるし、過去のアプリケーションとの互換性を考えると簡単ではない。だとしたらWindowsで行くのは妥当な判断だろう。
GB10改めRTX SparkでWindows OSを動かす上で対応すべき課題は2つある。1つはファームウェアであり、もう1つがデバイスドライバーだ。ファームウェア、Windows OSの場合にはUEFIファームウェアになるが、これまでサードパーティのBIOSベンダーが提供してきたUEFIファームウェアのほとんどはx86版デバイス向けで、Arm版はQualcommがベース部分を作り、サードパーティのBIOSベンダーがカスタマイズして提供するというのが一般的だ。
つまり、NVIDIAはこのUEFIファームウェアのベース部分を自社で作る必要があり、今回それはMicrosoftと協力して開発することで、提供することが可能になったのだとMicrosoftより説明があった。
また、デバイスドライバーといっても、具体的にはグラフィックスドライバーのArm版が必要になる。Windows 11にはPrismと呼ばれるx86命令をArm64命令に変換するバイナリトランスレーターが導入されているが、デバイスドライバーなどカーネルモードで動いているものは対象外になる。グラフィックスドライバーはその最たるものになるので、NVIDIAがこれを用意する必要がある。
既にSurface Laptop Ultraでは、Armバイナリのゲームも、x64バイナリのゲームも動いているため、NVIDIAがそれを開発して既に動作できる状況になっていることは間違いない。
なお、Arm版Windowsのゲームの互換性に関しては、昨年(2025年)の11月時点で、Qualcommによれば90%のAAAタイトルが動くような状況になっており、あとはいくつかのゲームパブリッシャーがアンチチートツールのArmネイティブ版をリリースすれば解決できる状況まできている。RTX Sparkがリリースされるまでにさらに解消される可能性は高い。
既にSurface Laptop Ultraでは、x64のゲームでも、ArmネイティブのゲームでもDLSSなどのNVIDIA固有のGPUの機能が動作していた。つまり、心配される互換性の問題もかなり解消しているということだ。
なお、今回「DGX Station for Windows」に入っているRTXの単体ビデオカードもWindows環境で動作するとジェンスン・フアンCEOは明言した。つまり、何らかの形でRTX/Windows向けのドライバーが配布される可能性がある。将来的にはRTX Sparkを採用したデスクトップPCで、GeForceのようなビデオカードが動作する可能性も十分にあるが、問題はNVIDIAがArm版のデバイスドライバーをいつから一般に配布するかだ。
NVIDIAが強調したのは昨日までのWindowsではなく明日からのWindows用であること
今回NVIDIAがArm版Windows向けのSoCを出す上で、Arm版Windowsであることへ心配する声は業界ではほとんどない。1つには、Qualcommが2018年から8年近くにわたって血の滲むような努力を繰り返して互換性問題が解決するであろうという道筋をつけたことが一番大きい。意地悪な言い方をすれば、そうしたQualcommの成果の上にNVIDIAの今回の参入があるともいえる。
もう1つ、今回のCOMPUTEXでの発表におけるNVIDIAのマーケティング戦略が非常にうまかったのも特筆しておきたい。今回NVIDIAは、RTX Sparkのターゲットを「Windows」に絞るのではなく、「エージェント型AIが動作するWindows」だというメッセージを強調したからだ。
要するに、RTX Sparkは「昨日までのWindows」をターゲットにしたのではなく、「明日からのWindows」がターゲットだということだ。
昨日までのWindowsというのは、言ってみれば、Windows 1.0がリリースされた1985年から数えて41年、爆発的に普及したWindows 95がリリースされた1995年から数えれば31年、それだけの期間にリリースされた過去のアプリケーションが動作する環境としてユーザーが選択してきたOSだ。
この「昨日までのWindows」では、互換性が何よりも重要視されており(それでも16bitアプリの互換性は排除されるなど変化していっている)、過去に導入したアプリケーションがそのまま動くことが最大のメリットだ。
そのため、2018年にArm版Windows(過去にあったWindows RTのことは忘れてはいないが、今はそれは置いておく)がリリースされた時に、エンドユーザーは口を揃えて「過去のアプリケーションとの互換性は?」という疑問を投げかけたわけだ。Qualcommは常にそうした批判に晒されながら、地道にこの8年互換性問題に取り組んできた。筆者はその地道な努力を心より賞賛したいと思う。
しかし、マーケティングメッセージと考えると、これは最悪のシナリオだった。というのも、こういう互換性問題は絶対に100%にならないからだ。常にAMDやIntelというx86陣営が批判するように、「あのアプリが動かない、このアプリが動かない」というのは出てくるため、後から参入した側は劣勢を強いられる。これは、市場を独占しているプロプライエタリなアーキテクチャ側の強みだ。
では今回NVIDIAはどうしたのかと言えば、「過去のWindowsアプリが動きます」というメッセージには触れず、「この先に登場するWindowsでエージェント型AIがとてもよく動いて便利です」というメッセージを打ち出した。
フアンCEOは「これはPCの再定義であり革命だ。PCはRTX SparkでR2-D2になり、ロボットはGROOTでC3-POになる」と、スターウォーズシリーズのコンパニオンロボットにたとえて、PCがエージェント型AIで人間の代わりに何かをやってくれるデバイスに進化するのだと繰り返し強調した。
また、同氏は「これからはエージェント型AIがOSになる」とも述べている。それが意味するところは、RTX Sparkが動作するWindowsは、AIエージェントが動くOSがメイン機能であり、サブ機能として過去のWindowsアプリケーションも動作する……そういうモノだと考えるのが正しい理解だ。
これはジャストスタートであって、今後競合となるAMD、Intel、Qualcommだって黙っておらず、やはりエージェント型AIが動く製品を出してくるだろう。その意味で、WindowsはRTX Sparkとともに大きく変わっていく可能性は高いといえ、今PC業界は大きな転換期を迎えつつあると思う。































