笠原一輝のユビキタス情報局

Snapdragon X2で「90%のゲームが動くようになった」ことの意味

Fortniteが動作しているSnapdragon X2 Elite Extreme搭載のノートPCで動作している様子、平均で120fpsに達している

 Qualcommは、米カリフォルニア州サンディエゴ市において「Snapdragon Architecture Deep Dive 2025」を開催し、同社のPC向け最新SoC「Snapdragon X2」シリーズ(Snapdragon X2 Elite Extreme/X2 Elite)に関する詳細を説明した。詳細に関しては別途記事で紹介した通りだが、本稿ではSnapdragon X2シリーズの概要と、ノートPC市場への影響について解説したい。

 発表内容から見えてきたことは、Snapdragon X2がSnapdragon X(Snapdragon X Elite/X Plus/X)と同じように「性能モンスター」であるということだ。特に弱点だったGPUを強化した点は大きく、ゲーム互換性問題の改善と合わせて大きな強化点となる。

中よりも外を重視した設計変更になる第3世代Oryonと演算器が倍になったNPU6

Snapdragon X2 Elite ExtremeのMoP版

 今回Qualcommが明らかにしたのは、Snapdragon X2のSoC全体の詳細、CPU/GPU/NPUなどの内蔵されているプロセッサの詳細などになる。詳細については、以下のレポートを参考にしていただきたい。

 今回QualcommはSnapdragon X2シリーズ用のCPU、GPU、NPUといったほぼすべての要素に関してSnapdragon Xシリーズからアップグレードしている。主な強化点を表にすると次のようになる。

【表1】Snapdragon X2シリーズとSnapdragon X1シリーズの比較
ブランドAdreno X2Adreno X1
アーキテクチャ世代第8世代第7世代
スライス4-
SP(シェーダプロセッサ)86
FP32 ALU/GPU20481536
FP32 ALU/スライス512-
FP32 ALU/SP256256
RTU/GPU16-
テクセル/1クロック周波数12896
トライアングル/1クロック周波数(レンダーフロントエンド)42
ピクセル/1クロック周波数(レンダーバックエンド)6448
フラグメント/1クロック周波数(MSAA)12896
クラスタキャッシュ/スライス(X1は/2SP)128KB128KB
AHPM(GEMM)/GPU21MB18MB
AHPM(GEMM)/スライス(X1は2SP)5.25MB3MB
AHPM(GEMM)帯域幅4TB/s2TB/s
共有L2キャッシュ/GPU2MB1MB

 CPUは、第1世代Oryonから第3世代Oryonに進化している。とはいえ、CPU内部のマイクロアーキテクチャ(フロントエンド、実行ユニット、バックエンド)は、第1世代と第3世代で最適化程度の違いに留まり、ほぼ同等だ。手を入れる必要がないぐらいにOryonの設計が優秀だったということの裏返しでもある。

Snapdragon X Elite(第1世代Oryon)とSnapdragon X2 Elite(第3世代Oryon)の違い(筆者作成)

 では大きな強化点はどこなのかといえば、初代Oryonではプライムコア(シングルスレッドの性能を重視した大型のCPUコア)だけで12コア構成になっており、プライムコア4コアからなるCPUクラスタが3つあるという構成になっていた。それに対して、第3世代Oryonはプライムコアが12コアあるということは同じなのだが、プライムコアのCPUクラスタは6コアで1つで、それが2つある構成になっている。

 さらにパフォーマンスコア(性能と電力のバランスをとったCPUコア)の1クラスタ(6コアで1クラスタ)が追加されており、CPUコアは最大18コアになっている。このメリットはシンプルで、電力を大幅に増やすことなくマルチスレッド時の性能が引き上げられていることだ。実際、Qualcommが公開したベンチマークデータを見ても、シングルスレッド時の伸びはそこそこであるのに対して、マルチスレッド時の性能は大きく向上している。

Snapdragon X Elite(NPU3)とSnapdragon X2 Elite(NPU6)の違い(筆者作成)

 NPUに関しては、Hexagon NPUの内部世代が初めて公開された。これまでQualcommは、NPUの内部世代に関して詳しく説明してこなかったのだが、NPU1からNPU6までの内部世代があり、それがスマートフォン向けのSnapdragon 8シリーズなどに採用されていると考えられる(どの世代のNPUがどのSnapdragon 8に採用されているのかなど具体的なことは説明しなかった)。

 Snapdragon X2シリーズに採用されているNPUは、NPU6の最新世代だ。明快には説明しなかったが、スペックなどから推定するにSnapdragon 8 Elite Gen 5に採用されているHexagon NPUもNPU6だと推定される。

 一方、Snapdragon Xシリーズに採用されていたのはNPU3で、スカラーユニットとベクターユニットが6基と4基という構成になっていたが、NPU6ではそれがそれぞれ倍の12基と8基になっている。これが45TOPSから80TOPSへと性能が大きく引き上げられた理由だと考えられる。

従来世代から大きな改良となるAdreno X2だが、AIアクセラレータは内蔵せず

Adreno X1とAdreno X2のブロック図(筆者作成、分かりやすいように簡略化してある)

 今回のSnapdragon X2シリーズの中で最も強化されたのはGPUだ。現行製品となるSnapdragon Xシリーズの泣き所はこのGPUで、特にAAAゲームでの性能や互換性の問題を指摘する声は大きかった。

 今回Qualcommは、GPUを「Adreno X2」へと進化させた。別記事でも紹介した通り、Adreno X2はQualcommの内部世代で第8世代のAdrenoに相当するGPUアーキテクチャになる。従来のSnapdragon XシリーズにはAdreno X1という第7世代Adrenoに相当するGPUアーキテクチャになっていた。

 第7世代と第8世代の最大の違いは、GPUの内部エンジンの束ね方にある。第7世代Adrenoでは、SP(Shader Processor)単位でGPUの内部を束ねており、レンダーフロントエンドと呼ばれる、シェーダが描画の前処理を行なうエンジンはGPU全体で1つになっていた。このため、SPを増減しようとすると、レンダーフロントエンド自体を再度デザインする必要があった。

 第8世代Adrenoでは、スライスという概念が導入され、このスライスの中に、レンダーフロントエンド、シェーダ、レンダーバックエンド(アンチエリアスなどの後処理)といった3D処理に必要なユニットがすべて入っている。このため、GPUを小さくしたい場合には、スライス単位で増減できる。

 たとえば、スマートフォン用のSnapdragon 8 Elite Gen 5に採用されているAdreno 840では、3スライス構成になっているのに対して、今回のPC用のSnapdragon X2シリーズのAdreno X2では4スライス構成になっている。このように、伸縮が容易な点が特徴だ。

 Adreno X1との比較でみると、Adreno X1が6つのSPだったのに対して、Adreno X2ではスライス1つに2つのSPが入っているので、8つのSPがある計算になる。主に使われるFP32 ALUの数で比較すると、Adreno X1は1,536基であるのに対して、Adreno X2は2,048基となっており、演算器が約33%増えている計算だ。これがAdreno X2で性能が向上する最大の要因と考えられる。

 また、Adreno X1では対応していなかったハードウェアのRTU(Ray Tracing Unit)が追加されており、レイトレーシングの処理をシェーダではなくRTUで行なうことができるため、フレームレートに影響することなくより高い表示品質でゲームをプレイすることが可能になる。

 このように、素晴らしいことだらけにみえるAdreno X2だが、最近のGPUには必須の“あの機能”がないことに気がつく。それがAI推論のためのニューラルエンジンだ。

 AMDのAIアクセラレータ、IntelのXMX(Xe Matrix eXtensions)、NVIDIAのTensorCoreなど、最新GPUはいずれもAI推論用アクセラレータを内蔵し、推論処理に活用されている。薄型ノートPC向けのSoCでいえば、IntelのCore Ultra 200V(Lunar Lake)やCore Ultra 200H(Arrow Lake-H)、2026年登場予定のCore Ultraシリーズ3(Panther Lake)にはXMXが搭載されており、Lunar Lakeでは68TOPS、Panther Lakeでは120TOPS(いずれもINT8時)の処理能力がGPUだけで実現されている。

 QualcommはNPUでは80TOPSというAI性能をアピールしているが、GPUの方は沈黙を守っている。Qualcommとしては80TOPSのNPUがあるのだからそちらを使ってくれということだが、現実のAIアプリケーションではNPUよりもGPUを使う場合の方が多いことを考えると、これはAdreno X2の弱点として指摘しておく必要があるだろう。

ゲーム互換性問題の改善を実現

Adreno X1とAdreno X2は、同じ電力であれば70%高い性能、同じ性能であれば125%少ない電力で動作し、より電力をかけるとさらに高性能を実現する

 GPUを利用するAIという弱点は置いておくとして、前述の通り3Dグラフィックスに関して大きな進化を遂げた。では性能としてはどうなんだというと、Qualcommが公開したデータによれば、Adreno X2はAdreno X1に対し、同電力で70%高い性能を発揮し、同性能なら消費電力を125%削減できる。

 もう1つ重要なことは、Adreno X1ではかけられる電力にある程度の限界があったが、Adreno X2ではより多くの電力がかけられるように設計されている点。もちろん、それはOEMメーカーがそうした設計にする必要があるのだが、仮にそうなった場合、高い処理能力を発揮できる。

AAAゲームでのフレームレートでは平均して前世代に比較して2.3倍
他社製品との比較

 実際、Snapdragon X2 Elite ExtremeはSnapdragon X EliteとAAAゲームのフレームレートで比較すると2.3倍の性能を発揮するという。つまり性能が130%高くなったわけで、前述の70%を上回る。これが、より多くの電力をかけられるメリットだ。

 なお、他社製品との比較で、Core Ultra 200V(Core Ultra 9 288V)との比較では平均して約50%、Ryzen AI 9 HX 370との比較で平均して29%高いと説明している。もっとも、これは2026年の1月に行なわれるCESで、Intelも、AMDも新しい製品を投入してくる可能性があるので、現時点では参考程度といえる。

 ここまで読んできて、すでにSnapdragonベースのWoA(Windows on Arm)デバイスをお持ちの方には、「そんなこといったって動かないゲーム少なくないじゃん」という感想をお持ちの方も多いのではないだろうか。

 これまではその通りだが、その状況はこの1年で大きく改善された。Qualcomm エンジニアリング担当 上級副社長 エリック・ディマース氏は「昨年(2024年)Snapdragon X Eliteを出荷した段階では70%程度の互換性と言っていたが、今年は90%以上が動作するようになっていると認識している」とし、2024年6月から1年以上、さまざまな努力を続けてきた結果、動かないゲームは10%以下になったと説明した。

昨年の出荷段階(2024年6月)では70%だった互換性は、Qualcomm調べによれば90%に

 その努力は大きくいってドライバレベルでの改善、Microsoftのx86-Armバイナリ変換トランスレータ(Prism)の改善(AVX2への対応)、そしてアンチチートツールの改善などが挙げられる。

 バイナリトランスレータの改善では、AVX2命令への対応が実は結構大きい。というのも、x64向けに作られたゲームでは、AVX/AVX2を利用しているゲームが多く、それが使えないと性能が大幅に低下する場合があるのだ。Qualcommによれば、最新のWindows 11(25H2)の機能アップデートで、AVX2からの変換機能が追加されているのだという。

Surface Pro(11th Edition、Snapdragon X Elite搭載)でx64アプリのCinebench実行ファイルのプロパティからArmエミュレーションの設定を行なっているところ。「新しいエミュレートされたCPU機能を表示」というのがAVX2対応の設定
設定オフの状態では「AVX2非対応」と警告されるが、オンにすると表示されなくなる

 上の画面はWindows 11(25H2)/AVX2が起動するのに必要なCinebench 2024のプロパティ設定で「新しいエミュレートされたCPU機能を表示」というチェックを入れているところだ。このチェックを入れると、PrismがAVX/AVX2をArmのNEON命令などに変換しながら実行してくれる。

 このチェックを入れずにCinebench 2024のx64版を起動すると「AVX2に対応したCPUが必要です」というメッセージが表示されるが、チェックを入れるとそれが表示されなくなる。つまりアプリケーションからはAVX2に対応したCPUだとみなされる。

だんだんと、Arm版だろうが、x86版だろうが同じWindowsという状況に近づきつつある

Surface Pro(11th Edition、Snapdragon X Elite搭載)でインストールできているAdobeアプリ、主要なアプリはすでにWoAで利用可能(x64エミュレーションを含む)になっている

 Windows on Armのソフトウェア互換性問題は、この1年で急速によくなりつつある。MicrosoftのアプリケーションはすでにMicrosoft 365のローカルアプリケーションがArmネイティブで提供されているし、Webブラウザに関しては「Microsoft Edge」「Google Chrome」「Firefox」のいずれもArmネイティブ版が提供されており、モダンなビジネスアプリケーションに関してはほぼ問題がなくなりつつある。

【11月28日訂正】記事初出時、Microsoft 365のローカルアプリケーションに関するARM64ECの記述がございましたが、誤りでしたので削除いたしました。お詫びして訂正します。

 クリエイター向けのツールではAdobe Creative Cloudの対応アプリが少ないという問題が続いていたが、2024年11月のAdobe MAXでAdobeが順次対応すると明らかにしたことで、対応が進んでおり、「Photoshop」「Illustrator(ベータ)」「Lightroom」「Lightroom Classic」「Premiere」「After Effects」「Acrobat」「Fresco」「InDesign(ベータ)」などがすでに提供されている。IllustratorやInDesignがベータであることを許容できれば、メジャーなツールはすべてインストール可能だ(厳密にいうとAudition、AnimateとDreamweaverがまだ未対応)。

 日本ではまだまだ利用率が高いプリンタのドライバ(カーネルモードで動作するドライバはバイナリトランスレータの対象外)も、Arm64対応が進んでいる。国内のプリンタメーカーでもエプソンやブラザーなどで対応が始まっていることは以前の記事で紹介した通りだ。

 x86とArmといった命令セット(ISA)の違いは、筆者のようなテクノロジーに興味があるユーザーや業界関係者、プログラマーにとって非常に重要なものである。ISAが異なれば、ソフトウェアの互換性も大きく異なるからだ。

 しかし、一般消費者にとってみれば、「本質的にはどうでもよいこと」だと思う。というのも、OfficeやCreative Cloudといった使いたいアプリケーションがちゃんと動けばいいからだ。

 ただ、現実問題として、WoAの側では動かない何かがある。それを説明するために、ISAの違いを説明しなければならなかったのがここ数年の状況だったと思うが、ようやく説明不要な状況に近づいている。それが「ゲームの90%以上が動作する」というQualcommの説明が象徴することだと筆者は考えている。

 個人的に、あとはジャストシステムのATOK(筆者のような文筆業にはATOKの愛好者が非常に多い)さえ動けば、今後はArmでも、x86でもどちらのプロセッサでも性能や消費電力などを基準に選ぶことができるようになってきていると感じている。その意味で、ATOKの年次アップデートでこの問題が解決することを心底から願うばかりだ。